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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第1章  『この兄をどうにかしてください!!』
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第2幕  『この状況をどうにかしてください!!』 1

第2幕   『この状況をどうにかしてください!!』


 果てしない階段を登り終え、思ったほどヴノもクレイも息を上げている様子はなかった。

 ヴノは山育ちなので、こうした長い階段や急な坂道の上り下りはほとんど問題がない様子だし、クレイが『鍛えている』というのは本当のようで、ヴノやアーラと変わらないペースで階段を上がっても、疲れた様子を微塵も見せることなく、最後まで登りきっていた。

 友人達のそんな様子に安心したのもつかの間、アーラはここでもなにやら何かを感じたらしく、港からここまでずっと気になっていたことを2人に口にした。

「なんかオレたち、後をつけられているみたいなんだけど…」

 これにはクレイが敏感に反応した。表情が急に強張り、辺りを仕切り見回した。

「港からだから、クレイってわけじゃないと思う。たぶん、オレかヴノのどちらかだな。

 ヴノ、なんか心当たりある?」

 クレイがほぅと大きくため息をついた。どうやら心当たりが大有りのようだが、アーラはあえてそこには触れなかった。

「んにゃ。そんなもんあるわけないし。俺はお前だと思うぞ。こう言っちゃなんだけど、お前、結構女の人に見られてたからさ」

「…それはお前もだよ。ヴノも自覚した方がいいぜ。たぶんモテるはずだ…ってこんな話じゃない」

 自覚はあったのかとヴノは妙な納得をしたが、確かにつけられているというのは尋常ではない。

「何人くらいかわかるか?」

「2人だな。でも、街中でクレイと出会ってから、それとは別の気配が複数あったけど、それはあちこち歩いている間に撒いた。ずっとついてきているのは2人だ」

「…そんなことまでお前は気がついてたのかぁ?」

 ヴノは素直に驚いていたが、クレイは自分と出会ってからという件の後の言葉に驚き、ヴノのように素直に言葉を発することができなくなっていた。

「クレイ。何があったかは訊くつもりはない。もうクレイはオレたちの仲間なんだし、何かのときは『助け合い』だからな。それと、あんな輩は『アカデメイア』に入れば大丈夫だ。ここの特殊な『気』に惑わされて、君にたどり着くことはできないよ」

「…余計な負担を背負い込ませてしまった。本当に申し訳ない…」

「それ以上言うと怒るよ」

「えっ?」

 頭を上げたクレイに、アーラとヴノの冷たい視線が突き刺さる。冷たいというよりも、何かを怒っている。そんな空気を感じた。

「今アーラが言っただろうが。俺たちはもう仲間だって。『余計な負担』とか言うなよ」

 クレイは目を瞬かせた。ヴノもアーラもそんなことで怒っていたのか?まだ出会って数刻しか経っていないのだぞ?

 しかしアーラもヴノの言葉に大きく頷いた。

「仲間なんだろ?友人なんだろ?オレたち」

「…あぁ。そうだな。そうだったな」

 今一度。クレイは己の心に刻み込む。

(母上。私は異郷の地で、もっとも大切な宝を手にすることができたかもしれませぬ)

「再度…よろしく頼む」

「うん。それでよし。ではこの件はおしまいっと」

 アーラとヴノが顔を見合わせ笑い合い、そのままクレイを見た。

 クレイもこれでもかという 笑顔を作った。



◆◆◆



 「さーて。いよいよだなぁ」

 『エヴァエニス宮殿』の正面にある『ブレヴラ門』。

 黄金色の輝きに満たされた門扉には、さまざまなレリーフが掘り込まれている。

 高さは3メートルほど。数十センチの厚さに、数トンに及ぶ重量。現在は固く閉ざされており、一体どうやって開くのかが初めて見る者の興味を引き付けた。

 そんな疑問をヴノが口にすると、アーラがそれなりの答えを言った。

「まぁ…一応ここは『魔法』を教える学宮なんだけど…。入学すれば、見る機会もあると思うよ」

 アーラの答えは素っ気無かったが、「見る楽しみが減るだろ?」と意地の悪い笑みを浮かべていた。

「お前…本当に詳しいよな」

「2番目の兄貴が通ってたことがあるって言ったじゃん。そのとき、何度も遊びに来てたんだよ」

「なるほど」

 ヴノはなんの疑いもなく、素直に頷いた。

「お兄さんは何年ぐらいここに通っていたんだ?」

 これはクレイ。

「半年。今も時々調べたいことがあるときだけ、ここの大図書館を利用しているみたいだ」

「半年…ね」

 クレイがため息をついた。

 今度はアーラがクレイを見つめた。

「あ…へんな意味じゃない。半年でここを出られるとは、そうとうに優秀なんだなと思ったんだ。僕は何年かかるだろう…ってね」

「兄貴みたくある程度理解してしまうと、必要ないと切り上げてしまう者もいれば、ここの膨大な資料だけが目当ての者もいる。

 最短では3ヶ月もいないで出る学徒もいるらしい。『脱落』したとは別な意味で、本人が納得すれば、時間は関係ないみたいだ」

 これにはヴノとクレイが思わず顔を見合わせた。

 正直に『もったいない』と考えてしまう。が、アーラの言う通り、本人が納得しているのならば、在学期間は関係ない。それが『アカデメイア』最大の特徴なのだろう。

 


◆◆◆



 コンっという金属音が石畳の通りに響いた。

「…これ、さっきの男がクレイに返した金貨だろ?」

 気がついたアーラが拾い上げ、一度手のひらに置き一瞥した。

(…これっ)

「すまない。ローブのポケットに入れたままだった」

「どれだけ無頓着なんだよ…鞄盗まれたのも、体調が悪かっただけじゃないだろう?」

 ヴノが怒るのも無理もなかった。金貨を無造作にポケットに入れたままにできる常識は、

一般庶民は持ち合わせていない。

 色々な種類があるが、価値にピンキリとなる。最低でも10万ルーボ(1ルーボ=1円)は下らない。

 それ以前に、もう少し危機感を持たないとクレイの場合はいけないだろう、という心配も存在している。

「…本当にすまない。十分に気をつけることにするよ」

「そうしてくれ…」

 終始頭の上がらない様子のクレイに、アーラは追い討ちをかけることはせず、一言釘を刺すことに留めた。

(…あれは昨年、ロイド王国のソストニトーレ王在位30年を記念して作られた『サクロ金貨』だ。いくら貴族の御曹司だろうと、おいそれと持ち歩ける代物ではない…。

 ということは…。クレイは『件の御方』ということか?

確か価値は…一枚1千万ルーボぐらいだったっけ?これ出された店の人も本当の価値はわかってないんだろうなぁ)

「どうしたぁ…アーラ」

「んーなんでもない。金貨なんて貴重で希少ですごいもん、ほとんど見る機会ないからな。

 いろいろ考えてた」

「…本当に気をつけるよ」

 アーラの言葉を嫌味と受け取ったのか、頬を少し赤くして、クレイは口調を強めにしながら、発した言葉の意味を強調していた。



◆◆◆



 門のすぐ脇に、一定間隔でいくつもの人垣ができている場所が見受けられた。

 何重にも取り巻き、後ろの人間は苛立ちを露に、何かの順番を待っている様子だった。

「…いよいよ『出会いの儀式』か…緊張するな」

 そんな人垣を見て、ヴノのテンションが上がる。アーラもクレイも互いの顔を見合わせたあと、ヴノに頷いて見せた。


 『アカデメイア』に入学試験は存在していない。誰でも入学することはできる。

 正し唯一の条件が、この学宮の神秘性と知名度を大きく上げていた。



「自分の水晶を持っていること」

 これがたったひとつの『絶対条件』。

 この学宮は、とある職業の特殊な資格を持つ人間を養成する機関である。

 通称『石使い(メイスン)』。この名称には、複数の職種が含まれている。



 この世界には、一定の条件を満たせば、『魔導術』という特殊な力が使える方法がある。

 それは自分の水晶を持つこと。ただそれだけ。

 しかしそれはお守りのように、気に入った水晶を買い、または掘り出し…などということで手に入れればいいわけではない。

 『神杯ネクトル』と呼ばれる水晶を手にすること。

 これがわかるのは、『鑑定師マディス』という資格を持つ『魔導士』のみである。

が、どういうタイミングで手に入れるかは、神の導き次第である。

 この『神杯ネクトル』という水晶を媒介に、自然に溢れる力に干渉し、能力を具現化する。

 時には長い詠唱も必要とするが、その水晶さえあれば、『魔導術』を使うことができる、そのきっかけを得ることができる。ということなのだ。



 『石使い(メイスン)』を示す職業には『綺晶』という名称が頭につく。

 『綺晶占術師』、『綺晶魔導医術師』、『綺晶魔導戦士』、『綺晶魔導騎士』、『綺晶王導師(軍師)』、『綺晶判別師』(『神杯販売師』の名称)、『綺晶専学師』(現代でいう博士)、『綺晶鑑定師』等々。総じてこれを『綺晶魔導師メイスン』と呼んでいる。

 『アカデメイア』の正式名称は、『クリスタロス・アカデメイア(水晶の学宮)』という。

 この学宮の役割は、この『綺晶魔導師メイスン』の養成にある。



◆◆◆



 「えっ。『出会いの儀式』って、自分の『ネクトル』を見つけるための儀式ってわけじゃないの?」

 拍子抜けした顔で、ヴノはアーラに詰め寄った。

「あぁ。紛らわしい名称で、勘違いする人が多いらしいんだけど。あの市のような場所でいくつもある水晶の中に、幾つかの『神杯ネクトル』を紛れ込ませる。その『神杯ネクトル』にはなんだかの術をかけてあって、きちんと『神杯ネクトル』と判断した人間が手にできるようにしてあるらしい。それは『最高機密』で、『アカデメイア』でも限られた人間にしかわからない術らしいんだけど。で、選んだそれを、宮殿の中で『綺晶鑑定師マディス』の資格を持った魔導師に見てもらって、入学許可を得るらしい」

 アーラがヴノとクレイに『出会いの儀式』の説明を施した。

「でもさ。それじゃ、事前に不正するやつもいるんじゃないのか?」

「それは愚問だろう。能力もないやつに『アカデメイア』の授業についていけるほど甘くはない。別の目的だとしても、それこそアーラがさっき僕に言ってくれたことだよ。

 ここには特殊な結界が張られているから、『綺晶魔導師メイスン』の資格のない一般の人間が目的の場所に行かれないよう、方向感覚を鈍らせる力が働くようになっている。

 この敷地の中はそういう場所になっているということだ」

 クレイがスラスラとアーラの説明に付け加えて、ヴノに語った。

「…なんだよ。クレイも詳しいんじゃないかっ」

「この『アカデメイア』出身の者に聞いていたんだ。それを思い出したんだよ。

 でもアーラほど詳しくはないさ」

 「ふうん、そう」と不服そうに呟いたヴノは、中々減らない人垣に、呆れたように視線を送った。

「…きっと吟味に吟味を重ねて、いたずらに時間を消費している輩が多いと見える」

「へぇ。クレイでもそんな嫌味を言うんだね…」

 そう言ってまじまじと見つめてくるアーラとヴノに、クレイはばつが悪そうに「こほん」と咳払いを、ひとつした。

「なぁ、アーラ、クレイ。俺、今気がついたんだけどさ。ここにいるやつらって、この宮殿前にいるということは、『メイスン』の能力を持っている…可能性が強いやつらってことも言えるんだよな?」

「正解っ。そういうことさ。まったく能力のない人間に、たくさん押しかけられても面倒だからね。最初っから篩いにかけてしまっているんだ。

 資格の持った可能性のある人間が選ばれてここに来ているってこと。

 ただ全員が『神杯ネクトル』を選べるわけじゃないのが、厳しい世界ではあるけど…。

 とはいえ…それにしても時間かかってるよな」

 すでに1刻(1時間)以上かかっている。さすがにアーラもため息を漏らした。

ここで、ヴノが3つ先の人垣ができているスペースを越えた辺りに、閑散としている『出会いの儀式』を行う市があることを発見した。

「なんだ。あんなところに暇そうにしてる場所があるじゃんっ。向こう行こうぜ」

 と、了解も得ることなく、待つことに飽きていたヴノは、アーラとクレイの手を引っ張り、半ば強制的にそちらへと向かった。

「えっ?並んでいない場所あるの?どこ?」

「どこだよ?暇そうにしている場所って?」

 ヴノの声は、殺伐としていた雰囲気に疲れていた待ち人の救いとなる『天の声』だったが、何人もがどんなに見回してもすべての市が人で埋まり、どこに閑散としているスペースがあるのか見つけ出すことができなかった。

「なんだ…単なる勘違いじゃねぇか」

 見つけ出すことができたのは、アーラたち3人と…その背後にいた2人の男女だけであった。


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