P22 明くる日の一景2
「…またか」
机上に山積した書類を前に、クレイトーン・オルヴァはげんなりとため息をついた。
誰もが倦厭する書類整理及び概論の要約をし上へと提出する役目を、彼はここ数日他の騎士たちから半ば押しつけられるようにして受けさせられていた。クレイとて決して机仕事が得意なわけではないが、己より位階が上の騎士たちに命じられてしまっては表だって抗うこともできない。
そもそも第八騎士団の騎士たちは今、こぞって今回の一連の事件での成果をあげるべく奔走している。
事件発生当初の予想を裏切り、この事件は第三、第四魔術師団、そして第七、第八騎士団の誰をもってしても解決の糸口さえ掴めてはいない。そんな今だからこそ、昇進への好機とばかりに誰もが、全力で己の家の権力を使うことも全く厭わず、動いているのだ。
彼らの動きの中には無論、実際に病に苦しむ平民たちへ向ける情などというきれいなものはない。
あくまでも彼らが動くのは、己の昇進を願うが故であって人々が苦しんでいる、そのことが故では決してない。
「クレイトーン様」
動かしようもない事実にげんなりしていても、いつまでも書類の山を眺めていても、片付けねばならない書類それ自体が減ってくれるわけもない。とりあえずは一番手近にあった書類へ手をつけようとしたとき、不意に彼は名を呼ばれた。
声の方へと視線を向ければ、先日騎士見習いとしてこの第八騎士団へ配属された少年がそこには、立っていた。
「ジュペスか。どうした?」
声に応じて問いかける。今時点では見習いという立場ではあるが、おそらくそう間をおくこともなく、確実に次の査定までには正式な騎士となるだろうと、騎士団内では噂されている少年だ。
短く清潔に切りそろえられた紅茶色の髪に空の蒼穹の色をした瞳という風貌の彼は、クレイに対しても常に、丁寧な礼節ある物腰で接してくる。
「貴殿に会いたいという方が、入口にいらしているのですが」
「俺に? だれだ」
発された随分と予想外な言葉に、わずかにクレイは眉をひそめた。この忙しい最中に誰かを呼びつけた覚えなど彼にはなく、さらにわざわざこんな場所にまで彼を尋ねてくるような知り合いはクレイにはいない。
だからこそ問いを続けた彼に返ってきたのは、さらにクレイにとってはあまりに予想外な言葉だった。
「クラリオンのリョウと言えば、通じるから、と、その方はおっしゃっておいででした」
「!」
思わず目を見開く。クラリオンのリョウ。そう言われて思い浮かぶ人物など、クレイには一人しかいようはずもない。
こんな場所には絶対にいないはずの人物の名に、限界まで目を見開いたまま目前の少年をクレイは凝視した。しかしあのクラリオンという酒場に、クレイが足を運んだのはまだこの半月で数度でしかないうえそのことを誰に話してもいない。誰かが彼の名を騙っているとも、クレイには思えなかった。
言葉を失うクレイに、やや心配そうな表情でジュペスは呼びかけてくる。
「クレイトーン様?」
「……通してくれ。確かそこの部屋は今、誰も使っていなかったな」
「は? はい」
「ならば使わせてもらう。茶も何も持ってこなくていい気遣いは無用だ、いいな?」
「分かりました」
一体何のために、そもそもどうしてこんなところにリョウが。
矢継ぎ早に見習いへと指示を飛ばしながら、疑問で思考が埋め尽くされていくのをクレイは感じた。あとでジュペスには何かと説明をしなければならないだろう、しかし本当に、なぜここにリョウが。
思い当たるようなことなど何一つなく、しかし今ここで彼を拒絶するような理由もまたクレイにはない。混乱したままクレイは、現在は使われていない一室へと足を向けた。
このときの彼はまだ、一体彼が何をしようとしているのかなどまったく、知る由もなかった。
意外なことに、わりにすんなりと椋は騎士団の本部に入ることができた。そしてあまりに唐突な訪問を、彼は拒絶することなく受け入れてくれた。
決して広くはない部屋に通されながら、その間もずっと、彼にどう説明をするべきかと内心で椋は考えあぐねていた。
「見習いから、おまえの名前を聞いた時には驚いた。…急にどうしたんだ、リョウ」
「ああうん、アポもなしに急に悪い。ちょっと欲しいものがあって、ここならそれが手に入るかもしれないって聞いたからさ」
「欲しいもの? 言っておくが金ならないぞ」
「違うよ。そもそも俺、別に金に困ってるわけじゃないし」
相手の言葉に笑う、が、いつもあの場所で交わすような、軽い言葉の応酬をしつつも思考の核は常に「そこ」にある。
ヨルドに今後の動向を問われた、あのあと。昨日の夜考えたことを、結局はまた正直に椋はヨルドたちへと話した。
そして応じた彼ら曰く、ある意味やっぱりとも言うべきか、そんな調査の話は聞いたことがないし、誰もその実行をしろとの指示も出していないはずだということだった。おおまかな患者の発生状況くらいは誰かがまとめているかもしれないが、しかしせいぜいその程度だろうと。
ヘイに頼んだ治癒魔術の魔具は、まだ出来上がっていない。
これなら絶対に完成できる、血走った目での狂気の笑みは若干、とは言えないレベルで恐ろしかったが、しかしそこでもおそらく、自分の推察は正しいのだろうことは分かった。
が。
「じゃあなんだ、どうした。おまえは俺から、何を引っ張るつもりだ」
クレイが苦笑しつつ問いかけてくる。―――「それ以上」のステップに進むことは、治療法を探り自分のものとする方向に進むことは今の椋には、もうできない。
だからこそ椋は、せめてヘイが魔具を仕上げる間まででも。アイネミア病を発症した患者の、より詳しい情報が知りたいと思った。
あの魔物が王都に現れた日、患者はどこにいたのか。
あるいはあの近辺に住んでいるにも関わらず、椋と同じようにアイネミア病を発症していない人間というのも実は、ごく少数ではあるが存在している。その差異の理由にはやはり、あの日あの時間帯にどこにいたのか、が果たして、関係しているのかどうか。
更に言えば、もしかするとこの病気は、魔物の出現地点を中心とすると、その「中心」に近づけば近づくほど重症度は上がっているのではないか。
そしてそれらを調べるためには、どうしても手に入れる必要があるものが椋にはあった。
「ここの、王都全体の細かい地図が欲しいんだ」
市場に安く出回っているような、大雑把で、縮尺もはっきりしない道もきちんと書かれていない地図ではなく、である。
さきほど耳にした本屋の店主の言葉を信じるなら、おそらく椋の望むものにほど近いものがここにはあるはずなのだ。他のどんな本屋にはなくとも、この場所、…王宮になら或いは。
ある意味では予想通りに、クレイは非常に怪訝そうな顔をこちらに向けてきた。
「……なぜ?」
「アイネミア病の患者の分布を、患者の重症度別でつけてみようと思ってさ」
「…は?」
そして正直なところを口にすれば、訳が分からないとでも言いたげな声と表情とを返された。それとて予想の範囲内なので、特に椋が動揺するようなことはない。
更に眉間に深い縦皺を刻んだクレイが、ひとつため息とともに椋へと問うてくる。
「ただの一般市民であるおまえが、なぜそんなことを考えた」
「だって、患者が発生してから今まで誰もやってないんだろ? それなら、」
多分、俺がやるしかないんだろうなって。
そう軽い調子で言おうとした言葉は、首を横に振ったクレイの言葉によって途中で切られてしまった。
「そうじゃない。…どうしておまえが、今回の事件に積極的にかかわろうとしているんだ」
「どうしてって。だっておまえ、あの病気になってるのは、俺が今まですごく世話になってきたクラリオンの人たちなんだぞ」
苦しんでいる皆を、黙って見てるわけにもいかない。何もしないでいるのは嫌だ。
言い募ろうとする椋の言葉を、また更に首を振ってクレイは途中で切った。
「ちがう。そうじゃない」
「……クレイ」
彼らしくもなく、ひどく歯切れの悪い相手の言葉に椋は苦笑した。
クレイの混乱する理由は分かる、それはそうだろうとも思う。かなり「ヘン」なところがあったり、「何もしない」で彼の妹の過換気を治療してしまった前科はあれ、しかし結局のところ椋は、一階の酒場の従業員にすぎないのだ。
そんなただの一般庶民が、現在騎士団および魔術師団が総力を挙げて調査を進めている事件に首を突っ込もうとするなど。普通ならありえないことだ。分かっている。
水瀬椋という人間が、本当にただの一介の、酒場の従業員でしかなかったなら、だが。
「聞きたいことがあるなら、もっとしっかりはっきり言ってくれていいぞ、クレイ」
「………リョウ」
「どうして俺が、そんな資料が存在しないことを知ってるのか。どうして普通なら入れないはずのこんな場所に、当然のように入り込んでるのか。…おおかた、そんなとこじゃないか?」
「………」
この場合の沈黙は肯定とみて、まず間違いはないだろう。
ついこの間までごく普通の一般人でしかなかったはずの椋が、自分は普通でないと嘯かなければならないという現実。何とも珍妙な現実に、わずかに苦笑は失笑めいた。
それもこれもなまじっか、この世の創造主が、医術に関する情報ソースを持っていたが故だ。そんな理由のために、こんなヘンな状況が起きる結果になったのだ。絶対に。…それこそ普通のゲームやファンタジー小説と同じように、どんな病気でも怪我でもヒール一発で治るようにしておけばまず、こんな奇妙な病気は起こらなかったろう。
ふうとひとつ息をついて、だんまり状態になってしまったクレイへと椋はまた言葉を向けた。苦笑とともに。
「クレイ。俺さ」
「…なんだ」
「今、ヘイル夫妻について、このアイネミア病の調査をしてるんだ」
「…ヘイル、夫妻?」
おそらくどんな言葉を並べるよりも、彼らの名を使わせてもらった方がこの場の収束には早いだろう、と。
あえて使用の許可をもらった二人の名をはっきり出して、椋は目の前の友人へと言葉を向けた。
二人について調査をしている、という部分にはやや語弊があるかもしれないが、しかし実際に椋は彼らと一緒にこの病気を思考し原因を探り、最適な治療法を模索している。だからそれもあながち嘘とも言えない、多分二人に言ってみれば、二人ともが肯定に近い言葉を返してくれるだろう。
椋の言葉を淡々と反芻したクレイは、ややあってはっと驚愕の色にその目を見開いた。
「おまえ、ヘイル夫妻というのはまさか…あの【キュアドヒエル】のヘイル夫妻、か?」
「ああ。そうだ」
「!?」
あっさりと肯定を椋が返せば、今度こそ完全にクレイは目の前で沈黙した。
はあっと、大きく嘆息する声が決して広くはない部屋の中に響く。頭痛を堪えるような顔で、クレイは己のひたいへ手を当てた。
「……俺は大抵のことでは動じない人間のつもりでいたが、どうやらまだまだ甘かったらしい」
「いや、俺があのふたりに会ったのは、それこそおまえのときと同じくまったくの偶然だったんだけどさ。…だから頼む、クレイ。ここの地図が欲しいんだ」
畳みかけるように、さらにと頼み込む。おそらく第八騎士団であろう、騎士たちが使っていたという地図。それが実際に椋の望むものと合致するかどうかは分からないが、しかし結果がどうだったとしても、一度頼み込んで、見せてもらう価値はあるだろうと椋は思っていた。
何しろ先ほどまでの本屋めぐりでも思ったことだが、普通に売っている地図はあまりに適当で縮尺もいい加減で、さらにはカバーする範囲も非常に狭い。自分のこれからやろうとしていることを考えると、そういう曖昧で信憑性に欠けるものの使用は、極力最低限に抑えたかった。
現在の椋に必要なのは、距離と戸数の正確な地図だ。どの患者があのとき、あの魔物の出現地点からどれくらいの距離にいたのか。目に見える、明確なデータが欲しかった。
じっと、目の前の友人を椋は見据えた。さすがにここまで言えば、クレイとて動いてくれるのではないか。それなりの期待を込めて、目前の緑の瞳を見つめる。
しかし。
「……リョウ」
「な、んだ?」
決して短くない沈黙ののちに返ってきたのは、椋の予想外に低い、相手からの呼び声だった。
応じる自分の、語尾が知らず震えた。見据えてくる緑の目が、奇妙にひどく冷たい。すうっと、冷たいものが背筋を通りぬけていくような感覚があった。
思わずごくりと、唾を呑む。
ひどく険しい顔をしたクレイは、続けてきた。
「おまえ、自分が何を欲しがってるのか本当に分かってるのか」
「…え?」
椋がいま欲しているのは、地図だ。それこそ家の名前まではいかずとも、そこに実際に立っている戸数や道路の本数、それらが正確な縮尺により描かれた地図。
でも、それが何なんだ? なんでおまえは、そんなに怖い顔をしてるんだ?
わけがわからずきょとんとする椋に、更に険しい顔になったクレイが言葉を続ける。
「国の、それも王都の詳細な地図などというのは完全なる国家機密だ。下手に他国に漏らされれば、国家が転覆しかねないような重要な情報なんだぞ」
「……は?」
「そんな重要な情報を、末端の一介の騎士でしかない俺が個人の判断でどうこうするなどできない。…まさかそんなことも知らないで、地図が欲しいなどと俺に言ってきたのか?」
「……へ…?」
俄かには信じられない言葉のオンパレードに、椋の思考は処理能力の限界を越えて完全にその瞬間、停止した。
「地図が、…国家機密?」
呆然と自身が口にする、その言葉自体が信じられない。
今やネットを駆使すれば、無料でどこの地図であろうと手に入れられるのを当然とする世の中に暮らしてきた椋にとって。告げられたその言葉は、まさに言葉通りの「異世界の言葉」としてしか捉えることができなかった。
ああ、でも、そういえば。昔はそんなこともあったと、確かどこかで聞いたことがあるような読んだことがあるような、どっちだ。
しかしここまできて願いを口にして今更引くこともできず、必死に椋は目前の相手へ食い下がろうとする。
「い…いや、でも。縮尺がちゃんとしてる地図がないと、患者の分布なんて絶対に正確につかめないし」
「………」
「こうじゃないかって、思ってることがあるんだ。あとはそのきちんとしたデータさえちゃんと出せれば多分、きっと、」
「リョウ」
静かな呼び声には感情がない。一切の感情が排されているからこそ、余計にそれは無理なのだと、まざまざと椋に向かって彼は思い知らせてくる。
ぎりりと、強く己の唇を椋は噛んだ。昨夜目にした、苦しむクラリオンとその周囲の人たちが、常識なしの椋を笑って受け入れてくれた人たちの姿がありありと蘇る。
調査に一体、何の意味があるのかと言われれば。ある範囲から外では患者が出ていないかもしれないという仮説を、あのときの魔物からの距離によって、患者の容体が違っているのではという推論を事実として、患者たちのより早期の、より確実な治療を可能にするためと、多分椋は言う。
ある意味では自分の独りよがりと、言い換えてしまうこともできるだろう。魔術の解析は大まかにだが終わってしまった、だから少なくとも魔具が完成するまでは、大々的には椋は患者の治療に関わることはできない。知識はあっても力がないからだ。
けれど、中途半端でも知識はある。ついでに言うなら、それなりに体力もある。
だからこそこんな状況の中で、自分の立てた仮説をまともに論じられるものとして断定するための情報が、データが少しでも欲しい、のに。
「…、かよ」
「リョウ?」
徐々に徐々に、何かふつふつとわき上がってくる、苛立ち、憤りにひどく似た感覚。必死に昂奮を抑えようとした声は、しかしやはりまともな抑制などできずに奇妙にかたかたと震えていた。
どこかこちらを思いやるような、やわらかいクレイの声にまで場違いな苛立ちを覚えて若干自分が嫌になった。しかし今、水瀬椋個人に対する、配慮などというものを彼は必要としていなかった。今でも健康でピンピンしている椋に、それは決して絶対不可欠なものなどではなかった。
絶対の配慮が必要なのは、一番の憂慮をされるべきは。
一刻も早い状況の改善と、適切な処置が必要とされているのは。
「別に他の誰かがさ、絶対に同じことをやってくれるってんなら俺はそれでいいよ。…けどさ」
「………」
「そんな約束、おまえは、おまえたちはできるのか? そもそもプライドの高い騎士たちが、自分たちより身分が下だと基本的に蔑んでる庶民たちに、患者の一人一人に細かい聞き取り調査なんて、好き好んで本当にやってくれるっていうのか?」
「…リ、」
どこか途方に暮れるような。クレイの声がどうしてもひどく苛立たしい。
場違いな八つ当たりなのは分かっていても、それでも椋は、自分からあふれ出す言葉を止めることができなかった。
「今、一番必要とされてるのは多分、そういうことだ。アイネミア病は、治る。治るけど、ちゃんとした治療を行えなければ下手すれば、死ぬんだ」
西側で出ているという、死者。東側の、クラリオンがある側の重病人。
そこにある差異は一体何だ。絶対数が足りていない治癒術師を優先して動かすためには、一体何をどう証明したらいい?
アイネミア病は決して、不治の病などではないのに。
なのに、患者は増悪する。どこかで死んでいく。―――絶対的な情報の不足と伝達の不十分、それゆえに。
「…これ以上、人を死なせる気なのかよ、お上ってやつは」
「リョウ、待て」
「…っこのアイネミア病って病気がどういうもので、誰がどんなふうに発症してどういう症状のときにどういう治療を受ければいいのか! それが分からなきゃ、まともな治療法がそれぞれ理解できなきゃ、今よりもっとたくさんの人が結果的に死ぬんだぞ!? それも、国家機密がどうのと言って情報の公開を怠って、ちゃんとした調査をしなかったせいでだ!」
適切な調査がされなかったせいで、あるいは適正な処置が遅れたせいで。
決して少なくない数の罪もない人間が犠牲になった例は、日本国内に限ってみても数多く存在している。睡眠薬として使われたサリドマイドや薬害エイズなどが、おそらくよく一般にも知られた例に入るだろう。
そんなことがそして今、他の誰でもない椋の目の前で起ころうとしている。
絶対そんなのは嫌なのだと、心が悲鳴を、上げていた。
「別にこの調査を、あえて俺がやる必要は確かにない。別に特に何の才能が必要な調査な訳でもないさ。…でも」
「………」
「機密云々を理由に誰も何も調査をしないで、結果、本当ならとっくにつかめていたはずの真実が明らかにならずに大勢の人が死ぬようなことになれば、それは確実に国の責任だ。本来人を守らなきゃならないはずの国が、国ってものの構成要素であるはずの人民を殺すんだ」
「…リョウ」
冷静を装う、声が震える。どこかひどく、戸惑ったようなクレイの声が椋の名を呼ぶ。
喉奥に、何かが詰まってしまったかのように呼吸が苦しい。しかし今更何を言わないという選択肢を取ることも椋にはできず、彼は顔を上げ目前の男を改めて、見た。
「なあクレイ、おまえらは騎士なんだろ? 国を守るために、力を授かった人間なんだろ?」
告げる言葉に、小さくクレイが息を呑むのが分かった。
何か言いたげな彼の目に、しかし滑り出してしまった椋の言葉を止める術はなかった。…気づいた時には叫んでしまっていた。
「おまえらが国の人間を守らないで、誰が人を守るっていうんだよ!!」
「……っ…」
それは半ば喚き散らすような、ほぼ感情を身勝手にぶつけているだけの言葉だった。こうまでも叫んでしまう自分に、一拍遅れて椋自身がひどく驚いた。
ぐっと、ひどく苦しげな表情を浮かべて目前のクレイが押し黙る。そんな彼の姿が微妙に滲んで見えるのは、随分久々にどなり声などというものを椋が、他人に向かって投げつけたせいだ。
しかし一度波に乗って、転がり出してしまった感情は止められない。
言葉を返せない彼へと更に更に、椋が言葉を続けようとしたとき、だった。
「――――――彼をいじめるのも、そのあたりにしておいてあげなさい、リョウ」
静かに響く、そんな声とともに。
確かにここへ入る時、クレイが中からカギをかけていたはずのドアが、開いた。




