勧誘
手紙にはこう書かれていた。
弥生君へ、3-A教室で待ってます。 3-A組桜井いずみより
可愛い女の子らしい文字だった。
「いや、やっぱりこれラブレターだろ桜井さんか、どんな女の子かな。
で、どうすんだ?正一、お前、返事は」
「いや、まだこれがラブレターって決まったわけじゃないし、そうだとしても丁重にお断りするよ」
「何でだよ?スゲー可愛かったらどうすんだよ?」
「うーん、それこそその娘とはつりあわないから断るかな、もっといい相手をさがしてくださいってさ」
「さぶいねー、正一」
やれやれといった調子で、真は首を左右に振ってため息をついた。
「とにかく、無視するのは失礼だから、今すぐ行くよ」
「あ、じゃあ俺も・・・」
「ついてこなくていいから」
真の提案をすげなく断り、正一は踵を返して、3-A教室に向かった。
3-A教室は、三階の階段のすぐ脇にある。
正一は、静寂が支配する学校の階段を歩き、その場所へ向かった。
一階、二階、三階と、窓から夕暮れの光が射し、やや金色掛かった階段を一段一段上っていく。
そして、着いた。
その教室には、女生徒が一人残っていた。
間違いなく、例の手紙を出した人物だろう。
正一が扉を開くと、その物音を聞きつけて、窓の外を見つめていた女生徒がこちらを振り返った。
「弥生、正一君ね?」
女生徒は、嬉しそうな顔でそう話しかけてきた。
この女生徒は美人だった。
可愛らしいのではなく、美人だ。この年齢にしては、大人の色気がある。
肩まで伸ばした黒い髪、化粧はおそらくしていないのに、白い肌にはつやがあり、大人っぽい仕草のせいで、更に高校生には見えない。制服を着ているから高校生と分かるが、きていなかったら大学生だと思うだろう。
「はい、弥生正一です」
やや、どぎまぎしながら、正一はやっとのことで答えた。
「桜井いずみです。今日は来てくれないんじゃないかと思ってたのよ?」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
正一の意味のない問いかけにクスッと笑いながら、桜井は答えた。
「ここに、貴方を呼んだのは、あなたが欲しかったから」
「僕が、欲しい?」
「そう、貴方が欲しい」
そう言って、桜井は正一の腕を取った。
「太陽魔法機ソル、間違いないわね、やっぱり貴方太陽魔法が使える。スカウトしない手はないわ!!」
何やらブツブツといいながら一人で、ヒートアップしている桜井。
「あ、あの?」
手を取られたままの正一は、戸惑い、疑問の声を上げた。
「失礼したわね、弥生君、君を生徒会執行部に推薦したいと思います!!」
「え?」
「太陽魔法が使えるというのは、それだけでステータスよ!その能力を生かさない手は無いわ、そうでしょう?」
「え、え?」
「貴方なら大丈夫、きっとやれるわ!!」
正一の戸惑いなどどこ吹く風といった感じで、まくし立てる女生徒は正一がいまいち状況を理解していないのに気付くと咳払いをして、今度はゆっくりと丁寧に説明する気になったようで
「失礼、ようするに、生徒会は、今、戦力になる人員を探しています。強力な魔法力を持っていたり、才能があったりする子には是非とも入って欲しいの。そういうわけで、太陽魔法が使える貴方に、白刃の矢が立ったってわけです」
と、今度はゆっくりとした口調で、正一に順を追って説明した。それだって完璧にではないが・・・。
どうやら、興奮が抑えきれていないようで、やや声が上ずっている。
しかし、大体の意図は分かった。
「生徒会ですか・・・」
「そうよ、やってくれるでしょう?」
「いや、考えさ・・・」
「拒否権はないわ」
え?と正一は口ごもった。
「生徒会長からの指名でね、どうしてもって」
「でも、僕の太陽魔法は・・・」
「話は聞いてる、体育館を半壊させるほど、コントロールが出来なかったんですってね」
「はい、分かっているのなら僕を指名するのはおかしいでしょう?」
桜井は首を振って、更に続ける。
「生徒会長も太陽魔法の使い手なの、もしかしたら、何かコントロールするコツとかを教えてくれるかもね、使ってみた感じ、とても制御できないって感じだったんでしょう?」
「何で?」
分かるんですか?と続ける前に、女生徒は口を開いた。
「生徒会長も同じ道を歩んだの。貴方みたいに制御で悩んで、先代の生徒会長にコツを教えてもらって自分の太陽魔法を編み出した。その伝統に乗っかる気は無い?」
「僕は・・・」
正一は闇が支配し始める校舎を歩いていた。
太陽は沈み、空は濃い黒色に染められている。
昇降口に差し掛かり、正一はロッカーを開ける。そんな正一の背中に声が掛けられた。
「君が弥生君か」
正一は振り返った。
不思議な雰囲気の声だった。透明で、不思議な声。
そこに男子生徒が立っていた。
女性のように線の細い体、不思議な雰囲気をかもし出す双眸、身長は正一と同じくらいだ。
「貴方は?」
君は?と聞かなかったのは、目の前の男子生徒がそういう雰囲気を醸し出していたからだ。
「僕は生徒会長の陽炎朝霞だ。君の顔を見に来た」
「僕を?」
「ああ、生徒会に入ってくれないのは少し残念だけど、もしも太陽魔法のコツを知りたいのなら、別に生徒会に入らなくてもいいから、今度生徒会室に遊びにおいで、弥生君」
そう言って、朝霞はその場を去った。
朝霞の背中を見送り、正一はロッカーを開けて靴を取り出すと、帰路についた。
正一には、どうしても生徒会に入れない理由があった。
正一自身、生徒会活動は魅力的だったが、律子の世話をしている関係上、そんな事に時間はさけない。
そういうわけで、正一は生徒会に入れない。唇を噛み締めながら、正一は律子の待つ家に帰るのだった。
 




