魔法で化学な一日の始まり
「フハハハハ!ここまでだな!武蔵野=バルト=ヘルト、またの名をマスクライダーバルト!」
悪役じみた笑い声が響く。
武蔵野=バルト=ヘルト、別名、愛の戦士マスクライダーバルトは大ピンチだった。
高層ビルが立ち並ぶ街中で、バルトは親友を人質に捕られて、思うような攻撃が出来ない。
「くそっ!卑怯な、将軍の誇りはどこに行った、へールポップ!?」
バルトは思わず叫ぶ。
「ふん、お前に勝つためならば、例え卑怯といわれようとも、悪名を世に轟かせようと構わん!
行け、タウロスα!バルトを今日この日、倒すのだ!」
「ウモオオオオオオ!!」
下半身は、人間、上半身が牛といった感じの怪物がバルトに襲い掛かった。
「攻撃したら、即刻お前の親友を殺すぞ!」
「だめだ!攻撃しろ、バルトヘルト!」
親友の声が響くが、バルトは攻撃をしようとしない。
怪人の持っていた金棒のような武器がバルトを捉える。
「ぐああああ!」
バルトは叫び声を上げながら、地面に転がった。
そこに怪人の追撃が迫る。
金棒が上段から振り下ろさるが、何とかバルトは横に転がり、これを回避する。
地面に金棒がめり込んだ、グワンッ!という嫌な音が辺りに響いた。
それからもバルトは、攻撃を幾度と無く避けながら、悪態をつくように言った。
「くそっ!このままでは・・・。」
怪人タウロスαが再び金棒を振り下ろす、バルトは直撃を覚悟した。
その瞬間、怪人タウロスαは、上からの青い閃光に貫かれ、倒れた。
「な、何が起こった?」
へールポップ将軍が、驚きの声を発する。
「マスクライダーストライク、見参!」
高層ビルの上から、声が響き、人影が華麗に飛び降りた。
「誰なんだ、君は?」
「人質は取りかえしてやった、あとは一人でやるといい。」
必死で問いかけるバルトに、ストライクと名乗った仮面の男は、そう言うと、視界からいきなり消えた。
「む、人質はどこに行った?」
へールポップ将軍がキョロキョロと辺りを見回す。
「本当にどこに行ったんだ?」
「ここだ、バルト!」
ビルの上のほうで、親友が手を振っている。
「なるほど、もう安心だな。愛の重みを知ってもらうぞ、へールポップ!」
「ふん、ならば来るがいい、人質がいずとも、貴様に負ける俺ではないわ!」
へールポップは、腰に下げた剣を引き抜いた。
「いくぞ、俺の新技!バルトヘルト・ファイヤー!」
「な、なんだこの力はああああああ!!」
バルトが放つ、超連続の拳が燃えるパンチ。
へールポップはなすすべも無く吹っ飛んでいった。
「ふう、今日も世界の平和を守れたな・・・。」
バルトは満足げに頷いた。
「おーい、バルトー!」
親友が駆け寄ってくる。
バルトは、笑顔で親友のそんな姿を見ながら、考えた。
「あの、謎の仮面の男は一体?」
謎は深まるばかり、バルトの行く手を阻む、ビック・バン団、そして、あのマスクライダーを語る謎の新ヒーローの正体は?次回に続く。
そんなナレーションと共に、テレビは変身グッズのCMに入っていった。
テレビの前で、目を輝かせる少女。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!すごいね!誰なのかな?あの謎のヒーロー。」
「さあね、誰かな?」
兄、正一は、そちらを見もせずに、適当に答える。
すると、妹の律子は、左右のお下げを揺らしながら、怒った様子で、正一に突っかかった。
「お兄ちゃん最近、冷たい。」
「冷たくない。」
「冷たい。」
「冷たくない。」
「冷たい、冷たい、冷たい、冷たい、冷たい!」
「分かった、分かった。」
正一は、味噌汁を口に運ぼうとしていたので、妹が、冷たいを連呼しながら、ポコポコ連続で胸の辺りを叩いてくるのを見かねて、茶碗を卓袱台の上に置くと、言った。
「いや、何もお兄ちゃんはな、別に、お前に意地悪をしてるわけじゃないんだよ。」
「じゃあ、なんで冷たいの?」
眼をウルウルさせて、頬を赤らめ、頬を膨らませて詰問する律子の頭を撫でながら宥めるように猫なで声とは行かないまでも、物凄く優しい声で言った。
「いやな、そろそろお兄ちゃん離れしてもいい頃なんだよ、お前も、小学三年生だ。
父さんが、死んで、母さんもあんまりお前に構ってやれなかったから、自然と俺が律子と遊ぶようになったけどさ、いつまでもそれじゃ、いけないだろ?友達づきあいがあんまりよくないのも俺は知ってるし・・・。」
「そんなの、お兄ちゃんには関係ないよ、それに私はお兄ちゃんのお嫁さんになるからいいんですー。」
「まだそんなこと言ってるのか、お前、法律的にも、そういうのは無理なの!分かった?」
「ふん、お兄ちゃんのバカ・・・。」
律子は、自分の部屋へ襖を開けて、引っ込んでしまった。
「やれやれ。」
律子の気持ちは分からなくもない、こうなった責任の一端は自分にもある。
なんでもかんでも構ってやりすぎたのだ・・・。
「さて、と・・・。」
今日は土曜日だが、小学校と違って高校では授業がある。
正一は、少し急ぎ気味に朝食を食べ終えると、流し台のところまで行って、茶碗などを洗った。
そして、自分の部屋に戻り、鞄と小さな金属で出来たブレスレッドのようなものを、取り出し、右の手首に装着した。
ブレスレッドには幾何学的な文様が施されており、何となく月を連想させる外観だ。
そして、部屋を出ると、律子の部屋の前まで行き襖は開けずに、呼びかけた。
「おーい、律子、俺は学校行くから、お昼までには帰ってくるからな!」
・・・、返事は無い。正一はため息をついて、玄関へ歩いていった。
靴を履くために、玄関口に座った正一の後ろに、忍び寄る影があった。
律子だ。律子は、いつの間に出てきたのか、正一の後ろに負ぶさるようにもたれ掛かった。
正一は特に驚いた様子も見せずに、言った。
「昼は、一緒にどこかに食べに行こうか・・・。」
「うん。」
「一人で待ってられるよな。」
「うん。」
「じゃあ、行ってくる。」
そう言って、律子の手を解き、正一は玄関口のドアを開け、学校へと向かった。
「行ってらっしゃい。」
律子は小さく、呟いた。
彼が向かうのは、普通の学校ではない、魔法化学高校、正一はある夢を実現させるために、その学校へ入学した。今日も、彼の魔法で化学な一日が始まる。