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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-25 踊る人形、ひらいた手




「本当に悪いな、リョウ。力になってやりたいのはやまやまなんだけどよ」


 それは既にここ最近で、何回聞いたとも知れない謝罪と不可能を示す言葉だ。

 何度聞いても、どうしても落胆してしまうそれに苦笑して、椋は目の前にいる防具店の店主に向かって首を横に振った。


「そんな、謝らないでくださいよ。無茶なことを言ってるの、俺の方なんですから」


 ため息をつきそうになるのを押さえて、笑って見せる。しかし本当に困ったことになってきた、と椋は内心思っていた。

 何しろこれで、あてにできる可能性のある東区画の武器屋・防具屋と鋳物師、金物師は全滅なのだ。西にも確かあと一つ二つ残っているかというところだから、正直先行きは結構に暗いと言わざるを得ない。

 義手が創りたい。必要としている人間がいる、協力して欲しい。

 元々「道具」という分野では常に頼りっぱなしだったヘイに、にべもなく無理と言われてしまった時点で確実に探すのは大変だろうという想像はできていた。絶対に大変だろうよと、そのヘイも何とも嫌な顔で笑っていた。……ジュペスが失ってしまった腕の代わり、義手のあての探索は今日も絶賛迷走中であった。

 ヘイ曰く、同じ魔具は魔具でも、ただ身につけるだけのものと「自分の身体の一部」として使う魔具には、根本の理論からして大層な違いがあるらしい。

 ヘイは前者だけをずっと専攻してきたため、後者に関しては一切チンプンカンプンだということだった。しかも後者にはヘイの「物凄く苦手な繊細さ」が必要とされるらしく、そういう意味でもヘイは「身体の一部」として使う魔具が嫌いで、制作に対する興味もまったくないらしい。

 しかしなあ、ホントどうするかなあ。

 思っていると、不意につん、とシャツの裾を引かれた。


「リョウにーちゃん、これ」

「ん? あれ、ロット。いつ帰ってきたんだ?」

「さっき。これ、かーちゃんがにーちゃんにって」

「俺に?」


 裾を引っ張ってきたのは、この防具店の店主夫婦の長男で、現在六歳のロットだった。椋の言葉に頷いて、彼が差し出してくる紙袋を受け取る。妙に香ばしいいい匂いがするので口をちょっと開いてみれば、中には色々な種類のパンが一杯に詰められていた。

 正直まったく、こんなものがもらえるようなことはしていない椋である。少し困ってしまい、目前の店主を彼は見やった。


「……あの、本当にそんな、気を使っていただかなくても」

「こんなん程度で、俺たちがおまえにもらった恩を返せるたぁ思っちゃいねぇよ。それ、あいつもおまえさんに食ってもらった方が喜ぶだろうし、もらってやってくれ」

「おれね、ライゴ(椋的にはだいたいイチゴ)のとメーテア(椋的にはほぼメロン)のがすき。にーちゃんはどれがすき? きっとかーちゃん、にーちゃんがすきなのいっぱいつくってくれるぜ!」

「……」


 ちびっこに嬉しそう、かつどこか得意げに笑って見上げられてしまうと、何ともこれ以上の遠慮の言葉も出しづらくなる椋であった。

 小さい子供というのはときに本当に理不尽なものである。うんうんと店主がロットの言葉に頷いているのも大きい。

 ひとつ苦笑して、椋は二人に頷いた。


「分かりました。ありがたくいただいておきます」


 昼食は普通に摂ったはずなのだが、妙にパンのいい匂いに食欲を刺激されてしまったというのもある。

 「おつかい」を無事果たしたからか、嬉しそうな顔をしたロットはしかし、次にはなぜか口をへの字に曲げて椋のシャツのすそをまた引っ張ってきた。


「にーちゃん、今日もおれたちと遊んでくんねーの?」

「んー、できればそうしたいんだけど、ごめんな。もうすぐ仕事に行かないといけなくてさ」

「おまえ、もうクラリオンで働かないで治癒術師として開業でもしたほうが稼げるんじゃねえのか? ……ま、うっかり変なのに惚れられたりしないようにほどほどに頑張れよ、リョウ」

「残念ながら、色気ある話なんてまったく何もないから大丈夫ですよ。それじゃ俺はこれで。お邪魔しました。ロットもまたな」

「にーちゃん、こんどはちゃんとおれたちと遊びにきてよ!」

「はいはい、わかった。またな」


 ぐいぐいと力任せに裾を引っ張ってくるロットの手をさりげなく離しつつ、笑って彼の言葉には頷いて椋は店の外へと出た。

 途端に目を刺してきた斜陽のひかりに、思わず目を細める。白い石畳や家々の壁や塀を柔らかいオレンジ色に染め上げているそれの高さを見るに、時計で確認するまでもなく、家に戻る時間はなさそうだ。

 まったくもってはかばかしくない調査状況に心底からやれやれと思いつつ、見慣れた道なりを椋は歩く。コンクリートではない、材料も良く分からない石畳やレンガの道も、日々暮らしていれば見慣れてしまうのだから人間の慣れというのも怖いものである。

 道行く途中でひとつ紙袋からパンを取り出し、かじってみればジャムとバターのパンだった。

 マーマレードに近いジャムの酸味を楽しみつつ、クラリオンへの道のりを辿る途中。

 それは表通りからの続きではあるが、あまり人通りの多くない場所に椋が足を踏み入れたくらいのときのことだった。


「……ん?」


 また一口パンをかじり咀嚼して飲みこんでから、椋は足を止めた。

 この辺りでは、いつもなら耳にしないような音が聞こえたような気がしたのだ。人々の生活の音ではない、店の呼び込み、或いは店をたたむ、そんな明るい喧騒でもない、――軽やかな小さな、音楽。

 鼓膜を打ったその音自体は、別に何の変哲もない、どこかで聞いたことのあるようなものだった。しかしなぜこんな日も落ちかけの時間、こんな場所でそんな音が聞こえたりするのだろうか?

 何となく興味を引かれて、コロコロと、小さな何かを転がすような音楽の鳴る方向へと椋は足を向ける。

 不確かで遠い音を追い、ひとつ、ふたつと路地を曲がり狭い道を通る。

 露店が居並ぶ一画からは少し、いや結構な距離をおいた、あまり人の通りも多くないところに、その音の元はあった。


「あ」


 思わず小さく、声が漏れた。一見すればオルゴールのような、小さな箱からその音楽は奏でられていた。

 その軽やかでかわいらしい、音楽に合わせるようにそして、くるくるといくつかの人形が、小さな箱の周囲をたのしげに踊りまわっていた。


「……」


 それは非常に、不思議な光景だった。

 操る糸もなにもなしに、まるで本当に命が吹き込まれているかのような軽やかさと自然さで、人形たちはその場に舞い踊っていた。

 勝気な表情をした子や優しげな瞳の子、悪戯好きそうな男の子の人形もあれば、リスか猫かウサギか、そのあたりの小動物を、より可愛らしく仕上がるよう混ぜ合わせたような見た目のぬいぐるみの姿もある。それぞれの表情が人形とは思えないくらいに生き生きして見えるのは、制作者の腕と、この――魔術によるもの、なのだろうか。

 この世界に魔術というトンデモ技術が存在している以上、人形たちが本当に生きているかのように糸もなにもなしに動くことも、箱から聞こえる音楽が絶対に一つの楽器の音ではありえないこともそう、珍しいことでもないのかもしれない。

 しかし実際にそんなものを、初めて目にした人間の反応など一つしかない。

 人形たちの舞台のすぐ前まで近づいた椋は、ひょいと無造作にその場にしゃがみ込んだ。


「……いらっしゃい」


 他に誰もいない小さな露店の前で、あからさまに人形たちに興味を示して座り込んだりしたからだろう。人形舞台のさらに後ろ、枯葉色のフードとマントで身を隠すように覆う露店主が、静かに声をかけてきた。

 静かでどこか枯れたような印象を与える外見に反して、聞こえてきた声は明らかにまだ随分と若い。少年と呼んでもいいだろうその声に、少しだけ驚いて店主の方を見るも、やはりフードとマントとでその顔はまったく、椋には窺えなかった。

 その姿はなぜか不気味というより、どこか寂しげであるように椋にはそのとき、見えた。


「このあたりでは、見ない目と髪の色だね。子どもさんにでも、ひとつ買っていくか?」


 人形越しに見やる露店主が、わずかに顔をあげて聞いてくる。しかし相変わらず彼の顔は椋にはまったく見えず性別も正直言ってさっぱり分からず、辛うじて分かることと言えば、少年のような声にある意味そぐわず、向けられる言葉一つ一つが、妙に落ち着いたようにも聞こえることくらいだった。

 そんなことを少し考えつつ、相手の言葉に椋は軽く笑って肩をすくめた。


「せっかくだけど俺、子どもどころか彼女もいないんだ」

「おや、それは少し意外だな。お兄さんくらいの見た目なら、女の子は放っておかないんじゃないのか?」


 少し驚いたようにまた顔をあげた彼、あるいは彼女の、顔の左側だけがちらりと見えた。

 夕日に照らされる頬は見事に真っ白で、こちらを見てくるその目は、綺麗な若葉の黄緑色をしていた。こちらもまたなんとも、声と同じように性の判別に困ってしまう外見だった。

 椋の視線に気づいたのか、また露店主は顔を俯けてしまう。別に隠すようなこともないだろうに何で、と思いかけて、自分の見た目、美醜という単純な理由以外で顔を隠す友人がいたことに、はたと椋は思い当たった。

 この人にも何かしらの理由があるのかもしれないと、とりあえずはその一言で片づけることにする。

 とりあえずはその部分には触れないことにして、椋は相手へ笑顔を作って見せた。


「随分なお世辞をありがとう。それより、どうしてこんな変なところで露店を開いてるんだ?」


 男で素人の椋の目から見ても、この露店に並べられている人形たちは非常に精巧で綺麗だった。何らかの魔術によって動かされているのだろう人形たちは、丁寧に作られた顔の表情や手足の動きが非常にスムーズなのもあって、下手すれば遠目には人間の子どもと勘違いしてしまいそうなくらいだ。

 人形好きな小さな女の子などにはそれこそもってこいの代物だろうに、なぜかこの露店はこんな、メインストリートからはやや離れた場所でぽつりと妙に寂しく開かれているのである。

 商売的にも、もっと別の場所の方が儲かるんじゃ。

 考えての椋の言葉に小さく、露店主が笑った気配があった。


「私はもともと、この国のものではないからね。生憎まだそう手持ちがないし、それに私はここくらいの人目で、細々と人形を売っているくらいがちょうどいい」

「そっか? ほかのとこで見たどんな人形より、店主さんの人形、綺麗だし可愛いと思うんだけどな」


 音に合わせ、踊り続ける人形たちを眺めつつ椋は口にする。それは決してお世辞ではなく、ばっさりした椋の本音だった。

 しかしなぜかそんな彼の言葉に、少しだけフードの奥で相手はぽかんとした、ような気がした。

 明らかに妙な反応に、どうもまた自分は変なことを言ってしまったのかもしれないと今更椋は思い当たる。だが自分の言葉を思い返し反芻してみても、どこにもおかしいところは見つけられず、内心で彼は首をかしげた。

 決して短くない空白をあけた後、どうしてかは分からないが、露店主は不意に、どこか楽しそうにふっと、笑った。


「変わったお客だな、お兄さんは」

「そう、かな?」

「そうだよ。折角褒めてもらっておきながらこんなことを言うのも何だが、そもそもあなたくらいの男の人は、普通ならなんの躊躇もなく人形をかわいいだの綺麗だのは、まず言わないと思うぞ」

「あ、あー、なるほど」


 指摘に思わず笑ってしまう。しかし並べられた人形たちを見ての正直な感想がそれなのだ。相手にとって不快でないなら、それでいいと思う。

 もう一度改めて見やる目前の人形たちは、ひょいと指を動かした露店主の動きに従って一斉に椋に向かって礼をした。

 そんな仕草まで本当に、人間のそれと何も変わらないように椋の目には見えた。


「……本当に見れば見るほど、よくできてるな、この人形たち」

「興味があるなら、好きにどれでも手にとってくれていい。どうせもう店じまいしようと思っていたところだ、買ってくれるなら安くしておくよ」

「や、別に俺は人形が欲しい訳じゃ、…でもまあ、じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」


 気前よく勧めてくれる店主と、人形のあまりの精巧さにつられ、一番手近にあった一体を椋は手に取った。

 フード奥から感じる視線には、何故かどことない鋭さがある。何となく品定めされているかのような感覚に、若干の居心地のよくなさを椋は覚えた。

 理由の分からない目前からの視線を感じつつ、左右上下、くるくると全体をひっくり返したりしながら手にした人形を眺める。

 近くでよくよく見てみれば、人形の手指がキチンと人間のように細かく、関節を分けられ折り曲げることができるつくりになっていることに椋は気づいた。


「お兄さん。ちょっと質問をしてもいいか?」

「ん?」


 驚きに思わず目を見開いた椋に、おもむろに店主がフードの奥から口を開いてきた。

 改めてそちらを見やれば、その奥にある若葉色の目がなぜか、ひどく鋭い色合いを宿してこちらを見据えてくるような気がした。


「どうしてそんなに、人形なぞに妙に興味を持ってるんだ?」


 なぜかその瞬間、言葉と視線とでその場に縫いとめられたような気がした。

 その感覚はすぐに消えたが、しかし確かに、刹那ぞわりとその、妙な感覚は椋の背筋をふるわせて過ぎていった。

 相手の少ない言葉だけでは、椋にはその視線と感覚の理由を俄かには判断しかねた。確かに百八十近くも身長のある男がしげしげ人形に見入っているというのは良く考えずとも変な光景だろうが、そんなに妙に、警戒されるようなものなのだろうか。

 店主はそれ以上何も、言葉を続けては来なかった。従って椋も何を返すこともできず、手にしたままの人形の指をちょいちょいと突いた。

 何とも綺麗に、本当の人間の指のように自然に曲がるのが面白い。一度伸ばしてから今度はゆっくり力を加えていってみれば、人間のミニチュアかと思うような精密さで、人形の指は綺麗に、椋の手の中で折れまがった形になった。

 折れまがった形と、自分の手を曲げた形とを比べてみる。びっくりするしかないほど、そっくりとしか言えなかった。

 自分の語彙の少なさに、多少なりとも椋は呆れた。なんというか、非常にいろいろ残念だった。


「本当にすごいな、この人形。指の動きとか曲がり方とか、動きが本物の人間みたいだ」


 しかも更に残念なことに、質問されたのは分かっているのにもかかわらず、ついつい関係のない言葉が彼の口をついて出た。

 そんな椋の反応に、ふっとどこか苦笑じみた笑みを店主はこぼした。

 まあいいか。なぜか、小さくそんなことを呟く声が聞こえた。何が良くて何が悪いのか椋にはさっぱりわからないが、とりあえず何かは許してもらえたようだ。

 ならばとばかりに、もう少し気になる部分へと椋は詰め寄ることにする。相変わらず目深にフードをかぶったまま、まったく顔が見えない店主へと彼は声をかけた。


「店主さん、この人形の服のそで、ちょっとまくってもいい?」

「好きにしてくれていいよ。だが丁寧には扱ってくれ、壊すなよ」

「壊さないって。……うーわ、指だけじゃなくて手も、肘関節もこんなにきれいに曲がるのか。形も動きも、本当に人間みたいだ」


 人の腕にするように、露出させた人形の腕を曲げ、伸ばす。

 色や見た目、形から伸び縮みするその細かな角度や伸縮の限界に至るまで、見事としか言いようがないくらいに手の中の人形は「人のミニチュア」だった。

 今は椋の手の中に収まり、自発的には動かないそれを見やる。さらに、今も音楽に合わせて動き踊り続けている他の人形たちも眺める。

 もしできるとしても確実に、主にお金の面で不可能であろうことがむくりと椋の頭に考えとしてそのとき、浮かんだ。


「……随分と」

「へ?」


 だから不意にまた口を開いた、相手の言葉に応じるのが遅れた。思わず間抜けな声を出してしまった椋に、また先ほどと同じように、小さくふっと店主はこちらに向かって笑う。

 声だけならどう聞いても少年のものなのに、この店主と会話を始めてからずっと感じていた違和感の正体に、唐突に椋は思い当たった。

 そうだ、この少年の対応や所作は、少し前まで一緒の学年で一緒に色々やっていた、社会人入学者の同級生に対する感覚を彷彿とさせるのだ。決して悪い意味ではない、絶対的な年月の経過を、彼と話しているとなんとなく感じるような気がするのだ。

 と、なるとこの少年のような声の人は、実は「少年」ではないのではなかろうか。それとも、ただ彼が特別に大人っぽいというだけなのだろうか、いやでもなんとなく、こまごました所作が女っぽいような気も、しかし口調は明らかに男物だ。

 よくわからず椋が首をひねっていると、おそらくわずかな笑みをその顔に刻んだまま(実際にはフードで顔は見えない)、店主は再度、椋に向かって言葉を投げてきた。


「変わったところに目をつけるお客さんだな、あなたは」

「あー、そうかもしれない。ちょっと色々あって」


 穏やかな口調と言葉で指摘される事柄に頷く。人形全体の作りや可愛らしさ、綺麗さではなく、その腕や指先の動きに感動してしげしげ眺めている人間なんて、実際にいたら絶対に不気味だ。

 残念ながらそれは間違いなく今の椋なのだが、そのあたりには一時的に目をつぶって彼は思考する。


「色々?」


 フードがふわりとわずかに傾く。一体何が関係すれば人形の「そんな細部」に目をつけるようなことになるのか、不思議にも奇妙にも思っているのだろう。

 しかし続きの言葉を口にするには、さすがに少し椋にも抵抗があった。これまで「その話」を持ちかけてきたのは、多少なりともクラリオンやアイネミア病関連でツテと信用関係のあるような、下手な相手に「その話」を面白がって広めたりはしないであろう相手だけだったからだ。

 その一方、今目の前にいるこの人形売りのことをほとんどまったく椋は知らない。一緒に話している感じが不快でないことからもおそらく悪い人間ではなかろうとは思うのだが、それにこの人形の異様なまでの「人っぽさ」。

 もう一度手の中の人形と自分の手とを見比べ、また双方を折り曲げ見比べもしてから椋はひとつ深く息をついた。

 情報を相手に伝えることで、生じる可能性のある障害を考える。現在の椋の探索を、相手に伝えることで生じ得る道筋について思考する。

 大は小を兼ねるというが、この場合の小が大を兼ねてくれるのかどうかなど分からない。

 だがほんの少しでも可能性があるなら、その可能性に賭けてみようとするのはきっと、

 誰だろうとどうしようもない仕方のないことだと同時に、考えた。


「話半分に、聞いてくれる方が嬉しいんだけど」

「うん?」


 椋自身が聞いても少し調子の変わった彼の声に、さらにふわりと目前のフードが傾いた。わずかにちらりとまた見えた顔の左半分には、怪訝が一杯にはりつけられていた。

 ゆっくりとひとつ、息を吸う。今から自分の成すことが、正しいのかなど椋自身まったく分からない。

 しかし、椋は言葉を向ける。何となく、この人は大丈夫なのではないかと何の根拠もなく思った。

 それは彼或いは彼女が人形を見る目がとても優しかったからなのかもしれないし、人形一つ一つの手の込みように、嘘偽りでは絶対に出せないレベルの愛情とこだわりのようなものを感じたからかもしれなかった。


「――義手が、創りたいんだ」


 そんな思考の結果として、ゆっくりと紡ぎ出した言葉に。

 わずかに怪訝そうに揺らいだ若葉色の目の光が、見えた。




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