保健室にて
薬品の匂いがする室内、清潔な白一色で固められた空間で正一は目を覚ました。
正一は辺りを見渡すが、白いカーテンに遮られて周りが見えない。
そこで、一旦起き上がり、カーテンをかいくぐって、外に出る。すると、薬品の匂いは更に強くなった。どうも、保健室とはいえこの匂いは尋常ではない。そして、この薬品の匂いが充満する空間にあってその匂いを撒き散らす存在がいた。
それは、大柄な身長190㎝位の男だった。白衣を着ているのが不釣合いで、蒼白な顔、色白な肌、神経質そうな表情のその男は、こちらを振り返ると、口を開いた。
「起きたかね?」
やはりと言おうか何と言おうか神経質そうな声だった。
そして、ずいっと正一に顔を近づけ、ジロジロと観察した。
「ふーむ、顔色も良いし呼吸も正常だ。魔法の暴走による影響はもう殆どないようだね」
「あ、あの?」
「これは、失礼、初対面の人間をあまりじろじろ見るのは失礼だったね?
君、保健室を使うのは初めてだろう?」
そう言って、大男は身を引くと、更に尋ねた。
「ええ、今日が初めてだと思いますけど」
「それは結構、保健室利用は少ないに越したことは無い」
淡々とした調子で喋り続ける大男はどこまでも無表情だ。
まさかとは思うが、この男がこの学校の養護教諭なのか?という正一の懸念は当たったらしい。
続けてこの大男はこう言った。
「初めてなら自己紹介をしよう、養護教諭の青山だ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げ青山の挨拶に答える正一は少し戸惑い気味だった。
それは、男の異様な雰囲気に呑まれたからだろうか?
何はともあれ、正一はこの大男に威圧されていた。
本人が望むと望まざるとに関わらずだ。
正一は一歩後退り、青山をまじまじと見つめた。
薬品の匂いがしたのは恐らく白衣にその匂いが染み付いているからで、何らかの実験をしていたものと思われる、その根拠は保健室の机の上に、フラスコ同士が黒いチューブで繋げられて置いてあったからだ。フラスコにはあわ立つ綺麗な緑色の液体が入っていた。
更に、その緑色の液体の下にはアルコールランプが置いてあり、緑色の液体を熱しているようだった。
「なんの実験をしてるんですか?」
「ん、これはだね。錬金術の実験だ。鉛を黄金に変える」
今度は別の意味で圧倒された。
変な人間もいるものだ。魔法が使えるようになった時代とはいえ、錬金術をまじめに実験しようとしている人間がいるとは。それもこの学校の養護教諭がだ。
よく見ると、フラスコの中にはピンポン玉大の金属球が入っている。
これを見ると、本気で錬金術をやろうとしているようだった。冗談でもなんでもない。
「やはり、そういう顔をするか?まあ、錬金術など夢物語に過ぎないだろうな、普通の人間には」
怒った様子もなく事も無さげに実験器具の様子を見ながら青山は呟いた。
「いえ、そんなつもりではなく」
一応否定はしたが、錬金術を実験しているとさらりと言い切ったこの先生の正気を疑ったのは確かだった。
「まあ、それはさておきだ。これを食べなさい」
そう言って、青山はポケットから銀色の包装紙にくるまれた携帯食を取り出した。
言われて、正一は気付いた、自分が物凄い空腹を感じている事に。
「太陽魔法にエネルギーを吸い取られたんだよ。反物質の持つエネルギーばかりでなく、自分自身の力をね」
「なるほど、有難うございます」
そう言いながら銀色の包装紙にくるまれた食べ物を受け取ると、包装紙をはがした。
クッキーのような食べ物だった。それを口に放り込む。
「あまり美味しくないだろう?」
確かに、もそもそとした口当たりはお世辞にも良いとは言えなかった。
「いえ、美味しいですよ」
それでも、そう言ったのはご愛嬌だ。
「弥生君、どうですか?」
そんな中、蓮野が保健室のドアを開け、そう尋ねた。
「ああ、蓮野先生ですか?弥生君ならもう良さそうですよ」
「そうですか、良かったー」
蓮野はほっと胸を撫で下ろした。
「弥生君、今日はもういいわ、帰りなさい」
「え、でも、まだ三時限目くらいでしょう?帰るのは早すぎるんじゃ?」
そう正一が言うと青山と蓮野は顔を見合わせた。
「もう、放課後だよ弥生君?」
蓮野が言う。
「へ?」
予想外の言葉に、正一は一瞬思考がストップする。
そんな中、放課後のチャイムが白々しく鳴る。