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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第一節 変化の来訪/不持の青年
28/189

P27 色彩に黎明を見出す前



「ただいまー」


 ようやくたどり着いた居候先のドアを開き、今でも中で作業を続けている家主へと向かって椋は声を上げた。

 まさに打てば響くという、即座のタイミングで奥からは怒鳴るような声が返ってきた。


「リョウ、遅ぇ! 腹ァ減ったさっさと何か作れ」


 その声の強さに、椋はひょいと肩をすくめた。決して彼が実際に怒っているわけではないのだが、何しろ百九十センチは確実にあろうという高身長に強面、おまけにまオレンジの肩まである長髪である。その見た目と語気の強い声だけで、気の弱い人間はあっという間にすくみあがってしまいそうだ。

 しかし生憎椋はそんなに繊細な人間ではないので、ただからりと笑ってヘイへと応じる。


「ヘイおまえ、ここ最近俺の顔見ればホントにそればっかだな」

「あァ? 仕方ねェだろう、食事は全部任せろっつたのテメエじゃねぇか…そもそもそれが、俺に重労働を強いてる人間の言葉かねえ」

「はいはい、分かった分かった、ごめんって。材料は買って来たから、今すぐ準備するよ」


 今度は大仰に嘆いて見せるオレンジ髪の家主の姿に、彼作の亜空間バッグから今日買って来た材料各種を取り出しつつ椋はキッチンへと向かった。この家に来た当初は随分と凄まじい荒れ方をしていた、というより完全に使われていなかったキッチンも、今は椋が毎日使うとあってそれなりにこぎれいなものだ。

 ささっと手を洗い野菜も洗ってから、包丁を取り出しそれらの皮むきを始めつつ、声だけでヘイへと椋は問いかけた。


「それで? 頼んだ魔具、どうなってる?」

「とりあえず試作品と呼べるモンは一通り出来た。だが相変わらず、一回の使用で消費する魔力がバカにならなすぎてなァ」


 今のまんまじゃ、魔具ひとつにつき三回の使用が限度だろうなー。返ってくる不満で一杯な声に、ついまた椋は笑ってしまう。

 一応椋より六つ年上らしい彼は、とりわけこういうことにおいては常に小学生のガキのようだ。良くも悪くも。


「最初は一回も発動できずに回路がショート起こして爆発してたんだから、それ考えればすごい進歩じゃないか」


 トントンと、野菜をそして肉を刻む軽やかな音が部屋に響く。正直なところ椋とて今日一日の調査の結果として非常に空腹なので、手間も時間もかからないチャーハンを今日の夕食に椋は選んでいた。

 乱雑に刻み終わった野菜を、油を敷いて温めた中華鍋に入れ、順繰りに炒めていく。


「バカか。魔具ってのはな、少なくとも百回千回の使用に耐えられるようなもんじゃなきゃまともたァ言えねぇんだよ。あいつらはまだまだポンコツ、ヒヨッコどころか完全にカラん中の産みたて卵だぜ」

「はは。分かりやすい例えをありがとう」


 おそらく唐突に卵なんて例えを出してきたのは、そろそろ家にある分がなくなるからと今日買って来て先ほど机の上に置いた卵ゆえだろう。

 ジャッと炒める野菜の音をさせつつ、自分の発明品にそんな例え方をしたヘイへと椋はまた言葉を向けた。聞いてみる。


「でもさ、ヘイ。多少なりとも使えるんだったら、明日から俺それ、調査に持ってって使ってもいいか?」

「ダメだ。使用回数の制限もまともに分かっちゃいねぇってのに、シロウトに試作品を渡せるか」

「だってその魔具、ちゃんと使用効果は出せるんだろう? 一人でも患者が救える方法があるなら、確実に誰かの役に立てたほうがよくないか?」

「あーァー、おまえの崇高な理想は大変に結構だがな、リョウ。不完全な魔具ほど、誰にとっても危ねェもんもねぇんだぞ」


 そもそもお前は無魔なんだ、もしあの試作品がショートして爆発なんて起こしたら、患者もお前もまず助かんねェぞ。

 分かってんのか? いつになく真剣なその声に、思わず椋は料理の手を止め己の後方を振り返った。既にダイニングテーブル代わりの机にいるヘイは、至極真剣な表情で椋をまっすぐに見ていた。

 本当に真剣そのものな顔で表情で危険性を説く目の前のオレンジ髪男の姿には、なんだか妙なおかしさがある。いつも何も言わず告げないまま勝手に危険に足を突っ込み、そして椋にもまたその危険の片棒を担がせて当然のように笑っているような男のくせに。

 一度そうと思ってしまうと、やはり現在とその「いつも」の落差に、ついついこみあげてくる笑いの衝動を抑えきれない。

 思わず小さく噴出してしまった椋に、すぐさまキッときつくヘイはその眉をつりあげた。こちらを睨みつけられる。


「あぁん? 何だよリョウ、オイコラ折角人が心配してやってるってのに!」

「ご、ごめん。いや、ヘイを馬鹿にしてるわけじゃないからこれ」

「だったらなんだ? 嬉しいとでも言う気か? アァ?」

「ははは。そうかもしれないな。というかなんか、すげーおかしい」

「はっ?」

「だってどう見ても見た目チンピラで中身も基本俺様なお前が、本気で他人の心配して怒ってくれてるっていう、その何というか、ミスマッチさが、地味に、…っぷ、はははっ」


 失礼なのは分かっているのだが、一回起きてしまった笑いの発作はなかなか自分では止められない。

 作りかけの夕食も放置して腹を抱えて笑う椋に、ややあって呆れたような大きなため息をヘイはついて見せた。


「…ンだよ、ったく失礼なヤツだなオイ」

「いや、ほ、ホントごめんごめん。嬉しかったんだって。バカにしてるわけじゃないって」

「んな笑い全開で言われたってちっとも嬉しくァないわな、ったく」


 どこか拗ねたようなその声にさらなる笑いを誘われたが、しかしいつまでも笑っていても料理は完成しない。

 なんとかその衝動を押さえこむことに成功して、若干の横隔膜の痛みを感じつつ椋は作り途中だった晩飯へと改めて向き直った。ぐるっと彼自身の腹もまた空腹を訴える、さっさと完成させて席につきたいものだ。

 さらに鍋の中へ肉を加えて中身を炒めはじめた椋に、コツンと何かが硬いものに当たる音とともにヘイが声を向けてくる。

 たぶんコツンという音は、ヘイが机に片肘をついた音だろう。おそらくは。


「リョウ。俺ァな。おまえに何言われたところで、試作品勝手に持ってくのは絶対に許さねぇぞ」

「いや、でもさ」

「でももだってもへちまもねぇよ。自分で制御できねェ力がどんだけ危険なモンか、分かんねぇわけじゃないだろうが、テメエは」

「………」


 いつもより調子の低い、ヘイの声に椋は返す言葉を失う。チャーハンの中身を炒める音だけが、やけに大きく場に響くような気がした。

 さっきのヘイの言葉いわく、本来魔具というものは、百回なら百回、千回なら千回と明確な使用回数制限があり、なおかつ使用回数が限度に近付くと何がしかの知らせが出るように作るものであるらしい。

 しかしまだ彼の言うところの「試作品」でしかない治癒魔術関連の魔具は、なにしろ試作品というだけあって、制限回数のお知らせはおろか、制限すべき使用回数それ自体すらきちんと分かってはいない状態、なのだろう。過剰使用をかさねられた魔具が、かけられる魔術の負荷に耐えきれずに爆発する場面には、この二カ月ほどで数回、主にヘイの失敗の結果として椋も遭遇したことがあった。

 だから椋とて、彼の言いたいことは分かるのだ。人を助けるために使うはずの道具が、人を殺していてはまさに本末転倒である。

 分かっている、分かっているのだ。…でも、それでも。


「オイコラ。ついさっきまで笑ってたくせにンな辛気臭ェ顔すんじゃねえよ、リョウ」

「……別に俺、何もいつも通りだけど」

「いーや、違うね。その背中だけでも余裕で俺には分かンぞー、リョウ」


 昨日炊いておいた冷や飯を中華鍋へと投下。がしゃがしゃと、感情を誤魔化すように乱雑にかき混ぜる。

 他の誰でもないこのわが道行きのヘイに、そんな妙に余裕の表情やら態度をされるのはどうにも椋の癪に障った。あからさまに料理の手順が雑になっている椋を、なだめるようなヘイの声が後ろからかけられる。


「せめてあと一週間、いや、五日だな。五日」


 そんだけの時間、おまえは俺を無邪気に信じて、いつも通りにボァッとした顔であの酒場あたりの人間にメシ作ってやってりゃいいんだよ、と。

 直接的な慰めとは到底遠い無遠慮な言葉には、もはや椋も苦笑するしかなかった。決して悪い奴ではないのに女にモテないと嘆く彼の、モテない理由は結局こういうところにあるような気がしてならない椋である。


「ホント、いつものことながらひっどい表現だよな、それも」

「ひどいもなにも事実だろうがよ。誰に聞いたって反論なんざ返ってこねェと思うぜ?」

「うーわー。今度はヘイが俺に対して思いっきり失礼だろそれ」


 言いつつ笑って、完成したチャーハンを二人分皿につぎ分ける。まずヘイの分をスプーンとともに目の前へと置いてやれば、椋が席に着くのも待たずにがつがつと彼は食事を開始した。

 それもまた結局はいつものことなので、特に何を考えることもなく椋もまた席に着く。一日中歩きまわったせいもあってか椋自身もかなり空腹だった。

 タマネギとニンジン、ピーマンに切れはしを安売りしていた薄切り肉の細切れ。それらを炒めたものに卵をからめ冷や飯をぶち込んだチャーハンは、椋の得意料理のひとつだ。

 二人して言葉も惜しんでがつがつとチャーハンを平らげていきつつ、ふと、料理をしていたときには分からなかった奇妙なことに椋は気づいた。


「…そういや今日、やけに静かだな」

「ン?」


 決して食事の手を止めることはないまま、ほぼ目線だけで何だと目前のヘイが問うてくる。

 三食きちんと食わせているはずなのに、なぜか常にガツガツしている彼にいつもながら笑ってしまいつつ椋は応じた。


「いや、ほら。フクロウの声とか、なんだっけ、アルペト? あの楽器みたいな音出す虫の声とか、全然聞こえないなと思って」


 椋のかつていた世界と比して、非常に多くの自然が手つかずに残るこの世界では常に、耳を澄ましさえすれば結構にどこでも動物の声が聞こえる。

 特に会話もそっちのけでお互い食事を胃に突っ込んでいる最中などは、いつもうるさいくらいに動物の声が耳に響いてくるものなのだが、…なぜか今日は、それがないのだ。

 一瞬ひどく怪訝な顔をして食事の手を止めたヘイは、ややあって右左と周囲を見回し音が存在しないのを確認し、ああ、と椋への同意の声をあげた。


「確かに言われてみりゃァそうだな。…つーか、今日一日そういや人間以外の動物の声、まともに聞いてねェ気すんぞ、俺」

「へ? なんだりゃ」

「知るか。…それよりオイリョウ、おかわりだ!」

「だから自分でやれよそれくらい、俺だって晩飯食いたいの」


 空になった皿を突きだしてきたヘイに、いつものようにしれっと椋は応じる。

 おかわりされることを前提に作ったチャーハンは、まだそれなりの量が中華鍋の中に残っている。もし余ったところで明日の昼飯にしてしまえばいいだけの話だからと、常よりもさらに多めに作ってあったのだ。

 いつも通りのなごやかな、食卓の風景はしかしそこで完全にぶった切られた。


「……ん?」


 結局いくら言っても自分では動かないヘイのため、二杯目をよそおうと椋が中華鍋へと近づいたときだった。

 ぐらりと唐突に、目の前が揺れた。一瞬眩暈かとも思ったが、何かがどこかから落ちたガシャンという音に、どうやら揺れたのが自分だけではないらしいことに椋は思い至る。

 ヘイの方へと視線をやれば、彼もまた訳が分からない様子で左右を見回していた。その間にもさらに揺れは続き、感覚的にではなく実際に物理的にぐらぐらと足元が揺れる気持ち悪さに若干の頭痛めいたものを覚える。

 しかし揺れの感じからして、外に出なければならない強さの地震ではなさそう、だが。

 暢気に中華鍋の落下を防ぐべくその柄の部分を持っていた椋が、真実を目の当たりにするのはそれから五分ほどが経過した頃合であった。



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