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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第三節 流転の開放/折翼の少女
159/189

P3-33 なにをねがう


 彼女の瞳は眺めてきた。

 揺らげぬ現実を見据えてきた。


『     』


 それはひとが倒れる光景であり、ひとがかなしむ光景であり。

 瞳を伏せ、踵を返し、背を向け。その場所から徐々に、確実にひとりまたひとりと、存在がいなくなり続けていく光景だった。

 目前に広がる色彩はただ一色だった。

 理不尽なまでに、それは圧倒的に他を喰らいつくして淘汰した。救いの文字などなかった。容赦などかけらも見なかった。抗う意志を、見せつけるより前にただ呑まれた。希望を抱くという行為は、もはや無謀無知の一部にしかありえないものとなった。

 どうしてなのだろう。

 どうして、何もかも願っても、その通り進むことがないのだろう。


『     』


 どうして。

 問うたところで答えは決して、誰にもどこにも見えることはない。

 彼女の見るもの、すべては絶望だった。見開くまなこの先には暗澹たる虚無のみがおちた。そこには方策などなにもなく、姑息の策すら、案になる前に圧し折られた。

 それでも、一色に塗りつぶされた視界と世界の中で彼女は思考を続けた。

 もはやそれだけが、正気を保ち「先」を見ようとする行為だけがさだめであった。

 彼女というただひとりだけが、存在としてすべてに遺されていく代償であった。


『 』


 願われた。祈られた。

 たった一つ、残したものはこれからの果てなき逃避行の棘路であった。

 それを標とする選択肢に、また複数の犠牲を重ねた。どこなら逃げられる。なにならできる。混乱だけが満ちた。すべてを彼女はその背一つに負った。

 苦しみ、嘆く先など捨てた。

 ただ、彼女はずっと願っていた。

 

『      』


 助けの手は来ない。伸ばそうとする手は例外なくやつらの餌になったから。

 すべてを小さく、小さくひとつだけに封じた。姿を、おのれに次にちかく沿うものへと変えた。そのために、また光を消した。折り取った。

 (にじ)った、それがなければ、のぼることなどできようはずもなかった。

 彼女は越えた先で欠片の答えを見た。後に残した選択肢の正しさを、ようやっと外で彼女はひどくむなしく理解した。

 もっとも近いつながりの先の、冠を頭にした男は難しい顔で一人唸っていた。


『      』


 わからないのは。

 しずんでいこうとするのは。

 彼女たちひとつだけの問題では、なかったのだということを窓越しに逃避行の先で彼女は知った。

 むろん、今更知ったところで、事態はなんの変わりもない。すでにほぼすべてが失われ、彼女は、とうに唯一だった。それを知らせる手立ては持てず、報せる意義も見いだせず、一寸先すら靄がかる未来に、追う者たちの幻聴に、常に彼女は削られていた。

 それでも。

 それでも、


『    』


 囚われるわけにはいかなかった。

 奪われることが、あってはならなかった。すべてを無意味に帰すことは、あるいは死より、消滅より、何より彼女が恐れ、防ぎきらねばならないことだった。

 嬲るように、追手は来た。追撃はとりわけて無慈悲だった。かつ、それは彼女を「点」としか認識しなかった。より一層彼女は理解した、相手方にとって彼女もただ、穿つべき多数のうちの一に過ぎないのだ。

 和解の道はない。

 同等という言葉の意味を、対等と対話という道を、

 はじめようとする意思はおろか、その行為そのものが根本から、あれらには欠如しているのだから。


『    』


 叫び、涙を流すものがいる。

 それでも前へと、歩みを止めることを拒絶するものたちがある。

 命を拾おうとするものたちが、伸ばしてくれた手に掬い上げられた。広がる闇より深い虚無のなか、もうただ一点でしかありえない彼女にとって、それは間違いなく光明だった。

 希望で、あるはずだった。

 愕然としたのは、そのひかりにもまた無差別の虚無が寄り憑かんとしている事実だった。


『   』


 見上げる先で、光が曲がる。

 灯火が、揺らぐ。描かれる影はあまりにいびつで、それを見据える視線もまた歪んでいく。

 ほんのすこし雑ぜられた悪意が、事実と交差してらせんを形作る。浸透していくものたちは毒より醜悪に確実にすべてを蝕んで、あと一歩踏み込めばとらえられたはずの事実のかけらを、てのひらがすり抜けるほどの細かさと透明に無残に砕いていく。

 失われたわけではない。まだ確かにそこにある。

 けれど理に縛られる限り、決して目にすることはできない絶対の墓場に、もう、


『   』


 あれを、遮って(くら)ました黒のうで。

 優しい手だった。あちらには雑ぜられた言葉で無意味にゆがめられて届くそのひとは、彼女が知るものとは重ならない癒し人だった。

 その朝、彼女は生と死を、存在と無を同時に見た。もはやそのひとつだけを目前へ突き付けられそうになったところで、とらえられなかった「空白」がそのひとだった。

 ただびとのかたちをして。

 そのくせ信じられないほど、驚くほどに、なにもみえない。


『   』

『   』

『   』

『   』


 種が芽吹きかけている。

 さらなる災厄が、あれらの手で導かれようとしている。

 その絶対を何よりよく理解するからこそ、彼女は、




「――所詮はあれも、心を持つもの。引きずりだしてやればいい」

「簡単に言ってくれるよね。あれひとつがどれだけ面倒か、まず、アンタが試してみりゃいいのに」




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