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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第1章  『この兄をどうにかしてください!!』
8/69

第2幕  3


「ほぉ。で、君らが『名付き』の『残りの3人』か」

 カメリアの妹は『カリディア・マルマロ・ルーシュエ』といい、姉のカメリア同様、

『名付き』の『神杯ネクトル』の保有者ということだった。

 髪色と瞳の色はカメリアとまったく同じだが、受ける印象はまったく違う。

 カリディアは活発な性格のようで、姉同様『美少女』ではあるのだが、儚げな感じは無く、明るい笑顔が印象的な少女だった。

 性格の違いもそうだが、外見は、カリディアの方が少しだけ身長が高く、髪も肩まで伸ばしていた。アーラたちが見たときは、その髪を左右に軽く束ね、それもまた活動的な感じを受けた。

 ちなみに『マルマロ』という名は『大理石』という意味らしい。

 カメリアは『ルルディ(花)』を意味するが、双子のこの違いも面白いなとアーラは考えていた。

 


そして今。話をしているのはカリディアの師匠、『スフェラ』という女性だった。

 それ以上の情報は何も教えてはくれず、カリディアの師匠というだけあって、『アカデメイア』の『教官』の資格は持っているということだけは伝えてくれた。

「さっき、他の2人を捕獲したんだが…」

 『捕獲』って。野生の獣を捕まえた訳じゃないんだから。と、突っ込みを入れたくなるが、アーラたち3人とも何も言わずにいた。ある意味、それ以上の厄介なことを考えていたからである。

「おい。2人とも来い」

 やっぱり。と、アーラたちは渋い表情になった。別れた時の状況を考えれば、さほど時間も経過しておらず、気まずいことこの上ない。

 大きな木の幹からミゲとジンの兄妹が姿を見せた。

「この2人はすでにあたしが鑑定したからな。しかし、今頃、『アカデメイア』の関係者は大騒ぎ…」

 スフェラの解説を無視し、ミゲがアーラのもとへ歩み寄って来た。

「…さっきは、本当にごめんなさい。いたずらが過ぎました」

 先ほどの態度とはまるで違い、しおらしく、アーラに頭を下げた。

「私、あなたに伝えたいことがあるの」

 アーラの背筋に、急に冷たい何かが走った。

 別に兄のジンが凄んでいるわけじゃない。急にどうしてだろうと、アーラは内心穏やかではなかった。が、何かを伝えたいというミゲを、無視するわけにもいかない。

「な、なにかな?」

 少々引き気味のアーラの右手を、ミゲはがっちりと掴んだ。

「…あなたが好きなのっ」

 ――何もかもが停止する。時間も、人も…風の流れでさえも。呼吸だって止まってしまうほど。刹那の間なのか。数泊(数分程度)でも経過したのか。判断さえつかない間がアーラを襲った。そして――。

「……はぁぁぁぁっ!!?」

「あなたが大好きなのっ!!」

 素っ頓狂な声を張り上げるアーラに、ミゲは更なる追い討ちをかけた。

 次の瞬間、空いているはずの左手に、アーラは何故か負荷を感じた。

「駄目っ!!」

 カメリアが、力の限りアーラの左腕にしがみついていた。

「アーラさんは、私が好きなんですっ。大好きですっ!!」

 何がどうしてどうなって、どうしたらこんな状況が出来上がるんだっ!!!

 アーラはあまりの驚きで出ない声の変わりに、心の中で絶叫した。

「アーラ。あなた浮気したのっ!?」

「してないだろぉっ!?」

 そもそも、これは『浮気』ということなのか?今初めて、ミゲに告白されたというのに。

「アーラは浮気してないってっ!!あなたは関係ないじゃないっ!!」

「関係ないのはあなたですっ!!」

「あたしは港からずっとアーラが好きなのっ!!ううんっ。船の中からずっと好きだったのよっ。あたしの方がずっと先じゃないっ!!」

「そんなの関係ありませんっ!!」

 早い者順。それとも年功序列…。はたまた下克上?もうわけがわからん。どうしてこうなるんだ?!

 アーラは逃避行動に移りたくなった。 

「あんた、離れなさいよっ」

「あなたこそ離れてくださいっ」 

 ミゲとカメリアの2人が、左右別々の方向にアーラの腕を引き始める。

 ミゲの突飛な行動には一瞬声すらも失うほど驚いたが、カメリアがこれほど大胆な性格とはもっと驚きだった。

 実は妹のカリディアより、はるかに大胆で、積極的な性格をしているのかもしれない。

 しかしこのままでは、アーラの肉体の限界をこの2人が確かめてしまう行動になりかねない…というか、左右の腕を違う方向にそれぞれ引っ張られては、痛い思いをするのはアーラ自身だ。

 が、2人に口を開きかけようと(例えアーラが呼びかけたところで、ミゲとカメリアが止めるかどうかは疑問だったが)した瞬間、突然の熱波に襲われた。

 アーラたちに背を向ける形で立っていたジンからとても近くに寄ることもできないほどの熱が、アーラに直接伝わってきた。

「兄さんっ!!」

 ミゲがジンを呼ぶ。その声には、兄を非難するような妹の気持ちが込められていた。

 が、その妹の隣…アーラを見つめるジンの藍色の瞳には殺気が充満し、その眼力で射殺してしまうほどの威力が感じられる。

 ――――しかし。



「ミゲ、カメリア。2人のオレに対する気持ちはすごく嬉しいけど、その話はまたあとでしよう。今はジンとの話が先のようだ…」

 優しくミゲとカメリアの手を解き、言い聞かせるように2人に話しかけた。

「兄さんのことはあたしが話すからっ。アーラは…」

 そうミゲが言いかけて、思わず口を噤んだ。

 アーラの体からも、ぱちっ、ぱちっと小さい音が上がり始める。

 それが放電現象だと認識するのに、そう時間は必要なかった。

「…オレもいい加減、頭にきてたんだよね…。言いがかりもいいとこだろう?」

 完全なジンへの挑発。ミゲには悪いが、アーラの口元からは怒りからくる笑みが毀れる。 

 だが、ジンを見据えるラベンダー色の瞳は、少しも笑ってはいない。

「…妹に恥をかかせやがって…。貴様がどれほどの器なのか、程度がしれる」

 ほとんどジンからのアーラへの八つ当たりでしかない行動に、とうとうアーラの堪忍袋の尾が切れてしまったようだ。

 ジンからアーラだけに向けて発せられる、痛いほどの『熱風』を、アーラが発する放電現象が食い止めている。

 手にしたばかりの『神杯ネクトル』。ジンは『エクリクスィ《爆発》』と、アーラの『ケラヴノス《雷》』。2人はすでに、その力を現象として発現しはじめている。

「…なんだこの2人。これが『神杯ネクトル』の力なのか?」

 熱風と放電の余波は、たまらずジンとアーラから距離をとるヴノたちにも届いていた。

「…これが『綺晶魔導師メイスン』さ。ただし、相当の高位能力者だな、あの2人は。

 『霊力マナ』が、ここまで『精霊力ロア』への干渉するとは…。だがほとんど力の垂れ流し状態だな。2人は、これから能力の使い方を学ばせないといけないなぁ」

 と、悠長に解説を施しているのはスフェラだ。その表情は口を綻ばせ、この状況を楽しんでいるとしか思えない様子だった。

「スフェラさん。どうにかできないんですかっ!!」

「んー。どうにかって言っても、あの2人の良心に訴えるしかないんじゃないか?」

 クレイの質問にも、ほとんど他人事でしか答えが返ってこない。

 ジンは妹のことでもともと危険な状態だったが、アーラが逆切れを起こしてしまった以上、どう鞘から抜かれた剣を収めさせるか。

 頼みの綱の『ニキティス家』も、この状況では使い物にはならないだろう。

「…ミゲはお前になどやらん。それをミゲにも貴様自身にもよくわからせてやる」

「お前はミゲの意思を考えて、そう話しているのか?ほとんど『思い込み』の世界だろう?もう少し自由にさせてやればどうだ?」

「貴様に説教をされる覚えはないっ」

「信じてやれよ。って言ってるんだよ」

 ジンに対しての言葉。しかしそれはいつの間にか、身に詰まされる感情に苛まれる。

(もっと私を信じてほしい)

 何度その台詞を『兄』に対して言いたかったか。でも、この10年。言うことなどできなかった。その勇気がなかった。

 ミゲがジンに対してどう考えているかは、アーラにはわからない。でも、どこか同じ思いを感じているのではないか。

 


そう考える一方で、ミゲやカメリアへの苦しい罪悪感もある。

「君たちの想いに応えることはできない」

 こう言えば、すべては収まる。たぶん。

 2人の少女の心を傷つける結果になるだけだろうが。

 だがあまりに熱心な2人の行動に対して、完全に言うタイミングを逸した上に、この『兄』だ。

 おそらく自分へ過剰な想いを抱いている2人には、目に訴えるいい機会になるだろう。

 ジンに挑み、大負けをしてやろう。そうすればミゲは諦めがつくはずだ。

 カメリアはわからないが、まだ自分を諦められないのであれば、口で直接言うしかないだろうな。だがジンは強い。これでなんとかなればいいが。

 そんな打算的な考えで、アーラはジンに臨んでいた。

 怒りは建前。しかし、芝居がばれぬ様、ぎりぎりまで迫真の演技でなければならない。 

 ジンは本気だ。ならば丁度よい。徹底的にやられてやろう。

 まずはじめの一歩。アーラは『ケラヴノス』を右手にしっかりと握った。

「『神杯』を剣化したっ!?」

 小型のナイフよりも短い『ケラヴノス』の姿が薄れ、白銀の輝きに包まれると、その姿は一直線上に伸びる。

 突く事に利のある剣『レイピア』を思わせる、細身の透明な輝きを放つ美しい剣へと姿を変えた。

「『賢者のエリクサー』の具現化は、『第2級』レベルだぞ。それをなんなくこなすか」

 スフェラの呟きはクレイの耳に届いたが、なんのことかわかるはずもない。

 が、アーラの能力は並の『綺晶魔導師メイスン』を大きく越えた、『規格外』の存在だということだけは理解できた。

 アーラの行動を見て、ジンもすぐに対応する。

 選んだ黒水晶、『エクリクスィ』を右手に持ち、力を込める。

 黒は紅へと瞬間的に変化をし、炎がそれを包む。

 ジンの右手から発した炎は生きているがごとく、ひとつの形を作り出した。

 アーラの『ケラヴノス』が細身の剣ならば、ジンは反り返った刀身に炎の波紋を映す、大太刀へと具現化を成した。

「…2人とも楽しそうだなぁ」

 スフェラの1人言は、物騒なことこの上ない。完全に状況を楽しんでいる。



「離せっ!!」

 ヴノは後ろから、暴れるミゲの肩をしっかりと掴んで離さない。

「今お前さんがでたところで、余計ややこしくなるだけだ。

 辛いかもしれないが、今は我慢して見届けるんだ。これはお前さんの責任でもあるっ」

「…責任って…」

 ミゲが振り返り、ヴノを見上げた。

 ヴノはミゲが飛び出さないよう、肩を掴む手の力を注意しつつミゲに口を開いた。

「お前さんは、アーラが好きなんだろう?そんでお前さんのお兄さんはそれが気に入らない。力に訴えることがいいとは思わないが、アーラにはアーラなりの。お兄さんにはお兄さんなりのそれぞれの考え方ってもんがある。

 お前さんはこの勝負の成り行きを見届けて、これからのことを考えな。

 カメリアも巻き込む形になっちまったが、ちゃんと最後まで見るんだぞ」

「…はい」

 ヴノの説得にミゲは大人しくなり、カメリアは動揺していたが、腹を括り見届ける覚悟を持ったようだった。

「ヴノ…助かったよ。たいしたもんだ」

「伊達に5人の兄妹の長男を17年もやってねぇよ。でも、問題はこれからだな」

「…あぁ」

 ヴノに感謝したが、クレイも一番の問題が目の前のアーラとジンなだけに、頭が痛い。

「ちなみにヴノ。『神杯ネクトル』を持つのは初めてだったんだよね?」

「ど素人だよ。へんに期待されても、俺は戦力外だぜ」

「…ありがと」

 確かにその通りだ。一番頼りにしたいスフェラは状況を楽しんでいるだけで、ほとんど意味を成してない。

 カメリアやカリディアは、極力この件には関わらせたくないし、女の子を巻き込むのは、男としてどうかというプライドも、それなりにあるつもりだ。

 自分のみであの2人を止められるのか?

 実力的にも、アーラもジンもクレイよりはるかに上のようだ。

 ヴノの言う通り、2人ともそれぞれに考えがあってやっているということを…理性を持ってやってるということを望みたい。

「はぁぁぁっ!!」

「うぉぉぉっ!!」

 咆哮と共に、アーラとジンが同時に動き、互いの剣が交錯した。

「きゃっ」

「…うわっ」

 カメリアが小さい悲鳴をあげ、ヴノがたまらず声を漏らした。

 アーラとジンの剣が交錯した途端、爆音が轟き、炎と雷の余波が行き場を失い辺り構わず飛び回る。

 しかし、2人には仲間たちを思いやる余裕はあるようで、危害が及ばぬよう結界を張り巡らせてあった。それを知らずにいた2人が声をあげてしまったのだが、わかっていたとしても、反射的に顔を顰めるか、体ごと避けてしまいそうになる。

 それだけ両者のぶつかり合いは、想像以上に激しいものだった。

「…ふうん。思った以上に本気モードだな」

 1人だけ。まったく変わらず事態を見つめ続ける人物、スフェラが呟いた。

 真紅の髪は腰まであり、瞳の色は紫苑。

 燃え上がるような激しさを思い描きがちだが、スフェラの態度はマイペースなほど落ち着き払っている。

 20歳代前半の年齢に見える外見とは裏腹に、その落ち着きようには、年齢以上の経験が加味され、動じることの無い逞しさが見え隠れしている。

 だが今までの言動を考えてもあまり頼りにできない部分もあり、クレイは判断に苦慮していた。が、スフェラはアーラとジンの内面までも見抜いているようにも見えて、事態を一番冷静に分析、判断できる人だとクレイは考えることにした。



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