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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-32 遭遇2



 彼は勿論信じていたが、彼の言葉がすべて理解できていたわけではなかった。

 突飛で何をどう超えたのかもわからないそれが、一体何をどう変えていくのかなど全く分かってはいなかった。

 人の手により創られたもので、戻らぬものを補うということ。それを己の魔力によって、自由自在に操るということ。

 感覚など分かるわけもなければ、具体的なイメージがつかめるはずもない。どうしてそんな方向に思考が飛ばせるのか、問うのももはや、筋違いなような気さえしていた。

 ただそれが実行できると言った彼の表情は本当に嬉しそうで、やっと見つけたんだと報告してくれた顔には心底からの喜びが満ちていた。

 信頼している相手のそんな顔を見れば、まあ一度は試してみてもいいかとも思ってしまった。誰も見たことも聞いたこともない、安全性も確立されたわけではない、不確定要素だらけのものに向き合ってもいいかと、そう思い彼に頷いていた。

 何もかも分からないままの中で、分かることがあるとすればただひとつだけだ。

 明らかに怪しい外見の、しかしその身元は確かだという人物の。

 普通なら掴むどころかかすりもしないだろう何らかの琴線に、いとも容易く彼は触れてしまえたのだろう、と。





 人の創った腕が、そのひとの意のままに屈曲し伸展する。

 ものを掴み、ものをつまみ、意図した場所でものを離し、また掴み、撫で、擦り、抓り、潰し、ひろげる。

 それは椋の知る限り、未だ多くの研究者が挑む難題であり、越えられない壁がまだまだ存在する分野だった。

 しかしそんな壁を越えた、奇跡などという陳腐な言葉を使いたくなるような光景が今。

 椋たちの目前では、事実として次々に展開されていた。


「……っ」


 誰も、何も言えなかった。

 リーに義手の作成を頼んだ椋にしても、正直、まさかここまでとはまったく思ってはいなかった。義手という言葉さえ一般に普及していないような場所で、なめらかに、何のつかえがあるような様子もなく、装着者の意図するまま本当にきれいに動くものが最初から出てくるなど、一体誰が想像できたというのか。

 義手というものの存在を今まで知らなかったピアやリベルト、さらに装着する本人であるジュペスに至っては、もはやその驚愕と感動について何か敢えて言うまでもなかった。これならきっと本当に、これからも何だってできる。何だって、でき得る。――ジュペスがその「腕」に注ぐ視線の熱さは、下手に触れればこちらが火傷するのではと思うくらいに強い。

 ふっと、今はフードを外しあの半分の仮面の姿でいるリーがどこか得意げに笑った。


「まだ改良の余地はあるが、これはかなりの成功といっていいな」


 顎に軽く手を当てながら、リーは自身の制作物を、ジュペスに装着され動いているそれをしげしげと眺めている。その得意げな顔に何となく覚えがある気がするのは確実に、今のところは何も言わず、椋たちと同じく大人しく義手を見やっているこの場のもう一人の魔具師のせいだろう。

 現在ジュペスがつけている義手は、椋が提供したジュペスのおおよその身体情報をもとに概算して創ってもらったものだった。従って彼の左右の腕には、少し見ていればはっきり分かる、手のひらや爪の大きさや形、腕の長さの比や筋肉のつき方といったさまざまな細かな差異が存在している。

 とはいえ、指のそれぞれの関節、手関節、肘。

 ジュペスの装着した義手は、彼の意思に応じて曲がり、伸び、きちんとものを掴み、つまみ、握り、離していた。少し腕に多めに魔力を注ぎこんで、との一言の後、義手側の手だけでリーが持っていたトランクを持ち上げたときには本当に、もはや驚くしか椋たちには術がなかった。

 ちなみにそのトランクは、ヘタに肩の力だけで持ち上げようとすれば絶対に肩が一発でおかしくなるだろう程度の重さがあった。

 予め重さは確認していたので(何しろそのトランクをこのルルド邸に運んできたのは椋なのだ)、実感としてその無茶苦茶を椋は非常によく分かっていた。


「しかし、」


 再度、リーが顎に手を当てたまま義手の観察を続けるまま口を開く。

 ひょいと顔を上げたジュペスに、彼女はわずかに首をかしげて小さく笑った。


「ジュペス君は、義手は勿論、装着する型の魔具を使うのも初めてだったな」

「はい」

「初めてでここまで動かせるというのは、すごいな。大半の人間は魔術をめぐらせる、或いは放出するイメージがつかめずに苦戦するものなんだが」


 クラリオンにて椋やクレイをからかっていたとき以上に、本当に楽しげに満足げにリーは笑っている。

 なんと返したものか分からないのだろう。言葉を返すことはせずに、ジュペスはただ小さく笑って、また手のひらの開閉や関節の曲げ伸ばしを繰り返した。光景を見守る椋たちにしてみても、何がどう凄いのかは正直、最初から何もかもが常識外れすぎてなんだかよく分からないというのが本当のところだった。

 誰もが言葉もなく現実に目を瞠る中、面白げに口許をつり上げ腕組みをしたヘイが不意に椋へと視線をやってくる。

 視線が合ったと思えば、ニヤリと笑って彼は口を開いた。


「随分とまァ本当に、面白ェヤツ捕まえたモンだな、リョウよ?」

「……あー、うん。やっぱりおまえはそういう感想しか言わないのな」


 少しぶりに口を開いたかと思えばこれである。ヘイらしいと言えば非常にヘイらしいのだが、しかしせっかくの感動をぶち壊しかねない言葉には苦笑するしかない。

 そんな軽い言葉程度で「もう一度腕が使える」可能性の灯が崩されるとも思えないが、しかしどうせならそういう言葉は、家に帰ってから椋だけに言って欲しかった。まあそういうところを絶妙に考えないのが、ヘイのヘイたる所以とも、少なくとも本人は言い切ってしまうのだろう。

 しかもそんなヘイの何が面白かったのか、一方のリーは特に気分を害したような様子もなく楽しげなまま笑った。


「同業者に面白がってもらえるような魔具が作れるなら、私の腕もまだ捨てたものではない、ということかな」

「まァ、言いてェことはそれなりにゃァあるがな。俺ァこんな外骨格は作れねェし、術式回路の構築も専門外だ」

「材料さえあればもう少し回路の質も量も増やせたんだがな。今回はあくまで試作だし、まだ完成品とはいえない」

「ハッ、だろォよ。全体的に結合が緩ィしな」


 そんな会話の中で椋は気づいた。よくよく見ずともヘイの目には、先ほどここに来る途中の言葉よろしく妙な闘志のような、ぎらぎらした光が宿っている。

 ヘイの(それ)を当然のように受け止め同じような視線で返してみせるふたりの会話は、どうにも椋たちには及びのつかない、専門職同士のそれだった。

 ひとまずそんな二人は少し放っておくことにして(なにしろ技術面に関しては椋の出る幕があると思えない)、椋はまだどこか信じられないような顔で「手」を動かしているジュペスへと向き直った。


「具合はどんな感じ? ジュペス。違和感とか、不快感とか、調子が悪いとか、そういうのは?」

「自分でないものを動かしている感覚はやはり、あります。動かそうとしたときから実際に動くまでには少し間がありますし、妙と言うならとても奇妙、なんですが、」


 でも。

 椋の目の前にかざされた「手」が、ゆるゆると、そして素早く開閉を繰り返す。

 関節の曲がり具合、指の伸び方、角度。どれをとって見ても、何度見返してみても本当にそれは人間の「手」だった。すぐ目の前にかざされたままのそれに手のひらを合わせて握ってやると、少し驚いたように目を見開いたあとに、ジュペスもまた椋の手を「手」で握り返してきた。

 やはりと言うべきかそこに温度はなく、椋の触覚を刺激するのは人の皮膚の、きめ細かな凹凸の感覚ではない。似てはいるがやはり異なる、つるりと起伏のない、人工の「覆い」だった。

 しかし何か、眩しいものでも見るかのようにジュペスは自分の「手」を見やる目を眇める。そんな顔が見られただけでも、あちこちをかけずり回った甲斐はあったと心底から思えた。

 ここまで本当に声もなく、椋たちを見ていたピアがほう、と息を吐いた。


「すごいです、こんな。本当に魔具が、腕の代わりになるなんて」

「というかあの、リョウ兄。リーさんの技量は勿論ですけど、こんなこと思いついて、協力者までつかまえたリョウ兄も実はかなりすごいですよね。前の施術にしてもそうですけど、やっぱ普通考えませんよ、こんなの」

「あー、うん。そうだろうね」


 さらに続いたリベルトは、やけにきらきらした眼差しを椋に向けてきた。おまえは変だという台詞は今に始まったことではないので、少し肩をすくめ笑って応じる。

 まあそんなことはともかく、まず何より喜ばしいのは、ジュペスの表情が格段に明るくなったことだ。リーたちの専門的な話やジュペスの感覚としての話を聞いている限りでもまだ完全とはいえないようだが、「なにもない」状態とは明らかに、色々な意味で比べ物にならないほどに、既に状況は変化していた。

 さらには。


「君の、魔力的な特性もあるのかもしれないな。私自身驚くくらい、この腕は君という主を受け容れているよ」


 リーはここに来る前、そして装着直前、ひとつ心配なことがあると言っていた。ヘイが失敗する瞬間を複数回既に見ている椋には、言われてみれば、確かに何となく分からないこともなかった。

 それは魔具の暴走および、装着者の拒絶の可能性だ。

 人体に装着するタイプの魔具は、流す魔力の多寡や、魔力自体の質などといった要素が動作に色々な影響を及ぼすらしい。下手な人間が扱おうとすると本当に魔具が爆発し装着者が怪我をする危険もあるらしかったのだが、どうやらそんな不具合の徴候も、リーやジュペス自身を見ている限りはまったく、ないようだった。

 おそらくこれからまた何度か微調整を重ねたうえで、より本当にジュペスの第二の腕として完成に近づけていくことができれば。

 考えているうちに、また不意打ちにヘイが椋へと向かって口を開いてきた。ニヤリとどこか不敵に笑って。


「普通考えねェついでに言ってやるとなァ、リョウ」

「え?」

「まだ細けェモン聞いてねェからどこまでやれっかは分かンねぇが、やろうと思いさえすりゃァ余裕でいくらでも武器でも何でも仕込めンぞ、ソレ」

「……は?」


 唐突に降ってきた予想の斜め上な言葉に、思わず椋は素っ頓狂な声を上げ、「手」を試す意味でだろう、テーブルに置いてあったカップを取ろうとしていたジュペスの動きはぴたりとその場で止まる。

 きょとんとするピアとリベルトを横目に、やれやれと椋はため息をついた。


「いやヘイ、おまえな。今話してるのはとりあえず、まだそういうオプション的なことじゃなくて」

「あン? インフォームドコンセント、だっけか? やれることもやれねェことも、きちんと相手に伝えンのがテメエの信条だろうがリョウ」

「それは確かにそうだけど、……ったく、しょうがないな」


 あっさり言い切られてしまうと間違ってはいない気もするのだが、しかし何か違う。確実に何かがものすごく違う。

 なんでそんなに楽しそうな顔してるかなあおまえ。ぎらぎらした目の光が本当に相変わらずなヘイに笑ってしまえば、こちらもまた妙に楽しげにふっと、リーが口の端をつり上げた。


「まあ現時点の問題は、まだ装着者への意識同調の程度が低いことと、思考から作動までにそれなりの時間がかかっていることだな。ジュペス君が慣れていないのもあるし、部品も足りない。彼の持つ魔力にアンビュラック鉱の等級と形、研磨と投射の具合が合っていないのもある」

「コイツの魔力と技量からすりゃァ、あと二等級は上げてもついて来られンだろ。ついでに言やァ、術式の回路があっちこっちまだ甘ェしムダもあんだろコレ、漏洩光見えてんじゃねェか」

「試作というのもあるし、彼の魔力がどれほどかというのも分からなかったからね。そもそもこんなものは私も今まで一度も作ったことがないんだ。まだまだ不完全な試作品だよ、これは」

「……」


 またしても始まりそうな専門職同士の舌戦に、とりあえず椋は口をつぐむしかない。

 椋の感覚からすれば、義手が装着者の意思に従って自在に動いているというだけでものすごい状態なのである。それをダメだ何だと言われても、何がどうダメなのかさっぱり椋には、そしてジュペスやピア、リベルトには分かりようもない。

 ふっとひとつ息をついて、改めて椋はジュペスにまた向き直った。


「ともかく、これで先が見えたな。ジュペス」

「はい。……あの、リーさん。僕はこれを使いこなすために、これからどうすればいいのでしょうか?」

「今日だけでもだいぶ問題点と改善点は見つかったから、そこのヘイさんにも協力してもらって、二日後また来るよ。だから君は、そうだな」

「ほれ」

「?」


 リーが何か言いさしたところで、ピンッと不意に何か小さなものをヘイがジュペスへ向かって弾いた。

 半ば反射的にそれを受け取ったジュペスが開いた手のひらには、シンプルな銀色のバッジ、のようなものが、おそらくその中心に飾られていたのだろう何かをくりぬかれた状態で鎮座していた。


「ヘイ、なにそれ」

「こないだ、ソレのアンビュラック鉱砕いちまってなァ。ただのオモチャだ。魔力通しゃァ光と音が出る」

「いや、俺が聞いてるのそういうことじゃない」


 いったい、誰が魔具それ自体の説明をしろと言ったのだ。見当違いのヘイの言葉に、ざっくり椋は否定を返した。

 しかしどうやら、リーにとってはそれは決して見当違いではなかったらしい。

 これ以上の説明は面倒とばかりに口をつぐんだヘイに代わり、彼女はジュペスへ向かって続けた。


「ジュペス君。それを使って魔具に自分の魔力を注ぎ込む感覚と、注ぎ続ける加減を覚えて欲しい。少しこっちで細工をさせてもらって、適切な魔力量のときだけ光と音が出るようにしておくよ」

「……」

「今君が感じているという違和感を軽減させるためにも、一番手っ取り早い訓練法なんだ。騙されたと思って、暇なときにでもやってみてくれないか」

「わかりました」


 左手に載ったそれを、ぐっとジュペスが握りしめる。

 刹那ふわりと閃いた気がした、光はしかし次の瞬間にはすぐに消えた。わずかに眉を寄せたジュペスとは裏腹に、至極満足そうにうんうん、とリーは頷く。もう一度開いたジュペスの掌からそれを受け取ると、ポケットから取り出した何かをちまちまとあちこちに取り付けていく。

 ふっと、やわらかく彼女の左側が笑んだ。


「さすがだな、ヘイさん。普通は持っていないだろう、こんなものは」

「はン。ンな褒め言葉貰ったって嬉しかァねェよ。……ま、コイツの言うとおり、とりあえずやっといて損はねェはずだ。どうせもう普通に動けンだろ? 暇ならやっとけ」

「はい」


 腕とバッジのようなそれとは、俄かには関連しているようには正直椋には思えない。しかしとりあえずヘイがこと、魔具に関して一切嘘をつかないことを椋は知っていた。

 結果的に日々こなすべき訓練がひとつ増えることになったジュペスに、肩をすくめて小さく椋は笑って見せる。彼もまた、少し困ったように小さく笑ってこちらには返してきてくれた。

 まだ前途には障害もあるのだろうが、とりあえずは今時点では非常に経過は順調だ。

 何かがわずかに脳裏を黒く小さく過ぎったような気がしたが、それは次の瞬間には場の空気に押されるようにして消えてしまっていた。




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