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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第一節 変化の来訪/不持の青年
22/189

P21 明くる日の一景1



「…なんだって?」


 俄かには信じられないような顔をして、目の前の二人は顔色を失って絶句した。

 確かに朝一の話題には、少々パンチの効きすぎた話題だったかもしれない。が、若干その反応を訝しく思いながらも、しかし椋の推論、仮説は変わらない。

 あくまで証拠はないですけど、と、もう一度前置きして椋は言葉を続けた。


「アイネミア病というのは、何らかの魔術、それこそ呪いみたいなものによって、本当なら毒やばい菌に対抗するため存在している機能が、患者の血を失わせていく方向に作用してしまうことで起きるものなんじゃないかな、と」

「………」

「俺じゃそれこそ魔術なんて全然分からないので、本当にそんなことが可能なのかは分からないんですけど、…ただの仮説としてなら、それも十分ありかな、と思って」


 とことん沈黙する二人である。しかし指摘してもらわなければ、自分の意見が何がどうおかしいのか椋には分からない。

 そもそも完全に症状はほぼ自己免疫性溶血性貧血(じこめんえきせいようけつせいひんけつ)なのに、黄疸が出ていない時点で色々とむちゃくちゃなのだ。そのむちゃくちゃの辻褄を探していたら、思い当たってしまったのがこの仮説だというだけのことなのである。

 正しさなんて、分からない。分かるのはアイネミア病の患者たちが患っているのが重症の貧血だということ、ある程度の患者なら、治癒術師が治せるものだということ。祈道士の治癒は姑息的な治療にしかならず、免疫機能の賦活化を「抑制」にでも置き換えない限りは患者へのまともな治療は望めないだろうこと、…それくらいだ。

 とりあえず何か言ってくれないかと目の前の二人の言葉を待っていたら、おもむろにアルセラが深いため息を吐いて、苦笑した。


「リョウ。別にもう、あんたがいくら祈道士をバカにしようとあたしは気にしないけど」

「えっ? 俺べつに、祈道士を馬鹿にしてなんていませんよ、自分勝手な仮説を言っただけで」

「いいや実は、ものすごくバカにしてる。…あのなあリョウ。教会は、アイネミア病発覚早々に「これは呪いによるものではない」っていうお触れを出してるんだ」

「え」


 続いてきたヨルドの、これまた苦笑交じりの言葉に椋は凍りついた。そして同時に納得する、ふたりがフリーズしてたのはまずそこが理由か、と。

 そもそもアイネミア病に神霊術は無効だ、神霊術の基本術式の作用はある特定の効能を三つ組み合わせたものだなどと勝手に言ってしまっている時点で宗教的な崇拝敬意などというものは端から皆無なのだが。しかしどうやらまた、えらいことを椋は口にしてしまったようだ。無知ゆえに。

 色々どうしようかと考えあぐねていると、またやれやれ、と苦笑したアルセラが口を開いた。


「アイネミア病に神霊術が効かないどころか、呪いじゃないっていうその大前提までひっくり返ったら、…上がどういう顔をするか、見ものだろうね」

「え、…っと、…その、す、…すみません…?」

「別にリョウが謝る必要はないだろう。考えは遠慮なく口にしろって、最初に言ったのは俺たちの方だからな」


 どこか苦いアルセラの表情に対し、微妙にヨルドの表情は楽しそうだ。

 旦那がそれでいいのだろうかと思いつつ、しかしまあ夫婦仲は椋の知ったことではないので放置しておくことにする。いま大事なのは、結果的に椋が提示してしまったトンデモ仮説とその「合理性」についてだ。

 呪いというのはそれこそ小説やゲームなどといった創作媒体から考えついたものだったのだが、その可能性は既に、おそらくそういうものの専門家であろう教会に否定されているという。しかし呪いでないとすれば、自己免疫性-のようでいて(自分でも考えるのが面倒になってきた)、黄疸だけが出ないこの奇妙な症状を、いったいどう結論付ければいいのだろう?

 内心で頭をひねっていると、ああ、そういえば、と、不意にぽんとヨルドが手を叩いた。


「おまえの話を聞いててなんとなく引っ掛かってたんだが、思いだした。そういえば昔一度だけ、ヘンな呪いの患者を扱ったことがあってな」

「ヘンな患者?」

「アルセラ、確かあの時はお前も一緒にいただろう。傷自体はそんなに大きくないのに、どうしてかぜんぜん血が止まらないって、うちに運ばれてきた患者だ」

「ああ、本人や家人は呪いのせいだって言うのに、実際には呪いの影も形も見えなかった、あの」


 血が止まらない? 血友病か何かの患者さん?

 反射的に何となくひとつ思い浮かべてしまいつつ目前の二人を見ていたら、はっと何かに思い当たったようにアルセラが目を見開いた。彼女が旦那のほうを凝視する。


「…って、ヨルド、あんた」

「まあ、そういうことだな」


 そういうこと、らしい。鷹揚にヨルドは頷いた。…まったく椋には訳が分からない。

 どうもこのままでは説明してもらえなそうな気がしたので、そろそろと椋は二人に割って入るようにして手を挙げた。


「……ええと、すみません、俺には全然話が見えません」

「ん? まあ、要するにお前の仮説はやっぱり、あながち間違っちゃいないかもしれんって話だ」

「え」

「表には見えない、一瞬現れるだけで継続的に相手に苦しみを与えられる呪いっていうのもね。ごくごく少数だし使い勝手もすさまじく悪い、しかもそいつに取られる魔力がまた半端じゃないんだけど、…一応、存在してはいるんだ」

「要するにそんな呪いっていうのは使い手がかなり限られる上、手に入れる経路もものすごく面倒で、裏に通じる奴なら逆にだれでも知ってるような巨大なのを使わなきゃならんような代物ではあるんだ、が」


 確かに存在してはいるし、実際にそういうもんを巧く立ち回って使えるなら下手すれば、国が滅ぶくらいの損害は与えられうるだろうな。

 さらりと何ということもないような口調で、とんでもないことを口にするヨルドに椋は目を見開いた。しかもアルセラもまたそんな彼の言葉にうんうんと頷いている、多分ここは普通同意する場面ではないのではと、ついつい思った椋であった。

 そもそも。


「…あの、俺の仮説を否定するって方向はないんですか?」

「だってリョウの持ってくるトンデモ以上に、それらしいものをあたしたちは見つけられてないんだ」

「と、トンデモって」


 確かに「ない」を言われているものに当然のように「ある」と言ったり、「ひとつ」として考えられているものを唐突に三分割して思考しようとしたり。

 この世界の常識から見れば、やはりどうしたところで椋という存在は異常なのだろう。当然だ、椋は彼の創作物ではないのだから。

 彼らが当然とするルールを、すべて当然と受け容れる日はきっと椋には来ない。ある程度のらりくらりとではあるが、やはりそれでも二十数年、あの世界で物心ついたころから医者を目指して、ずっと椋は生きてきているのだ。染みついた思考の根底は、そう簡単には変わらない。

 どうもごちゃごちゃしてきた自分の頭を誤魔化すように軽く頬をかいていると、ふっと、何を思ってか不意にヨルドがこちらに向かって笑った。


「おまえがいったい何なのかってのは、この病気のことがキチンと片付いたら改めて訊ねることにしてだ。…それで? リョウ、おまえはこれからどうするつもりだ?」

「あ、ああ。それなんですけど」


 微妙に話の焦点が変わった。しかし変わった先のそれもまた、この場で二人に椋が言おうと思っていたことだ。

 この数日、二人の、そして彼ら以外の祈道士や治癒術師の施術をそれなりの数見たことで、大体の仮説の正当性は椋の中で裏付けが取れた。また魔具の制作を頼んでいるヘイ曰く、もう少し完成までには時間がかかるが、確実にこれならちゃんと術が発動できるくらいのものが出来上がるだろうと、非常に不敵かつ獰猛すぎるやや怖い笑みを今朝がた浮かべていて若干背筋に冷たいものが走った。

 したがって現在の、仮説は立てた、治療の方法も大体は理解した、しかし肝心の治療するための手をまだ持たない椋ができることと、いえば。


「アイネミア病の患者数とその重症度、あとあの魔物が現れた日にどこにいたかの調査って、どこかにデータありますか?」


 これまたさらっと口にした椋の言葉に、また先ほどと同じようなぽかんとした表情をヘイル夫妻は浮かべることとなったのであった。

 それがただ言い回し、使用した単語だけが理由でないと椋が気がつくのも、すぐのこと――。





『ずっと俺たちの後ろにつかせてたんだ、おまえが患者たちに対して、悪影響を及ぼすようなことはしないのは分かってる。

 だからこそ、少しだけ力ってやつを分けてやろう。…何か面倒なことがあれば、まあ今回のことに限ってではあるがな。俺たちの名前を使っても構わないぞ、リョウ』





「…とは、言われたものの」


 一体何がどうなって、そんな名前を使うような事態になったりするのだろうか。

 分からず首をひねりつつ、現在の椋は本屋や雑貨屋といった、とりあえず見知った城下で地図と名のつくものが売っていそうな場所をねり歩いていた。普段料理の材料や調理器具などを買いに来る時には割に頻繁に目にする気がする地図も、実際にそれを目的にして探し始めるとなかなか見つからない。

 しかもようやく見つける地図も、これまた妙にきらきらしていたり文字の書き込みが多すぎたり、更に言えば縮尺がさっぱり分からないうえ、店と店との距離感や、その間にある普通の民家などはおそらく、需要の関係からだろうほぼ無視だ。

 確かに店への道案内的な意味での地図ならそれでも構わないのだろうが、しかし現在椋が欲しているのは「正確な」地図である。それぞれの距離と位置関係が一目でぱっと分かるような、そんな地図である。

 本屋は既に三軒目だが、やはりここでも目当てのものは見つけられない。結構な疲労を覚えつつ、やや暇そうにあくびをかみ殺している本屋の店主へと椋は声をかけた。


「あの、すみません。ちょっといいですか」

「お? ああ、はい、なんでしょう」

「ええと、せめて、これよりもう少し細かくて正確な地図って、ないですか」


 そう口にしつつ店主へと椋が差し出したのは、王都食べ歩きガイドと銘打たれた、おおよそ二百ページくらいのそう厚くはないガイド本だ。昼ならこのルート、夜ならこのルート、などと細かく分けて書いてあるせいもあって、下手な案内地図よりずっと詳細が分かりやすかった。

 しかし別に、おすすめの店の情報とかはなくていいんだ、ただ、きちんとどこに何があるか分かればそれでいいんだ。

 そんな椋の訴えに、ふむと店主は、考え込むように顎に手を置いた。


「正確な地図…? これだって十分に分かりやすいと思うんだが、これでもまだ、お客さんのお眼鏡にはかなわないかい」

「いや、うん、確かに分かりやすくはあるんですけど…ちょっと、俺の欲しいものとは違ってて」

「不思議なものを、欲しがるお客もいたもんだなあ。なんだいお兄さん、それで何をするつもりなんだい」

「いやまあ、別に大したことじゃないんですけど、ちょっとね」

「ふむ」


 あからさまに濁したセリフに若干怪訝そうな顔をされたが、しかしだからといって「アイネミア病の調査がしたいので地図が欲しい」などと大々的に言えるはずもない。

 はははと乾いた椋の笑いに、店主は空気を読んでくれたようだった。小さく笑って肩をすくめた彼に、正直ほっとした椋であった。

 と。


「…ああ、そういえばこの間。例の、あの魔物の事件の調査だってこの辺りにやってきた騎士様たちが持っていた地図なら、お客さんの欲しがっているものに近かったような気がせんでもない」

「えっ?」


 唐突に、そんなことを本屋の店主は言いだした。

 予想外の言葉にきょとんとする椋に、そのまま店主は続けてくる。


「どこになにがあるか、わかればいいんだろう? あの時の騎士様たちは、随分に無愛想で地味な地図を持っていたような気がするよ」

「騎士団の、騎士、ですか」

「ああ。そうだ」


 調査に来ていた騎士、…たぶん第八騎士団。

 第八騎士団の騎士、…確か、あいつの所属は。


「まあ、きっとあれは俺たちのような庶民には手が出せない代物なんだろうなあ。そもそも皆、必要なのは大体の情報であって、迷ったところでこの辺りは、人に訊ねるか道案内を雇ってしまえばいいからねえ」


 確かに納得はできる事実を、店主は椋が思考する間も口にする。

 そう、往々にしてこの世界の人々が必要とするのは「大体の情報」であって「正確なそのものの情報」ではない。多少細部があいまいであっても、最終的に辻褄を合せることさえできれば結果がほぼ同じであれば、手段や方法はあまり問われないのだ。

 しかし現在の椋が欲しているのは、普通ならあまり必要とされない情報、正確なそのものの情報。

 そしてもしかすればだが、それはあいつの、ところに、行けば。


「お客さん? どうしたかい」

「へ? ああいや、えっと、…すみません、じゃあこれだけください」

「はい、まいどあり」


 知らずだんまりになっていたのを気にしてくれたのだろう、店主の言葉に椋は我に返った。

 終わりかけていたノートの補充として、カウンター前に無造作に積んであるそれのうちの一冊を手に取り店主へ渡す。まあ会話の内容からして大体のことは察してくれたのだろう、手にしていた本を買わなかったことには、何も言われなかった。

 ガイド本を元あった場所に戻し、礼を言って本屋から椋は出た。地図それ自体を手に入れることはできなかったが、可能性としての収穫はようやく三軒目にして、あった。

 しかしそういえば騎士団て、いきなり訪ねたりできるもんなんだろうか。

 考えつつ、まあそれは後でおのずと分かるかと気楽に考えつつ椋は、また別の方向へと向かってその足を踏み出した。




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