序 『プロローグ』
序 『プロローグ』
この説得には2年を要した。
はじめの頃は、父スィコも不機嫌な顔でただ門前払いをしていただけだったが、1年も過ぎたころから、ようやく自分の気持ちが本物なんだとわかってくれたようだった。
段々と親身に話を聞いてくれるようにはなった。が。
しかし、答えは毎回同じ。
「許可できんな」
◆◆◆
できれば父ではなく兄たちに協力を求めたかった。が、むしろ『その兄たち』に問題が多大にあった。
「ですからっ!!」
何度同じことを言ってきただろう。
力技だったが、父を味方につけた。
半年前から何回も行われている『家族会議』。
議題はいつも同じ。「フォスの『アカデメイア』への入学を認めるか?」。
家族はフォス本人を除いて全員が『反対』。
しかし今回ばかりは話が少しだけ、『違って』いた。
一番の決定権を持つ父スィコが、フォスの味方に回ったのだ。
「本当にお父上はフォスに甘すぎる」
次男のネロは容赦なく父親への非難を繰り出す。目もいつになく『殺気』が感じられる。
否。スィコに向けられる家族の視線は果てしなく冷たい。
ひどく肩身の狭い思いを強いられているが、それでもたった1人の愛娘の、2年越しの願いを無碍にすることなどできない。
スィコは腹を括り、フォスの味方に徹していた。
「……お前はそんなにこの家を出て行きたいのか?」
三男アエラスの態度は一発触発。イラつきはピークを越え、早くこの会議を『否決』で終わらせたいという表情がありありと窺えた。
フォスにとっても、このアエラスが一番の『難関』だ。
3歳年下の妹フォスを、アエラスはそれこそ「異常」なほど溺愛した。
いや、『している』。
フォスが友だちと話している場面に遭遇したときでさえ、その友だちに嫉妬をするほどなのだ。
同性の友だちならば、「お兄さんと仲良くていいなぁ」、「アラエス様は、本当にフォスのことが可愛くて仕方ないのね」程度で納得してくれる。
だがそれが異性ならば、それこそ『大問題』だ。
下手をすると『命』の危険が出てくる。
「俺の妹に手を出す云々…(以下省略)」で、学宮(現在の学校と同じ機関)ではおかげでフォスに近づく男子は皆無だ。
それほど自分を大事に思ってくれている兄アラエスを、フォスも大好きだった。やり過ぎはかなり問題ではあるが。
「出て行きたいとかではありません。何度も言っている通り、3年間だけ認めてほしいだけですっ!!その後はアエラス兄様の言いつけに従うと言っているのです!!」
フォスの口調もテンションがあがる。ここが正念場だ。引き下がることなどできない。
「フォス。「アエラスの言いつけに…」は言わない方がいい。こいつの『言いつけ』なんて「一生この屋敷から出るな」とか病的なことになりかねない」
こうアエラスを評価したのは、長男のフロガだった。
「そうだな。それでいこう……」
すでにアエラスの気持ちは怒りで満たされている。
フロガの言葉も『火に油』でしかない。
「わかりました。アエラス兄様がそれで認めてくださるのなら、3年後。私はこの屋敷から一歩も出ないとお約束いたします」
「いいや、それは俺が認めない。アエラス、他の説得文句を考えろ」
フォスもまた意固地になっているため、議題が大きくずれ始める。先ほどから何度も起こっていることだが、この会議は中断させられない局面なため、フロガが話の軌道を修正にかかる。
「フォス。『アカデメイア』は確かに『メイスン』になるには最大の『聖地』だ。とても有意義な時間を過ごせるとは思う。でも、お前は『アカデメイア』で学ぶほとんどのことを、すでに『持っている』んだよ。はっきり言って必要ない『こと』だし、必要のない『時間』だ。私たちもお前とは離れたくないし、家族は一緒にいて支えあうものだと私は考えている。それは違うだろうか?」
ネロは優しく語り掛ける口調でフォスに告げ、そんな兄の潤んだ黄金色の瞳がフォスの罪悪感を刺激した。が、「策士」と呼ばれるネロの巧妙な作戦であることがわかっているため、フォスはぐっと腹に力を入れ、その視線をはねのけた。
「『アカデメイア』のあるピサ島は、フロガ兄様の治める『ピュロス領』の領地内ではありませんか。この『イオ』からも、半日もあれば行くことができる距離です。
今生の別れではないのですから、そんな大げさな言い回しで私を説得できませんよ。
それと、ネロ兄様は私を買いかぶりすぎです。私は未熟者です。
多くのことをこれから学ばなければなりません。多くの友を必要としています。
私はこの家で身に余るほどの『愛情』を受けています。支えてもらっているばかりです。
私も父上を、母上を、兄様たちを…姉様も、グルナもペルルも……皆を支えられるようになりたいのです。
出すぎた考えだとはわかっていますが、この願い、受け入れてもらえないでしょうか」
一言一言、フォスはそれまでの思いを込めて、精一杯家族に告げた。
「ここまでフォスが言っているんだ。3年間だけ…我々も我慢しようじゃないか。
フォスがいろんな経験をして、大きくなってくると考えれば、けして無駄な時間ではないはずだ。俺も覚悟を決めたよ」
父スィコの力強い後押しに、フォスの緋色の瞳が見る見る潤む。
「お願いしますっ!!」
椅子から立ち上がり、フォスは家族に深く頭を下げた。
「駄目だっ!!」
間髪入れず、アエラスの声が聞こえた。
「…アエラス兄様」
これだけ言っても駄目なのか。フォスの心がアエラスに対する寂しさに満たされた。
「絶対に駄目だ」
「…どうして」
感動で潤んでいた涙が、悲しみのそれに変わろうとしたとき。
「俺が寂しいから駄目だっ!!」
頬を赤く染め、そっぽを向いたアエラスは、すべての恥も外聞もかなぐり捨ててそう言い放った。