第2幕 4
4
「スフェラ師匠」
じっとアーラとジンの戦いを見ていたスフェラに、そう話しかけたのはクレイだった。
「おう。なんだい?」
『師匠』と呼ばれて悪い気がしないようで、笑顔でクレイへと顔を向けた。
「2人のこの戦いをどう見ますか?」
「…なんだよ。ずいぶんと殊勝じゃないか?」
「まぁ…正直こんな戦いは僕としては、滅多に見る機会がないものですから。
興味はあります」
「そうなら、いい子ぶらずに早くそう言えってんだよ」
クレイの話に興味が出たらしく、スフェラは打って変わって積極的に話して来た。
これはクレイの作戦。スフェラははじめ、戦いを止めさせる話をクレイがしたときは消極的だった。これは彼女が好戦的な性格なのか、この戦いの顛末に興味を持っているかだ。
そしてアーラとジンの2人の様子と、戦いの動向を見抜いたような口ぶり。
彼女なら、この戦いを止めさせる方法か、もしくはきっかけを知っているはずだ。
おそらくはそれだけの経験を持っている『兵』。
ならばどうすれば教えてもらえるのか?
戦いを止めさせるような中身では駄目だ。ならば、彼女の興味をさらにかき立てるような話をすれば良い。そう。彼女に教えを請えばいい。この戦いに興味があるように見せ、そうとわからないよう、教えてもらえばいいのだ。
「君は2人の変化に気がついたか?」
「変化…ですか?」
クレイはじっと2人の動きに目を凝らす。――そしてひとつのことに気がついた。
「剣を交わしたときの『音』ですか?」
「…君は『綺晶王導師』の資質があるかもしれんな。
その通り。で、どうしてそうなったと思う?」
アーラとジンの互いの初手は、爆音だった。
しかし剣を交し合ううちに、序々に音は剣本来の金属音に変わり…今は甲高い質の高い金属同士の衝突音に変化している。
「…力の扱いになれてきた…ですか?」
「今の答えで80点くらいだな。実際はその通りなんだが、2人の心境の変化も加味されての変化だ」
「心境の変化?」
スフェラの表情は実に楽しそうだ。戦いを見ることが楽しいというより、クレイとこうして話ながら見ている状況が楽しい――という感じだった。
「2人は自分の『神杯』を手にしたばかりで、その加減が掴めてなかった。
それがあの爆音の正体。お互いそれは想像ついていたんだろう。だから君たちの周りに結界を張っていた。
剣術…このような戦いにおいて、あの2人は『達人』と呼べる腕前に間違いはない。
そして本来なら、もっと人気のない場所を選んで戦うべきだったはずを、2人はこの場でおっぱじめた。それはこの戦いをもともと『すぐに終わらせる』つもりだったんだろう」
「わざと戦いを始めた…と言うんですか?」
「そう。ジンも、あの栗毛の…」
スフェラの流暢に話していた口調が突然止まった。
アーラの名前がわからなかったらしい。
だが栗色の髪をしているアーラの表現の仕方が、「馬か?」と突っ込みたくなるような言い方だったが、余計なことは何も言わず、「アーラです」とだけ答えた。
「そうそうアーラだ。あいつはもとから勝つつもりなんて微塵もなかったはずだ」
「…えっ!?」
ジンの言掛りにキレたのではなかったのか?ただ『フリ』をしていた。と?
「たぶんミゲを諦めさせるつもりだったんじゃないかなぁ?これまでのことは知らないが、
状況からあの兄貴と戦ってすぐに負けるつもりだったんじゃないか、と思うぞ」
「だからジンをわざと挑発した、と?」
「だろうなぁ。そしてジンは、ただアーラを脅かすだけだったんだろう。
可愛い妹を泣かせたら、俺が黙ってないぞ…ぐらいにな」
「理性をあったということなんですね…」
「だからこその『結界』だろう。しかし2人ともまだまだ尻が青いよなぁ。
深く考えてはじめたわけじゃないから、相手の予想外の強さに誤算が生じてきた。というわけさ。あの2人の顔、よーく観察してみな?」
「えっ…!?」
スフェラに促され、クレイがアーラとジンの素早い動きを目で追う。
クレイ自身も体術や剣術には腕に覚えがある。2人の達人的な動きを追うのは苦労するが、けしてできないわけじゃない。
そして目が慣れるにつれて、ひとつの思いが生じてきた。
「目が本気だ。2人とも目が本気…。ということは…」
「互いの実力に、互いが引きずられはじめたんだよ。『本気』にさせられちまったんだ。
武術なんかでは、よくあることだけどな。…いやぁ、2人とも若いよねぇ」
いかにも『羨ましい』と言う意味が含まれているだろう、スフェラの言い方では、一体歳は幾つなんだと問いただしたくなる。
だがそれをやったら、絶対命の保障はないはずだ。それだけは断言できるので、クレイは口が裂けても言うつもりはなかった。
◆◆◆
ジンは苦し紛れに炎を盾に、アーラの勢いを止めにかかる。
しかしアーラはジンに向かえないと瞬時に判断を下すと、小さい雷を幾つも発生させ、炎の盾の隙間を縫うようにジンへと攻撃する。
(こいつの力の制御は人の域を超えているっ!!)
逃げても逃げても追ってくる雷。今の攻撃はなんとか防ぐことは出来たが、どのように防ごうとも、その間を縫って追いかけてくる。
ジンの体には無数のやけどが出来ていた。
だが、ジンはアーラのひとつの弱点に気がついていた。
アーラはジンに決定的なダメージを与えられないことに、焦りを感じていた。
(体に似合わず、馬鹿みたいな持久力をしている。あいつも結構全力で戦っているはずなのに、力が少しも衰えてこない)
雷の攻撃はアーラ自身、『慣れて』いない。そのため力の制御には、いつも以上に精神の集中を必要とした。
もともとこんなことは想定していなかったため、攻撃力が序々に落ちてきていることはわかっていた。
ジンの方は防戦一方なはずなのに、力が落ちている気配がない。
ここで強力な一手でも繰り出されたら、防ぎきれる自信がない。
(こっちは早く終わりにしたいのにっ。焦っては駄目だとわかってるけど…)
ここまできたら、負けるということは悔しい。これはアーラもジンも同じ考えだった。
妹の、いかにもたよりにならなそうな告白相手だろうが、その『超シスコン』のうざったい兄貴だろうが、もうなんにも関係ない。こいつだけには負けたくない。
すでに当初の目的は2人とも頭の中から完全に消え失せている。
(次で決めるっ!!)
アーラの腹の内は決まった。
そしてジンもそう感じ取り、力を高めた。
◆◆◆
クレイは2人の微妙な動きの変化を感じ取った、
(僕の考えが正しかったら…)
2人は今完全に戦いに集中し、周りが見えていないはずだ。
次の動きに移るその瞬間に、決定的な隙が生じる。
「スフェラ師匠、ありがとうございましたっ!!」
「おう…。って…若いっていいねぇ。実に『育てがい』があるよな」
自分の前を脱兎のごとく走り去るクレイに、スフェラはぽつりと呟いた。
「ヴノっ!!」
すごい剣幕で走ってくるクレイに、ヴノは「な、なんだよっ!!俺悪いことしてないぞ」と思わず口走ってしまった。
「犬だよっ!!」
「はぁ?俺が犬だと?」
「違うよっ。あの2人の戦いは『犬の喧嘩』なんだっ!!」
「…はぁぁ!?」
場違いな言葉に、とうとうクレイがおかしくなってしまったかと、ヴノが大真面目に心配をした瞬間、クレイの両手が、ヴノの両肩をがっしりと掴んだ。
「お前は一体なんなんだっ!?」
もうクレイがわからないっ。ヴノの正直な感想だった。
「ヴノ。想像しろっ!!」
「はい!?」
「ここは『砂漠』だっ!!」
「はぁっ!?」
クレイが…クレイが、かわいそうなことになっているっ!!
ヴノの想像はそっちへ膨らんでしまう。
「時間がないんだよっ!!『砂漠』を想像してくれっ!!」
「へっ!?わ、わかったよ」
ヴノはぎゅっと瞳を閉じた。そして、『砂漠』が序々に頭の中を覆いはじめる。
「いいか。君はその『砂漠』の『神』だっ!!」
クレイが断言する。その言葉の言霊につられ、ヴノは何かの『想い』を強くする。
「君が治めるその『砂漠』で、今『火の神』と『雷の神』が喧嘩をしているっ!!
早く止めさせなければ、君の『世界』は消滅してしまう。
方法はただひとつ。君がどうにかするしかないっ!!」
「ど、どうって…どうすればっ!!」
ヴノは瞳を閉じたまま、クレイに叫んだ。クレイの口元に笑みが浮かぶ。
「大量の砂を頭からぶっかけてやれっ!!」
「…ぉぉぉおおおおおっ!!」
ヴノが力の限り叫んだ。
「よーしっ!!」
クレイがヴノから両手を離した。
「イリス、力を貸してくれっ!!」
クレイがあらん限りの力で言葉を発したと共に、七色の輝く『光の鎖』が、今にも大技を仕掛けんとしていたアーラとジンの肢体を、雁字搦めに拘束する。
「…なっ!?」
「なんだ、これはぁっ!?」
アーラとジンが状況を把握した瞬間。
視界から相手の姿が消え――大量の砂が2人の頭上から、際限なく降り注ぐ。
気がついたときには、アーラやジン、クレイやヴノ…戦いが行われていた裏庭一角が、数十センチにも渡って突然落ちてきた大量の砂が積もり、まるで即席の『砂漠』のようになっていた。