第15幕 15
ロウを先頭に、カエナ、カメリアが窓から屋根つたいに飛び出していく。
「…まったく…驚くな」
屋敷にはクーゼとカリディア――そしてマシュドが残った。
否。ミューズに膝枕されたシエルがいる。
ただし――その意識はない。
今、シエルの意識はロウの体の中にいる。『視野拡張』、『視野同調』の能力はそのままに。
「シエルくんは大丈夫なのかい?」
マシュドが残ったミューズに問いかけた。
「ロウの能力は『増幅』。ロウの意識と「同調」することで、シエルさんの能力は一時的に増大します。ちなみに私は『拡大』。アンジェが『覚醒』と『収縮』。
シエルさんは私たち3体いずれかと「同調」したとき、その『ピュグマリオン』が持つ能力を同時に使うことが可能となります」
「だが…そう長くは持たない……」
「はい。シエルさんの体から供給される『霊力』は、現在そうとう消費されています。そのことを考えても、今の行為は相当の負担であることは確かなはずです」
「3日間寝込むと言っていたけど……」
クーゼはなおミューズに訪ねた。
「今回は3日間で済まないでしょう。一週間は深い眠りを覚悟しなければ、『霊力』の回復は見込めないかと思います」
「そうか…シエルくんには…大きな借りが出来たな……」
クーゼが意識のないシエルの体を見つめた。
「いいえ。シエルさんは少しもそんなことは考えていないはずです。
今出来ることを精一杯やる。それが私たちのマスター…シエル・プリエさんのポリシーですから」
ミューズは人であるかのように――その笑みは生きている者の輝きを称えていた。
「それにしても驚いたのが……ヴノの妹さんだな…」
マシュドの困惑は、クーゼも同様だった。
「しかしヴノがそれを知ったとき…どうなんだろうな」
クーゼはそんな心配をしてしまいつつも、少女たちが飛び出して行った窓の外をじっと眺めていた。
◆◆◆
「シャシブルに居る『カタフ』の数が減っている」
「確か数は4つだったよね?」
「それが今は俺たちが追っている1人と、カトリーヌさんたちが追っている1人…計2人か。あとはアミナに向かっているみたいだな」
シャシブルを担当しているシェーヌとフィールは1人の『カタフ』を追いながら、そんな会話をしている。
「ワルドの奴…うまくやんなさいよ」
ここにワルドの姿はない。現在とある作戦を遂行中なため、ワルドはそちらを担当している。
「なんやかんやで、シェーヌはワルドと仲がいいよな」
「やめてよっ!!それは嫌っ!!」
シェーヌの即答。フィールとしては半分冗談だったのだが、シェーヌの反応は本気そのものだった。
「敵捕まえて、亀甲縛りしてくる奴よっ!!マジ嫌なんだけどっ!!」
それもそうか――フィールは嘆息した。
カトリーヌはエペの補佐役を担当しているキスカと一緒に行動していた。
この際、誰の補佐役とか言っていられない。
「この角を曲がってそろそろね」
キスカは20代半ばの、「大人」を感じさせる親しみやすい性格の女性だ。
この土地に不慣れなカトリーヌを上手くサポートし、リードしている。
「カトリーヌ、シェーヌたちに連絡お願い出来る?」
「はいっ」
『カタフ』を追いながら、カトリーヌは左耳につけた『神杯』に手をかけた。
「カトリーヌから連絡が来た」
「上手く袋小路に追い詰められたようだな」
それと同時にフィールが先行し、『カタフ』の前へと躍り出る。
追われている『カタフ』が驚き、進路を左へと変えた。
「そうだ、そうだ」
聞こえぬよう呟き、フィールは男を追い詰める。
今度はシェーヌが男の前に立ち塞がり、右の路地へと誘い込む。
「行きなさい…そのまままっすぐっ!!」
『カタフ』が必死に路地を駆け抜ける。
『神杯』をここで爆発させてもいいのだが、人通りを外れてしまっているため、たいした被害にはならないだろう。
なんとかメイン通りに戻りたいのだが。
この先を行き、屋根へと飛び上がりたい。
男がそう走りながら、空へと視点を移したその視界いっぱいに、黒い影は覆いかぶさってきた。
「な…なんだっ!?」
ワルドが屋根から飛び降り、その落下の勢いで男の顔面へ膝蹴りを見舞う。
ごっと鈍い音が響き、男の顔が拉げてその形を大きく歪めた。
「やった?」
シェーヌがワルドに駆け寄った。
ワルドが男を見下ろしたまま、立ち尽くして動かない。
「……こいつ…息してねぇ……」
そのあと駆けつけたフィールが男の首筋に手を当てる。
『カタフ』は元々死体にとり憑いている『ブルゾス』の「霊体」だ。
脈などないのかもしれないが――顔面は『カタフ』の急所らしいとはヴノから聞いている。
「……殺ったみたいだ。急所に一撃だからな。元々こいつらは「死体」だ。
気に止む必要はない」
フィールが、立ったまま顔面を青白くさせているワルドの肩を叩いた。
「……あぁ……」
驚く程、表情のないワルド。シェーヌは思わずその背中をひっぱたいた。
「いってぇぇぇっ!!」
「な、情けないわねっ!!落ち込んでんじゃないわよっ!!あんたらしくもないっ!!」
「わ…悪かったなぁぁっ!!」
急にワルドらしさが戻る。
やっぱりシェーヌはワルドと仲がいいよ。フィールは心の中でそう思った。
◆◆◆
カトリーヌは少し焦っていた。
シェーヌたちから何も連絡がないのだ。まさか失敗?そんなことも脳裏に過る。
出来れば時間を長引かせず、シエルの負担を少しでも減らしたい。
そんな焦りもプラスされ、カトリーヌの表情はより険しさを増していた。
「焦らないでカトリーヌ。ここで失敗した方は、君のお兄さんへの負担になる。
ひとつ、ひとつ確実にやろう。それが時間短縮の一番の近道だ」
「……はいっ」
キスカに諭され、カトリーヌは自分の過ちに気づく。そう――ここで焦っては元も子もない。
「行くぞ、カトリーヌ」
「はいっ」
キスカが先行し、男の退路を塞ぐ。
ここで男は進路を右へ――だが何を考えたのか、男はカトリーヌに向かって来た。
そしてその手には数個の『神杯』。
「…っ!!」
「カトリーヌっ!!」
焦っては駄目っ!!叫ぶキスカの言葉が思い出される。
ここでカトリーヌに向かう男の目の前――カトリーヌとのわずかな隙間から、地響きを共に「岩壁」が出現する。
「嘘だろっ!!」
慌てた男は、直後に頭部に激しい衝撃を受け、大地に顔からのめり込む。
両手を組み、フィールが岩壁に驚いた男の隙に、頭を両手で力いっぱい打ち付けたのだ。
そして間髪入れず、駆けつけたシェーヌが黒い渦を地面にめり込んだ男の真上に作り出し、その中に体ごと吸収させた。
目には見えていないはずなのに――数発の衝撃音が道行く人の耳へ届いたが、辺りをきょろきょろと見回すぐらいで、ほとんど立ち止まることなく、人々の往来は続く。
全てを人通りのない路地で行ったカトリーヌたちは、大きく息を吐きだし、しばしの安堵を実感した。
「カトリーヌ…よくあそこで焦らず頑張ったな」
キスカに褒められ、カトリーヌは恥ずかしそうに微笑んだ。
「カトリーヌの力は『フルリオ(砦)』だっけ。なんかもっと可愛いい力を想像してたけど…力強い能力ね」
「そんなことない。シェーヌのほうがすごかったわ」
感心していたシェーヌに、カトリーヌがにこやかな笑顔で逆にシェーヌのことを褒めた。
「なんつったって『エフィアルティス(悪夢)』だもんな…そりゃこわ…ぅぐっ!!」
照れるシェーヌの背後に現れたワルドが、代わってシェーヌが望みもしない説明を言いかけ――頭からぶん殴られていた。
「さて。我々もアミナへと向かおう。ここの『カタフ』はもういないようだ」
キスカの言葉に全員が頷き、全速力でアミナの街へと向かう。
クーゼの元に、キスカから連絡が入る。
シャシブルにいた『カタフ』を2人、処理した――と。
残る『カタフ』は――6人となった。




