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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
間奏B Vivace
118/189

 カーゼット「非」公認宣伝部長の一日 2



「あ、っいらっしゃいませっ!」

「こんにっちはー、今日もイイカンジに流行ってますねぇ」


 カランカランと軽やかな音が、客の来店を告げる。パッと瞬間顔をあげてよく通る声で迎えてくれる店の看板娘に、いつも通りの笑顔を向けてロウハは声をかけた。

 時はエルゼの刻|(午前十時)を少し過ぎた頃合い。店は不快にはならぬ程度に混み合い、ひっきりなしの客に応対する息子と娘のふたりも、奥でせっせと品物をつくる店主夫婦も生き生きとした風情である。

 これがわずか二ヵ月前にはほぼ常に風の通り音が抜けて行くような状態だったというのだから、無知無名というのは商売にとって本当に恐ろしいものだ。胸中でうんうんとひとり頷きつつ買い物へ向かうロウハに、にこにこ笑って娘の方が応じてくれた。


「カイゼイさんのおかげですよ。お父さんもお母さんも、毎日もう張り切っちゃって、ねっ」

「本当ですよ。もう僕ら、カイゼイさんには一生頭が上がりません」


 そして話をふられた息子も、笑顔で軽くロウハに向かって頭を下げる。店内の客の目線も何となくあたたかいものがあり、性分にもなく背中が痒くなってきてしまう。

 むずむずする感覚に苦笑しつつ、ロウハはひらひら軽薄に片手を振った。


「いやいや何をおっしゃいますやら。これがうまいからこそですよー俺基本的になぁんもしてませんし、いくら俺がどこで何したところで、実際に味が良くなきゃ流行ったりしませんや。ってことで今日もそれぞれ三個ずつ下さい」

「三つ、ですか? あ、もしかして」

「はぁい、そのもしかしてです。あぁそうだ、いただいたクッキー美味かったっすよ。局長も喜んでぽりぽり食われてました」

「あ、ほ、本当ですか? よかったぁ……」


 どう考えても最後の一言がロウハから聞きたくて話をしていたのだろう娘の方に、彼女が最も欲する情報を伝えてやる。息子の方も分かっているらしく、ちらりと目線をやるとやれやれと肩をすくめて返された。

 現在は暢気に書類や王と悪戦苦闘しているのだろう上司の顔を思い浮かべ、ロウハもまたひょいと肩をすくめてみせた。あっちこっちに色んな意味で、無意識に一切の意図なく罪作りなお人である。

 この店を営む彼女らは、一家全滅の危機をあの黒の青年により救われた、という。しかもちょっと見ない色をしたその青年は、つい先日までは定期的に、ここ王都西区画に最も多く発生したある病の患者たちを無償で見舞っていたというのだ。

 他の人間が避けた「小さな」「庶民の」危機を自ら足労を重ねて救い、すべて終わったものと断じられてのちにも残る人々の不安を、否定せず聞いて、何か悪いところがあれば本当に治療もしてくれる。老若男女誰にも分け隔てなく接し、性格の裏表もなく喜怒哀楽が分かりやすい。

 そんな程よく庶民じみたとっつきやすさと、普段の緊張感のない――それこそ今朝の一件にも象徴されるような――のんびりした自覚の薄さゆえにどこか抜けている様子、一転して人々の往診の際は、黒々と冴えた瞳が真剣に相手を一個人として見据え、射抜く。

 色恋を意識し始める年頃の女の子たちが、淡い思いをかけたところで何も不思議はないようなトンデモ物件である。やれやれなことだ。


「あの、じゃあ、これっ」

「ありがとうございますーうわあ今日もうまそう」

「ふふっ、当然です! ちゃあんと大事に味わって食べてくださいね」


 差し出される紙袋を受け取り、代金を払う。ああしかし本当に嬉しそうだな、彼女のこんな表情など、欠片も知らずにもすもす中身を食っている彼の様子しか想像できないのが何とも言えない。

 この店の看板娘である彼女は、美人とは言えないが笑顔のかわいい、気も利きくるくるよく働く娘だ。それこそふつうの結婚をして、つつましくも平和で幸福な家庭を作っていくのだろうと今から想像できてしまう、どこにでもいる、良い子だ。

 そんな娘の淡い、懸想もどき。もはや王都の西と東の、割とあっちこっちに落ちている話なのだが言葉で伝えたところで彼はそれを信じない。そして信じない彼のことを、敢えて詳細に、恋に憧れる年頃の女の子たちに伝えようとも、ロウハは思ってはいない。

 まあ結局は、何をどう考えたところでそれくらいがちょうどいいだろうとロウハは考えている。

 何しろ彼女たちが本気になったら、朴念仁なうえにどこか奇妙に底知れず常識が欠如した彼自身に加え、彼の一番そばにいる絶世の美少女、金と銀の色を宿した美しい、下賜名持ち貴族のご当主様を相手取らなければならないのだから。


「んじゃ、今日もありがとうございましたー。俺はこれで、」


 届かぬ恋に淡く焦がれる、一人の少女に背を向けロウハはその場から立ち去ろうとした。

 ロウハの足を止めたのは、にわかに声を上げた店の息子の方だった。


「あ、っそうだすみません、カイゼイさん!」

「へぇい?」

「もう少し詳しく話が聞きたいって人が、ラザーのジイさんとこに来たそうです。複数」


 彼の言葉に、思わずロウハは細い目をわずかに見開いた。まだ入局が受理されたのはほんの昨日のことであるが、それでもロウハはカーゼットの立派な一員として、ただサボりで下町をふらついているというわけではないのだ。

 わざわざ彼がこの店に買い物に赴いたのは、何も「ただ」この店の品物がうまいからというだけではない。網を張るため、足元の不安定な彼を、支え受け止めるためのものを作るための行為なのだ。

 人が集う、集えるよう少しだけロウハが誘導したこの場。突然現れなくなったかと思えば異例の抜擢を受け、一躍殿上人となった彼の情報を、ロウハは少しずつ、色々と店周囲に落としていく。

 彼の、協力者を得るために。

 いざというときには王都の脱出も含めた事態にも対応しうる、多角的な網を作るために。

 別にそれには強度は問わない。強制もしない。よって使う可能性も非常に低い。だからこれはただの網、勝手に作って、もしとんでもなく彼が超落下してしまうことがあれば、使えればよいという程度のもの。

 わざとらしいまでに、ロウハはあからさまに彼の言葉に驚いて高く声をあげてみせた。それは何のことなのかと、後でほかの人間にも聞かれうる程度に。


「え、へえ、もうですか? こりゃ随分と嬉しい誤算だなあ、っていうかそれこそやっぱ、そうなるってことこそがあの人の実績、ってやつなんですかねー」

「それ以外に何があるっていうんですか。危急に受けた恩は倍にして返せなきゃ、エクストリーの、アンブルトリアの民の名が廃るってもんでしょ?」

「まあねぇ。……ま、それ以外に何があったとしても別に俺は面白いんでぜぇんぜん構わないんですけども」


 危急に受けた恩は、倍にして返すべし。

 それはエクストリーの古くからの教えであり、幼いころからいくつもの昔話とともに、語られ教えられ続ける道義だ。危急の事態に差しのべられた他意なき救いの手は、平時に受ける恩にもまして得難きものであり決して忘れてはならぬものである、徳をもって、返さねばならぬものである。あまりに綺麗事ではあるが、同時にどこまでも真実であり、人間のあるべき、そうあれと望まれる姿でもあると思う。

 だからこそそのわずかの痒さにロウハは笑い、ちらりとまた一度看板娘へ、そして店へ入ってきた、確か武器屋と仕立て屋の娘に視線をやった。

 面倒事であるはずの行為は、飽きの様相を一向に見せない。知らないうちにちょっと目をつけていた女の子が彼に惚れてしまっているなんてことを複数経てなお、まあ傷が浅いということもあるのだろうが意欲は褪せない。

 ホントね、兄貴が女だったらよかったのにねー。

 結局は否定の結論しか出ないと分かり切っていることを、今朝も考えたことをまたしても繰り返すロウハなのであった。





 王宮に帰ってから後は、一通り真面目に鍛錬や、まだ第八騎士団にも所属している珍妙な事態になっているがゆえの書類を片づけたり、行く先々で聞かれる「謎の黒の青年」のもろもろを多少の脚色も含めて伝えたりしてロウハは時を過ごす。

 なにしろ人々の、主な情報入手先がロウハしかないのだ。というよりクレイやジュペスでは、確実に会話が盛り上がらないのである。

 警戒心の強さゆえに、かれらは口をすぐに(とざ)す。ほんのわずか、ようやく聞き出すことができた理由によれば「警戒の薄さによって死にかけた」ことより、多くの人間が興味を持つ情報は、よほど細心の注意を払いつつ迂遠迂回を繰り返して質問をしていかねば、あの二人からは得られまい。

 現にロウハとて、そうだった。ジュペスは少しでも立ち入った内容に触れられそうになると、やんわりと会話の方向を誘導して、リョウ・ミナセという存在をぼかしてしまうのだ。

 ジュペスが彼から受けたという、「深い恩」が何であるのかロウハはいまだによく知らない。しかしジュペスが先だってのオルグヴァル【崩都】級の魔物襲撃において負傷し、復帰を果たせたのがつい先日ということ、そして彼が復帰とともに、誰も見たことのない類の魔術を習得していたことを考えれば、さすがに、何となくの想像はつく。

 ジュペスはそれに、ある日を境に、この王宮からいなくなった。

 ルルド家で治癒を施すため、搬送される彼のさまは素人目にも只ならぬものであったと聞く。ルルドに保護されてのちは、口の堅い家人たちは沈黙を守り、張本人であるジュペスも「彼らに治してもらった」と一言いうだけで、それ以上の情報をロウハは得られていない。

 さて、人を治すことに、本来、隠し立てせねばならないようなことなどありえない、はずだが。

 やはり仕方もないことなのか。神霊術と創生術の双方を駆使し傷病の治癒を行う、そんな異質の魔術師を誰にも潰させないためには。


「おい、カイゼイ。おまえ正気か? そんな訳も分からない組織に移るなんて」

「もっちろん心底から本気だぜ? つーかそりゃあ一応俺の進退一切に関わる一大事だぞ、ちゃんと色々調査もしてるし、ていうかそもそも、あのジュったんが心酔しちまってる時点で局長がイカれちまってんのは確定なんだから楽しそうでいいじゃん? っていう話」

「聞けばヴァルマス【劔】は、目と髪が黒の異邦人というではないか。陛下に能力を見込まれはるか異国の地から召喚されたというが、所詮そのような辺境の民に、一体何ができるというんだ?」

「まったく陛下も陛下だ。よりによって最初のヴァルマス【劔】を、王国への忠誠厚き者にではなく、どこの野山のものとも知れぬ異国の賤民(せんみん)などにお与えになるとは」

「それにおまえ、アイオードの強くなった理由は分かったのか? それこそ噂ではあのヴァルマス【劔】が関わってるって話だが、本人は新たに書を紐解いて覚えた魔術だの一点張り。話にならない、あんな異常事態を事前に察知し、避けられるようにする魔術などおいそれと存在するものか」

「あぁあぁハイハイ、おまえら、とりあえずいろんな方向で鼻息荒すぎ」


 少し詰所の休憩所で茶をすすっているだけで、これである。ここ最近は本当に同じようなことを何度も手を変え品を変えつつも喋りすぎ言われすぎて、全部一度内容を紙に書かせたうえで一言一句違えずに暗唱できそうなほどだ。

 無論第八騎士団とて、民を見下し己の権威を当然とかさに着る、実力と自己評価が釣り合わないような奴らばかりではない。が、主に長い間幅を利かせていた前団長のせいで、そういった類の人間が多く、元は中正であったはずがその方向に引きずられてしまった者も少なくない。

 仕方がない。大抵の人間は大勢に流されるものだし、そもそも誰もが我を主張していては何一つものごとは成せない。

 それこそロウハが呼び寄せたわけでもないのに、勝手に彼の周囲に集って彼の上司となった人物を妄想でただ悪しざまに言い続けるような彼らには確固たる個性など不要であろう。自身の意思で自身の手で、目を開こうとしないから世界に乗り遅れるのである。

 温くなってきた茶をすすりつつ、ふーっとロウハはひとつ息を吐いた。


「別に俺はまあいいけどさ、おまえらとりあえずそういうことは絶対オルヴァ第六位階騎士とジュったんの前では口にすんなよー? 峰打ちで意識ブッ飛んでも俺責任取らないし思いっきり放置するからな!」


 むしろそれこそ今のジュペスに、彼に関して下手なことを言えば本気で決闘を申し込まれボコボコに打ちのめされそうだ。それもそれでまた一興、あの人形騒ぎの中でかすむ視界でそれでも一瞬だけ見えた奇妙な光と歪んで(・・・)壊れて(・・・)いるように見えたジュペスの腕について何かわかるなら良いとも思うが、少なくとも自分がその決闘の相手になりたいとは逆立ちしても思えない。

 よって基本の不干渉を堂々と宣言するロウハに、目の前の同期かつ元・同僚たちは一斉に激昂した。


「カイゼイ、貴様、誰の味方だっ」

「何を馬鹿なことを、おかしいのは奴の方だろうが!」

「ええーそりゃあ俺は俺自身の味方に決まってるし、ジュったんは基本的におまえらより煽り耐性高いよ大体のことに関しては。そもそもあのひと、俺の新しい上司ね、確かに異国の人間で礼儀作法はわりとさっぱりだけど、俺みたいのにもすげえ気さくでわかんないことあったら聞けばちゃあんと教えてくれるし、ちょっとボケてて抜けてるけど相当ヘンで面白い人だからな。なんていうか、まあ、やっぱいろんな意味であの陛下が目をかけられるだけあるなっていうか、多分他の国には取られたくなかったんだろうなー」


 ざらりと声高くロウハは言い切る。むろん、あからさまにこの場に(たか)る者達だけでなく、不干渉無関心を装う周囲の多くも耳をそばだてていることを知っているからこその言葉である。

 彼は治癒をすること以外、何も強くは望まない人だとジュペスは言った。

 だからこそロウハは吹聴するのだ。自分が誰からどこからどれほどの注目を浴びているのか、その一挙手一投足の意味を詳らかに解釈し何かしらの噂を作りたがる者たちの多さを、彼自身の言葉を借りるのであれば「小市民」な彼は、決して理解しきれないだろうから。

 というのはもちろん建前で、半分以上は己の言葉を、勝手に聞きつけた人々が勝手に作り上げるであろうリョウ・ミナセというヴァルマス【劔】の虚像をロウハが楽しみたいからである。さて、悪しざまに言うならば、ただどうしようもないほど治癒バカなだけの彼が果たして、どのような怪物としてその内側では描かれることになることやら。

 本当に情報とは恐ろしいものだ。内心ほくそ笑みつつも表面だけは常と変わらぬ軽薄さを崩さずにロウハは思う。

 少し操作してやるだけでも、こうして多くの人間が、真偽も定かでないことに揺らいで、動く。


「……貴様一人が納得できたところで、その男に何の確たる実績もないのは事実だろう」

「実績、なあ」


 現在ロウハに突っかかってきている中心の少年の、眉が微妙にぴくぴく引きつっていることについてはとりあえず放置してやることにしよう。

 彼らとてロウハがこんな類の人間であることは、既に承知のはずだからである。一から十までまともな話が聞きたいのなら、ちゃんとジュペスやクレイに向かっていけばいい話だ。

 彼らが無駄に無魔を下に見ていることを知っているので、余計に思うロウハなのであった。彼は薄笑う。


「そうだなーそれこそあの人自身は何も言わないけどな、ついでにおまえらも知らないかもしれないけどさ。でもちょっと前に起きた変な病気のこととか、ジュったんがあの人が引き取った途端に治ってついでに強くなったのも、俺らがそろってぶん殴られたあのブキミな人形たちのことにしたって、多分二枚も三枚も噛んでるんだぜあの人」


 最後に付け加える一文は、まああくまでも俺の想像だけど、だ。

 まだまだあの場所は新参者(ロウハ)には、すべての情報まではくれない。それら点に彼の存在があったらしいことは知っているが、具体的に何があったのかは所詮下っ端のロウハには知るべくもないことだ。

 本当に半端に知れば知るほど、良く分からなくなっていくばかりのお人だと彼は思う。まあ、だからこそ王は情報係として、ひそかにカイゼイを選ぼうとした矢先にロウハが勝手に彼を気に入って入局を決めてしまったのだが。

 あからさまなイラつきを隠そうとするそぶりもなく、目の前の少年たちはきつい目でロウハをにらみつけていた。いっこうに気にしない彼に、棘が降る。


「カイゼイ。それは想像ではなく貴様の妄想だ」

「貴様のような輩がまた、随分と心酔している様子じゃないか。一時の好奇心で一生を棒に振るとは、まあ、ある意味おまえらしいといえばらしいのか。嘆かわしい」

「さぁてな。別に俺は俺自身を嘆いたことなんて一度もないしこれからもするつもりねぇけどな!」


 そろそろ彼らに付き合ってやるのも、終わりにしたって良いだろうとロウハはカップに残っていた冷めた茶を一気にあおって立ち上がった。彼らのように扱いやすい相手に情報をある程度絞ったり誇張したりして渡すのも嫌いではないが、やはり今のところロウハにとって、一番興味をひかれるのは彼の新たな上司の、主に人間関係の面についてである。

 何しろあの黒の上司は、「あの」ラピリシア第四魔術師団団長と非常に懇意だというのだ。ただでさえ下賜名持ちの由緒正しき大貴族の若き当主にして強力な焔と地の魔術の使い手であり、また下手に近づくのをためらってしまうような、怜悧でどこか無機質でさえある美貌の持ち主である彼女が、一体何がどうなって、この国に来てまだ幾ばくも無い彼と親しくなっていったというのか?

 少し考えてみただけでも、随分楽しそうな話題ではないか? ……正攻法では確実に、誰から何発何を喰らうかも分からないような危険が山盛りの案件でもあるが。

 唐突なロウハの行動に目を開く同期たちに、ニヤッと彼は笑ってみせた。


「んじゃ俺そろそろ行くわ、もうここに用もねえし」

「な、っ待てカイゼイっ」

「何さ、俺これでもそれなりに少なくともおまえらよりは忙しいんだぞ?」

「貴様、本当にあのアイオードのことを何も知らないと言うんだな?」

「あーあー、知らない知らない。ていうか知ってたら俺だって教えて欲しいわ確実に一攫千金情報じゃん」

「……ならいい、行くぞ」


 そうしてロウハが去るより先に、囲みは勝手に去って行った。結局奴らが聞きたかったのは、何とかズルして少しでも早く強くなってしまう方法だったらしい。

 まったくなんてつまらない奴らだ。いや勿論その部分にはロウハも結構な興味があるが、それこそもっと実績を積み重ねあちら側からの信頼を得ねば、絶対に教えてはもらえまい。

 それこそどうしてカーゼットには、規模の小ささ(少なくとも現時点では)の割にふたりも既に魔具師が在籍しているのかということも、リョウがこのエクストリー王国では極めて珍しい、神霊術および創生術双方を会得しそれらを用いて治療を行う人間「癒士」であることも。

 彼の扱う治癒魔術が、神霊術も創生術も、どうにもどちらも誰のものとも何か違うことについてもすべて、含めてだ。


「……ま、とりあえずはその実績のための第一弾に、このロウハ・カイゼイ、行くとしますかねぇっと」


 ひとり呟きロウハは笑う。ひどく面倒くさく恐ろしいほど楽しいことが、これから山のように待っているような気しかしない。

 それらが果たしてロウハ・カイゼイにとって、純粋に幸福と呼べるものであるのかどうかは不明であるが。

 まずは己というものの有用性を示す第一歩として、この場でもない、カーゼットでもない、また別の場所へと向かってロウハは歩みを踏み出した。



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