正一の目的
「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」
律子がいつものように、鞄を持った正一を見送っている。
「うん、それじゃあ行ってくるよ、律子」
正一も笑顔でそれに答え、学校への道を進む。
今日は土曜日だが、高校というものには土曜日でも授業があるものもある。
つまり、彼が通う高校はそんな所なのだ。魔法高校のカリキュラムから言えば、それは仕方のないことかもしれないのが。
魔法という存在が見つかってから、十数年、それでもまだまだ発展途上の段階なのだ。
それを、できる限り発展させるためには、土曜日授業も辞さない。
もっとも、正一としては、別に苦にもならないので、どうでもいいのだが。
ただ、家に残した妹は少し、心配ではある・・・。
「あ、日影君、おはよう!」
のんびりと歩いていた正一に後ろから声が掛かった。
「あ、日暮さん、おはよう。」
正一も後ろを振り返り、にこやかに挨拶をする。
挨拶をした相手は、正一のクラスメイトの日暮コロナ、頭の後ろでリボンを結び、ポニーテールにした顔立ちの良い美少女、クラスのマドンナだ。
そのまま二人は並んで歩く、正一は、少しどぎまぎした。
クラスのマドンナと並んで歩くのだから当然といえるかもしれない。
「ねえ、日影君、向こうの世界にも、私たちって存在してるのかな?」
突然、コロナはそんな話をしてきた。
正一はすぐさま答える。
「いるよ、きっと居る。
向こうの世界には、僕や日暮さんと同じ人が存在してるに決まってる」
向こうの世界とはもちろん、物質世界のこと、コロナは何の気なしに聞いた言葉に真剣に返されたので、びっくりしたようだった。
「そう、そっか、日影君は、そういう意見を持ってるわけだ」
「うん、僕と同じでなおかつ僕と違う存在がきっと向こうの世界には存在して、向こうの世界の僕もきっと同じ事を願ってる、僕と同じ事を・・・。」
「願い、何のこと?」
「ああ、大したことじゃないんだよ。
子供の頃の夢みたいなもんでさ、もう一人の自分と、話してみたいんだ。
自分の事を一番良く分かってるのは自分っていうけど、そは違う、客観視してくれる目が無いと、それはホントの真実を見ていることにはならない、でも他人がその個人を評価しても、絶対に主観が入るから、それも確実じゃない、なら、自分自身が第三者として自分を見たらどうだろう?きっと自分って物の真実が分かると思うんだ。だから、僕は向こうの世界に居る自分に会いたい。
話をして、向こうの自分を理解して、そして、こっちの自分も理解してもらう。
っと、ごめん、なんかくだらない話をしちゃった・・・」
「いや、すごいよ日影君、そこまで考えちゃうなんて。
でも、そうね、もう一人の自分に会えるなら、喋ってみたいよね。
本当に認め合える、関係か・・・。でも・・・」
でも・・・と、コロナは口ごもった。
「でも、何?」
「ううん、何でもない・・・。」
コロナが言いたかったことを、正一は何となく分かっていた。
(お互いに分かり合うって、そんなに大変なこと?)そう、言いたかったのだと思う。
だが、正一は、自分の考えを曲げることは無い、本当に自分の本質を理解できるのは、自分ではない自分でないと、断言できるからだ。どんな友達も、自分の本当に本質的な部分を理解しているわけではない。どんな恋人も、どんなに親密になっても、それで、お互いのことを本当に理解し会えることはない。正一は、双子が羨ましい、自分であって自分でない存在だからだ、それだって完璧にではないが。
「さあ、急ごう、学校始まっちゃうよ」
正一は少し悪くなった空気を払拭させるように明るい声で言った。
「うん」
二人は急ぎ足になった。