P3-61 歯車が止まる
2週間ほど遅くなってしまいました。
本年もどうぞ本作を、椋たちをよろしくお願い申し上げます。
不意に底に触れたような。
何かが一瞬にして止まったような、はっきりした手応えがあった。
入った。
思わずといった体で、誰かが呟く声を聞いた。
「……止まった」
同じようにピアも、気づけば言葉が口をついて出ていた。
すぐそばに控えていたリベルトが驚いたように彼女を見、にわかにざわつきはじめた周囲を見回す。入った、止まった――あちこちでさざ波のようにいくつも揺れる言葉に、はっと息を呑み、抽斗にしまっていた計測盤を再度引っ張り出す。
ピアが頷いてみせると、リベルトは自分たちが目の前にする患者、眠り続けるアルティラレイザー・ロゥロットの手を取った。
検査を。
結果は、
「……、」
「術が、効いた……持ち直してきたぞ!!」
「もうひと踏ん張りだ、がんばれ!」
この一昼夜、というもの。
少しも聞けなかった歓喜の声、もう、泣きそうにも聞こえる声が次々響いてくる。
次々聞こえてくる声に、口頭の報告の内容に、どっと自分に向かって一気に色んなものが押し寄せてくる感覚。
津波のような安堵、そして疲労感に、足元すら震えて倒れそうで、かけていた椅子に、深々とピアは沈み込んだ。
仮にも貴族令嬢の所作ではないが、誰もこの場の彼女を咎めるものなどいない。
リベルトなど完全にうつむいて、盤を凝視して固まってしまっている。
それほどに彼女たちはこの一昼夜。
自分たちのほうが、生きた気がしないような状況に追い込まれていた。
力が抜けてしまって、眠気すら襲ってくる。
ぶんぶんとピアは首を振った。だめだ、だめだ、まだ。落ち着いたように見えても、次にまた何が起こるとも限らないのだから――
――――陛下だ。
――――陛下が、お救いくださったのだ、我らを、この国を。
「……?」
うまく働かない頭の中に、ふいに響いた声があった。
ぱち、とひとつピアは瞬く。それは、今聞いたものではない。彼女たちが今いるここはレニティアスだが、エクストリー国民であるピアたちにとって「陛下」は、アノイロクス・フォセラアーヴァ・ドライツ・エクストリー国王陛下を指す言葉だ。
陛下。
陛下が、わたしたちをお救いくださったのは。
「……あれ?」
がちん、と、何かが思考の内側で嵌まる音がする、ような気がする。
力が入らない上半身を、それでも無理やりに彼女は起こした。
動かなければ、考えなければ。
なにかとても大切なことを、なにか、見落としてはならないことを、忘れてはならないことを。わたしは思い出せていない、ような、気がする。
陛下のお助け。何にもなれない無力感、次々倒れてゆく人、叫ぶ人、どうしてとわめく人、そんな人たちすら、瞬き一つあとには患者として倒れ伏している。
いくら注いでも注いだ先から、魔力が、術が抜かれていってしまうような虚無感。次々倒れていく人、救えないいのち、もうほんのわずかの灯りすら点せないくらいに何もかも振り絞っても、終わらない、終わらない、どころか、増えていく。
わたしの感覚。わたしが実際にその場所にいた、当事者として感じていたもの。
わたし、
「……アイネミア病と、おなじ?」
すごい勢いで振り向いたリベルトと、凍り付いた視線が交錯した。
震える足を叱咤して、何とかピアはその場に立ち上がる。硬直しかけた体を、何とか動かして周囲を見る、話しに行かなければならない、相手を必死に探す。
リベルトが彼女を呼んだ。
「ピアレティスさま」
彼が指し示す方向、喜びにまだ沸くアンヘルレイズの術師たちの肩越しに、険しい表情で何か言葉を交わしあうヘイル夫妻、そしてここの主フェイオス・ヴェン・ガイルーティアの姿が見えた。
リベルトもピアも、考えていることは絶対に同じだった。なぜなら彼女たちは、たった今唐突に消えたこれと、ひどくよく似た感覚を知っている。知って、しまっている。
その、あまりに唐突だった終幕の理由さえも。
「行きましょう、リベルト」
「はい」
どうか、どこにも、誰にも何も起きていませんように。
すべてがただの、杞憂でしかないように――




