第1幕 『この仲間をどうにかしてください!!』 1
第1幕 『この仲間をどうにかしてください!!』
エリュシオン王国ピュロス領ピサ島。
大国エリュシオンの南にあり、青海のトロイア湾に浮かんでいる島。本土からは、定期の渡船で1刻(1時間程度)程度の沖に位置していた。
1年中温暖な気候で、冬季は貴族の避寒地ともなっている。
それゆえに四季に乏しい地域ではあるが、この島はオリュムピア大陸でも特殊な島であり、周辺諸国からの観光客も絶えない場所でもあった。
そしてこの島がこの世界に存在する特殊な理由が、『クリスタロス・アカデメイア』という機関にあった。
◆◆◆
「やぁっとキタァ―――っ!!」
船を降り、アーラはピサ島に第一歩を踏み出した瞬間、そう叫ばずにはいられなかった。
長かった。ほんっとうに長かった。
2年だぞ、2年っ!!家族を説得するのにっ!!!
この島には何度も来たことがあるが、この距離がこんなに遠いとは思ってもみなかった。
紺碧の空に両の腕を振り上げ、体いっぱいに喜びを表現した。せずにはいられなかった。
「本当に嬉しそうだな、お前」
後ろから声を掛けられ、アーラははっと我に返った。
「あ、すまない。道の真ん中でなにやってんだろうな、オレ」
「いいよ、いいよ。なんかお前見てると俺まで嬉しくなってきた。つうか、『実感が湧いた』って感じかな?と、俺はヴノ。ヴノ・ロフィス。キマイラ領地のダンタ村から来た。
田舎者とか言うなよ。お前、なんか貴族の出みたいだし……」
気さくな雰囲気が親しみやすい男だ。と、アーラは感じた。
キマイラ領はエリュシオン王国の北にある、良質の水晶が産出する地域として、近年その知名度を上げているところだったはず。
ヴノと名乗った青年は、こげ茶色の髪に、アーラよりも10センチ以上高い身長、肌は北方からやって来たというだけあって色が白い。目鼻立ちは堀が深く、貴族のような気品の高さがその地域の特色だが、いかんせん人が良さそうな親しみやすさが邪魔?をして、『気品の良さ』が台無しになっているような感じがする。もちろん『良い意味』でということだ。
だがそれでも女性なら興味を持ちそうな「男前」だろう。
しかし気さくそうだが、洞察力は鋭そうだ。自分を貴族の出身とひと目で言い当てた。アーラの着ている服は、『イオ』の街では市民が身につけている木綿布のありふれたものだし、自分の顔の造作は、エリュシオンの中央地域に一般的な民の特徴だと思う。
特に貴族と関連付ける特色はないはずだ。
「あー悪いな。そんなに警戒しなくてもいいって」
「警戒はしてないよ。オレはアーラ・スキアっていうんだ。確かにヴノの言う通り、貴族の出だ。『中の下の下』。貧乏もいいとこだけどな」
「面白いなお前。と。貴族様にタメ語はまずいか」
「『中の下の下』って言ったろ?貴族もくそもない身分だよ。貴族様なんて呼ばれた方がばからしいぜ。それにその『貴族様』が、道の真ん中で「やっときた」なんて喜んでるのもどうかと思うしな…」
「本当に面白いよ、アーラ。でも来た早々いいやつと会えたみたいでよかった。
俺、気が小さいからさ。ここに来る前から、どうしようかとドキドキしてたんだぜ」
「気が小さいかぁ?どこをどうみても、ヴノは立派に面の皮の厚さは、2センチ以上はありそうだもんな」
「どんだけ厚いんだよ、俺は?ってか、初対面で容赦ないな、お前」
アーラは声を上げて笑い、ヴノもついつられて笑い声をあげた。
「もちろん『アカデメイア』が目的…だろ?」
そう言ってヴノが指差した先に、島一番の高台に聳える、大きな宮殿が存在していた。
「あぁ。もちろん」
アーラは力強く頷いた。
「だよな。だから「やっときた」なんて道の真ん中で喜んでたんだもんな」
反撃なのか、ヴノがにやりと笑ってそう言った。
「おうよ。悪いか?」
「いいや。俺もそうだよ。お前に先越されて悔しかったんだ」
再び2人の間に笑い声があがった。
朝から緊張して、宿泊していた宿から何も食べずに出てきたというヴノのために、アーラは昼には少し早かったが、魚料理が有名な食堂を案内し、そこで昼食を一緒にとることにした。
「じゃ、お前は寮には入らないで、『外』から通うんだ」
そう言って、ヴノはパンに白身魚のフライを挟んだサンドイッチを口に放り込んだ。
「オレには3人の兄貴がいるって話したろ?2番目の兄貴が使ってた『家』があるんだ。
この先にある、アミナの街の中ほどにある場所だから、『アカデメイア』にも半刻(30分程度)もかからずに通える」
「ふうん。さすがは『貴族』か?別荘なんてなぁ」
「だから…何度も言っただろ?『別荘』じゃないって。本当に建ってから何十年も経ってるボロ家なんだって…」
呆れた様子のアーラのもとに、新たな料理が運ばれてきた。
「このシャンブルは港町だから、こうして魚も生でいけるんだ。オレも兄貴に連れてきてもらってから、結構ここの料理にはまってる」
「たしかにうまいよ。値段も思ってたよりかなり安いし。俺、本当にお前と会えて運がいいな。ほとんど村から出たことないから、知らないことばかりで不安だったんだ」
「オレはヴノの村のこと教えてもらいたいよ。水晶商いにも興味あるし」
「それならお安い御用だ。俺の家は村で唯一の水晶商い所だったからな。
でも買い付けの商人から世界中の水晶とか石を見せてもらっていたから、その辺は結構詳しいと思うぜ」
得意げに話すヴノに、アーラは目を細め、口元を綻ばせた。
イオの街では考えられない出会いに、自分こそ運が良かったと思わずにはいられなかったから。
一通りの話を終え、2人は満足げに食堂をあとにした。
「本当にいいところを教えてもらったよ。また行きたいな」
「何度でも行けるだろ?」
山合いの村に生まれ育ったヴノにとっては、ここの魚料理はよほど気に入ったらしく、しばらく興奮は冷めやらなかった。
「今度は嫌と言うほど魚料理が食えるさ。だって港町がこんなに近いんだから。
でもここは大陸中から『アカデメイア』目的に人が集まる。その人たちを目的に、また商い目的の人が集まる。シャンブルやアミナの街はそうして栄えているところだから、ヴノの故郷のキマイラ地方出身の人たちもいる。『キマイラ料理』を出す店だって何軒かあるんだぜ。魚料理に飽きたら、そこに行けばいい。貴族向けの高級な店も多いけど、自分で学費を稼いで通う人たちも数多い。だから値段も手ごろな店の方が多いんだ。
ここは『食の坩堝』と言われているから、その気になれば、大陸中の食べ物を満喫できるんだぜ」
アーラの話に、ヴノは口の中につばが溜まって仕方なかった。
それをごくりと飲み込み、うんうんと大きく頷いた。
「そういう情報はどんどん教えてくれ」
「わかった。そうだな…今度は『レユアン料理』なんてどうだ?東方の料理もそうとういけるぜ」
「うわぁ…『レユアン料理』も有名だもんなぁ。俺、まだ食べたことないんだ。ぜひ頼むぜ、相棒」
「あぁ。任されたぜ、相棒」
2人はまるで悪巧みを思いついたかのように、顔を突合せ、にやりと笑い合った。
出会って2刻(2時間)も経たない間に、『相棒』と呼び合う程に意気投合したアーラとヴノは、ピサ島唯一の港がある『シャンブル』の街を抜け、高台に見える宮殿目指し歩いていた。
互いの話をしながら盛り上がっていたためか、ピサ島最大の街『アミナ』に入っていたことをほとんど意識もしていなかった。
しかしここでアーラは複数の視線を感じとり、ふと後ろを振り返ったがそこには誰もおらず、そのままヴノには気づかれないようさりげなく街の周辺を見回した。
「もうこんなところまで来てたんだな。オレの家はここから近いんだ」
「へぇ。じゃ教えてくれよ」
「そうだな。どうせなら、少し茶でもしていくか?」
「いいや。場所だけ教えてくれ。今日中に『アカデメイア』の入学手続きしちまいたいし。
たしか明日までだったよな?」
「そうか。明日だと余計にどたばたしそうだ。それもそうだな」
「じゃぁ、夜はどうだ?その方がゆっくりできるし、お前の知ってるこの島の話をいろいろ訊きたいし、俺の実家の話もしたいしな」
「そうするか」
2人は目的であった、アーラの住まいの前に来た。
赤レンガの年期の入った佇まいは、確かに裕福だろう一族が住むイメージからは程遠い、古びた2階建てだった。
「本当だ。確かに年代ものの家だな。俺はこういう雰囲気は結構好きだけど」
「中はもっと雰囲気あるぜ」
ここでアーラはヴノの視線に気がついた。
「さっき夜に…って話したけど、お前は自分の荷物はどうなんだ?いろいろ準備があるんだろう?」
「そんなことか。荷物はほとんど明日届くことになってるんだ。先にオレが来て、明日に受け取ることになってる。それにせいぜい木箱2~3箱分だからな。ほとんどが、兄貴が教えてくれた勉強に必要な書物だけだし。着替えはこのリュックの中に入ってる分で当分は大丈夫だろうし。他に必要な物は、少しずつ買い足していくつもりだ」
背中に背負うリュックを指差し、アーラはにっこりと笑った。
が、ここで先ほどよりも、もっと熱の篭ったヴノの視線が向けられた。
「な…なんだよ」
「男のお前にこういうこと言うの、どうかと思ったんだけど…お前『ランヴォ人形』みたく可愛いよな。よく言われないか?」
「女みたいだってことか?」
「…まぁ、そうなるかな」
『ランヴォ人形』とは、エリュシオン王国の王都イオとは別に、「第二の王都」と呼ばれる『ランヴォ』にちなんだ呼び名である。かつては実際に王都が置かれていたこともあり、イオよりも歴史的には古い街でもある。『芸術の都』とも言われ、特に絵画や彫刻などの有名な作品が多く集まっているのもランヴォの街だった。
『ランヴォ人形』は、そんなランヴォの街で有名な、少女向けの土産品で作られている人形のことで、少女の理想像が込められているためか、その容姿は色白でパッチリとした目が特徴の『美少女』であることが多い。「『ランヴォ人形』のように可愛い」というのは、少女や女性に対する一種の褒め言葉なのだが、これを少年に言うというのは、『女のようになよなよしている』という馬鹿にした意味になってしまう。これは女性に対しても侮辱した言葉にはなるが、ヴノはアーラをそんな思いで比喩したのではなく、アーラの面立ちを指して言った言葉だった。
アーラの髪は栗色で短髪。体型は細身でなで肩だ。その上、すっと通った高い鼻梁に、ラベンダー色の瞳がパッチリと、ヴノを見つめて離さない。
バラの花弁のように、薄紅色の唇もどこか艶かしい。
先ほどから街中を歩いても、結構な数の女性や同年代の少女たちがアーラに熱い視線を向けていた。本人はまるで気がついていないのか、いつものことと気にする必要もないのか。『美少年』。しかも男である自分でさえ魅了する、とびきりの美貌を持った。
もしもこれが少女なら、17歳であるヴノよりも2歳下と言っていたアーラの年齢から考えても、山のような縁談に悩まされることになるだろう。
2人の妹がいるヴノにとっては、『兄』としての自分の立場を考えてしまう。
アーラのような妹は兄としての理性がそうとう試されるのではないかと、身震いしたくなる思いだった。
『妹に恋をする』。いや。たぶんそうなるだろう。嫁に出すなどもっての他だ。
ずっと手元に置いて毎日愛でたくなるほどの美しさだ。
(人として最低だなぁ。兄としたら最高で最悪だろうなぁ)
そんな考えが、頭の中に充満してしまう。
「おーいっ。大丈夫か、お前…」
「…んっ、あぁ、すまない。つい考え事をな…」
何を考えてたかまでは、言える筈もないが。
「で、ごめん。こんなこと言われて気分良くないよな…」
「いいや、慣れてる。でも実はオレのコンプレックスなんだよ」
苦笑いのアーラに、ヴノは姿勢を正しすっと頭を下げた。
「な…なんだ?」
「すまん。もう2度と言わない。以上っ」
真面目で、誠実で。どこまでも人が良い新しくできた友人は、アーラの気持ちを十分に満足させてくれる上に、これからの生活にはなくてはならない存在になることを予感させてくれた。
「もういいよ。ありがとな…」
「おう」
ヴノは笑顔が本当に似合う。アーラは改めてそう感じた。