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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-38 やみゆきのひ 4



 降りしきる雨の中、暗い灰色の空の下、手にした魔具をどこかぼんやりと眺めていた。どうもここ最近、本来の自分ならば手にしようもないものばかり預けられているような気がする、と奇妙に淡々と思う。

 それは現在クレイがこの場に居る理由、この国の王より授けられたものではなかった。

 今朝方、と呼ぶのもまだ少しためらわれるような朝闇の時刻。

 改めて重ねられた命令を受けたクレイが王宮を去ろうとしたとき、彼へと無造作に投げられたものだった。


 ――クレイトーン!


 彼の名を呼んだその声は、クレイが属する騎士団、第八騎士団「リヒテル」で二番目に権力を持つもののそれだった。

 なぜ彼が今こんな場所にいるのか、俄かにはクレイには理解ができなかった。それほど彼の今朝は早かった。まだ(レンタス)の刻より前、ほとんど誰であろうと寝ていて当然の時刻をそのときの彼のすぐ近くで大時計は刻んでいた。

 公にはクレイは現在、溜まりに溜まった有給を消化するような形で「私用のため」休暇を取っていることになっている。

 たかだか第六位階程度の騎士がまさか国王直々の命で動いているなどというのは、きわめて異例のことだからだ。せめて第四位階以上ならまだ前例がないわけじゃないんだがなあ、などと、命じている本人である彼もひどく愉快そうに笑ってそんなことをのたまっていた。

 誰に何の詳細を告げることもせず、ただ騎士団から一時的にクレイは抜けた。クレイ程度のものの代わりなど、正直なところを言ってしまえば第八だけでもそれなりの数がいる。

 ただ私用とだけ告げた休暇の理由を、どう言われようと噂で誰のどのような口さがない言葉を耳にしようとクレイは一切構うつもりはなかった。

 もとからあの団にまともな同僚、先輩と呼べるような尊敬できるような人間はほとんどいない。大体の人間は事実の何を伝えたところで、そのことごとくを歪曲して面白おかしくただ騒ぎ立てるだけがオチだというのは分かり切っていた。

 だからこそやや久方ぶりに遭遇することとなった第八騎士団「リヒテル」副長、エネフレク・テレパストにクレイはいくつかの問いを向けられた。どこにいる、何をしている。おまえがただ私用だけで何日も団に顔を出さないなど考えられない、それは一体誰の命だ、誰の意思だ――。

 クレイが返せたのは、ほぼ沈黙だけだった。

 このエクストリー王国の、最高権力者直々の密命だ。そもそも沈黙しか返せないことから、本質的に非常に、異常なまでに頭の回転が早く残酷なまでの実力主義者である彼ならば、何かしらを感じ取ってくれるだろうと期待しての、無言だけをクレイは返したのだった。


 ――おまえが休暇中に何をしようと、とりあえずは俺は何も言うつもりはないが。


 どこまでも何の問いにもただ沈黙を貫いたクレイに、最終的に苦笑して、ある意味彼の期待通りにエネフはそれ以上の追及を諦めた。申し訳ありませんと頭を下げたクレイに、そしてひとつの予想外を彼は投げて寄越したのだ。

 俺は俺で、近々おまえを使わなきゃならないような事態になるような気がしててな、と。

 そんな言葉とともに放られたのが、彼の今手にする魔具、……魔力の有無に関わらず、あらかじめ特定された相手との会話を遠隔地においても可能にする、非常に希少で高価なものだった。


「……」


 クレイへとそれを放ってその場から去る直前、やれやれとため息をついて彼は言った。それを使うような事態が、来ないことを祈ってはいるんだがなあ、と。

 それは先だって、国王が口にしたものにひどく良く似ていた。何も起こらないことを、今日もただ平凡な日でしかないことを、欠片も信じていない声であり言葉であり表情だった。

 やめてくれ、と。

 考えようとしたクレイの意識を砕いたのは、降りしきる雨すら劈いて響く目前の屋敷からの絶叫だった。





 叫び声。異常を知らせる音の連なり。絶叫。阿鼻叫喚と形容しても絶対に誰も違うと言わない。

 俯きがちにしていた顔を、弾かれたようにクレイは上げた。それはひとつの徴だった。すべての彼の願いが無に帰したことの、明らかに何か、異常事態が起こってしまったということの証左だった。

 喉ごと引き裂くような絶叫が更にまた続いて耳朶を打ったのと、顔面を蒼白にした使用人が屋敷から鉄砲玉のごとく飛び出してきたのはほぼ、同時だった。


「……おい、どうした! 何があったんだ!!」


 従ってクレイは手筈の通り、この付近を偶然に通りかかった一人の騎士としてその使用人へと己の声を投げる。

 ざあざあと降り続く雨足の中でも、クレイの声は決して消えることなく使用人の耳まで届いた。ぴたりと彼の足が止まる、おそらく声が届いたであろうほぼその瞬間に、彼はクレイの方を振り向いた。

 まるで救世主にでも出会ったかのような泣きそうな、ほっとしたような色をその瞳に浮かべた使用人が、叫ぶ。


「騎士、様…っ!!」

「何を慌てている。何かあったのか」


 何かあったのかと問いながら、実際に訊ねているのは何があったのか、だ。

 一体いつの間に出現したのか、今のクレイの後ろには四人の、第八騎士団の青灰色の軍服を身に纏う人間がぴたりと無言でついている。無論クレイに何の異論もなく当然のようにつき従っていることからして明白であるが、この者たちは実際には第八騎士団、リヒテルの人間ではない。

 それこそ今からクレイたちが相手取らねばならないのであろう、事件を迎え撃つために国王であるアノイが打った策のさらにまた一つが彼らだった。

 実際に彼らが無魔(クレイ)につくことに何を思っているかクレイは知らない。知る必要もないと思っている、おそらく彼らも同じように、知られる必要はないと思っている。

 だからどちらも、無言を貫く。

 命じられたものだけを、ただ一筋のもらしと刹那の無駄すらどこにも存在せぬよう、果たすだけのことだ。


「と、……とにかく中へどうか、どうか早く! だ、旦那さまが、……旦那さまが…っ!!」


 恐慌状態のままぐいぐいとクレイを引っ張っていこうとする使用人に、わずかに眉を寄せつつも従わぬ理由はない。

 後で彼は我に返って自分が誰に何をしたかに顔を青くすることはあるかもしれないが、残念ながらクレイは基本的に、そのようなことには執着する気がない人間だ。後方の四人にひとつ無言で頷けば、全員が真剣な表情で同じように首肯を返してきた。

 使用人に引っ張られるがままに前方を向く、使用人を当然のように恐慌させる事態とは一体どのようなものであるのか、決して興味はないが、調べにいかねばならない。

 ろくなことがある気がしないが、それでも行かぬ理由もない。

 ふっとひとつ吐いた息は、どうしようもなく、ため息じみた。


「オルヴァ殿」

「……はい」


 騒然とするエントランスホールを抜け、異様な速足になっている使用人について廊下を歩く。その途中小さく声をかけてきた一人に、同じく静かにクレイは応じた。

 切れ長の目をさらに細めた彼は、全身にどこかぴりぴりした空気を纏わせながら続ける。


「奇妙な、魔力の気配があります。気配というよりも既に、残滓と呼ぶ方が正しい程度ですが」

「……」


 淡々と発されたその言葉に、わずかにクレイは眉を寄せた。知らずその手は腰に帯びた、もう随分付き合いも長くなってきた愛剣へと伸びる。

 過剰な心配など、するだけ無駄なことは分かっていた。今彼が後ろに連れることを許されている四人は、アノイの言うところの「隠し刃」のひとつであるらしい彼らはクレイが無魔であるがための盲点を補うためのものでもある。

 もしも魔術を使われれば、自分は基本的にその「痕跡」を見つけることはできない。

 魔術を使われる可能性が高いのであれば、自分は抜いて彼らだけで人員を編成するべきではないのかと。そう言ったクレイを、アノイは笑った。

 確かにおまえは無魔だろう、そんなことは知っている。

 しかしだからこそおまえが要る。無魔だからこそ見えるもの、俺たちが見落としている何かもあるかもしれんだろう。

 どこまで何を見据えるか分からぬ国主は、そうのたまいまた、ふわりとわらった。


「なんで…どうしてこんな、どうしてこんなことに…」


 ずんずんと廊下を進んで行きながら、ぶつぶつと独り言をつぶやき続ける使用人の様子にクレイは眉を寄せる。内心を内にとどめようともしない彼の様子を誰一人として咎めないどころか、普通に考えればあまりに早すぎる騎士の到着にも何も思わずただほっとした表情だけを浮かべている周囲の者たちにしても、相当な動揺に我を失っているのは明白だった。

 どこか烏合の衆めいた狂騒の内を、進む。

 この喧騒を際限なく生む現場へ近付くにつれ、半ば分かっていたことながら、どうにも背筋のぞっとしない感覚はクレイの中で強まっていった。

 剣へ置いていた指先が、今朝がた偶然に邂逅した団の副長に、使うべき時には使えと手渡された一つのものへとさらに伸びる。

 その中央に嵌められた小さな宝玉をするりと指の腹で撫でては、まだ彼に伝えるには事態は早いと指先を引っ込めることを、繰り返す。


「……っ、ひ、っく…っ」


 止まない邸内のどよめきの中、ふとクレイの耳朶を打ったのは泣き声だった。気づけばあれほど長く広かったはずの廊下は終わりかけており、その声はそして、明らかに他とは色や設えからして違う開け放たれたままのドアの内側から響いてきている。

 それまで異様な速足でクレイたちを先導していた使用人は、ドアの直前で歩みを進めたと思った瞬間にぴたりと、その場で足を止めた。


「先導ご苦労だった。後は我々の領分だ」

「は、……はい、っ…」


 がたがたと、もはやまともな応答さえできずに震える使用人にクレイは声をかける。ちらりと己の後方を振り向けば、四人ともが静かな揺るがぬ目礼をクレイへと返してきた。

 固唾を呑んで状況を見つめる、使用人たちの山がクレイたちへと中への道を空ける。

 ひとつ改めて息を吸い、目前をまっすぐに見据えてクレイは、室内へと足を踏み入れた。


「…?」 


 踏み入れた瞬間、長靴(ちょうか)を通して感じた奇妙な感覚に再度クレイは眉を寄せた。

 燃えるような深紅の絨毯が敷かれたこの室内では、決して感じるはずもない感覚が両の爪先に、わずかに伝わってきたような気がした。

 それは例えて言うならば、乾いた(やわ)な土くれを爪先で踏みつぶした時の感覚に非常によく似ていた。

 しかし当然か周囲を見渡そうとも、室内には土くれどころか埃ひとつ、クレイの目では見つけることはかなわなかった。


「オルヴァ殿?」

「いや、」


 中へ一歩踏み入れた途端足を止めたクレイに、若干怪訝そうな声を一人がかけてくる。その声と視線に首を横に振って、しかし後の報告にあげるべき一項目として頭の片隅にその感覚を刻んでさらに二歩三歩と、クレイは広い室内へと踏み込んだ。

 惨事は部屋の、中央にあった。

 広いベッドであおむけになっている男は、ひどく奇妙で不自然な格好をしていた。既に息がないことは、その異様な姿からも、間違いなく心臓を目がけて垂直に突き刺されたのだろう奇妙な長細い金属質なものにしても、それの突き刺さった部分を中心として広がっている赤いシミの大きさからしても明らかだった。

 この場に元から存在していた人間のうち、今も生きているのは従って、二人。双方女性だ。

 一人はその枕元にうずくまり、状況を理解することもできずに滂沱の涙を流すことしかできないでいる。おそらく彼女がケントレイ・ターシャルの妻ディーナ・ターシャルだろう。

 もうひとりは、クレイの監視する対象であった女性であり現在は自宅謹慎の身であるはずの女。ジュペスを殺しかけた祈道士、マリア・エルテーシアだ。

 彼女は一切の光を失った目で、事切れた男の苦悶の表情を呆然とただただ、見つめていた。


「……なんなんだ、これは」


 二人の顔を見た瞬間に、そのどちらかがベッド上の男、ケントレイを刺し殺したという可能性は消えた。

 極小の確率でないとは言い切れないかもしれないが、しかしマリアそしてディーナの経歴を見る限り、そのような犯罪を犯して平然と呆然自失に陥ることのできるような図太い神経はまず、してはいないはずだ。

 俄かには何が起きたのか、非常に理解のしがたい状況に室内はあった。誰にも明白な事柄はたったひとつ、ケントレイ・ターシャルが殺された。そのただ一点のみだった。

 ケントレイ殺害の目撃者である可能性の高い二人に、ひとまず意思の疎通ができる状態にまで戻ってもらわねばおそらく、なにも始めることはできない。

 とりあえずは二人を、どこかここではない場所で休ませねばならないだろう。

 誰か侍女を呼ぶよう指示を出そうとクレイは口を開きかけたが、実際の声が口をつくより前にのろりと、マリアが顔をあげクレイたちのいる後方を振り向いた。


「……ぁ」


 クレイの姿を視界に入れた、マリアの瞳孔がきゅっと奇妙に異様な収縮を見せる。

 明らかに尋常でないその目に表情に、クレイの全身には一瞬で氷塊が落下するような寒気が逆走った。今のマリアの表情はあのときの、何が起こっているのか分からないとでも言いたげなある種純粋であるとも言えた表情とは全く違う。異常な表情で戦慄(わなな)くように動く唇は所々が歪に赤く染まっており、ざりっという音とともにその傷の一つが、クレイの目の前で彼女の歯によって抉られた。

 それの傷としての証は血の玉として小さく膨れ上がり、すぐにわずかに弾けてつう、と顎先へと向かって赤い線を描く。

 しかしその痛みも不快感もまるで感じていないかのように、ただまっすぐクレイだけを今の彼女は、見ていた。


「……わたしじゃない」


 ややあってその唇が開き発された言葉は、まるでクレイに対しての言い訳のように奇妙に場に響いた。

 光なく濁ったその瞳に今、映っているのは果たして何なのか。ただその声を聞くことしかできないクレイにはまったく理解できようはずもない。


「私じゃない、私は何もしてない。……黒よ、あの黒が」


 水面下で表情には出さずに混乱し怖気を覚えるクレイのことなど、まったく頓着していないかのような表情と声音でマリアは言葉を続ける。どこかうわ言めいてふわつく声はこの場においてはひたすらに不気味でしかなく、次から次へと寒気だけが背筋をさかのぼっていく。

 もしかせずともこの口は、今すぐにでも閉ざさせるべきではないのか、と。

 全身を這う寒気と怖気の狭間で、わずかに考えるもしかしその思考は既に、遅い、


「黒が、……あの黒が殺したのよ彼を、私の患者を奪った、私の栄誉を奪った、私の、私の、私の、」


 狂気めいた彼女の声に、空気に表情に知らず気圧される。もはやクレイを含め誰もが、ただただ彼女の声を聞き表情を見やることしかできなくなっていた。

 ひどく嫌な予感がした。そもそもこの女が先ほどから口にする「黒」とは果たして何のことだ? ひたと狂った目をクレイ一人だけに据え、その口から紡ぎだそうとする言葉は、その黒というものは一体何を意味している?

 あのときと現在の状況は、似ているようでひどく違う。

 彼女が施術をしようとした、ジュペスは死に至る寸前でぎりぎり、助けることができた。しかし今ベッドの上で異様な体勢のまま微動だにしないケントレイは、もはや誰が何をしようとその命をここに繋ぐことは、確実にかなわないであろう。

 マリアが髪を掻きむしる。ぎらりと見開かれた目は、確かにクレイを見ているようでその実、今ここにいるクレイをおそらくまともに見られてなどいない。

 あのとき、その場にあった黒。今この場にて彼女が言う、クレイたちには見えぬ黒。

 まさか、そんな、馬鹿な、と。

 クレイが瞳を開くときには、もはやすべては、遅すぎる。


「あの黒、黒黒黒、……リョウ・ミナセ!!」


 まるで絶叫するように、マリアが声を叩きつける。

 俄かにその喉が削り出した、有り得るはずもない、こんな場所をそもそも知っているはずもない名を瞬間、まともにクレイは理解することができなかった。しかし何を言うのかと、何を馬鹿なとその言葉を名前を一笑に付すことができるのは、おそらくこの場ではクレイ一人だけだ。

 いつの間にか、ディーナの泣き声が止んでいる。今や彼女も呆然と、目前の友人の狂騒を目を見開き眺めているだけだった。

 クレイの後方に控える四人が、リョウのことを果たしてどれだけ正確に知っているのかクレイは知らない。いや、どれだけ彼らがリョウを知っていたところでおそらくこの場ではそんなことはまるきり無意味なのだ。

 事件のおそらく一切の、ただふたりだけの目撃者が、その一方がある特定の人物に対して口にした名だ。この殺人を調べ真実を詳らかにする者として、クレイたちはこれからリョウを調べずには決して、いられない。

 一体、何をどうすればいい? 正気の窺えぬマリアの表情をただ見やることしかできないままクレイは考える。

 お預かりした陛下の手駒を、これ以上公の場に晒し続けるわけにはいかない。リョウの「捕縛」にかからせるなどその後の処分を含めて絶対に不可能だ。

 開け放たれたままのドア向こうには、クレイたちがこの場に踏み込んだときから変わらずに決して少なくない使用人の姿がある。

 従ってその名をなかったこととするのもまた、絶対に不可能。


「あの黒の男よ、ケントレイ・ターシャルをディーナと私から奪ったのは!!」


 クレイの内心など知らず、知る気も全くないだろうマリアは叫び続ける。リョウ、内心で己の友人の名をクレイは呼んだ。

 緊張感のない顔をした、他人を癒すこと、その一点にだけ異様な集中力と執着を見せる男。そんな人間がどうして、無為に見ず知らずの人間の命を奪うなどということをするはずがあろうか。

 しかしマリアは、リョウを知らない。奴の内面を全く知らず、そもそも奴が口にしたあのときの「正論」を、少なくともあのときのジュペスに対して彼女が行ったことは「間違い」であったのだと、今でもまったく、受け容れるどころかまともに考えようとすら、していない。

 だからこそ彼女は今こうして、ただただ「被害者」の顔をして当然のように、正論にてマリアを論破したリョウの名を犯罪者であるかのように口にする。リョウが人を殺す? 見ず知らずの人間を殺す? 冗談も大概にしろと、笑い飛ばしてやりたい。

 だが今こんな状況下で、大々的にリョウの名を大勢の人間に聞かれてしまった以上。断言された名が何であるか、何を指すものであるか、本当にこの殺人に関与しているのか否かを調べぬ術はない。

 彼女が貴族であり、力持つモノでありリョウが身に勝手に降らされる火の粉を払えぬ存在である以上。

 リョウの一時の捕縛と勾留は、――おそらく何をどうしたところで、きっと避けては、通れない。


「ケントレイ・ターシャルを私とディーナから奪ったのはリョウ・ミナセ! リョウ・ミナセ、あの男なのよ!!」


 まるでクレイに訴えかけるかのような絶叫を耳にしながら、先ほどから指先に触れていた小さな魔具を改めて、クレイは手に取った。

 あからさまに眉をひそめた不快を隠そうともしない表情をもって、魔具の中心に嵌められた宝玉を一度、カチリと音がするまでクレイは指先で、押した。




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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでくると哀れだな(笑)
2021/12/25 14:23 退会済み
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