第15幕 13
「そういえば、シエルさん高所恐怖症って言われてましたよね?
さっきも大丈夫だったんですか?無理されていませんか……」
アーラが早速始めようとしたシエルを心配して、そう訪ねた。
「正直言うと治ってるわけではないんです。でもある方法でなんとかそう思わないで済ませてます」
「そう思わないで……?」
アーラが怪訝そうに同じ言葉を繰り返す。
「はい。「これは自分の見ている景色ではない。アンジェ…もしくは私やロウの景色なんだ。
だから自分が落ちる心配はない」という暗示を、能力開始と共に発動するようかけているんです」
「…なるほど」
感心していいやら、悪いやら。ミューズの補足説明に、アーラは頷いてみせた。
しかしシエルにとっては、どうしたって高いところは怖いのだ。それは仕方ないか――と、アーラは納得することにしたのだ。
こうしている間にも、シエルは再びアンジェの手を握り、集中を開始する。
ミューズから、アンジェの体の中にシエルの能力の源である『ウラヌス(天空)』が入っていると聞いたアーラは、シエルの状況を、瞬きを忘れて見入っていた。
「それほどすごいのか?」
そう訪ねてきたのはジンだ。
「…あぁ。すごいってもんじゃない……初めてだよ。あんなの能力は……」
何故かジンからの返答はない。なんだったんだ?とアーラが思っていると、ジンの次の言葉は左の耳元から聞こえた。
「俺以外の男にそんなに興味あるんだ…」
「ばっ……っ!!」
アーラが弾かれるように振り返ると、面白くなさそうなジンが真後ろに立っていた。
「そこ…シエルくんの邪魔になる。惚気けるなら外へ行け」
ジン以上に面白くなさそうなクーゼに怒られ、ジンとアーラは「すみません」と頭を下げた。
そんな2人を、またそれ以上に面白くなさそうに見つめるケリーエとパイクの視線がジンとアーラには痛かった。
アンテニー家――ニキティス家兄弟の複雑怪奇な関係図が展開されている最中でも、シエルの集中は続いている。
「……うっ」
シエルがうめき声を上げた。
「大丈夫ですか?」
「シエルさん」
アーラとミューズがほぼ同時に声を出す。
「……範囲が広い…でも、大丈夫です……」
シエル能力の過負荷に耐え、視野の範囲を序々にピサ島全体に広げていく。
◆◆◆
シエルはピサ島のはるか上空から島を見下ろす。
ここからでも祭りの盛大さが見て取れる。
それでも見えている「俯瞰」の風景は一面の灰色。膨大な視界の情報から、僅かな「色」の痕跡を探し出す。
人とは違う「色」の痕跡。
目を凝らし、じっと探し続ける。
まずひとつ。それはアミナの街。今日のメインの催し物がある中央広場の南。
そこの近くにもう――2つ。どうやら集中してここを爆破するつもりか。
視野を更に広げる。
アミナの街全体に6つ。シャシブルに4つ。
『アカデメイア』の付近に1つ――その数は11。
漏れはないか――まだ探し漏れている『カタフ』はいないか。もしかしたら『デナモス』が――。集中から1刻(1時間)近く。
全身から汗が滴る中、シエルは計11の『カタフ』の気配を見つけ出した。
◆◆◆
一斉に『アトスポロス』たちが動く。
「僕の心配は必要ありません。本当なら協会の他の方たちとも「視野共有」を行いたいのですが。
僕の限界はここにいる皆さんの人数ぐらいが最大です。
僕の視界を皆さんと共有させます。
皆さんは「色」が見える人物を追ってください」
シエルはそう説明し、あの屋敷にいた全員に、シエルが見ている景色の視界を送り続けていた。
「いいか。相手は『爆裂』の魔導術をかけた『神杯』を大量に持っている。
通常の攻撃を加えたら、共に大爆発を起こす可能性が大きい。
「結界」を作れるエペと、「吸収」の能力を持つシェーヌ以外に1人に1個。「吸収」の能力をもつ『神杯』を渡しておく。
これで『爆裂』の魔導術を吸収しろ。数はない。失敗したらあとがない…全員、うまくやれよ」
クーゼはそう言って、エペとシェーヌ以外の全員に『神杯』を渡した。
◆◆◆
ヴノとクレイは一人の『カタフ』を発見し、現在は追跡中だった。
最初は気づかれていないと考えていた男も、ヴノとクレイが自分を迷わず追いかけてくることに、半ば恐怖を感じていた。
どうしてこの短時間に自分たちの顔までわかったのだ――と。
「ちっ。人が多くて思うように追いつけねぇ」
ヴノが愚痴る。
「どっちかがこの路地を曲がって、二手に分かれてこの先の通りで追い詰めよう」
「よっしゃ。じゃ俺がこの角……」
クレイの提案にヴノが了解し、通りの曲がり角を曲がろうとして――突然、追っていた男の姿が消えた。
「ふふん。こんなもんかな」
スフェラが右腕をぐっと引き寄せ、得意げなポーズでヴノとクレイを待っていた。
「師匠…キートさんが見つからないって……」
「ごめん、ごめん。昨日から今日の昼まで酒場のはしごしてたのよぉ。
さっきアインたちに聞いてさぁ……遅れてごめんねぇ」
ぐでんぐでんになってんじゃなぇか――。白い目で見る弟子たちの姿も気にせず、全身から酒の匂いを放ちながら――スフェラはご機嫌だった。
「その代わり、こいつは捕まえたからさぁ、許してちょうーだいっ」
酒くせぇ――。ヴノの顔の真近くで――少しもそんな気はないだろう師匠の笑顔の謝罪は、ヴノもクレイも少しも嬉しくなかった。
で、スフェラの仕様人たちであるアインたち4人は――後ろで完全に疲れ果てている。
昨日からスフェラを探し回っていたに違いない。
「でぇぇ…こいつが爆弾魔ねぇ……」
あれ?俺ら説明していないのに?と、ヴノが事情を知っているスフェラに驚いていると、後ろのアインが左耳を指差している。
どうも通信用の『神杯』を耳にしていたらしい。
気絶している『カタフ』は、ヴノとクレイの姿を見つけたスフェラたちによって、待ち伏せされ、不意にスフェラのラリアットを顔面に受けた状態で気絶していた。
顔には赤くスフェラの右腕の形がくっきり残っている。
「どれどれぇ…爆弾はどいつだぁ…おらんだぁ……なんてぇ」
1人ケラケラ大笑いする上機嫌のスフェラ。それはいつの時代のギャグなのか――それ自体もヴノやクレイには理解出来ていない。
意味不明の言葉を発する師匠の姿を心底――心配してた。
「みーつけたっ!!」
男のズボンの左右2つのポケットから、5個の水晶が見つかった。
「これが「爆裂」の魔導術を仕込んだ『神杯』と見て間違いないですね。
師匠ありがとうございました。これは僕らが……」
クレイがその『神杯』を手に持ち、にやけるスフェラに手を差しだし、スフェラはそれを小さめの布袋を取り出してその中に入れた。
師匠にしてはやけに用意がいいな。とクレイが考えた次の瞬間。
スフェラは何を考えたのか、その布袋をぐるんぐるんと右腕で激しく回し始めた。
「し、師匠ぉぉっ!!止めてくださいぃぃっ!!」
ヴノが叫ぶ。が、スフェラはそれを聞き逃す。それも故意に。
「どぉ――りゃぁ――っ!!」
天高く――スフェラが「それ」を投げ上げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
ヴノとクレイの悲鳴が響き渡った。
「カフールっ、お前の短剣を貸せぇぇっ!!」
ほとんど取り上げるように、仕様人の1人、カフールから短剣を取り上げると、
「いっっけぇぇ―――っ!!」
スフェラが投げた――剛速球を超えるハイ・スピードの短剣は、見事上空で布袋に突き刺さる――そして。
◆◆◆
その爆発音は、アミナの中央広場西側から轟いた。
窓が激しくその振動で揺れる。
屋敷に待機しているクーゼ、カメリア、カリディアがバルコニーから、空を仰ぎ見た。
「な…なにがあった……?」
灰色と黒色の爆煙が――紺碧の大空に――まるで花のように見事に広がっていた。
呆然としているクーゼの左耳の『神杯』から、ヴノの声が聞こえてきた。
「すみません…今のスフェラ師匠が…『カタフ』捕まえて、その『神杯』取り上げて、空に放り投げて……爆発させました……」
ヴノが、呆けて使い物にならないクレイの代わりに皆の報告した。
「そうか………。そこにはアインたちもいるのか?」
クーゼが尋ねる。
耳の通信用の『神杯』からは、絶えず「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」というアホな高笑いが聞こえてきた。
あぁ――と。クーゼは肩を落とし――納得せざるを得なかった。
〈はい、います〉
と――高笑いのせいで聞こえづらいが――ヴノが答えた。
「じゃ、彼らにあとは任せて、ヴノとクレイは次の場所に向かってくれ。
まっ……協会の連中が上手くやんだろ」
〈……了解っす〉
そこでヴノからの連絡は切れ、クーゼは「はぁぁっ」と大きなため息を吐き出した。
「……師匠ですからねぇ」
カリディアの一言が全てを物語っている。
そしてクーゼがなにげにシエルに目をやると――爆発を目の前で見せ付けられることになったシエルが――心臓をばくばくさせて――腰を抜かしていた。
これで残る『カタフ』は10人となった――。




