第14幕 4
スフェラの屋敷――。
アーラはプリムラを前にしても、憮然とした態度を崩さない。
「何が…あったの?」
「何も。しいて言えば、ミゲと恋人同士になりました」
しれっと答える。
プリムラは厳しい表情を崩せない。
「そのことで…自分に対して何かあったのね?」
指摘され、アーラはぐっと言葉を詰まらせた。
ほとんど自虐的に、アーラはミゲだけでなく、ジン、ヴノ、クレイ、エペの同席を望んだ。
全員の表情は険しい。何故これほどアーラはおかしくなったのか?
特にアーラとようやく想いを実らせたミゲは自分のせいではないかと、このところ食事もまともに取れないほどアーラのことを心配している。
ジンが強制的に食事を取らせているので、なんとかミゲも体力を維持しているのだが。
「……オレ…バケモノなんですよ。プリムラさん」
「アーラ?」
「オレ、バケモノなんです。『カタフ』とか――そんなレベルじゃないんですよ。
あのぐらいの戦闘なんでもないんです。バケモノなんですから」
「…どんなバケモノなの?」
プリムラはアーラから一歩も引かず、そう問い返す。
「人間じゃないんです。男とか、女とか。オレそういうの超越してるんですよ。だから、大丈夫なんです」
まるで大丈夫ではない。アーラのラベンダー色の双眸は、驚きを堪え、アーラを見据えるプリムラを捉えている。
と、突然、プリムラがアーラをぎゅっと抱きしめた。
「…プリムラさんっ!?」
アーラが驚く暇もなく、その体――精神の方に大きな違和感を覚えた。
「……これは私にとっても最終手段なんだけど、『フィラフト(お守り)』の能力はね。
傷を癒すだけじゃないの。心の傷も癒すことが出来るのよ。
ただし、私にも大きなダメージはあるんだけど……私もすごいバケモノね」
「ま…待って……」
プリムラから、白銀の仄かな輝きが放たれ、それはアーラの中に吸収されていく。
アーラがプリムラに止めるよう言いかけるが、まもなくガクンと頭が意識を失い、プリムラの胸の中に落ちた。
「……はぁ……」
輝きが消え、プリムラもアーラを抱いたまま、座っていいた椅子から倒れそうになる。
「プリムラっ!!」
プリムラをエペが、アーラをジンが抱きとめた。
「……そうとう深い…アーラの心の…痛みは。でも、これでしばらくは……大丈夫」
そう言って、プリムラも意識を失った。
◆◆◆
『アーラ』。それはアーラの本当の名前ではない。
6歳のとき、ニキティス家に引き取られたアーラが逃げ出したとき、出会った友達にもらった名前だ。
『フォス』というのも、今の父、スィコが名づけてくれたものだ。
「光り輝く娘」として。
アーラは生まれたときから固定の性別を持っていない。
否。性別だけではない。
手足もない状態で生まれてきた。
アーラを取り上げた産婆は、アーラのことを『ヒルコ』と呼んだ。
アーラを生んだ母親のリチは、それでもアーラを大事な我が子として育てた。
母はアーラに『×××』という名前をつけたが、すでにその名は忘れてしまった。
丈夫な子に育って欲しい。そうリチは望んだ。
丈夫な子になろうと、アーラはまだ乳飲み子だったが、そう思った。
アーラにはその力があった。その力をくれたのがアーラの『神杯』だった。
だからアーラは望んだ。「丈夫な子になりますように」。
それをその『神杯』は答えた。
だから『男の子』になった。「丈夫な元気な子」になるために。
そして手足も出来た。アーラは他の子供と何も変わらない元気な子になった。
そうして育って5歳になったとき。
突然村を襲った『ディアボロス』に、母リチを殺され、村の人も友達も全部殺された。
危機を救ってくれたアエラスに女の子と勘違いされた。
その直後、駆けつけてきたスィコもアーラを女の子と思った。
だが、フロガだけはアーラの傷を見るために体を見ていたので、男の子だと知っていた。
が、助けてくれたスィコやその妻エアデは女の子が来てくれたと喜んだ。
だからアーラは女の子に変わった。
助けてくれた人たちに答えるために――。
あまり人に近づきたくなかったが、人の中で人らしく生きることが必要だったので、
アーラは精一杯『フォス』を演じた。
それは期限付きのことだったので、そのときまで演じきれば良かった。
どうせ、自分には大きな役目があり、そのときまでの命だから。
『アカデメイア』への入学は――アーラにとっては魔が差したとしか言えない。
それでもどうしてここに来たがったのか、自分でもわからない。
でも今考えると、アーラに戻りたかったのかもしれない。
『フォス』も良かったけど、やっぱりアーラの方が、安心出来る。
友達も、アーラが好きだと言ってくれていたから。
ミゲとの出会いはアーラにとっては青天の霹靂だった。
まさか人に恋することになるとは思わなかった。
でも、好きになった。
カメリアも好きだと言ってくれた。ヴノは相棒だと言ってくれた。クレイは大事な友人と言ってくれた。エペは味方すると言ってくれた。
どれも嬉しかった。でも――ミゲを見ると好きな気持ちが抑えられなくて。
今まで我慢できたのに。ミゲが他の男をいると考えただけで、どうしても我慢できなくて――それだけで、ああなっちゃうんだ。
アーラは望んでいないのに――初めになった『×××』は抑えられないんだ。
じゃ――ジンは?
あの友達によく似たジンはどうなの?
結局、何も答えなんて出せないじゃん。
そうだよ、オレ、バケモノなんだ。オレ『ヒルコ』だから――。
◆◆◆
アーラは目を覚ました。
そこはいつもの自分の部屋。
体を起こそうとして、まったく力が入らず、身動きも取れなかった。
「起きたわね」
聞きなれた声――でも誰だっけ?
アーラの右腕辺りに、白い猫――アステがいつものように行儀よく座っていた。
「情けない姿ね」
「あぁ…アステ…か。そうだね。そう思うよ…」
「皆、心配していたわ」
「そう…」
「私もよ」
アーラが驚いてアステを見た。
「話したくないなら、肝心な話はしないでいいわ。でも、悩みぐらいは言いなさい。
人はだから言葉を使えるのだから……」
ああ――アーラはそう言われて。それがアステの優しさだと知って――頬を伝う何かが。
『涙』が妙に熱くて。それがバケモノではない自分を伝えてくる。
アステが見つめる中、アーラは久しぶりに――大声で泣いた。




