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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-33 うごめく事実と軋むもの 1



 光だけをこの目に映すことは、希望だけを見据えて常に笑顔であるということは。

 果たして不可能であるのかと、罪として成立しうることであるのかとひかりを目の前にして、思う、





 ルルド邸に急な客人があったのは、今日もまたひとつの壮絶な驚愕を、ピアたちがリョウから与えられたのちのことだった。

 ピアとリベルトを訪ねてきたのは、祈道士である彼女らの同輩および、年次の近い先輩格に当たるものたちだった。ほとんど先触れと変わらないような時刻にルルド邸へとたどり着いた友人たちを、諸理由よりここ最近教会へ全く顔を出せていない、しかもその欠勤を正式なものとして準神使であるアルセラに認められ、存分にやるべきことをやり切れと命じられてしまっている二人が拒否するはずもなかった。

 常ならば日の沈んだ後、夕餉の刻限ぎりぎりまで鍛錬を続けるジュペスも今日ばかりは早々に鍛錬を切り上げてくれた。ピアたちが何を頼むよりも前に、彼はふわりとひとつ柔らかく笑って彼女らへと頷いて見せたのだった。

 その行動の故は無論、今の彼の外見にある。

 そうする以上に「確実」な方法がなかった結果として、今現在の彼には上腕の上三分の一以下の腕がない。今日またリョウが見せてくれた奇跡によってふたたび得られることにはなりそうだと言っても、まだその代替は試作段階。今の彼は、常にそれをつけていられる段階までには達していないのだ。

 ジュペスが命の代償に失わったものは、とりわけこのエクストリー王国の国教でもあるメルヴェ教のうちでは、非常に特殊な意味を持っている。

 教えの狭間を泳ぎ、真実を探した結果としての彼の救済と負わせた枷、またピアたち自身が負うこととなったもの。

 下手に大人数に今の彼の様子を見せその理由を語って聞かせることなど、どう考えても不可能だった。――少なくとも今は、まだ。


「ピア、リベルト。もう本当に早く戻ってきてよ、ヘイル準神使さま直々の命なのは分かってるけど、でもホント、あんたたちがいないと色々滞って仕方ないんだから」

「つーかリベルト、おまえはいいかげんピアさんを独り占めすんなっつーの。俺たちの貴重な目の保養を奪いやがって」

「まったくだ。護衛だからってよー、昔っからずるすぎるんだ、おまえってやつは」

「しかも何が腹が立つって、セリィの言うとおり、それがむちゃくちゃ上から直での命だってことだな」

「……いや何言ってんだよ、おまえらのほうこそ」


 そして当然のことながら、そんなことをピアたちが考えているなどとは彼らは欠片も思ってはいないのだろう。

 自分たちが今抱えるものが、ただの一介の祈道士風情には身に余るものであるとピアは知っている。それが良くも悪くも、いつまでも自分たちだけのもとに留まっているようなものではないことはリベルトも理解している。

 未熟ゆえの衝動は、何を知ることもなく楽しげに言葉をこちらへと向けてつづっていく友人たちの様子を見ていれば当然のもののように生じてくる。何も考えず誰の後先を思うこともせず、あのときから今までのすべてを口に出してしまいたい――決してできないからこそ湧き立つ願いには、だから二人は苦笑するしかできない。

 混在する感情と事象の結果としての思考に、なんとも曖昧な笑みしか返せないピアたちをどう思ったのか。

 その曖昧に笑み返してきたのは、若手の祈道士たちの尊敬をその一身に集める若手の統括役であるカルネリア【詞紡】たちだった。


「彼らの言葉は、ほんとうよ。あなたたち二人がいない新入りの居所は、まるで灯火が消えてしまったかのようだわ」

「何しろちょっとしたことですぐ、空気が淀むのが分かるからな。こいつらだって、おまえらがいなくてさみしいんだよ」

「わかりきっていたことだけれど、やっぱりわたしたちの空気を動かす原動力になっているのは、あなたたち二人なのですね。不思議なものです、何を取り立てて騒ぎ立てるわけでも、あえて目立つことをやってのけようとするわけでもないのに」

「チアンさま、ジェイさま、エルネッタさま」


 言ってしまえば「新入り」であるピアたちや彼女らの同期たちとは違い、彼女らにはやるべきことも、為すべきを期待される事柄も日々数多くあるはずである。

 そんな者たちがこぞって自分たちに声をかけるためにわざわざ自邸にまで赴いてくれているという事実は、多少の申し訳なさはありつつもやはり素直に嬉しかった。知らずふわりと緩んで笑みを形作っていたピアの表情に、小さくいくつかため息が吐かれたのを果たして、彼女自身は分かっているのかどうか。

 さらにため息の一団のひとりとなっていた同期は、深々とその息を吐き切った後で続けてきた。


「しかもまぁた、ベジャイやデーザみたいな、おまえたちを目の上のたんこぶ扱いしてた奴らがこぞってここ最近うるっさくてなぁ。そういう意味でも本当に、おまえらには早く戻ってもらわんと俺たちが困るんだよ」

「あのバカたち、自分たちの親分だったマリアが謹慎になったからって滅茶苦茶な方向に羽を伸ばしすぎなのよ。あのヘイル準神使様がよりにもよって、下っ端に唆されてマリアみたいなどうでもいい、あまりにも一つの視点に傾倒しすぎてるような人間をハメた、なんて言いふらしてるんだから」

「へ…?」

「はぁ!? な、んですか、それ!?」


 そんな彼の言葉に更に続けられてきたもうひとりの言葉に、にわかにピアは、そしてリベルトはまともな返答が紡げなかった。思考が停止しそうになるのを、無理やりに動かし続けるだけで精一杯だった。

 だれが、誰を唆して?

 そうしてだれが、誰を、……一体何のために、どうして、嵌めた、と?


「まあ、あれだ。勿論、ンなバカみたいなことはほとんど誰も信じてない。だが残念なことに、君たちのもともとのことやヘイル準神使様ご自身のこともあって「皆無」じゃないんだ」

「マリアの謹慎に対して、毎日結構な数の情状酌量と正しい審判のやり直しを求める手紙が上がってるって噂もあるしな。マリア自身が、こんなの冤罪だって嘆き喚いて家に閉じこもってるって話も確かあったっけか」

「……」


 ただ噂話、確定しない曖昧の内側に漂うだけのものを口にしている彼らは知らない。彼らがいわれのない、侮辱だけを口にしているのではないと誰もわからない。

 その言葉が、その内側に存在するものが何を意味するのか。情状酌量、「正しい」審判のやり直し、「冤罪」。もしその噂がすべて真実であるとすれば、その事実が示すのは、ただピアたちにとっての落胆であり無力感だけだ。

 一人の人間を、己の無知と虚栄と妄信によって殺しかけておきながら。

 それなのに彼女は己の行動、彼女自身があの時為したこと、為してしまったひとりの人間への災禍をなにも、分かろうともしてはいないのか――。


「というかそもそも、俺たちは何でマリアが一ヶ月なんて結構な間、謹慎しなきゃならなくなったのかってこと自体がよく未だに分かってないんだけど」

「……?」


 思考に沈むうち、いつの間にか何かひどくもの言いたげな視線が複数、ピアたちには向けられていた。

 事実が誰にも伝達されていないことについても、納得はできないが理解ならば欠片くらいはできないわけでもない。何しろマリアがピアたちに見せつけた神霊術の「絶対性」の嘘は、今までピアたちが常に大多数から言われてきたことを、ある意味この世界の魔術の根幹すら揺るがしかねないようなものだったからだ。

 神霊術が常に「絶対」の治療法とはならないこと、力の行使には思考、熟考と理解、詳細な観察と知識、経験が必要なのだということ。どこかで消えない恐ろしさに似た感情をおさえて、リョウという不可思議のうしろにピアたちがついているのはその事実を、事実と認めるしかないどうしようもない光景によって、まざまざと深く、残酷なまでに鮮明に思い知らされたからだった。

 今でもどうしてもピアは、本当にリョウが、そしてピアたちがジュペスになした施術が「絶対」に正しいものであったのかどうかが分からなかった。どれだけ彼に説明を受けても、それでも疑念を抱いてしまうほどにあの施術は、ピアやリベルトの常識を壮絶に逸脱していた。

 様々に思い考えて、けれど答えなど出ない、問い、疑念。

 そのわだかまりを素直にリョウへと向けてみれば、彼はまたも予想外な言葉を、ピアたちへと返してきたのだ。


 ――自分が絶対に正しいなんて、俺だって思ってないよ。

 

「全く同時期に教会本部から姿を消したあなたたちには、何も思い当たることはないの?」


 未だ何を知ることもない、知らせてもらうことのない友人たちが、先輩たちの瞳が問うてくる。

 もしもこのひとたちが今わたしたちが知ったことを同じように知ったとして、そうしたらどんな反応をして、何をどう考えて結果的にどうしようとするのだろう。先ほども考えたようなことを、今一度ふとピアは考えた。

 それは勿論、目の前の人々の知らぬことを羨ましがっての思考ではない、と思う。知らない場所には戻れない。戻りたいと思えない。何も知らずにマリアと同じことをしてしまう可能性がある、同じことをして、彼女と同じようにその原因が分からずただ何か他のもののせいと、自分は決して間違っていないのだと虚構を主張するような、そんな治癒者には決して、ピアはなりたくはなかった。

 だからこそともすれば欠片は出しそうになる、真実を今の彼女らは自らに内包するのだ。少し悔しいとも寂しいとも、本当にそれでいいのかとも思いながらも、それでも今の彼女らはただ、沈黙が価値あるものであることを自らに願うしかない。

 すべての事象を自分たちが納得できるように説明できるわけではないと、何が違い何が同じで、何が正しく何が間違っているのか。

 何から、どこから言葉を紡いでいけばいいのか、誰に何をどう願い、どこへと歩んでいけばいいのか。

 そんなたくさんの問いの答えを、まだ今のふたりはなにも得ては、いないから。


「どうしてそんなことを、お尋ねになるのですか?」

「というか、要するにそれが知りたくて、カルネリア【詞紡】の方々まで巻き込んでここまでみんな揃って押しかけてきたわけか? まったく」

「あら、あんたたちの顔を見たかったっていうのも本当よ? 相変わらずっていうか、少し前に見たよりもっと良い顔してるなんて、羨ましすぎてちょっとこっちが泣けてくるわね」


 だからこその二人分の言葉に、またカルネリア【詞紡】のひとりからの応えがあった。何のためらいもないその言葉に、思わずピアとリベルトは二人で顔を見合わせてしまった。

 ここで沈黙を選んだとしても、その沈黙が示すのはピアたちが確かに事情を知っているというその一点だけだ。だからといって適当なでまかせをさも真実であるかのように口にし筋も通してしまえるような小ずるい器用さもまた、ふたりは持ち合わせてはいなかった。

 とすれば、極力嘘などつきたくない、尊敬する先輩方、そして頼もしい仲間と感じている同期たちに向けられる言葉など本当に限られていた。小さなため息一つとともに、ピアはそっと口を開く。


「……確かにわたしたちは、どうしてマリアが謹慎に処されたのかを知っています」

「ピアレティス様、」

「けれどその詳細を語ることは、今のわたしたちにはできません。すべてが公にされるときがくれば、きっとみんなも知ることになるとは、思う、けれど」


 すべては神霊術の基本術式が効かない、ジュペスという患者の存在から始まった。

 ジュペスはさまざまな状況と治療の結果として、一度腕を失い、そして今はもう一度その腕を得ようとしている。目の当たりにした事実と治療方針、その結果から自分たちのやっていることは間違っていないと現在のピアたちは思っているが、それでも未だに、すべてのことを他人に系統立てて説明できる程度に理解し納得し、会得したとはとてもではないが思えなかった。

 ここにもしもリョウがいたなら、或いは彼らに少しずつ話をすることもできたかもしれない。

 けれどピアたちにとってはその役は、まだどうしても負うには大きすぎた。どの本にも決して掲載されてはいない彼の方法論はそして治癒魔術に全般に対する考察は、自分のものとしてすべて吸収するにはきっと、多くの患者を自分の手で治療していくことで、自分で改めて則として見出すしかない。

 同期の一人が、少し強張ったふたりの表情に困ったように苦笑した。


「やりたくない、ではなく、できない、なのか」

「ああ」

「何だよ、今更秘密ってわけ? つっまんねぇなあ」

「つまんねぇも何もないっての」


 忌憚も裏表もない言葉にリベルトが肩をすくめる。もう一度ピアとリベルトは顔を見合わせて苦笑した。確かに今の言葉だけでは、何を相手に伝えることもできない。

 もう少しだけ、今ここに集っている面々に伝えることな可能なものがあるとするなら、……それは。


「……一つだけ、俺たちが言えることがあるとすれば」

「うん?」


 ゆっくりと、リベルトが口を開く。友人や先輩たちのほうを向いた彼をそっとピアが見やれば、彼は視線をそらすことはないままにまた小さくふと笑った。

 しかしすぐにその笑みは消して、真剣そのものの表情になるとリベルトはひとつ、断言する。


「マリアは患者じゃなく、自分のために神霊術を使おうとした」


 パキンと、何か音がしたような気がした。

 そんな感覚さえ抱くほど明確に、ピアたちが今目の前にする人々の空気は凍りついていた。

 だが、確かに今彼らに言えることがあるとするならばピアたちにはその一言しかなかった。さらに悲しいのは、そんな彼女の内が、彼らの今日持ってきた話を聞く限りは今も全く変わってはいないことだ。

 確かにマリア・エルテーシアはピアたち新入りの中では一番の力を持っていた。

 同じような症例であっても、彼女に治せてピアたちには治しきれぬことも一度や二度ではなかった。だからこそあの日も、ピアたちはマリアと一緒に療養棟にいる病人、怪我人たちの様子を見に回っていたのだった。

 しかしいかに技術が優れていようと、大きな力を手にしていたとしても。

 そんなものによって肥大した矜持によりあのときのような異常事態を引き起こし患者を死に瀕させる結果になるなら、結局はそれには何の意味もありはしない。


「……どういうこと?」

「マリアの現況は、他人でなく自分のために術を使ったその報いだ、と?」

「言葉通りの意味です、チアンさま、ジェイさま。本当に今のわたしたちには、これ以上のことは何も申し上げられないのです」


 ある意味予想通りとも言うべきか、凍りのとけない場は疑念の一色に染まっていた。

 このことも、本当は口にしても良いのかピアたちには分からない。ピアたちが、正確に言うならこのルルド家があの後、ヨルドとアルセラから受け取った手紙には、何についても他言無用とは言わないが、絶対に下手な人間に下手なことを漏らすなと強い口調で何度も記してあった。

 だからこれはきっと、ピアとリベルトのおさない我がままなのだろう。正しいかどうかなど、知らない。

 ――ただ、正しいことを願っているという、本当にそれだけの、こと。


「……その言葉が仮に真実だとして、じゃあどうしてマリアは審判のやり直しなんかを求めているわけ?」

「俺たちとアイツの視点や、感覚なんかが結局のところ、全部いろいろと違うってことなんでしょう。少なくとも俺たちは絶対に、あのときのマリアが正しかったとは思わない。思えないんです」

「……」


 扉越しにも耳をつんざいて響いた、ジュペスの絶叫は今でも鮮明に覚えている。ヘイル癒室長によって扉が開かれた瞬間目にした、筆舌に尽くせぬ彼の悲惨な状態は今も脳裏にこびりついて消えない。

 あんなことを起こすのが、もしも「正しさ」だというのなら。

 そんな正しさはいらないと、本当に心底からピアは、思う。


「謎を解きに来たはずが、余計に良くわかんなくなっちゃったじゃない」

「そんなものを、今現在教会にいるわけでもない俺たちに期待されても困ります」

「てかマリアが間違ってるってんなら、どうしてさっさとそれが公にされないんだよ」

「…ごめんなさい、ラーダ」

「つれねぇなあオイ」


 口をつぐむことしかできないピアたちに、仕方なさそうに友人たちは苦笑した。言葉を口には出さない先輩たちにしても、その顔には同じような苦笑が浮かんでいる。

 なにしろピアの頑固は筋金入りだということは、まだ正式に彼女らが祈道士になってから半年程度しか経っていないにもかかわらず既に若手祈道士の間では共通の認識になっているのだ。ただ上の指示を鵜呑みにするだけでは終わらず、懐疑は常に口にし納得できるまで突き詰める姿勢は、常に傍にいるリベルトには言うまでもなく、他の同僚たちにも少なくない影響を及ぼしていた。

 しばし二人の様子を見守っていたカルネリア【詞紡】たちは、ややあって静かに笑い、その場から立ち上がる。


「それならばわたしたちは、そろそろお暇しなければならないわね」

「チアンさま?」

「どうやらあなたたちが手にしているものは、人足の揃えばどうにかなるような単純な問題ではないようだから」

「……」


 否定できる要素がない。あるわけがない。

 無言で頭を下げるしかできない二人に、苦笑してまた声が降った。


「でも忘れるなよリベルト、ピアちゃん。少なくともここにいる奴らはみんな、おまえたちの力になりたいと思ってるんだ」

「……っありがとう、ございます」


 言ってしまいたい。そんな刹那的な衝動を今一度何とか押さえ込む。

 だからこそピアは願った。少しでも早くこの事件が公にできることを。リョウという存在を、彼が示してくれるいくつものことを、決して肯定的な意見だけでなくともいい、皆で議論できるようになることを。

 それがひどく困難なことだと、分かっているからこそ祈らずにはいられない。

 彼という異者を、決して拒絶しない自分で在り続けられることを――。



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