P3-14 弾点 B
りん。
やわらかい鈴の音がひとつ鳴って、赤と青の双子はぱっと音を振り向いた。
同時にホッとした顔をする。
「どこに行ってたの、ニィナっ」
「ニィナ、やみあがりなんだからあんまり動かないでって言ってるでしょうっ」
かけよってぎゅうぎゅう、小さな黒猫を抱き締めながら次々二人は言う。
二人が与えた金の鈴にうす紫のリボンが、きらりとシャンデリアにあかるく映えた。手足と尻尾の先だけが白い猫は、子どもの遠慮を知らない力に苦しいともがき、床へと逃れる。
慌ててふたりは小さいものを追おうとして、そしてひとつの違和感に気づいた。
「ニィナ、けがをしたの?」
「なにかにひっかけたの?」
言葉をわかっているのかいないのか、首だけで振り向いた猫は、にぃ、と一声鳴いた。
双子は自分の手を、次にはお互いの手を見て、そして顔を見合わせる。もう一度確認のために手を伸ばそうにも、二人がかりが苦しかったのか、警戒してしまった黒猫は、ふたりから一定の距離を取って崩さない。
昨日眠りにつく前、念入りにブラッシングした。ほつれどころか、変に長い毛の一本だってなかったはずだった。二人で抱いて眠ったときには、猫は全身ぬくぬくもふもふ、さらさらふわふわしていた。
けれど今しがた彼女たちが抱き締めた体には、ざらりと違和感があった。
首をかしげるふたりに、真似るように猫もまた首をかしげた。
「ニィ」
もう一声。それは肯定か否定か、ふたりには判別しようもない。
猫はふたりの小さな友人でお客さまで、そして、いちばん新しい患者でもあった。
小さな彼女たちが、一生けんめいに守ろうとしている小さいいのちだった。
「言うこときかないこは、めっ、よ」
「めっ、なのよ、ニィナ。なおるものもなおらなくなるのよ」
赤と青の目は真剣である。それを見上げる紫の瞳は澄んでいる。
ニィナとふたりが名付けた猫を、最初に見つけたのは半月ほど前のこと。治癒から帰る道なりで、中庭の片隅で倒れていた猫を、ふたりで見つけて自分たちの部屋へ連れ帰った。側近たちはいい顔をしなかったが、頑として譲らないふたりの様子に、早々に諦めたようだった。
諦めさせられる唯一の相手が、覚めぬ眠りに囚われているという事情もあった。
治癒を終えて、ほとんど魔力が残っていないなかで、それでもふたりは必死に猫を癒やそうとした。少しでも手を離せば死にそうなほど、小さな猫はそのとき弱っていた。全身傷だらけで、どれだけまともな食べ物をとっていなかったのだろうか、がりがりに痩せていた。
小さな手の癒しは、猫へ再起をもたらした。
自分たちのひかりが、確かに「癒し」であることの証明のように、猫は、日に日に元気を取り戻していった。
「ニィナ」
「ニィナ、ほら、ミルクも、ごはんもあるわ」
首につけられた金の鈴が、りりん、と澄んだ音を立てる。
まだ少しばかり警戒しながら、猫はふたりへと近寄ってきた。
今「ニィナ」とふたりが呼ぶこの黒猫は、小さな術者たちにとって、自分たちが確か力があること、癒せること、無力ではないことの証明だった。自分達は癒せる、だいじょうぶ、無力なわけじゃない、ぜったいにだいじょうぶ。ちゃんとわかっていれば、わかることができれば、どんなに死にそうな相手だってちゃんとここにいさせられる。
そんな「事実」の、何より明確に目に見える証左だった。守るべきものだった。
そして。
ちらほら伝え聞く噂から、奪われることを、ひどく恐れているものだった。
――発症の前日に、黒い猫を見たって、
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今週末にも更新予定です。




