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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
間奏B Vivace
121/189

 いなくなれども消えない色

更新、二年、半ぶり…だと…!?

自分でもびっくりの長期不在、本当に申し訳ございませんでした。根気強く待ってくださっていた方、ありがとうございます!


追記:ご要望いただいたので、「M3ドロップボックス」にあらすじを追加しました。シリーズから飛べますので、よろしければご利用ください。

 まだ日が沈まない、開店前のほんの少しだけの時間。

 そんな約束を信じていたのは、ほぼ確実に一人だけだったとあとでひとはわらった。





 何の変哲もないよく晴れた昼下がり、ふたりの青年が城下の道を歩いていた。

 ひとりはこの東区画に住む、酒場の店員「だった」青年、もうひとりは彼の護衛として、今は平服に剣だけ下げて歩く糸目の少年である。飾りっ気のないシャツとパンツ姿の椋は、久々に慣れた道を肩の凝らない服で歩いていた。

 歩いて、五歩歩けば誰かにつかまっていた。


「あれ、リョウ?」

「リョウ、リョウだ! リョウがいるー!!」


 すれ違いざまに町の人たちは、驚き、声を笑顔を向けてくれる。

 パンやら果物やらお菓子やらをくれようとする人たちもいて、知ってる人が増えたなあ、と妙にしみじみしながら、椋は目的地へ、何もちゃんと話せていない「勤め先」に向かっていた。それは椋にとってこの世界での最初の居場所で、いまは、辞めて背を向けなければいけない場所だった。

 既になんだか懐かしくなってしまっている道順をたどる。押し付けられた荷物持ちになってくれているロウハは、何が珍しいんだろうか、いやむしろなんでも珍しいんだろうか。あちこち興味深げに、きょろきょろと視線をやって楽しそうにしていた。

 やめる。辞めに行く。

 思ってしまうと、どうも足は進みづらかった。


「ここですか」

「そ、ここだよ。「クラリオン」」


 しかし進めばたどり着く。看板は白に銀字、夜になると周りに散りばめられた石たちが良い具合に光って、店の名前を主張する。灰色がかった白い石造りの、つやつやの飴色に磨き上げられた木のドアの酒場。まだ中に明かりはともっていなくて暗いが、夜になれば訪れる人たちの活気もあいまって、ガラス越しにかなり良い感じに見えることを椋は知っている。

 最初は窓ふきからだった。魔術を応用した掃除の簡単さに、いちいち驚く椋にみんな笑って、けれど呆れずにそういうものだと教えてくれた。

 表からしっかり入ってこい。

 言われていた通り、暗い店の、たぶん今だけ開けてくれているんだろうドアを、やたら重く感じながら椋はぐいと開いた。


「っうわ!?」


 瞬間、パァン!! と軽快な音があっちこっちから椋に向かって響く。

 同時にぱっとすべての照明が点灯され、まぶしさにとっさに椋は目を細めた。しかし細めた視界には到底入り切れない人の詰まり具合を中に見て、細めた目を今度は見開かざるを得なくなる。

 軽快な光と音が詰まったクラッカーを、よく見知ったたくさんの顔が椋へ向けていた。クラリオンの同僚であるアリス、ミーシャ、ケイシャ、ほかにも椋が知っている顔が全員、おかみさんにおやっさん、クラリオンの常連客である冒険者パーティの面々も、昼間から全員そろって椋にしてやったりで笑っている。

 あんまり楽しそうな顔、顔、顔に、椋も思わず笑ってしまった。


「なにしてんの、みんな」

「何してるのとはご挨拶ね、リョウ」


 まず口を開いたのはアリスだった。その調子は、それこそ彼女らにとって「変なこと」「頓珍漢なこと」を言ったり、やったりした後に向けられたものと何も変わらない。

 表情も声も中の空気も、なにもかも椋が知っているそのままだった。何の常識一つとっても明らかに「異常」だった椋を、最初に受け入れて、まず自分の周りをちゃんと見る、顔の上げ方を教えてくれた人たちの空間があった。

 椋の料理を気に入って、よく注文してくれていた客の一人、この場所の客の中でも屈指の剛腕を誇る冒険者、ゴーラが笑う。


「おまえのための激励会だってんだ。集まらねえ理由がないだろ?」





 さあさあ入れ入れと、中に数人がかりで押し込まれる。テーブルの上には所狭しと、良い匂いをただよわせる料理や酒が並んでいて、あれよあれよと言う間に椋はグラスを持たされ、乾杯の一声でグラスを打ち鳴らす音が弾けた。

 それからはなんだかもうめちゃくちゃだった。

 あんまり同じような違うようなことを皆が次々に聞いてくるので、次々注がれ勝手に替えられる皿にジョッキに目を回しつつ、椋は一席ぶつことになった。


「……何から話せばいいんだ」

「ちまちま分かんないのもアレだし、全部でいいんじゃない?」


 小さい体で鬼畜なことをいう冒険者ミニアに、誰も反対しなかった。

 余計に困りながら、仕方なく椋は話し出した。一応ある程度自分の中でも整理してきてはいたのだ。ここを辞めるに際して語らなければならない話は、決して短くなく、同時にウソと本当が入り混じっていた。

 椋が違う世界の人間であることや、レジュナ【傀儡】とレジュナリア【傀儡師】、さらにリーと知り合うことになったジュペスの腕の件などの詳細は伏せながら、それでもできるだけ、話せるだけの事実を椋は集った皆に語った。

 また一人を癒したこと、そこを発端に連続殺人事件にかかわりを持ってしまったこと。変な癒し方をする椋を厭った一部に、椋の不確定性を危惧した一部に利用されて、その殺しの容疑者に仕立て上げられてしまったこと。

 今は容疑は晴れて、けれど遅ればせながらアイネミア病騒動における椋の貢献を知った国王陛下が、未来性も加味して、「不可能を可能にする不確定性」を理由に、椋にヴァルマス【劒】を与えたこと――。


「俺らもちらほら噂で、アノイロクス陛下がとうとうヴァルマス【劒】を得られたとは聞いてたよ。お披露目はまだだからどんな奴かはわからんのだがなあ、しかしそいつは聞けば聞くほど、リョウ、おめえ以外の何とも思えねえじゃねえか」

「しかもあのとき連れていかれてから、あんた全然連絡取れなくなって、ここにも姿見せなくなってたもんね」

「連絡が全然できなかったことについては、本当に、申し訳ないとしか言いようがないんだけど。……あの、そんなに俺だって分かるような話になってるの?」

「なってるなってる。というか黒髪黒目の、貴賤の別問わず病人のために奔走する癒士なんて、リョウ以外の誰がいるのって感じ」

「わあー……」

「何だいその腑抜けた顔は。まったく、それこそ病人のために奔走してるときは、怖いくらいに真剣になるくせにねえ」


 自分にも皆が聞いているという「話」にも、いろいろと苦しい部分はあったが、ある意味一番説明が難しかったのは「椋自身」のことを語る部分だった。

 「もう地図上にもどこにもない隔絶されたある特殊な集落があって、そこは魔術の才能があまりない人ばかりで、したがって独自に人を癒すための術が発展した。そんな中で、その「癒す術」を学んでいたのが椋、しかし魔物の襲来で集落はまるごと全滅。椋はかろうじて生き残ったが、このアンブルトリアまで何とかたどり着いたところで行き倒れていたのをヘイが拾った」。

 ものすごく嘘なのに嘘じゃないのがなんとも言えない、アノイが作った「椋の公式設定」である。


「騎士サマがたに連れていかれた後、さっぱり姿を見せなかったのは、その新しい部署とやらの立ち上げに奔走してたってことか」

「はい。たぶんこれから俺がかかわらなきゃならないことから考えても、俺がここで働き続けることは無理だと思います」

「僕たちが嫌いになった?」

「そんなわけないだろ。戻れるんなら今からでも戻りたいよ」


 あらかたを語り終わったところで、それまで黙って腕組みして酒を飲んでいたおやっさんが口を開く。表情は静かだった。咎めるような様子も、責めるような風情もなかった。ただ、確認で、たぶん、この場にいる全員、軽い調子でふざけたことを口にしたケイシャも含めて、これからの話が一方向にしかころがせないことを知っていた。

 知っていても、当然、それを切り出すのは当人である椋の役目だった。


「でも俺は、これからクラリオンのリョウじゃなくて、ヴァルマス・ノイネ・カーゼット【朝闇の劒】リョウ・ミナセって名乗らなきゃいけない。皆が嫌いで、嫌がるものともかかわっていかなきゃいけない。たぶん、皆と、どれくらいかはわかんないけど、遠くならなきゃいけない。ここに、どれくらいこれから来られるのかも、もう、分からない」


 たったひとつ別れを告げることすら、こんな手続きと日程調整が必要になるレベルなのだ。

 これから何も起こらなければ、異常が起こらなければ、椋が必要にならなければ、椋は「ただの穀潰し」で済んでしまうのかもしれない。局内にはいつも閑古鳥が鳴いて、だから椋は、しょっちゅう抜け出してここで駄弁ったり店が忙しければ手伝ったり、そんな呑気な日々を送れたりするのかもしれない。

 けれどそれは叶わない望みだと、椋はなんとなく感じていた。確信に限りなく近い、証拠だけない感覚だった。

 だってこの短い間で、二回も椋は「普通では治らないもの」を目の当たりにしているのだ。さらには第三回目が、このすぐ後に、隣国で椋を待ち構えているのも知っている。

 アノイが、あの王様が、あえて今椋を拾い上げた理由は何か「別」にある。

 なぜかヴァルマス【劒】を持たないと公言して憚らなかったらしい男が唐突にそれを曲げた。確実に椋のためではない。椋が医者でありたい、医学にかかわりたい、人を癒せる職種の人間でありたいと願った、それら、どうしたって揺るぎようのない感情に、あちらの「理由」が重なった。そう断定してしまえるのは、さて、良いのか悪いのか。

 だが、今はまだそんなものはどうでもいい。

 伝えなければならないのは、それでも椋は進むと、ここから離れて歩いていくという決意だ。


「でも、俺、それでもごめん、行かせてほしい。……俺は、ずっと昔から医療者になりたかった。人を治せる人になりたかった。今でも、それだけが俺の夢で、それなら、そのためにこっちに来いって、あいつに言われたんだ」

「あいつ、って」

「アノイロクス・フォセラアーヴァ・ドライツ・エクストリー国王陛下」


 俺がおまえを利用するように、おまえも俺を利用してみろ。

 おまえの望みとやらを叶えるために。願うことすべてを、そのままじゃあ欠片も得られないだろうあらゆるものを、利用してみろ、手に入れてみろ。そして、俺に変化を寄越せ、見せつけてみろ。内々にヴァルマス【劒】を受けた際に、椋がアノイから言われた言葉である。

 まさかの国王の「あいつ」呼ばわりに、驚愕の波が全体にさあっと走る。

 その波の中で最初に口を開いたのは、以前「警告」を椋へと発した両手剣使いの男、シャヅカだった。


「……隣国レニティアスで、おかしな病が発生していると聞いた」

「!」

「確かにそんなものにかかわるには、一介の酒場の店員じゃあ、どうしたって不足だな」


 思わず目を見開いた椋に、おやっさんが静かに言葉を続ける。

 だれが、どれだけ何を知ってるんだろう――今さらわからなくなる椋の頭を、ぽんぽんと乱雑におやっさんが叩く。


「おまえが普通じゃないことくらい、あのヘイス・レイターがここにおまえを放り込んだときから全員知ってたさ。ああ、そりゃあ見てりゃすぐ分かる。おまえは頭がいい。何にも知らないくせに、だれのどんな聞いたことのないような話でも、ちゃんと論理立てて応じられてただろう?」

「え、」

「でも、それが何? リョウが何になって、どこにいっても、リョウはリョウでしょう? いつだって一生懸命で、誰に対しても真摯な、あたしたちが知ってる通りのあなたでしょ? 器用なのに変なところですごく抜けてて間抜けで、でも、時々びっくりするくらいかっこいい、すっごく、いいやつだってことは、何も変わらないじゃない」

「……アリス」

「だからこれは、俺たちからの餞別さ、リョウ」


 ざっと、その場の全員が椋を囲むように立ち位置を絶妙に変える。何が起こるのかと思わず周囲を見回す椋に、きっと反応が予想通りだったんだろう全員が笑った。

 笑って、そして手のひらを突き出す。

 はなびらのように光が舞い、やわらかい風とともに、椋に向かってふわりと降り注いだ。


「う、わ、」

「ちっと知り合いの伝手をあたってな。何とかかんとか、全員分だ」


 熱くも冷たくもないひかりは、雪みたいに指先に乗せると一瞬だけ光って消える。椋はこれを知っていた。ここで働いているとき、何度か見たことがあった。

 冒険者たちにとって大切な、信頼する相手にしか決して行わない儀式。相手の武運長久を、ひとつでも多くの幸いが訪れることを祈るもの。

 目の奥がじわりと熱くなる。ぐっと奥歯を噛んだ椋に、追い打ちみたいにさらに言葉は、優しい声は続いた。


「効果はそうだな、持って一か月。……だから効果が切れる前に、ちゃんとまた補充しに顔見せに来なよ、リョウ」

「というか、嫌になったらすぐ帰ってこい。おまえの変な料理が食えないのは寂しい」

「ホントホント。いつの間にすっごく慣れちゃってたのよねぇ、リョウがここにいることに、いてくれることに」


 いい加減限界だった。

 滲んできた視界を無理やりぬぐって、笑おうとした声はどうしても震えた。


「……あんまりカッコ悪い顔させないでよ、頼むから」

「はっは。男の出陣だ、全力で送り出してやらなきゃ、エクストリーの民の名が廃る」


だから「行ってこい」、全力で。そんでもって、ちゃんと「帰ってこい」。

椋にだけ椋のために向けられる言葉は、どこまでもぬくもりと優しさに満ちていた。



GW中は、あと2本「間奏B」を更新予定。

明けには第三節本編を開始できれば、と考えております。現在絶賛執筆中ですー。

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