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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-26 邂逅と懐疑1


 そのひとはしばし黙り込んだ後、ややあって静かな声で言った。

 もう少し、詳しく話を聞かせてくれないか、と。





「いい店だな」

「でしょう?」


 奇異と好奇の視線がちらちらこちらにやってくるのを感じつつ、目の前の人物の言葉に椋は笑って頷いた。

 現在の、いつものようにクラリオンの厨房に立つ椋の前には、今日偶然出会った人形売りがゆったりと座っていた。カラカラとグラスの氷を揺らしつつゆっくりと中身に口をつけていく様には、妙に気品のようなものが感じられる気がする。

 そこまで相手を眺めて思考したところで、未だに彼女、だと思うが正直自信がないこの相手の、名前すら聞いていなかったことに椋は気づいた。

 椋自身、まだちゃんと相手に名乗っていない。「どういうことなのかもう少し詳しく話を聞きたい」、そんな今までにない反応をこの相手が返してきたせいで、若干焦ってしまっていたようだった。

 声だけ聞けば少年そのもののような声で喋る、妙にたたずまいの落ち着いた静かな人。

 椋が口を開こうとしたまさにそのタイミングで、カラン、と軽やかにまた店のドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませーって、あ。クレイ」

「……リョウ?」


 中に入ってきたのは、ここ一ヶ月強の間にすっかりクラリオンの常連になってくれてしまった友人クレイの姿だった。若干目の前の相手への出鼻をくじかれてしまいつつ声を上げる椋に、なぜかクレイはひどく怪訝な顔をした。

 多分さっきまでずっとみんなに言われてたことと、同じようなこと考えてるんだろうなあ、と。

 そんなことを椋が思う間に、つかつかとクレイは椋たちの方に向かって歩みを進めてくる。


「……おまえの新しい客か?」


 店内での第一声と同じ怪訝を宿す声は、傍から見れば確かにそれなりに怪しい、全身すっぽり枯葉色のローブとフードで覆い隠してしまっている人形売りを指してのものだ。

 既に何度目かも知れないやりとりに慣れてしまったのか、ふっとフードの奥からどこか楽しげな声が聞こえる。


「きみにはいい友人が多いんだな、リョウ君」

「いやあの、さっきから何度もすみませ、……リョウ君?」


 謝りかけて、告げていないはずの名を当然のように彼女に呼ばれたことに気づく。

 またひとつ、フードの奥で笑ったような空気があった。


「つい先ほど、彼が呼んでいただろう? ああ、しかし初対面も同然の私がいきなり君の名を呼ぶのは失礼だったかな。気分を害したなら申し訳ない」

「いや? 別に俺のことは、リョウでもミナセでも、好きに呼んでくれて構わないよ」

「そうか? ではリョウ君と。そう呼ばせてもらうことにするよ」


 どうも聞きなれない不思議な響きの名だが、君という存在にはしっくりくる名前だな、と。

 また、グラスを揺らしつつフードの奥から楽しげな声がする。一方何が面白くないのか、明らかにこの相手が不審に見えるせいか、再度口を開いたクレイの口調は非常にとげとげしかった。


「……あんたは? リョウに何の用だ」

「クレイ」


 それは下手に子どもに向ければ、それだけで子どもが泣きだしそうな声であり視線だった。

 いや、クレイが怪しむのは椋も分かるのだ。何しろこの相手は全く顔が見えない性別も定かでない、しかも誰も(たぶん)彼女のことを知らない。人目の多い王都などという場所にいる以上、正規の手続きは踏んで、この国に入っているのだろうが。

 感覚としては分からなくもない。ないのだが、結局そんなものを全てすっ飛ばして「可能性」が勝ってしまった結果がこれなのだ。

 彼女からしてみれば確実にいわれもない、クラリオンの同僚たちや常連の冒険者たち以上に鋭い追及の声にはさすがに椋も困った。この滅茶苦茶なまでの頑なさは、もはや言うまでもなくジュペスの一件が関与しているのだろう。

 もう少しこっちも話が聞きたいからって、このひとここに連れてきたのはさすがに失敗だったかな、それにしてもさすがにここまで来ると逆に鬱陶しいぞクレイ、などとさりげにひどいことを思う椋をさておき。

 またしても、フードの奥から聞こえてきた声は一切の揺らぎがなかった。


「そう怖い顔をせずとも、私はただ彼の話がもう少し聞きたくてここにいるだけだよ。私はレンシア・フロース。あちこちを旅しながら、自作の人形を売り歩いて暮らしている、人形細工師だ」

「女の身で一人旅、か。感心できるものではないな」

「え、」

「そうかい? 慣れてくるとこれも意外に楽しいものだよ」


 思わずあげかけた声は、彼女の楽しそうな声にかき消された。とりあえず今の会話の流れで判明したが、目の前のこのフードの人物、レンシア・フロースという名の女性らしい。

 クレイのおかげというべきかせいというべきか、目の前の人物に対する疑問が一気に二つとも解消されてしまった。「私(I)」と「あなた(YOU)」で完結してしまう会話には名前が要らない、ということを奇妙に実感することになってしまった椋であった。

 それにしてもなぜ、クレイは彼女を女性だと端から断定できたのだろうか。

 物腰の柔らかさや人々のいなし方などから確かに椋もこのひとが女性ではないかと考えてはいたが、確定の手段がなく、なおかつ当たっていても外れていても失礼な質問になってしまうためにどうにも言いだせなかったのだった。


「で? リョウ。おまえはいったい何をして、そんな人物と知り合ったって言うんだ」

「さっきからなんでそう刺々しいんだよ。おまえは俺の保護者か」

「そうされたくないなら、もう少しおまえは色々なことに対する自覚を強く持て。俺は先日のような騒動をもう起こしたくないだけだ」

「……はいはい」


 思わずぼそりと呟いた言葉は、しれっとざっくり一刀両断された。まったくもって鋭さの減退しないクレイの視線に、椋は苦笑するしかない。

 しかし純粋に誰であろうと「凄い」と思えるようなものが創れるような人間に、悪い人などいない気がするのだが。そんなことを言えば今度こそクレイが烈火のごとく怒りだしそうなので、その思考は口には出さずに留めておいた。

 そもそも椋は、この目の前のフードの人を信じたいから信じただけだ。

 ひょんな話の流れで名前が分かったこの奇妙な人形細工師、レンシア・フロースを。


「そういうあなたは? 名前を伺っても?」

「……クレイだ」

「俺の友人で、ここもひいきにしてくれてるんだよ」


 物凄く言いたくなさそうに、全ては名乗らないクレイの声に重ねて注釈する。椋を思っての行動であることは非常によく分かるのだが、なぜかそれが妙に子どもっぽくも見えるのはなぜなのだろうか。

 まあそれもこれも結局俺のせいかーなどと思う椋をさておき、相変わらず不機嫌と怪訝と不審を隠そうともしない目で、クレイはレンシアのほうを見た。


「あんたは、こいつがヘンだってことを知っててここにいるのか?」

「いや、だからおまえ、クレイ、あのな」

「ほう、リョウ君はヘンなのか。随分と面白いことをいきなり切り出してくる御仁だとは思ってはいたが」

「……」


 本当に椋の内心など知らず、ただ己のペースで相手に滔々と質問をぶつけていくクレイと、そんなクレイの言葉にまたしても楽しそうにフードの奥で笑うレンシアである。

 もはや言葉で応えを返せず、げんなりと椋はひとつため息を吐いた。しかもクレイの追及の目線は、レンシアの言葉を受けてさらに鋭く怪訝さを増したものになった。


「で? おまえは何をしたんだ」


 その上でのこの言葉である。この場合の「面白いこと」というのがクレイの中では即座に「無茶なこと」「普通はあり得ないこと」として変換されただろうことは想像にまったくもって難くない。

 実際ここ数日、あちこちに無茶ぶりをしに回っていた椋には反論らしい反論もできない。痛いまでの追及の緑色に彼はさらにため息を重ねた。


「……仕方ないだろ。義手の話してまともに取り合ってくれたの、レンシアさんが初めてだったんだから」

「リーでいいよ、リョウ君。まあ、確かに驚いたが、あのときの君の妙な視点と着目の仕方には納得ができたよ。おかげでね」


 二人分の剣呑な空気に反して、レンシア改めリーの声はやはり妙に楽しそうだ。まったくもって、先ほどからクレイの追及の的になっている人物とは思えない気楽さである。

 またしても何とも言えない顔で黙り込んでしまったクレイにとりあえず炒め物を、表情は相変わらず見えないがどうにも面白げなリーにはサラダを出してみる。コトリと皿を置く音に、改めてクレイは顔を上げた。

 上げたと思えば、ほとほと訳が分からなそうな顔でこちらの名を呼んできた。


「……リョウ」

「うん?」

「……ギシュ?」

「あぁ」


 クレイにはそこから説明が必要だったことを、彼の反応を見て椋も思いだした。

 この世界には魔術があるゆえに、「失ったものの代替」としての機械や装具品といったものの需要がほぼ皆無なのである。それは奇しくもかつて、椋が礼人に向かって何気なく口にした言葉の内容をそのままなぞっていた。

 口は災いのもと、とはよく言うが。それなりに言葉の失敗は、したこともある椋であるが。

 ここまで言わなければよかったと、過去の自分を殴りたくなったのも最近では珍しいことでもない。残念なことに。


「ジュペスのなくした、腕の代わりのことだよ」

「!?」


 そんな言葉に弾かれたように、クレイがほぼ限界まで目を見開いた。代替としての「言葉」すら存在していないことを明示する彼の反応に、椋は曖昧に笑うしかなかった。

 ふわりと、そこでリーもまた静かに笑ってこちらに頷いてくる。彼の反応も無理はないだろう、と。


「この国は、魔術が随分発達しているものな。そういうものに対する絶対的な必要性が、他国よりも更に少ないのも当然だ。……ということは結局、そんな言葉を当然のように知っているリョウ君こそがおかしいということにしかならないな」


 首をかしげたときにちらりと見えた彼女の表情は、どこか悪戯っ子のような軽やかさでやはり笑っていた。

 肩をすくめるしかない椋である。リーさんがそういうの面白がってくれる人でよかった、などと暢気なことを考える椋の目前を、また一段階低くなったクレイの声がリーへと向かって通り過ぎていった。


「レンシア・フロースとやら」

「いちいちそれでは長いだろう、リーと呼んでくれ。何だ? クレイ君」

「……こいつから言われたことを、口外してはいないだろうな」

「そんなことをするより、彼の話を聞いてみるほうがよほど楽しそうに思えたからな」

「……ならいい」


 心底やれやれとばかりにため息を吐いたクレイの様子に、リーが去ったあとのクレイの行動が至極想像できてしまった椋であった。これは確実に怒られる。おまえは学習能力がないのかと、言われてもおかしくないことをしたのは椋自身分かっている。分かっていてやったといったら、またそれはそれで余計にたちが悪いと怒られるのがオチだろうが。

 そんな思考への駄目押しのように、笑ったままのリーの声がクレイへ続いてきた。


「まあ確かにこんなことは、あまり大声で人前で喋るようなものではないな」

 

 そんな言葉を口にしつつ、彼女は袖口から取り出した何かをひどく無造作に中空に放った。ほんのわずか一瞬、薄荷か何かに似たような匂いがするりと鼻腔を抜けていったような気がした。

 思わず左右を見回す。当たり前だが何もない。この場にそんな洒落たものなど置いていないし、そもそもこの世界に放りこまれてからハッカの、ガムに良くあるあの匂いを嗅いだのは初めてのことだった。

 フード越しにもかかわらず何となく得意げに見える目の前の相手へと、椋は問いを投げた。


「リーさん今、何した?」

「別に一切、身体に害はないから安心してくれていい。私たちの声に、適度に雑音を入れるようにしただけだよ」


 全く何でもないことのように、何でもないわけがない事をのたまうリー。

 その言葉に先に反応したのは、クレイの方だった。


「声に、……雑音?」

「もし必要だというなら、お近づきのしるしに一つ差し上げようか」

「おいおいリーさん、今リーさんと商売の話しようとしてるの俺でしょう?」

「……リョウ。つくづく思うがおまえは、簡単に他人を信用しすぎだ」


 酒のせいかそれとも元々の性格なのか、リーの調子はどこまでも一定は越えずに楽しげだ。

 そんな彼女のテンションに乗っかって笑って見せれば、クレイが頭の痛そうな顔で額を押さえてげんなりした声を出した。結果的に彼女がこんな人だったのだから別にいいじゃないかと思う椋は、おそらく確実に破滅的なまでに甘い。

 が、これも椋の性分である。今更どうしようもないことだった。


「それに関しては全く私も同意見だよ、クレイ君」

「なに?」

「リーさん?」


 などと考えていたら、若干予想外の方向からクレイの言葉への援護射撃が来た。思わず目を開いたのは椋もクレイも同じことで、しかしやはり目線の先のリーは楽しげな、そしてどこか妙に落ち着いて穏やかな雰囲気を崩さない。

 女性にしては低い、少年のものと確実に声だけでは間違える声はゆるやかに続きを紡いだ。


「私はこの国のものではないし、この国で普遍的な職業に就いているわけでもない、さらには恰好までがこれだ。私のような人間を見たら、まず怪しいと思うのが先決だろう?」


 私自身、クレイ君の反応こそが普通だと思うよ。

 あっけらかんとそんなことまで口にして、彼女は笑う。どうも反応に困ってしまい、椋は軽く頬をかいた。何というか、肯定にも否定にも困るような言葉である。

 一方、クレイはふっとひとつ息をついて言った。


「そう思うのなら、せめて顔くらいこちらに見せたらどうだ」

「本当に君は真っ直ぐな男なんだな、クレイ君」


 ここまであからさまな敵意にも近いものを向けられつつ、何でこの人は笑っていられるのだろう、と。

 微妙に不思議になりつつ何となく展開を見守っていた椋の目の前で、不意に袖口から顔を出したびっくりするほどに白い手が、そのフードに指先をひっかけた。


「正直あまり、他人に見せて気持ちの良いものではないんだが」


 ふわりと、ひどく自然な動作でリーの頭部からフードが取り去られる。

 光にさらされたその相貌に、またわずかに椋は彼女に向かって目を見開くことになった。




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