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馬車に揺られながらの道中は、残念ながら、楽しいものではなかった。
期せずして椋が「不在」になってしまった時間について、その間の出来事について。
マオシェ【影鳥】たちが話してくれたものは、軒並みよくないものばかりであったのだ。
――新たなヴォーネッタ・ベルパス病症例が発生した。
しかも新たな症例は、なんとふたりとも、先日突如失踪してしまった第3症例、セテア・トラフの主担当医であったという。
――昨日未明から本日までにかけて、全ヴォーネッタ・ベルパス病患者の容態が一斉に悪化しているらしいこと。
特に重症とされる最初期の症例は、もはや明日の命も危ぶまれる危篤の状況、らしい。
アンヘルレイズの術師たちは、この一昼夜ずっと寝食も惜しみ、患者のもとに詰めているらしい。
――更には、この異常事態に。
アンヘルレイズを立ち去る術師が複数人、既に発生していると――。
「それ、……ロウロットさんは。リベルトとピアは? 大丈夫なのか?」
「まだずいぶんとましな方、とは漏れ聞いております。お二人も昨日の時点では、仮眠や軽食は取られておいででした。ただ、すべて前例どころか一切の前触れもない異常事態で、誰も打てる手を持たず、現状を維持させることすら難しい状況だと」
「しかも、去ってった人たちの分、もっと手が足りないのか」
「はい」
ニィ。
猫が鳴く。撫でてやる指先は震えている。
椋は息を吐きだした。今ここで怒っても彼女たちに詰め寄っても、何にもならないのだ。
馬車は進んでいるのだから。
戻ったところで、自分がすぐに何かすばらしいことができるわけじゃない。悔しいことに。
「……立ち去ったその人たちは、その新しい患者さんがセテア・トラフに接していたから、接点が一番多かったから、その患者さんたちがヴォーネッタ・ベルパス病になった、っていう判断をした、ってこと、だよな」
「おそらくは。……申し訳ございません、ミナセ様。我々も、仔細までは存じ上げず」
「ああ、ううん。教えてくれてありがとう。詳しいことは、それこそおっさんとかアルセラさんにちゃんと聞くよ。おっさんたちがどう考えてるのかも含めて、ちゃんと確認しないと俺も動けないし、そもそも病室に入れてもらえないかもだし、……ああでもその前に、まずカリアにお礼が言いたい。きみたちを迎えに来させてくれたのもカリアだよな? アノイにもそのあと会って話さなきゃならないだろうし、ロゥロットさんもピアとリベルトも心配だし、……うーん」
すでに時間と体が足りない。分裂したい。
頭痛が痛い思いでいると、また、ふゆりと手のひらに柔らかい感触がした。
「ふにぅ」
見下ろせば紫が見つめ返してくる。促されるがまま、小さいふわふわのあたまからのどにかけて撫でてやると、ごろごろご機嫌な音を鳴らす。
まんまと癒やされる椋に、マオシェ【影鳥】は淡く苦笑した。
「ミナセ様。その猫、中にもお連れになるおつもりですか?」
「あーうん、さすがに患者さんのところには連れていかないつもりだけど、……なんか、離れてくれないだろうな」
全く困ったねこである。
清々しいほどの自分中心制である。もはやクゥは、ファーストコンタクトのときに椋の手を思いっきりひっかいたことなんて忘れているのではないだろうか。
別にいいけど。
椋に撫でられるがままのクゥに、先ほどこのこをブロックしていたほうのマオシェ【影鳥】のひとりが顔を寄せた。
「おい猫。おまえは一体、どういうつもりなんだ」
「ニィ! ニィニィニィ!!」
「なんだ、そのような小さい身ながら、ミナセ様をお守りすると?」
「ニッ」
「なるほど。しっかり励めよ」
「なんで?」
一体なにがどうなるほどだったのか。彼女とクゥが何か通じ合ってしまった。
胸を張るクゥもクゥである。一体、そのちいささで何をどうやって椋の護衛をするというのか。椋が肩に乗っけて人に踏まれるのから守ってやるの間違いではないのか。
やれやれと椋は肩を落とした。ほとんどその直後くらいのタイミングで、馬車がガタンと停止した。
到着したようだ。
「ミナセ様」
「はい」
外から扉が開かれる。促されるまま、椋は外に出る。
ぐるりと周囲をかこう城壁と整備された庭の草木の様子に、どことなく漂う重い物々しさに、ああ戻ってきたんだな、と思う。
思っていると。
「――――リョウ!!」
良く通る声が椋を呼んだ。
声の方を向こうとして、
「か、っうわっ!?」
白銀がたなびく光のように、椋の胸元に飛び込んだ。