第1幕 3
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「船からも見えていたが、こうして目の前で見るとその大きさがよくわかるな」
クレイがその宮殿の大きさに、感嘆の声をあげた。
「ここはひとつの都市でもあるからね。『学園都市』とでも言うのかな?」
「俺が聞いたのは学徒数が1万人って話だけど、『学園都市』と言うのもこの大きさなら納得がいくな」
『エヴァエニス宮殿』だけでも、オリュムピア大陸最大国家『エリュシオン王国』の王都イオにある『アイテール城』に匹敵するだけの巨大さと、美しさを誇ると言われていた。
また一万人の学徒と、数千人の関係者を要する建物群は、小国家規模の面積があると伝えられるほどでもある。
「…たしかにこれなら観光の名所にもなるか……」
しみじみとヴノが呟いた。それだけの美しさと迫力を持った景観だった。
「ここでこれから『メイスン』になるいろんなことを学ぶんだよな…。ちょっと感動かも」
アーラも希望と期待を込めて、突き抜けるような青い空に浮かぶように建つ宮殿を眺めた。
「…そういえば、クレイは体調大丈夫なのか?」
ヴノが言い、アーラも心配そうに頷いた。
「あぁ。さっきヴノがくれた気付けの薬だっけ?あれが効いているみたいだ。体の違和感みたいなものはもうない。本当によく効くな。ありがとう」
無理しているのかとクレイの顔をまじまじと見つめるが、先ほどとは違い明らかに顔色が良くなり、赤みも戻っていた。歩いていて暑くなったのかローブを脱ぎ、左手に抱えて持っている。クレイの話は嘘ではない様子に、アーラも安堵の笑みを浮かべた。
「これから何百段と階段を上がらないといけない。いや…千段以上かな?体力を使うから。
途中で休憩しながらゆっくり上がれば大丈夫だよ」
高台にある宮殿までは、ひたすら階段を地道に上がらなければならない。
それは「登山」に例えられる。確かに山に登るという方が、体感的にはあっているだろう。アーラはそれを心配してクレイに話したのだが、クレイは育ちの良さそうな、品のある笑みをアーラに返してから口を開いた。
「体調が戻れば問題はない。これでも僕は騎士の称号を持っている。だいぶ鍛えている方だと思うよ」
「それであの男たちに囲まれても、悠然としてたわけか。腕もたちそうだもんな」
ヴノが納得した様子で頷いた。
「それじゃ、ペースを上げても大丈夫だな」
にやりと不敵に笑うアーラに、ヴノは背筋が寒くなる感覚に襲われた。
「おい、手加減しろよ。初日から疲れ果てるのはごめんだぜ」
「そこはちゃんと考えるよ」
ほんとかよとヴノが愚痴をこぼした。
「君たちは同郷なのか?仲がとてもいいようだが…?」
アーラとヴノのやり取りを見てきたクレイが、2人を見て呟いた。
指摘された2人は互いの顔を見合わせ、すぐにクレイを見ると口を揃えてこう言った。
「いいや」
クレイが藍色の瞳をめいいっぱい見開いて、2人を食い入るように見つめる。
「船を降りてすぐ、港で会ったんだ。そこから…なっ」
「うん」
2人は何事でもないかのように、あっけらかんとしている。クレイはすぐに苦笑となった。
「羨ましいな。良き出会いをしたんだね、君たちは…」
「それを言うならクレイも、もう仲間だろ?『良き友』か『悪き友』かはわからないけど」
「それならわかる。どっちもだ」
アーラに笑顔で答えたクレイの笑みには、あの品の良さはなりをひそめ、2人に負けない屈託のない無邪気さがあった。
これなら大丈夫だとヴノも笑った。
3人の若者たちは、それぞれの思いを胸に、『良き出会い』をした友と連れ立ち、『アカデメイア』への第一歩を踏み出した。