正一の目的
正一は、少し急ぎ足で家を出た。
土曜日にも授業があるというのは高校特有のものだろう、だが、昔は土曜日授業が小学校のうちからあったという話を正一は聞いたことがあった。
何でも、ゆとり教育に転換する前はそんな時代だったという。
しかし、魔法化学の教育には、そういった概念が存在しない。
徹底したスパルタ学習である。別に失敗すると鞭で叩かれるわけではないが、毎日放課後にも基準点に達していない生徒がいると。容赦なく補習を迫られる。
正一は補習を受けたことがないが、それでも、そんな風潮のある教育にやや辟易していた。
「急ぐ必要も無いな」
携帯電話を見ると、まだ7時半、授業が始まるのは8時二十分だ。
距離はそんなに離れているわけではないし思わず駆け足できてしまったが、急ぐ理由は見当たらない。
「あ、弥生君、おはよう」
歩くスピードを緩めた正一に後ろから声が掛かった。
「あ、朝姫さん、おはよう」
正一も後ろを振り返り、にこやかに挨拶する。
挨拶をした相手は、正一のクラスメイトの朝姫コロナ、頭の後ろで赤いリボンを結び、ポニーテールにした顔立ちのいい美少女、クラスのマドンナだ。
そのまま、二人は並んで歩く、正一は、少しどぎまぎした。
クラスのマドンナと並んで歩くのだから当然といえるかもしれない。
「ねえ、弥生君、向こうの世界にも、私たちって存在してるのかな?」
突然、コロナはそんな話をしてきた。
正一はすぐさま答える。
「いるよ、きっと居る。
向こうの世界には、僕や朝姫さんと同じ人が存在してるに決まってる」
向こうの世界とはもちろん、反物質世界のこと、コロナは何の気なしに聞いた言葉に真剣に返されたので、びっくりしたようだった。
「そう、そっか、弥生君は、そういう意見を持ってるわけだ」
「うん、僕と同じでなおかつ僕と違う存在がきっと向こうの世界には存在して、向こうの世界の僕もきっと同じ事を願ってる、僕と同じ事を・・・。」
「願い、何のこと?」
「ああ、大したことじゃないんだよ。
子供の頃の夢みたいなもんでさ、もう一人の自分と、話してみたいんだ。
自分の事を一番良く分かってるのは自分っていうけど、それは違う、客観視してくれる目が無いと、それはホントの真実を見ていることにはならない、でも他人がその個人を評価しても、絶対に主観が入るから、それも確実じゃない、なら、自分自身が第三者として自分を見たらどうだろう?きっと自分って物の真実が分かると思うんだ。だから、僕は向こうの世界に居る自分に会いたい。
話をして、向こうの自分を理解して、そして、こっちの自分も理解してもらう。
っと、ごめん、なんかくだらない話をしちゃった・・・」
「いや、すごいよ弥生君、そこまで考えちゃうなんて。
でも、そうね、もう一人の自分に会えるなら、喋ってみたいよね。
本当に認め合える、関係か・・・。でも・・・」
でも・・・と、コロナは口ごもった。
「でも、何?」
「ううん、何でもない・・・。」
コロナが言いたかったことを、正一は何となく分かっていた。
(お互いに分かり合うって、そんなに大変なこと?)そう、言いたかったのだと思う。
だが、正一は、自分の考えを曲げることは無い、本当に自分の本質を理解できるのは、自分ではない自分しかいないと、断言できるからだ。どんな友達も、自分の本当に本質的な部分を理解しているわけではない。どんな恋人も、どんなに親密になっても、それで、お互いのことを本当に理解し会えることはない。正一は、双子が羨ましい、自分であって自分でない存在だからだ、それだって完璧にではないが。
「さあ、急ごう、学校始まっちゃうよ」
正一は少し悪くなった空気を払拭させるように明るい声で言った。
「うん」
二人は急ぎ足になった。