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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-53 薄闇に踊る



 人を模し、人を真似、しかし決して人たりえない人形(ヒトガタ)

 (あるじ)に夢を見させるという触れ込みとともに、それはときには想像を絶するほどの高額で闇取引される。ただひたすらの破滅だけをすべてへ誘うものに過ぎないことを、歴史がいくら証明しようと人の欲する手は決して、弛むことはない。

 或る者は一時の幻想を望み。また或る者は、己出ない他人の破滅を濃闇に希い。

 どこから流れてくるとも知れない、どこの誰が創り上げたかも知れないものを当然のようにその手に、するのだという。





 主の命を受け動き出した、黒い人形の動きは俊敏だった。

 それらは跳んだ、飛んだ。一体は上に、一体は下に、一体は右に、一体は左に向かって飛んだ。

 ちらりとヘイの方を見やり、そして酷く皮肉げに口許をつり上げてリーは自身の耳をふさぐ。わずかに彼が目を見開くのが見えた次の瞬間、猛烈な爆音とともに一瞬にして、それまで彼女らが身を置いていた小屋の天井が壊れた。

 絶叫すらかき消す爆音と爆風、ばらばらと頭上から降ってくる大量の瓦礫の中、さらにリーはふと口角をつり上げる。

 それは嘲笑に、ひどく似ていた。無論嘲りの笑いのすべては、自身へと向けられたものだった。

 上へ飛ばせた一体には、前もってその全身に大量の火薬を詰め込んでいた。

 内蔵された火薬により、彼女らの上にいた人間は一瞬にして皆、命を失った。縦ではなく横にだけ爆発が広がるように設計された人形は、上からの脅威を一瞬にして、その身を代償として討ち払ったのだった。

 無残な瓦礫の雨を抜け、残るのは屋根の抜けた先にある、黒々と頭上高く広がる抜けたような空だけだ。

 クッと喉奥で引きつるように、まったく面白くなさそうにヘイが小さく笑った。


「悪趣味だなァ、リー」

「随分と今更なことを言ってくれるな、ヘイ」


 おおよそ悪趣味と言うのなら、人形の開放の瞬間に炸裂した風と氷のつぶてにしても、正直大した違いはないとリーは思う。爆風に巧妙に乗ったそれらは、ただ存在させられるだけの範囲を越えて襲撃者たちを襲い狂った。

 どちらも無粋な残虐さには、しみじみ何も変わりがない。

 あの黒が残酷に見せた光幻(ゆめ)とは、おおよそ似ても、似つかない。


「しかし随分なことと言えば、たかが私たち程度に、随分な数を集めてくれていることだな」

「たかが魔具師風情に、ねェ。確かにな」


 面白くもない軽口に返る、笑いに混ぜた、荒れ始めた彼の呼吸を傍らに聞きながら目前をリーは眺める。

 さてはてどこまでの力を持つものがここには現れるのか、二人がかりで殺せる程度の、間違ってもあの胡散臭い黒眼鏡の執事以上であることは、なければいいと思うが。自身の魔力が確実に食われ始めている感覚がある。それは通常の魔術の使用と比すればかなり緩慢な減少ではあるが、元々の最大値がさして高いとは言えないリーにしてみれば、持続すれば致命傷にも容易に繋がる、まだ使える手持ちの魔具の確実な減りを告げる信号だ。

 しかし、と、深く息を吐き、吸いながら目前を見据えたままリーは思う。もうあのぬるくやわらかい空間には二度と戻れないというのに、妙に爽快感にも似たような感覚があるのは久々に、ここ最近の自分らしくもなく抗おうとしているからなのだろうか。

 いくら逃げてもまたつかまる。どこまで逃げても追って来る。

 血の匂いに心底から辟易して、もう随分抵抗というものを彼女は止めていた。

 ああ、随分とつまらない抵抗だと、だからリーは思う。生きたところで何もない。まっとうに生きられるはずもない。ならば探し物をするのは、ただ常闇の内側でだけで構わない。そう思っていたから、だから随分とおとなしくしていたのだと、いうのに。

 いくら年を重ねたところで、むしろ年を重ねたからか、結局嘘ばかりをどこまでも自分という存在に上塗りしている。

 足掻こうと思えば足掻ける力は、別に、確かに当然のように、この手の内に、在りは、した。


「……おーォー、んッとに盛ェ大に歓迎してくれやがって、クソが」


 また、ひどく酷薄にヘイが笑う。ここに来るまでにも幾度も使っていた、点火器の上半分をバキンと彼の手は折った。

 折ると同時に、より多くの人間の固まった部分へと彼は無造作にそれを、放る。もとは点火器であったものを誰かの魔術が貫いた瞬間、その魔術に込められた何倍もの炎が、目を焼くような苛烈な輝きを一点に宿したかと思うと次には爆散した。

 閃光に焼けつく景色の中、更にその手はもう二つ三つ、何かリーには理解のできないものを無造作に中空高く高く放り投げる。

 焔の驟雨が「それ」を貫いた、刹那でばちりと雷と風と氷のつぶてが空たかく弾けた。


「――――!!!」


 絶叫、断末魔、身の毛もよだつような、そんな表現がおそらく相応しいのだろうひどい不協和音の連続。

 縦横無尽に、万色が死の彩を宿して舞い猛る。金属が互いに交差し吹き飛び、或いは折れる歪な音がする。

 どこからともなく常に上がる、決してやまぬ絶叫が誰のもので、いつどこであがるものなのかは知らない。目前に散る赤が元々存在していた人間の名を、決してリーとヘイは知ることがない。

 だからこそ、さらなる行動へとリーは移った。

 戻れないからこそ、そんな赫塗れに削られるのがただ自身の表層だけでしかないことを知っているからこそ、動いた。


「……っ」


 人形たちの手やヘイの魔具の放つ攻撃すべてをすり抜け、飛来する容赦のない相手方の攻撃に衣の裾を焼かれる。叫び声が、詠唱の声がおぞましく不協和音として耳朶を打ち据える。

 人形ほどにはうまく動かない身体を擦過(さっか)していく魔術が、わずかな肌の露出部を凍らせ、腕を足を首を肩を腹を胸を、浅くしかし確実に薙ぎ。しかし決して、手は止めない。停滞することがない。

 ハンカチほどの布切れと、さらに六つ、取り出した人形とを無造作に中空へとリーは放った。魔具師が何かを取り出すということは、即ちその魔具を使用しての「何か」を企図しているということ。その発動を阻止せんと更なる猛威を振るう相手側の攻撃を、手持ちの結界すべてを破られてしまったリーたちがすべていなすことなど無論、不可能だった。

 あぁ、放った人形が一つ二つ、展開の前に砕けて散って消滅する。

 いっそあれと私が逆なら、世界はもっと、楽になれた。


「く、そ、が……ッ!」


 せめてもの抵抗だとでも言わんばかりに、ヘイの手にする箱からぶわりと風が舞った。それは不可視の刃だった。向かい来ようとするすべてを切り刻む、海嘯のように襲い来る人間たちを蹴散らすための力だった。

 しかし狙い澄まされた相手方の魔術があらゆる種類の得物は、魔具と人形の手すらすり抜け、容赦なく彼女らの命を奪わんと多数、飛来する。

 ざくり、そんな音とともに四肢に腹部に頸部に結構な痛みが弾けたが、気にしている余裕はない。気にしようとも思わない。

 この場をまずは切り抜けなければ、何を始め何を終わらせることもできない。

 小さくふっと口先で笑って、紡ぐべき言葉を紡ぎ出すべくリーは口を開いた。


「【遍くその身に風を受け、我らを運び、飛翔せよ】」


 ただ一言の命令を受け、布切れが瞬時に絨毯ほどの大きさへと伸長する。ぐいっと身を引かれる感覚があったと思った次には、空たかくリーたちの身体は舞い上がった。

 放られた人形が命を受け、巨大な鳥の、形をなす。

 その最中にまた一つが小さな甲高い音とともに打ち砕かれるのをリーの目は捉えた。さらにはバキンと一際強い、何かが砕ける音が聞こえて小さくリーは苦笑する。

 先ほどの残り三体が、どうやら自爆による「殉死」を、選択した。


「――――!!」


 立ち上る焔が、隔てを作る。寄せる敵とこちら二人、防げない多くのものに深いも浅いも、いつしか全身を傷に塗れさせた、さしたる痛みも残念ながら感じてはいないくだらない足掻きの魔具師たちを隔絶する炎は、ただ主の命を果たすだけの人形というもののある種の純粋さを示すかのようにどこか異様に美しかった。

 飛来する「鳥」が伸ばす脚を、痛む腕でリーは掴んだ。もう一羽はヘイへと舞い降りた。あと一羽は主らの護りとして、たった数瞬を稼ぐそのためだけに翼を広げて全身をありとあらゆるものによって貫かれて落下し砕破した。

 終わればいい。滅びればいい。誘おう。終焉を、結末を、終章、止め、それが果たして誰のものかも、分からぬ弔いの鐘を鳴らせ。

 或いは私という存在を、使おうとしたすべてのものへと告げよう。

 今回に限り生憎私は、ただの人形とは成りえなかった、と。


「……殺す気か、テメエは」


 はるか高く舞い上がった、もはや何もが追いつけなくなった彼方にて不意にポツリとヘイが呟くのが傍らで聞こえた。

 それは死ぬ気が欠片もない人間のもののようで、実際にそうなのだろうとも思えてどうにもひどくリーには可笑しかった。



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