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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
96/189

P2-51 現れる蒼穹と



 ぼんやりとまどろんだ合間の夢は、ひどく今と近い景色。

 しかし今となってはもう、そのときの無知を、懐かしいとさえ虚しく、思う、





「……ん?」


 カチリと響いた硬質な音に、いつの間にか机の上で突っ伏していた上半身を椋はあげた。

 その音が彼の錯覚でないと示すかのように、さらにその音は続いてカチリ、カチリと椋の鼓膜を震わせた。そんな音がするものはこの部屋においてはひとつしかなく、従って椋はその音源――決して彼の側からは開くことのできない、非常に頑丈で特殊な作りをしているらしいドアのほうを見やる。

 同じ音の六階の繰り返しの後、ガチャッと一際大きい音がした。

 そしてその音に続くのは、ドアノブが回り、ドアがこちら側へと向かって開かれる音だ。


「なんだ、リョウ。その顔は」


 そしてこちらの顔を見るやいなや、何とも遠慮のない言葉をずけずけと向けてくるのはクレイだった。色々なものの結果として、クレイは今この部屋、「容疑者の軟禁場所」に自由に入る権利を与えられているかなり数少ない人間の一人らしい。

 こちらを見つめてくる緑の目に苦笑して、椋はいつものように彼へ応じようとする。


「仕方ないだろ、今の今まで寝て――」


 た。

 言葉は最後まで言い切らないまま、ふつりと中途で切れて落ちた。

 なぜならクレイのすぐ後ろに、ここにはいるはずのない空の色彩が見えたからだ。クレイに続きぴんと背筋を伸ばして室内へと入ってきたもう一人の少年は、ここ最近の色々によって、すっかり椋の見知った相手だった。

 ぽかんと、椋は目と口を思い切りひらいてしまった。


「……ジュペス?」

「はい」


 クレイに対し斜め右半歩後ろほどの位置まで進み出たジュペスは、軽く会釈をして椋へ向かいやわらかく微笑む。

 ただでさえあちこちに疑問符だらけな椋の頭に、さらに追加の疑問が浮かぶ。なんでジュペスがこんなところにいる、なんでクレイがジュペスを連れてきてる、しかもジュペスが今着ているのは、クレイより少し略式であるように見える青灰色の団服らしきものであり、……両腕?

 とりあえずまず一番に訊ねるべき要素を、ようやくそこで椋の頭は目前の事象から拾い出した。


「ジュペス、その腕」


 今静かに目の前に立つジュペスは、当然のようにその両腕を団服に通している。

 ごく自然な姿勢を保っている彼の右腕は、しかし少なくとも昨日までの彼には絶対に存在していなかったはずのものだ。なぜならそれは昨日の昼間、椋がクラリオンへ赴くまでの間は確実に、あのふたりの手の中にあったはずなのだから。

 ぶつ切り単語のみの言葉だけでも、椋が何を言いたいのかは分かったのだろう。こくりとこちらに向かってひとつ頷き、そしてなぜかそこで、ジュペスは顔に浮かべる笑みの種類を少し困ったようなものへと変える。

 ヘイが何かしたのか、それとも――

 ちりっと焦げめいたものが脳裏を走った瞬間、ジュペスが口を開いた。


「今日の昼ごろ、これだけが僕の部屋に届けられていたんです」

「……は?」


 そして伝えられた情報は、おそらく椋でなくとも簡単に予想を斜め上に裏切ってくれるようなものだった。

 思わず一度、二度と瞬きをする。誰もいない部屋のテーブル、それとも机か椅子か。とりあえず一定以上の面積と耐荷重量のある場所に、ごろんと非常に精巧な、ぱっと見には生のそれと本当に見違えるような腕が一本転がっている光景。

 なんとも理不尽に非日常でシュールすぎるそれに、何となく頭を抱えたくなった椋だった。


「……なんっだ、そりゃ」


 一応ヘイとは三ヶ月くらいの付き合いにはなるはずの椋だが、ここまで素っ頓狂で意味不明なことをカマされたのは割合久々かもしれない。或いはそれはもう一方の、…実は彼女の、趣味だったりするのだろうか。

 またわずかに苦く焦げるように、ちりりと何か黒いものが椋の脳裏を走る。

 片手で額を押さえた椋をどう思ったのか、ふっとひとつ息をついたクレイが声をかけてきた。


「おまえの居候先の人間については訊ねたことがなかったが、随分と悪趣味だな」

「いや、さすがにこれ悪趣味の一言で片づける範囲越えてないか? クレイ」

「なんにせよ、実際にベッドの上に腕が一本転がっていたという事実には変わりがないんだが」

「は、は。……シュールすぎるな」

「まったくですね」


 ひどく乾いた椋の笑いに、苦笑してジュペスも乗ってきた。変な具合に頬も喉もひきつる、うまく笑えない。

 いつになく表情がうまく作れない理由を、椋はそして既に理解していた。その不調の主体は先ほどからちりちりと脳裏に過る黒い焦げめいたもの、ただ状況がシュールすぎるから、意味不明なものでありすぎるからというそれだけではない。

 それに他の誰でもない「あの二人」が、「創り手」であるあの二人の魔具師が、こんな中途半端な「創作物」の、渡し方などまず、するはずがない。

 椋に理不尽が一気に降りかかってきたように、ジュペスが今目の前にこうして、「両手」を携えて存在しているように。

 何か創作物をジュペスに放らざるを得ないような、それこそ以前の大量の、アイネミア病患者がショックを起こしたあのときのような異常事態が起きたのだ。おそらくヘイにも、そして、……リーにも。


「リョウ」

「うん?」


 額に手を当てわずかに考え込んでいれば、ぐるりとまたひとりで回るその思考を呼んだかのようなタイミングでクレイがまた声をかけてきた。

 のろりと顔を上げ相手の姿を見やれば、わずかに何か躊躇うような光をその目に浮かべたあと、クレイが続けてくる。

 そのことと関係がある事柄かもしれんから、伝えておく、と。


「ヘイス・レイターとレンシア・フロース。――この両名が本日未明より、行方不明になっているそうだ」

「……、え?」


 奇妙な具合に響いた声は、さして大きな声で言われたわけでもないのに妙に長い時間中空に留まった。

 停滞によく似た沈黙が、音もなくその場に落ちる。ジュペスはわずかに空色の目を細めた、クレイはただじっとこちらを見据えているだけで表情を変えない。――椋自身の表情は、分からない。

 本日未明より、ふたりが行方不明、

 聞き覚えのない片一方の名が、この世界では一番付き合いの長いあのオレンジ髪を示すことを何とも今更、椋は知った。


「……ヘイって、そんな名前だったのか」


 結果として椋の口をついたのは、ひどく緊張感のない、なおかつ本当に今更過ぎる馬鹿のような言葉だった。

 分かり切っている、暢気すぎる上にまったく空気を読まない発言にクレイが眉をひそめた。


「リョウ、真面目に聞け」

「聞いてるよ。ヘイたちの行方が分からなくなってる、って?」


 椋とてさすがに、今の発言の馬鹿らしさは分かっている。苦笑し肩をすくめて応じれば、やれやれとばかりにあからさまなため息を吐かれた。

 それにしても、自分たちの手掛けていた新作魔具の、あれほど熱心に確実に寝食など当然のように忘れるような勢いで心血を注いでいたはずの創作物の完成を見ずに、もしかすれば本当の意味での完成を待たないでただ放り出された「腕」。いなくなってしまったという二人、あのヘイがそして異邦人である彼女が、誰かに失踪の目的を向かう場所を戻る時間を、伝えているとも伝える必要性をまともに考えてくれるようにも思えない。

 ただでさえ、俺が無茶苦茶なことになってるってのに。

 またひとつ、わからないことが増えてしまった。苦笑する。


「……何か変なことしようとしてるとかじゃなきゃいいけどな、二人とも」


 変なこと、妙なこと、――危険な、違法な何か。

 ヘイが基本的にヘイ自身のためにしか動かない人間だということはある程度分かっているつもりだが、もうひとりは? ちりちりとひどく不快に黒い影を目前へと勝手にちらつかせる彼女は、何をどう思ってどこに行こうとしているのだろう、逃げているのか、それともどこにもいかない、どこかへ遠ざかる、もしくは。

 様々な事象によって昨日からどうにも思考づけになっている椋の脳内は、どうも事実の断片とそれに誘発される考察の断片だけをぶちぶちと浮かべては揺らし、そして弾ける。一応睡眠時間は確保したつもりだというのに、徹夜後のような奇妙な思考の散漫さが何とも歯がゆかった。

 どうしても一本に考えがまとまらないのは、結局伝聞という形でしか知ることのできない「事実」が、異なる角度からの視線というものを椋に許してくれないからでもあるのだろう。

 クレイたちが来ると同時、机の上へと放りだした紙束をふと椋は見やった。客観的なものごとだけが並べられ同じように第三者的に考察推定のなされた多くの文章の羅列は、感情的に何一つ納得がいかない椋への、答えはなにもくれそうにない。

 放り出された腕。いなくなった二人。椋などは与り知るはずもない遠い場所で、この国の深い「闇」の中で蠢く、特殊な人形。

 あんたは何がしたかったんだ、何を望み何を願って、何を考えて俺に応じてくれた?

 状況証拠は完全に黒の、改めて思い返してみればいくつか思い当たる節が嫌なことに存在している彼女へと胸中で、問うた。


「リョウさん」


 また奇妙に場へ落ちた沈黙を、破ったのはジュペスの椋を呼ぶ声だった。

 ややのろりと彼へ視線を向ければ、どこか温度の失われた、寒空の瞳がこちらを見ていた。


「本日、第八騎士団と第九騎士団がそれぞれ一つずつ、とある代物の取引ルートの摘発に動きました」

「……」

「その際に得られたすべての証言は、彼女がこの国へ秘密裏に潜り込んだレジュナリア【傀儡師】であることと一切、矛盾しないということです」


 ある程度以上椋もまた「それ」について理解していると、分かった上での冷たい言葉だった。

 口内に広がる何とも言えない苦さを呑み下そうと努力しつつ、ふとそこで、今目の前で「両腕」を手にしているジュペスは何をどう思っているのだろうかと何とも今更のように思った。まあ椋の「知る」限りのジュペスの性格と内情からすれば、ここまで来ておきながらみすみす「再起」の手段を捨てるとは考えづらいが。

 そもそも今の時点で右腕を得ているジュペスがいるということが、何よりその意志を示す明確な指標であるのかもしれない。

 椋の思考を読んだかのように、ふと小さく、そこでジュペスは椋へと向かって笑った。リョウさん、もう一度こちらを呼んでくる。


「元々僕には、捨てるものなど何もありません」

「……ジュペス?」

「そもそもあなたという存在がなければ、おそらく僕はとうに命も、尊厳も矜持も何もかもをきっと失っていました。だから、僕は構わないんです。リョウさんが示して下さった選択肢の中から、今現在の道を選んだのは僕自身ですから」

「……」

「ですから僕は今更になって、この腕を直接に作ったのが「誰」であり「何」であるという事実を知ったところで別に、何を特に強く思うということもありません」


 それが果たして良いことか悪いことなのかは僕にも分かりませんが、と。

 付け加えて、今度は少しだけ困ったような表情でジュペスが笑う。あぁそうだろうと椋も思った。少なくとも椋の知る限り、この国であの二人以外に――否。リー以外の人間に、今彼が装着しているものほどに精巧で生身の人間のそれと酷似した、おそらく尋常ならざる能力すら何かしら付与されたモノを作成できるような人間がいるとも、思えない。

 微妙に渋い顔でクレイが沈黙しているのは、咎めようによってはレジュナリア【傀儡師】の創ったモノなど、今この国の闇に流れるレジュナ【傀儡】と同じく破滅しか呼びよせるはずもないもの、とでも言われかねないからだろうか。

 ジュペスが装着しているのは、この国でも禁止されているレジュナ【傀儡】そのものではなく、おそらく全世界的に見ても誰も目にしたことがない全く新しい創作物だ。禁止されるどころか過去にひとつの実例も、少なくともこの国では存在しないそれを、しかし今更捨てることなどする気もないとジュペスは言い切っている。

 もちろん、と、どこか複雑な表情を椋へと向けたままでジュペスが言葉を続けてきた。


「さすがに最初から彼女がそうであることを知っていたとしたら、僕も悩んだかもしれません。リョウさんも、きっと同じだろうと思っていますが」

「うん」

「けれど僕のこの腕を創り上げてくれたのは確かに、世から疎まれる存在でしかないはずの彼女でした。リョウさんが見つけた、ひとりの魔具師だった」

「……そうだね」

「けれど、リョウさん。あなたは今、彼女に、裏切られたと言っても過言ではない状況にあります」

「……」

「ですから、訊ねさせて下さい。――あなたは、彼女を許すつもりなのですか」


 ひたり、と。

 音はなく、どこまでも真っ直ぐにジュペスは椋を見据えて静かに、そう問いかけた。

 ゆらゆらとどこか不安定に廻り続けていた思考に、ジュペスのその目の色と同じ杭を打ち込まれたような気がした。

 裏切り、随分と物騒で鋭角的な言葉だ。しかし今回椋が巻き込まれた、冤罪の原因となったものを造り出したのが確かに彼女の手であり、彼女のものであったというなら、そもそもこんなことが起きると知っていて、その上で椋と接触を図ったというなら――

 ふと、ひどく楽しそうだった彼女の表情が声が脳裏に浮かんだ。

 偶然に椋が彼女の露店を見つけた、あのときの奇妙に鋭いまなざしが過った。

 どうして人形に興味を持っているのか。どうしてそんなに、変わったところに目をつけるのか。

 リーはあのとき椋に対して、果たして何を確かめたかったのだろう。

 マイペースを結果的に貫いてしまった椋に、何をもって「まあいいか」などと苦笑していたのか。


「……だめだな」

「リョウ?」


 思わずぽつりと零した言葉に、怪訝そうにクレイが眉を寄せる。

 わずかに苦笑して、椋は彼の視線へ首を横に振った。今この時点で色々と面倒くさく考えようとしているという時点で知れる。結局何を客観的に知ったところで椋は、リー本人からの言葉を聞かなければ何も、納得などできるわけがないのだ。

 目前の紙たちが示す事実は、状況証拠は彼女が「そんなもの」だったと割り切り見限るべきで、断罪するべきとつめたく感情ない理性に訴えかけてくる。実際そうなのだろうと思う感覚も腹の裏底辺りでぬらりと動いている。それこそアノイのようなヤツであれば、即座にそんなものは「自分」という存在から切り捨てて見せたりするのだろう。そんなことができるからこそ、あの男は王様などという無茶な椅子に座り続けていられるのだろう。きっと。

 しかしそんな潔い、と言えば聞こえは良い、感情を一切交えないただ理論と損得勘定だけの割り切りが俺にまでできてたまるか、と半ば何かに八つ当たりするようにそのとき、椋は思った。

 何しろ、なにも分からない。しかもさっぱり分からないまま、能動的に知ることもできないままに超高速で事態は変転しすぎている。

 そのうえ「知らされる」或いはまだ知らない(いず)れであっても、誰の損益と感情と理性や思考や意図などといったものが存在しているのか、現実味を帯びたものとしては椋の目の前に一切、現れてはくれない。誰かの手によってその少しが紐解かれることはあっても、解かれた先の糸は本体からは遠すぎて、結局は何も見えないまま、ただどこに向けようかも非常に悩ましいフラストレーションだけが際限なく蓄積していくのだ。

 残念ながら水瀬椋という人間は、こと人の裏を読むだの心理戦をするだのといったことに関してはとことん不得手な男である。良くも悪くもそれが椋であろうし、意外にそんな自身というのも、付き合い方さえ分かっていればそう大層に悪いと言うものでもない。

 だから今、問いかけられる言葉に椋は笑ってさらに首を横に振った。 

 どんなに甘いと言われようと、それで破滅するのは自分だと言われようと。

 どうしたところで「器用」な道など、椋には絶対、選べない。


「許すも許さないも、ないだろ。俺はリーさん本人の言葉を、未だに何も聞いてない」


 こんな狭く閉ざされた状況の中で、はっきりした答えなど出せるはずがない。裏切りだなんだと騒ぐのは、もっとあとで本人から、直接の話を聞いてからで構わない。

 勿論数々の状況証拠的な観点からしても、椋の感情の面からいってもリー自身から詳しい話を聞くことは必要だろう。その上でどんな判断が求められることになるのか、結局は彼女はただの「犯罪者」でしかないのかそれとも何かどうしようもない「何か」を抱えているのか、わからない。

 わからないからこそ、今仮定の上に仮定を重ねて結論を出したところで納得などいくわけがない。

 実際「可能性が高い」だけで、彼女がほんとうは何にも関わっていない可能性は……おそらく誰も考えてはいないのだろうが。

 確実に甘すぎるだろうことは分かりきっている椋の言葉に、案の定ジュペスは困惑したように眉を寄せた。


「ですが、リョウさん」

「うん、ありがとうな、ジュペス。クレイも悪い、迷惑かけて」

「今更謝るくらいなら、最初から何もするな、おまえは」


 こちらを想って言ってくれているのだろう言葉にそんな風に応じれば、やれやれとでも言いたげに、クレイはため息とともに苦笑した。

 全くもってその通りな言葉に、椋もまた肩をすくめて答える。


「だよな。俺もそう思う」

「リョウ」

「まあでもそもそも裏切りだ何だの前に、ここから出られないことには何にもならないし」

「……リョウさん」


 ジュペスもまたそこで苦笑した。色々と判断を先送りにしてしまっているだけのような気もするが、ずっと鬱々とただ考え込んでいるよりは確実にマシだろう。

 部屋から出ることはかなわず、どこにも行けず自由に人と会える訳でもない。

 まあ結局考えることしか現在の椋にはできることなど基本的にはないわけだが、だからこそひとつの点で留まってしまったら、それこそ本気で死ねそうだ。主に精神的な意味で。

 などと考えていたら、苦笑の表情のままジュペスがまた口を開いた。


「なんだか、順番が無茶苦茶になってしまった気がしますが」

「え?」

「どうか僕にも、そのお手伝いをさせてください、リョウさん。僕は既にあなたに対して、一生をかけても返しきれないほどの借りがあります」


 そして次に向けられたのは、何の(てら)いもないためらいもない、真摯な言葉と視線だった。

 一瞬何を返すべきか迷ったのは、彼の言葉それ自体が予想外だったからではない。この部屋にジュペスが入ってきたのを見たときから、何となくどこかでそんな気はしていた。

 だからこそ、一応修正しておきたい点がある。椋自身の腑に落ちない点が、ひとつある。

 目前の少年を、椋は呼んだ。


「……なあ、ジュペス」

「なんですか?」

「気持ちはすごく嬉しいし、実際かなり助けは欲しい状況なんだけど」

「けど?」

「けどさ。恩着せようとか貸しとか借りとか、そんな面倒なもん作った覚えは俺には一切ないぞ。感じなくていいんだって、そんなもの」


 何しろなにもかも結局は、状況が看過できない椋の我がままから始まったことだ。この世界における「自然」から、その良し悪しはともかく相手を外してしまう、我がままから。

 どこまでもまっすぐで透明な青空の瞳が眩しくて少し目を細めれば、どこか楽しそうにふっとジュペスは相好を崩した。


「ええ、きっとあなたならそう仰るだろうとは思っていました」

「へ?」

「だからあなたも、お気になさらないでください、リョウさん。ただの、僕のわがままですから」


 これ以上ないまでにきっぱりと、反論を許さない勢いの、妙に押しの強い笑顔と視線で言い切られる。

 何となく助けを求めて、彼の傍らのクレイへと椋は視線をやった。振ってみる。


「……いいのか? それで」

「いいんじゃないのか。実際問題、人手不足は深刻だ」


 あっさりと肯定の返答があった。あまりにあっさりすぎてまたしても拍子抜けした。

 まあそもそも、クレイがいいと思わなければジュペスはいまこんなところにはいないのか、と。

 またしてもある意味今更なことを、場違いに間抜けに考えたりもする椋なのであった。





11/6の活動報告にて、ボツ話をひとつあげさせて頂いております。

この話の直前、「資料」を読む椋の話です。よろしければ併せて読んで頂けると嬉しいです。


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