P3-58 渦を巻く混迷へ 4
――自演ではないのか?
――何のために。俺に利があるか? ひとつでも?
――悪意に喰われたのでは? あるいは潰れたのでは?
――誘拐側からの続報が何もない。潰れるとしても、護衛の目の前で消えるものか。
多くの言葉を、このさして長くない時間の間にカリアは耳にした。
自ら戴く王の相対する言葉もまた、多く、既に耳にしてきた。
リョウ・ミナセに自ら触れた、すべて見通す瞳を持つはずのセルドラピオン。
彼女は直後、カリアたちだけに、ひどく曖昧な不吉を予言した。相対の終わり際には、彼を指して、無明の闇、という言葉さえ落とした。
直後、リョウ・ミナセは突如失踪。
今もまだ、彼の足跡はわずかにも追えていない。
――今、ここから彼が消える? 一体何を言っているんだアノイ。
――現実だ、セルク。何かが今、この国で起こされようとしている。確信など持ちたくはなかったな。
――目前の、絶望的なる現実というやつを?
――逃れえぬ無辜の俺たちは、ただ、見据えるほかにないのだろうよ……
軽快に鳴り響くファンファーレが、どうにも今の自分には遠い。
カリアは小さく息を吐く。彼の失踪後には、さらに悪いことが起きている。
この一両日中、新たなヴォーネッタ・ベルパス病患者が二名発生した。
二名ともが、今も行方の知れぬ第三症例、セテア・トラフの主担当であったという。
さらに既存の患者たちも、例外なく容体が悪化している、という。
特に最初期の症例は、もはや、死の床にあるらしいと。
――そこに関連があるという証拠は?
――今はない、当たり前だ。そう簡単に見え透けるなら、俺も何も心配はない。
――ほう、それで? ぬしの見失うた黒のかぎは、妾らになにを示すと?
――さあな。だが、どうせ未来では勝手にあいつが関連する。中心として、すべての事象が廻る。
カリアはただの魔術師でしかない。
そもそも彼女にはこれまで、怪我が、病気がわからないという感覚それ自体がなかった。カリアにとって、傷は、病は治癒魔術が治すものだった。不快なるそれらの感覚は、魔術が、瞬きの間に体内から消し去るものでしかなかった。
この世界の誰とも同じように、そうだった。
リョウと出会うまで、彼という、異なる世界の人間と邂逅するまでは。
――特に何も成してはおらんヤツを攫って、いったい何になる?
――変革の未来の芽を摘もうとした。その行為自体には特に、何の驚きもないと思うがな。
本来、あってはならない類の異常が次々連なっていく。
彼女には、追跡が許可されていなかった。それを命じられ、今も動いているのは、カリアではない別の人間だった。
カリアはただ、エクストリーに属するものとして守れと命じられた。
力を揮えと、きりきりと呪いのように。
「カリア」
「わかっています。陛下、有事の際は、この身、御身の盾として」
「そうじゃない。これは適当な俺のカンだが、今、おそらくリョウはそう遠くない場所にいる」
「……は?」
「本来は居させるつもりなどなかったわけだが、なあ。さてそれが誰の何にとっての幸か不幸かは知らんが、奴は、こういう星のめぐりにはおそらく、必ず居合わせる」
「え……?」
――リョウ、リョウ。リョウ・ミナセ。
――あなたはいま、どこにいるの。どうして、また私の前から消えてなくなってしまうの。
思えど、こたえる声はどこにもない。
そもそも彼の痕跡すら、まともに追うことができないような状態だと聞いている。そんな中で一方、王は、また不可解をカリアに告げる。
不可解で、確たる証拠もなく、なのに否定することもできない。
「だからこそ、ぬかるなと言っている。……あれが欠けた選択肢を、すでに、俺たちは失いかけているのだから」
ぞわり、と全身に鳥肌が立った。
彼は、本当に言葉通り、護衛であるクレイトーン・オルヴァの目前で一瞬のうちに姿を消した。
忽然と、空間から切り取られたかの如く。
クレイトーン・オルヴァの瞳がなかったなら、最初から、そこには誰もいなかったと言い切られてしまうくらいに。
リョウ――
ことなる世界の名前を苦く、舌先にまたカリアは転がした。
「――――陛下!!」
「セルクレイド陛下万歳! レニティアス万歳!!」
式典は恙無く進んでゆく。
おぞましい状況のただ中で、細心の注意を払ってなお、
何らかの異常事態が起こることを覚悟して実行すべきと、六王の見解が一致した、それが。
見つからぬ鍵など、捨ててしまえ。
誰かがいった。
所詮は野良の悪足掻き。地上に弱くしか居れないものが、どうすれば天の星を砕けるという?
些細の欠落など、この大いなる流れの何の変わりになろう。
すでに終焉は――――




