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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-43 絡む糸への手ほどき 1

「……はぁ」


 この世界に風呂に入る習慣があったことを、これほどありがたく思ったこともない。

 身体の芯まで雨水に浸されて冷え切っていた椋の身体は、今はほかほかと暢気な湯気を立てていた。着替えとして用意された服も、明らかに上等なのが分かるうえ、多少袖口が広く長すぎたり刺繍が派手だったり妙に全体的にひらひらしていたりするのが気になったが、生憎そんな文句を言えるような状況でもない。

 差し出された果実水を呷って、ようやくひと心地ついた椋がほぼ間髪も入れずに案内されたのはまた、赤紫というには赤がやや濃い気がする目をした彼の前だった。

 しかし今度椋が通されたのは、強制的にこの屋敷に連れてこられたときと同じ広間ではなかった。以前カリアの家(と呼ぶにはあまりに豪勢過ぎてどう形容するべきか非常に困惑するもの)に招待されたときに入った、カリアの個室に何となく趣が似ている気がする。

 バスケットコート一面分は確実にあるだろうその部屋には、部屋の主の内面を反映してだろうか、どこか雑然とした雰囲気があった。

 使用途が良くわからない、かなり綺麗で精緻であることだけは分かるものがあちこちに無造作に置いてあり、壁にもいくつもの額縁入りの絵画が異様なまでの存在感を個々に放っている。部屋の中心にあるのは、素材が何なのか知らないが灯りにきらきらと光るテーブルと椅子。なぜそんなに複雑に光を照り返すのかと思えば、テーブルの上から脚の先、更にはそろいの椅子に至るまで、ものすごい細かさの彫刻がびっしりと施してあるからだった。

 いかにもすわり心地のよさそうなクッションが置かれた椅子は、今この部屋には二つある。

 そしてその椅子のひとつには、当然のようにこの屋敷の主である彼が薄い笑みを浮かべて座っていた。


「遠慮しないでどうぞ、座って。いやしかしこの部屋に男を呼ぶなんてかなり久しぶりだな、そういえば」

「……はあ」


 とりあえず彼に関しては、風呂に入らせてくれ、着替えを貸してくれたことには素直に感謝している。おそらく結構な貴族であろうことはこのテーブルセット一つを見ても明確だというのに、椋と面と向かって、一対一で話をしてくれようとしているところにもそれなりに好感は持てる。

 しかし残念なことにそれ以上に、今目の前にあるこの薄い笑みはどことなく底知れなかった。何となく彼と同じ類の笑みを見たことがあるような気がして少し考えてみれば、それはこの国の王様が何かにつけて浮かべる、どこか人を食ったような楽しげな笑顔だった。

 どうにも納得できるようなできないような感覚を抱きつつ、とりあえずはきちんと礼は述べておくべきだと椋は口を開いた。頭を下げる。


「風呂、ありがとうございました。着替えの服まで借りてしまって、すみません」

「え? ああ、そんなの気にしなくていい。むしろあいつらに被害を受けたのは君だ。俺はあの、不肖の部下たちの尻拭いをしただけのことだよ」


 大丈夫、どうせあいつらはすぐに自分のやったことのしっぺ返しを食らうよ。

 そんな言葉とともに相変わらずに向けられる薄い笑みに、妙な胡散臭さのようなものを感じる気がするのはどうしてなのだろうか。

 文句を言う筋合いもないうえ、ただでさえ今の椋は珍妙な事態の真っ只中に放り込まれているのだ。下手なことを口にすると更に事態が悪化しそうで、とりあえずは彼は口を閉じて相手のさらなる反応を待ってみることにした。

 お湯で温められた身体は今度はくしゃみをすることもなく、おとなしく彼が再度口を開くまで黙っていることができた。

 顎に手を当てた男がまた笑う。楽しげに薄く、しかしなあ、と。


「やっぱりちゃんとしたものを着せると、同じ人間でも違うもんだな」

「え、……あー」


 それが現在の椋のさまを示す言葉だと、推測するのは難くない。

 腕を動かすたびにふわりと纏いついてくる袖に、それが高級であることを誇示するかのような微細な刺繍に思わず、椋は苦笑した。


「正直、分不相応にもほどがある気がするんですが」

「そうかい? それにさすがにさっきの君だけで色々と判断するのは早計だろう。あんなひどい濡れ鼠じゃ、俺だってただの情けない地味なダメ男にしか見えないさ」

「……はあ」


 ほめているのかほめていないのか、よく分からない言葉である。

 どうも反応に困ってしまいぽりぽりと頬をかいた椋に、ぷっとまた楽しそうに目の前の男は吹いた。


「そんなに緊張してくれるなよ。まさかこんな状況でこんな理由で実際に会うとは思ってもみなかったけど、君には一度、是非会ってみたいと思っていたんだ」

「へっ?」

「一体どんな男なら、あのカリア様をあそこまであっさり変えてしまえるのか、ってね。気になってたのさ、俺は」

「……は?」


 あまりにあっさり当然のように彼が口に出した一つの名前に、椋は返すべき言葉をまた失う。

 同時に若干の緊張も、覚えた。かなり理不尽な仕打ちを受けた直後に少し優しくされたせいでだろう気が抜けていたが、もしかするとこの男は、カリアの言うところの「敵」側の人間だったりするのだろうか。

 わずかに身を硬くした椋の内心を読んだのか、その顔に浮かべる笑みを少し苦笑めいたものへと変えて男は肩をすくめた。


「そんなに警戒するなって。俺はカリア様の味方だ。ついでに君がカリア様と親しくしてることも、ちょっとした伝手で調べたから知ってる」

「!」


 あたかも当然のように、目の前の男はカリアと椋とをつなげて見せる。

 いったいいつ、どこでこの男に自分は何を見られていたのか。今まで全く知るよしもなかったからこそ感じる薄ら寒さに、ぞくりと両腕に鳥肌が立つのを椋は感じた。

 しかしそんな椋の反応など頓着せず、マイペースに目前の男は言葉を続ける。


「なにしろ俺はニースと同期の古馴染みでね。少しでもカリア様に歯向かうようなことをしようものなら、即刻あいつに殺されかねない」

「……」

「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったんだっけか。俺はエネフレク・テレパスト、エネフと呼んでくれて構わないよ。第八騎士団の副団長で、クレイトーン・オルヴァとジュペス・アイオードの上司をやってる」

「……そうですか」


 最早さりげなくもないが、クレイとジュペスの名前まであっさり彼は出してきた。

 しかしあっさりとエネフがそれらをこちらに明かしてくれたおかげで、若干ではあるが椋もある意味では落ち着くことができた。要するに治癒に関する云々を抜きにすれば、基本的には椋という存在に関してこのエネフという男は、ある程度の知識を持っているというわけだ。

 それなら多少の奇妙さを持った、貴族にも基本的に物怖じしない平民として椋はここに居ればいい。

 ひとつ、息を吐いて、吸った。

 わずかに下げていた視線を、改めて目前の男に向かって椋は、据えた。


「では、エネフさん。質問させていただいてもいいですか」

「答えられるかどうかは分からないが、聞こうか。何だい?」

「どうして俺は今、こんなところに連れてこられているんですか」

「君をここに連れてきた、あいつらも言ってただろう? 君の名がある貴族、ケントレイ・ターシャル殺害に関する最重要参考人として挙げられているからだ」


 さらりと、立て板に水を流すようによどみなくエネフはそう口にする。あまりに当然のように、眉一つ動かさずに。

 ただ淡々と「事実」だけを言葉にする彼の言葉そして態度に、若干いらっと沸いた思考を何とかなだめる。どうしてそんなことになっているのかをこそ、現在の椋は知りたいのだ。ヘタに感情に流されれば、それこそ確実にこのまま、何も情報は得られないまま、どこかに放置されてしまいそうな気がする。

 少なからぬ焦燥を覚えつつ、自身の持つ事実を牙として椋は相手へと噛み付いた。いや、と。


「俺はそもそも、そのケントレイという人が誰なのか、男なのか女なのかさえも知りません。そんな俺がどうして、殺人事件なんかの容疑者になるんですか」

「あー……うん。それはだね」


 わずかにエネフが眉をひそめ、奇妙に刹那、言いよどんだ。

 どこか答えあぐねているかのような彼の態度に椋もまた怪訝に眉を寄せた瞬間、椋でもエネフのものでもない声が、不意に場を打った。


「ケントレイ・ターシャル殺害の現場に居合わせたのが、他の誰でもないあのマリア・エルテーシアだったからだ」

「!」


 確かな聞き覚えのあるその声に、半ば反射的に声の方向を椋は振り向いた。

 椋が中に入ると同時に閉ざされたはずのドアは、いつの間にかまた開いている。開かれたそこには浅黒い肌と緑色の目をした、椋の友人の姿があった。

 唐突な場への闖入者に、どこかまた妙に楽しげにふと笑うエネフの声が聞こえた。


「少し遅かったな、クレイトーン」


 まるでクレイがここに来ることを予見していたかのようなエネフの言葉に、思わず椋はエネフと入り口のクレイとを見比べる。やはり楽しげな表情でクレイを見るエネフの瞳には、間違えようもない確信めいた光があった。

 そんな彼の視線の前で、わずかに苦笑したクレイは静かに、その場で膝を折った。


「遅れて申し訳ありません、副長」


 それにありがとうございます、と。

 そんな言葉を口にしながら、すっとクレイは彼へと向かって首を垂れる。


「第八騎士団「リヒテル」所属、第六位階騎士が一人クレイトーン・オルヴァ。只今戻りました」





「あー、……うん、とりあえず大体のところは、分かった」


 その後のクレイを交えての、状況説明と双方の質疑応答はおおよそ一時間に及んだ。

 無茶苦茶な言いがかりとしか本気で言いようのない事態に、椋は頭を抱えずにはいられなかった。両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏す椋に、クレイが苦笑して声をかけてくる。


「そう気を落とすな、とも言えんが。俺に言わせたところで、狂気の沙汰としか形容のしようがないからな」

「しかも何が最悪って、そういう風に事態の解釈をしてくれる人間が絶対、ほとんどいないってことなんだよな……?」


 少し整理しよう。現在、椋にかけられているのは、宮廷官吏の一人であるケントレイ・ターシャル殺害の容疑である。

 十二時を回った現在からすれば「昨日」、ケントレイ・ターシャルが殺されたのはツィリの刻、椋の感覚に直せば午前11時からおおよそ半ネーレ(30分)経ったころらしい。現場に即座に駆けつけたのがクレイであったにも関わらず、なぜ椋がこうして捕らえられる結果になってしまったかと言えば、マリア・エルテーシアおよびディーナ・ターシャルの供述する犯人像が、ほぼ完全に椋のそれと一致してしまったこと、そしてマリアが最低なことに、椋の名前を声色高く挙げてしまったことに起因する。

 たとえ禁を破っての暴走の結果としての目撃だとしても、貴族の一声、である。それが容易にスルーされるわけもなく、少し落ち着いたディーナからも事情を聴取し、結果として椋に手が伸びることになってしまった、らしい。

 しかもなにがまずいといえば、日がな一日降り続いた雨のせいでヘイ宅に篭っていた椋には、被害者の殺害時刻にアリバイらしいアリバイが何もないことだ。

 ケントレイ殺害が起きたとされる時刻には、椋はヘイ宅にて一人ぼんやり机に向かっていたのである。いつからか習慣化してきている、医療に関する様々な覚書を今日もまた書き連ねていたのだ。

 要するに椋が本当に殺害時刻にヘイの家、椋の部屋としてあてがわれたあの部屋に居たことを、誰も証明することができない。いつもであれば現在ルルド邸の人々が証人となってくれただろうが、昨日に限ってはそれがなかった。

 魔力を持つ者であればその魔力の残滓から過去の行動をたどることも可能らしいのだが、無魔を相手にするとなると、途端に要求される技術および魔力消費量が跳ね上がってしまう。

 したがって下賜名持ちの大貴族や王族が殺されたのでもない限りは、そこまで精密な追跡の魔術を使用することはありえないということだった。


「何なんだよ、ホントに……」

「副長がおまえを受け容れてくださっただけ、良かったと思え、リョウ。……副長、改めて御礼申し上げます。急な動員要請や被疑者に関する取調べや身柄の確保など、一切を取り仕切っていただき本当にありがとうございました」

「おいおい、そう堅苦しく礼なんて述べてくれるなよ、クレイトーン。俺はおまえの上司として、おまえにそれを渡した張本人としてやるべきことをやった、それだけのことさ」


 深々と頭を下げたクレイに、さらりと笑って至極当然のようにそんなことをエネフは言う。

 相変わらずその表情はどこか妙に軽薄だが、しかしだからといってエネフの言葉には嘘もまた感じられなかった。クレイがごく自然に相手への敬意を見せていることからしても、多分多少の問題はある気もすれ、彼はクレイにとって良い上司なのだろう。

 しかしそんなことを思った瞬間に、またにやりとエネフは楽しげに口許をゆがめるのだ。それにな、と。


「おまえのおかげで、随分珍しいものがいくつも見られたしな」

「珍しいもの?」


 わずかに怪訝を瞳に宿し、下げていた頭をクレイが上げる。

 ニヤリ笑いのままエネフは、どこかわざとらしく腕組みをして椋とクレイとを見比べた。


「いやあ知らなかったぞ、クレイトーン。おまえがそこまで、他人と打ち解けて話ができる人間だったとはな」


 一体あんたは、クレイをどういう人間だと思ってたんだ、と。

 その言葉を耳にした瞬間の、椋の正直な感想はまさにその一言に尽きた。思わず怪訝にクレイの顔を見やれば、当の本人は少しだけきょとんとした顔をする。

 しかしすぐに、何か納得したような表情を浮かべてクレイはエネフへと笑った。


「それは俺ではなく、この男が原因ですから」

「俺かよ」


 あっさり一言で全面的に責任を押し付けられた。思わず突っ込んだ椋に、更にどこか面白がるようにひょいと片眉をあげてクレイは笑う。

 何となく非常に腑に落ちないものを感じる椋をさておいて、ふと真剣な表情へ戻ったクレイはまたエネフへと言葉を向けた。


「副長が、この男についてどこまでお調べになったのかは分かりませんが」

「うん?」

「こいつは誰であろうと己の友人と見なしてしまうことはあっても、誰かを殺すなどということは絶対にありえない男です。……それはこいつの友人として、俺ははっきり言い切れます」


 そしてあまりに当然のように、そんな言葉をクレイは口にする。何の気負いもなく誰に頼まれ強要されたわけでもなく、ただ椋の友人としての、それだけの言葉だった。

 予想外な彼の言葉に、エネフはおろか椋までもがわずかに、呆気にとられた。


「……クレイ」

「そもそもおまえは、誰かを救うことには必死になっても、殺すことになど興味を持ちそうにないからな」

「当たり前だろ。持ちたいとも思ってない」


 椋の声に改めて椋の方を向いた彼が、笑み混じりに続けてきた言葉に苦笑するしかない。

 いつもと変わらない二人のやり取りに、楽しそうに笑ったのはエネフだった。

 なるほどなあ、椋たちが視線を向ける先でくつくつと彼は笑う。


「少しだけ納得したよ。ますます面白いな、まったく君というやつは」


 果たしてこの男が面白いと言うのが、椋のことなのかそれともクレイのことなのかは知らない。

 そもそもそれがどちらだとしても、おそらくたいした違いはないのだろうとも椋は思った。まだ彼という人間を知ったというにはあまりに時間が短いが、何となくこのエネフという男は、そういう人間である気がする。

 ひとしきり笑ったところで、不意にエネフはその目に真剣な光を宿してまた椋たちを見据えた。


「でもね、分かっているだろ、クレイトーン、それにリョウ・ミナセ君」


 ほんのわずかに、しかし確かにその場の温度が下がる。

 顔全体で作る笑みという表情そのものは変わらないものの、瞳だけは奇妙に冷めた真剣さを持ってエネフは、椋たちに向かって言葉を続けてきた。


「たとえ友人が何を間接的に証言したところで、彼女らの証言を覆して余りあるような「実際」の証拠が見つからねばまず、君にかけられた容疑が晴れることはあり得ない」

「……そうでしょうね」

「はい」


 そうして淡々と告げられる事実に、椋は小さく苦笑し、クレイは真剣そのものの声で短く応じる。

 もしも本当に椋がそのケントレイ・ターシャルなる貴族を殺したというなら、それはおそらくここ最近の一番の特大スキャンダルだ。平民が貴族を殺した。細かいことなど知らないし実際の事例も見たことはないが、確実に椋の身は、五体満足に無事ではすまないだろう。

 それなのに今現在の椋がそれなりに、多少ならぬ理不尽を被っているとはいえ一人の人間として発言することを許されているのはこの男、エネフとそして傍らの友人、クレイのおかげ、らしい。事件の目撃者である貴族が犯人は庶民である椋だと言ったなら、最悪の場合ろくな捜査もされずに椋に罪がかぶせられ処罰されるかもしれない、そんな状況で、だ。

 ホントになんで、こんなことになってるんだろ。

 一体、俺が何をしたんだ――納得などできない事態に多々考えることはあれ、おそらく今はそのすべてが、口にしてみたところでムダ以外の何にもならないのだろう。

 小さくため息をついた椋に、わずかに同情めいた視線を向けてからエネフが続けてきた。


「おまえたちにはその目撃者、マリア・エルテーシアだったか? 彼女にも妙な因縁がありそうだしな。それ以外の妙なことに巻き込まれんように、注意して無罪の証拠を探すんだぞ」

「……それ以外の妙なこと?」

「ああいや、今はその話は止めておこう。また別の話だからな」


 奇妙なエネフの言葉に思わず椋は眉を寄せたが、それ以上のことをエネフは口にしようとはしなかった。笑み一つの下に、あっさりと言葉は隠されてしまう。

 怪訝に思ったのはクレイも同じだったろうが、彼はただ沈黙して口を開くことはしなかった。そんな二人へ向けて、さらにとエネフは続けてくる。


「とりあえずのところは、ミナセ君。君の身柄は我がテレパスト家で預かろう。下手な勾留所に君を放り込んで、ターシャルの係累に君が殺されてしまっては意味がない」

「は? ……殺され、っ!?」

「そういう立場に立たされているんだ、今のおまえは」


 さらりと告げられた異常な言葉に、椋は絶句しクレイは苦笑した。

 だから本当にどうして、何がどこから捻じ曲がってそんな変なことに。詳細な説明を一通り受けて大まかな流れは把握できたとはいえ、やはりそんなことを椋は考えずにはいられなかった。

 同情めいた視線を少し椋へと向けた後、クレイがまたエネフの方へとその顔を向ける。


「副長、本当によろしいのですか?」

「よろしいのですかって、まさか彼をオルヴァ家に連れて行くわけにもいかんだろう。どうせ部屋は余ってるんだ、俺は一向に構わないさ」

「ありがとうございます、副長」

「クレイトーン。おまえ、さっきからそればっかりだぞ」


 また楽しげに、エネフは笑う。決して楽しくなどないがひどく滑稽ではある現状に、ひどくげんなりと椋はため息を吐いた。

 椋という異存在を拒絶し、その結果一人の人間を殺しかけ謹慎に処されていたはずのマリア・エルテーシアという少女が独断で向かった先で起こった殺人事件。彼女の言う「黒」。何をどう勝手に彼女の思考は関連付けてしまったのか、その口から喉から迸るように叫ばれたという、椋の名前。

 俺は、どうすればいいんだろう。

 よく考えずとも結構な窮地に陥ってしまいながら今、ひとり、椋はただ思考を続けるしかない――。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一言で言えば滅んだほうがいい世界かな
2021/12/25 14:31 退会済み
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