P2-07 やみむかい 3
決して揺らぐはずなどないと、ほとんど無意識に思い込んでいたことが。
今、彼女の目の前で、容赦などなく、揺らされる、
「誰だ」
一瞬で温度をなくしたクレイの声に、その騒音の出元、入口近くに非常に所在なげに立ちつくす影複数はびくりと身体を震わせた。
一方の椋は、音に驚いて振り返った先で、実際に目にした人物のあまりの意外さに思わず目を見開く。傍らのクレイにしても、それは同じだった。
なにしろ、現在椋たちの目の前で立ちつくしている、三人の中でもとりわけ目立つひとりとして、存在していたのは――
「……ピア?」
それは金髪碧眼の、椋とクレイを、引き合わせるきっかけになったあの少女だった。
今は本当にひどく所在なげに、おろおろと困ったように視線をあちこちに彷徨わせている、クレイの妹だった。
そしてあからさまに動揺する彼女の、完全に顔色を失っている他のふたりの反応を見て椋は気づいた。よく考えずともさきほど椋が発した言葉は、アルセラ以外の祈道士には絶対に聞かせるべきではなかったことに。
しかし今更気づいたところで、最悪なことにすべては遅い。さらに言えば、ここまでひどくなってしまった壊疽に対する効果的な治療法など、椋は切断以外の何も知らなかった。
見やる先の、ピアの唇が震えているのが分かる。もう一人別の女の子の、さらにピアと同じくらいの少年の口がぱくぱくと何か紡ごうと動いている、しかしまともな言葉は結局、一つたりとて椋に向かっては来ない。
どういうことだと、一体今何を言ったのか、それは何の冗談なのかと。
きっとそんなことたちを、彼女たちは自分に訊ねたいのだろうとぼんやり椋は、考えた。
「……」
非常に居心地のよくない、気分もよくない類の沈黙が満ちる。
明らかにこの場にいるすべての人間の目と耳が現在、椋たちへ向けられていることが痛いほどに良く分かる。
その大本を辿れば諸悪の根源は結局椋自身であるとは言え、色々な意味でかなり本気でまずい状況に彼は陥っていた。じっとりと気持ち悪く湿り気を帯びていく手のひらに、今日も正常運転を続ける交感神経に若干げんなりする椋であった。…思考が奇妙な方向に逃避しかけていることは否定しない。
事実を、差し迫った死の可能性をあえてジュペスに伝えたのは、確実に今の彼には、選択のために使用できる時間がほとんどないと考えたからだ。
クレイがどうしてもと無理を通すような人間なのだから、こんなところで自分の意志にそぐわぬ理由で死んでしまうなど、あまりにこの少年にとっては不本意だろうと思ったからだ。
先ほど見せてもらった右腕の中で、まともに腕らしい色をしていたのは、肩にほど近い上腕のほんの一部だけ。血流が悪いのだろう指先は血の気なく黒ずんでいたし、大々的に壊疽の広がる部位などもはや、改めて思い返すまでもなかった。
だからもっと、ジュペスに、きちんと。
説明をして、同意をもらって、…多分それから実際の方法を考えればいいと、おそらくそれで何とかできるはずだと信じたかった、椋だというのに。
「……あの、」
ひどい動揺をその目に浮かべ、しかしそれでも必死にピアがこちらへと声をかけようとする。つくづく物事というのはうまくいかないと、感じたくもない嫌な苦さに椋はわずかに眉をひそめた。
あそこまで広がってしまった壊疽を、果たして魔術の力だけで、腕の切断をせずともまともな生活が可能なレベルにまで戻せるのかなど知らない。先ほどのクレイたちの反応を見る限り壊疽という概念がどうやら少なくとも一般には全く浸透していないこの世界で、参考にできるような彼と同様の症例が存在もまた、おそらく望むべくもない。
右腕を循環する血流量を極力抑えたまま、治癒術師が壊疽部分の回復をさせられるならもしかすれば話は別かもしれない。しかしこの世界にはそんな技術はないうえに人材もない、そもそも祈道士と治癒術師が協力して事に当たるなど、まずありえない。さらに言うなら人体に、複数種の治癒魔術を重ねがけすることが可能なのかも椋には分からない。
それに、そもそも椋のような、「不審」な男の言うことに対し、「ふつう」の治癒職の人々がまともに、聞く耳を持ってくれるとも思えない。
しかも血流を止めたままでは、回復させている部分以外の、辛うじて無事な部分まで栄養分や酸素の不足により死んでしまいかねないのだ。――やはりどう考えたとしても、ジュペスを生き延びさせる方法は腕の切断、それしか椋には思いつかなかった。それ以外の方法を試すには、あまりに色々な面においてリスクが高すぎる。
しかしこの場は非道いことに、そう説明するための時間も余裕も、椋にはもたらしてはくれないのだった。
「何か質問がおありでしたら、別の場所でお聞きします」
患者さんたちの前で騒ぎ続けるのも、刺激を与え続けるのもよくありませんし、と。
ともすればもつれそうになる舌を必死で動かしつつ、椋はなけなしの笑顔を浮かべて彼女らへと言葉を向けた。わずかに驚いた顔をしたクレイがこちらへ制止をかけようとしてくるが、彼が実際に何かを言葉にする前に、椋は小さく首を横に振りそれを予め阻止した。
事実は事実だ。一度起こってしまったことはもう、どうしようもない。
妙に有無を言わせぬ響きを持って発された椋の言葉に、ややあってこくりと、やはり言葉は発せぬままに彼女らは小さくひとつ、首肯を返してきた。
「……どういう、ことですか」
三人の祈道士に導かれるまま、祈道士たちの控室および休憩室として使われているらしい部屋へと椋たちは通された。帰ってくれていいとクレイには一応言ったのだが、彼は頑として椋の言葉を聞き入れなかった。
何をどこから説明すべきか、椋にはまったく分からなかった。この三人に椋なりの説明をしようとしても、神霊術に三つの作用があるという仮説の時点で確実に引っ掛かってしまう気しかしない。
おそらく荒唐無稽以外の何でもない椋の説を、本当に心底から信じているかどうかは別としてきちんと聞き「仮説」として思考をしてくれた、ヨルドとアルセラこそがこの世界においては特級の変わり者なのだ。
あの病気のことがあったのち、この国の宗教についても多少、椋はかじった。多少の勉強をしただけでも、いかに自分がこの世界にとって「異質」な思考をしているのか、そしてヨルドたちこそが世界という枠組みの中で異常であるのかはまさに、推して知るべしだった。
そして現在の椋は、あの二人とはおそらく、まるでかけ離れた人種を相手に自分の説を展開させねばならない。
三人の中で一番きつい表情をしたひとりが、まず椋に向かって口を開いた。
「先ほどのあなたの発言は、神への冒涜に等しいことを分かっていますか」
そして口を開いたかと思えば、これまた初っ端から、予想はしていたものの「神への冒涜」である。
聖書によれば神霊術とは、「人々を癒し、祝福するために神がその子らへと授けし希望の光」なのだそうだ。現時点に関する要点のみざっくり言ってしまえば、神様が人を癒すために人間へ授けた術である神霊術が、万能でないはずがない、ということになる。
そうは言ってもなあ、としかし椋は思った。
神霊術が決して「万能」ではないことは、アイネミア病の件もあって椋の中では完全にただの「事実」なのである。何と返したものか考えあぐねていると、その沈黙をどう取ったのか、更に厳しい表情で彼女は椋へと言葉を続けてきた。
「人体の損壊はメルヴェの教えにおいて重罪です。神からの祝福を、捨てることと同義なのを分かっていてあのような発言をされたのですか」
「…っ!?」
さすがに少し聖書のさわりをかじったくらいでは出てこなかったその「罪」に、思わず妙な声が喉を突いて出そうになるのを、何とかその直前で椋はとどめることに成功した。
そういえば先ほど、腕を落とさなければ君の命はそう長くないと、そうジュペスに告げたとき。ジュペスは無論のこと、今傍らで状況を無表情に静観するクレイも一瞬だが、唖然とした表情を浮かべていた。
あの顔にはもしかしてそういう意味もあったのかと、変なところで納得してしまう椋であった。
「……」
しかし。手繰れない和解の線に内心ほぞを噛む。当然のことながら、椋とて意味もなく他人の手足を切断するような、胸糞の悪すぎる趣味など持ってはいない。
この世界に存在する治癒魔術とその発展の度合いを考慮した結果、彼を助けるための結論として出てくるものがそれしかない、だけだ。神霊術でも治癒術師の治癒魔術でも、どちらでもそれこそ「万能」であるなら、ジュペスはあんな状態にはならなかったはずなのだから。
本当にいったい、何からどう話せば少しでもこの人たちは納得してくれるのか。
沈黙の内側でさらに頭をひねる椋に、今度は別の一人が口を開いてきた。こちらは少年だ。
「そもそも、彼の状態が酷いならなぜ、もっと早く僕らに言ってくれない。僕らは癒し手たるためここに遣わされているんだ、そのための研鑽も惜しんではいないぞ」
「……」
ジュペスは壊疽が悪化しているからこそ、君たちを避けているんだという事実は流石にいきなりは言えない。
ひどく怪訝な表情を椋へ向けている彼は、最初の女の子と違って、多少はこちらとの話し合いにも応じてくれそうな気配はあるような気がした。しかしそれと同時に、やはりとも言うべきかプライドも高そうだ。
どうしようどうしようとそればかりが思考をめぐり、肝心の内容がまったくまとまらず混乱する。
沈黙しか返せずにいる椋の名を、ひどく心配そうな声が呼んだ。
「…リョウ、さま」
鈴を転がすような、可愛らしい声。もしあの話を聞いていたのが彼女だけだったなら、状況はもっとずっと簡単だったんじゃないかと思う椋である。
しみじみ物事というのは須らく、個人の思った通りには動いてくれないものだ。
彼女は何を言ってくるのだろうかと、言葉をまた待っていた椋の耳朶を打ったのはしかし、再度の少年の声であった。
「それに先ほど、彼にしていたあの質問はなんだ。なぜ彼が祈道士を避けるのは当然のような言い方をしたんだ、あんたは」
「……」
彼らは一体どこからあの会話を聞いていたのかとか、あまりの自分の思慮と配慮のなさにがっかりするとか、それは俺の仮説からすれば別に不思議なことではないんだとか。
色々な思考は泡沫のごとくぶわりとひと息に浮かびあがったが、しかしそのどれも実際に言葉にして相手に向けるにはあまりに色々な意味で危険すぎた。本当にどうして、礼人はこの世界の治癒魔術を万能に何にも効果のあるものにしなかったのかと思う――主に俺のせいか。
もはや感情の向く先すらよく分からなくなってきた椋の、相変わらずの沈黙をどう取ったか挑発とでも見たのか。
甲高い頭蓋に突き刺さってくるような声を、最初の女の子がきんきんと彼へと向かって張り上げてきた。
「何か弁解はないのですか! ただ黙られているだけなら、異端者として教会の査問へかけられることも考慮していただかなければなりませんが!?」
感情任せのその言葉に、さすがに椋も眉を寄せた。おそらくこれ以上だんまりを続けていれば、一番の被害をこうむることになるのは椋ではなく、ジュペスだ。
はあ、と一度、肺の中の空気をすべて吐き切ってしまうような勢いで椋は息を吐いた。
改めて吸い込む空気が冷たく気道を通過していくのを感じつつ、できるだけ淡々とした調子を自分へ言い聞かせながら口を、ひらく。
「……それなら」
「…っ、?」
「あなたがたは彼をどうやって治療すればいいと考えているか、僕に教えて下さいませんか」
「どう、って」
とりあえずは第一撃。相手の意表を突くであろうことは想像済みのこの言葉は、しかし間違いなく椋の本心からの疑問だ。
そして彼の予想の通り、目前の三人はあまりに唐突、かつ考えたこともないのだろう類の質問にその目を見開いた。
そんな三人へと向けて、静かに椋は言葉を続ける。
「なぜ、彼は敢えて自分から祈道士を、神霊術を避けていたと言っていたのでしょうか」
「何を馬鹿馬鹿しいことを。怪我の痛みで意識が錯乱しているだけのことだろう、怪我が治っていないのに僕らを拒絶するなんて、正気の沙汰じゃない」
「ああもしっかり、僕の質問に対する受け答えができていたのに、ですか?」
「…それは」
淡々と指摘する椋の言葉に、うっとばかりに少年が詰まった。さきほどのジュペスが錯乱していたというなら、この世界の人間は椋も含めて全員が錯乱しているとしか思えない。
リョウさま、と。
先ほどより少し芯の強くなった声が、また椋の名をふわりと、呼んだ。声に視線を向ければ、何かを決意したかのような、不思議な光を宿した碧眼がそこにあった。
胸の前で軽く手を組んだ彼女、ピアが言葉をつづけてくる。
「リョウさまは、その理由をご存じ、なのですか?」
「ピアレティス様?」
「ルルド! あなた、何を」
「アイネミア病を私がうまく治療できなかったことと、原因は同じ、なのですか?」
「ルルド!?」
もはやどこか狂乱めいた、大声をもう一人の女の子があげた。椋に向けてきた第一声からして何となく分かっていたことだが、彼女はほぼ確実に「神霊術万能論」の深い深い信奉者なのだろう。
そして一方、ある意味さすがはクレイの妹というべきなのかもしれない。彼女はおそらく、神霊術の「万能」をどこかで疑っている。
自分の力で誰かを治せる、そのことに彼女が深い喜びを感じていることをアイネミア病の一件で椋は知っていた。だからこそきっと、ピアは考えたのだ。どうして自分の神霊術ではうまくアイネミア病の患者を治療できないのだろう、何かもっと別のやり方が、本当は存在しているのではないか――。
もう一人の少年はそして彼女への呼称からして、貴族であるピアのおつき、護衛役とでも言ったところだろうか。
三人それぞれの分析をしつつ、ピアの質問へと静かに椋は応じた。
「近からずとも、遠からず、……ではないかと、僕は思っています」
「!?」
「しょ、…ッ庶民風情が、何を思いあがった妄言を!」
知っている。教会がその「事実」をかたくなに秘匿した事実など以前から。
結局のところ国王の帰還により、ある意味ではすべて打ち切られてしまった一連の事件は未だに謎が多い。
だからこそただの「一般庶民」であるはずの椋が、一国の王様と相見え会話をするような事態が起こったりするのだ。この国の王様があの奇天烈なのも無論、大いに関係していると思うが。
しかしきっとそれは精々、ピアの「治療がうまくいかない」という一時的な違和感に留まってしまうようなものにすぎなかったのだろう。もう一人の女の子に至っては、疑念もまったく何も抱かなかったのかもしれない。
それに椋の身なりや立ち居振る舞いを見てだろうが、彼女はあからさまにこちらを見下した、上からの面倒な物言いをする。
なんというか、一言で言うなら非常に鬱陶しい。…思わず椋は苦笑してしまった。
「僕に関しては別に、何をどう仰っていただいても構いません」
「!?」
さらに何か喚こうとしていた、彼女の言葉が空中分解して途中で止まる。
テーブルに肘をつき両手を組み、絶対に告げておかねばジュペスが危うくなる事柄を椋は三人へと、告げた。
「ですが彼の望む治療法が明確に提示できない限りは、下手な、彼の意思を尊重しない介入は止めておくべきだと、僕は思っています。下手に今の彼へ神霊術を使用すれば、逆に彼の寿命を縮めかねないと」
「な…っ」
また三人が絶句する。しかし事実を、少なくとも今の椋が事実とほぼ断じてしまっていることを口にしないわけにはいかない。
ここからジュペスを助けるには、一体俺はどうすればいい? 少なくとも神霊術だけでは、まずあんな壊疽の治療が可能だとは思えない。
思考しようとはするものの、今は目の前のことだけで手いっぱいだ。
いや、目の前のことですらも、きちんと対処などできてはいない――。
「――治療法? ……治療法ですって!?」
椋の思考を両断したのは、バンッとひどい勢いで机をたたくと同時に上がったヒステリックな叫び声だった。
思わず椋は顔をしかめた。ピアはおそらく、喜んでいいのか悪いのか分からないが、以前の過換気事件のこともあるのだろう。どこか納得にも似た視線をこちらにくれているのに、そして少年の方は、ひとまずピアに従うことを決めてくれたようだというのに、彼女は。
非常に、まずい気がしてならない。なんともひどく、嫌な予感がした。
取り返しもつかないようなことが起こるような、そんな気がして背筋が一気に冷えた。
誰か呼んできてくれないかと、傍らで沈黙を貫くクレイへ声をかけようとしたとき、彼女は爆発した。
「治療法ね、治療法をあなたに言えばいいんでしょう!? 神霊術の使用。私の神霊術を彼に使用します。……それ以外に何があるというのです!」
「ちょ、っ待ってください。僕がお尋ねしたいのは、それ以外の、彼に苦痛を与えず治療が可能な方法です。先ほども申しあげたように、下手な神霊術の使用は彼の、」
「涜神も私たちへの侮辱も、いい加減になさい! ……いいでしょう、そこまで言うのなら、あなたの考えが間違っていることを今から私が証明して差し上げますわ」
すっくと、どこか狂気めいた光をその目に宿して彼女が立ちあがる。思わずぎょっと目を見開いたのは椋だけではない、ピアと少年、そしてクレイさえもが彼女の異様さに驚愕した。
冷えた背筋が、今度こそ凍る。
予感が現実となりかわる、碌でもない展開に唖然とした。
「マリア!」
制止の目的をもって発される名前にしかし、彼女が返すのはきつい一瞥のみ。
さっさと歩きだそうとする彼女の肩を、ぐいとばかりに少年の手が止めた。
「おいマリア、どこへ行くつもりだ!」
「当たり前でしょう、彼のもとへ行くのです」
「……っ!!」
凍りついたままの背筋を、さらに大きな氷塊が滑り落ちていくかのような感覚があった。
ひっと奇妙な音を立てて、そのとき椋の喉が鳴った。それは無論彼女への恐怖によるものではなく、彼女の強行と凶行により起こされる、最悪の事態が容易に想像できてしまったが故のものだった。
パシンと少年の手を振り払い、ピアや少年の制止も聞かず彼女はあの部屋へ、ジュペスたちの収容されている一室へと向かって歩き出す。まずいまずいまずいまずい、こんなところで大勢の前で、おいそれと魔具を使う訳にもいかない、そもそもあの魔具に込められた力だけで、状況が押さえきれるかどうかも分からない――!
ぐっと強く、椋は唇を噛んだ。
動揺するな、理性を失うな。今ここで動転してただ喚き騒いだところで、何一つ事態は好転してくれない。水瀬椋以外の誰も、この信じられないような事態は動かせない。
だからこそ。
「……クレイ」
「な、んだ」
おもむろに傍らの、友人の名を呼ぶ。
わずかに動揺の光をその瞳に浮かべつつこちらを見返してくるクレイの肩を掴み、椋は今最もこの場に必要とされる言葉を彼へとぶつけた。
「クレイ、頼む。誰か、……誰か、違う、とにかく、祈道士以外の彼女を止められるような人間、誰でもいいから誰か呼んできてくれ。大至急だ」
「リョ、」
「頼む、クレイ、大至急だ。――冗談じゃなく、このままじゃジュペスが死ぬぞ!!」
「分かった。……ピア、リベルト! おまえたちはリョウと一緒に、一刻一秒でも彼女を止めろ!」
「はい」
「は…っ!」
椋のめちゃくちゃな言葉を受けたクレイが立ち上がり場から踵を返す。彼の背を目にするが早いか、椋もまた部屋を飛び出した。
後ろから彼を追ってくる二人分の足音がする、ばくばくと心臓がひどい早鐘を打つ、しかしそんなことは今はどうでもいい、ジュペスが、――俺のせいで、俺が何も考えないで、あんな場所であんな言葉を言ったせいで。
後悔しても、しきれない。あの青空色をした瞳が閉ざされただの「もの」となってしまう光景が瞬間わずかに頭をよぎり、ぞおっと全身に心地の悪すぎる鳥肌が立った。
ふざけるな。まず走ってはいけないだろう廊下を全力で椋は走る。
宗教という勝手な理由で、彼の命が彼の意思にそぐわず奪われる理不尽を何としても、防ぐために。




