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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
間奏B Vivace
117/189

 カーゼット「非」公認宣伝部長の一日 1

 カーゼット新入りにして来期には騎士見習いから準騎士に昇格予定の少年、ロウハ・カイゼイの一日の始まりは早い。

 それは彼が明け方より、精力的に活動を展開しているから……ではなく、同室者が早朝の鍛錬を共にすることを常に要請してくるからだ。正直地力の差がありすぎるので(主に相手の方が)まともな鍛錬にならないのではないかとロウハは常々多々思っているのだが、騎士見習いから一気に正騎士へ昇格を遂げた彼、ジュペスは常に一言でロウハの言を切り捨てる。

 君は確かにやればできる人間だろうが、だからといって、日々積み重ねる努力を鍛錬を、軽く見ても構わない理由にはならないはずだ、と。

 少しでも口答えしようものなら、さらに面倒しかやってはこない正論をもって。


「でもやっぱりさぁ、どうしたってどう考えたって誰から見たってなんちゅーか色々おかしいっていうかなんかこう不釣り合いっていうか分不相応っていうか、いや別に俺が誰かに言われてるわけでもないんだけどさ、でも思わずにはどーうもいられねぇよなぁ」

「それだけ無駄口が叩けるなら、まだ、君は大丈夫だな」


 思わずぼそりと呟いたロウハの言葉に、傍らでまっすぐに鍛錬用の、刃を潰した剣を構えるジュペスはやや呆れたように笑った。

 そして改めて目線を戻す、彼らの前にはゆるりと同じく鍛練用の剣を構えた男の姿があった。浅黒い肌に砂色の髪と緑色の目で、いかにも真面目で硬質な雰囲気を表情にも全身にもみなぎらせている彼は、騎士見習いだった時分のジュペスが指導を受けていた青年だ。

 いや、しかしなぜ若い騎士達用の鍛錬場に、己の実力のみで位階を勝ち取った騎士様が当然のようにいるのだろう。

 そしてそんな騎士様と、どうして俺たちはここまで朝っぱらから思いっきり真剣な打ち合いを演じることになってるんだろうか、まったく。


「どうした。仕掛けてこないのか」


 男、クレイトーン・オルヴァが口を開いた。すうと細められた目の光は鋭く、色々と面倒な背景と噂がついてさえいなければ、そして何より少しでも彼に魔術が使えたのなら、下手な他の位階もちよりよっぽど女性に大人気だったろうにとぼんやり考えてしまう男前っぷりだ。

 勿論そんなくだらないことを考えているのはロウハだけで、ジュペスは改めて剣を構え直しながらロウハの方を向く。彼の眼は真剣そのもので、下手に茶化そうものならけがをするのはロウハなので、きちんと彼の話を聞くことにした。

 なにしろクレイトーン・オルヴァは、第六位階という騎士としての地位が、明らかに役不足な男である。

 それこそ彼が第七騎士団や第十騎士団、団長が厳しくも貴賤の別なくすべての団員に平等に接する騎士団に所属できていたなら、今頃確実にふたつは上の位階をその手にしていただろうレベルで、だ。


「僕がまず風刃を全方向から全部で十五発仕掛けるから、ロウハはそれをうまく潜り抜けて彼の刃を引き付けて。二、三回受け流すか避けるかしたところで、彼の周囲に砂嵐を」

「んでその間に、死角からジュったんが行って一撃入れる、か。そうそうウマくいくかねぇ、最近のクレイトーン様前に増してバケモンになってきてんじゃねぇかってあっちこちで聞いてんぞー俺」

「そもそもそんな噂のもとは全部君だろう。仕方ないじゃないか、僕らじゃまだ、あの人に剣の腕だけじゃ勝てない」

「まぁねぇ、そりゃねぇ当然ねぇ」


 作戦を立てるロウハたちを、クレイは律儀に静かに待ってくれている。

 クレイトーン・オルヴァ、同じ第八騎士団に「まだ」所属している有名人だ。彼に関する浅く薄い知識なら、おそらく第八騎士団配属時からずっと彼を指導役としていたジュペスよりロウハの方が色々と持っている。

 たとえば彼が、無魔であるにもかかわらず剣の腕を評価され、特別に、オルヴァに仕える家柄ルルド家よりオルヴァ本家に養子として迎えられたこと。下賜名をいただく五貴族のうちの一、血統を特に重んじていたはずのオルヴァ家の唐突とも言えてしまうその異例は、おそらく剣の腕より何より、本家の子どもらの無能さと、彼の「真実」の出自に起因しているのではないかということ。

 そしてルルド家の嫡出子は彼の妹、ピアレティス・ルルドのみであること。

 クレイ出生と前後して、ひとりの褐色の肌をした、他国より訪れた優れた女術師がひとり急死したこと。その女術師は現オルヴァ家当主に気に入られて、己の国を出てこのエクストリー王国にやってきた女であったこと。

 クレイがルルド家に養子として迎えられたのが、生まれてすぐであったということ。

 彼の瞳の色の緑と、現オルヴァ家当主の瞳は目許も含めて、非常によく似ているらしいと、いうこと。


「んじゃまあ、頑張って負けに行きますか!」

「どうして君はいつだって、そういう類の言葉しか口にしないんだ」


 しかしそんなことはすべて、この同室者にしてロウハの親友、ジュペスにとってはどうでもいいことだ。ついでについこの間ロウハの上司とめでたく相成った、非常に珍しい黒髪黒目と、それ以上に異様すぎる経歴と思考回路をもつ無茶苦茶な存在にとっても、確実に与太話のネタくらいにしかならない。

 ロウハがただの騎士見習い風情では到底知り得ないような深く闇に埋もれた情報すら手にしていることも、彼が欲しさえすればそれなりに大きな隠蔽情報も掘り出せるということも。

 実物に目にしてみて気に入ったらカーゼットの情報網となれと、王から直々の指令を彼のお家が受けていたらしいこともまあ、結果的に今はどうでもいいことだ。ケガはしたくない。


「――――【透の刃よ、空を裂け】」


 開始の合図は紡がれる、ジュペスの詠唱の文言だ。まだロウハたち三人以外には誰もいない、たぶん朝飯前は誰も来ないだろう第八騎士団所属騎士見習いのための鍛錬場に、よく通る彼の声が凛と響く。

 魔力が編まれ顕現するのは、いくつもの不可視の風の刃。しかもジュペスはまだロウハと同じく十五であるにもかかわらず、すべての風刃を己の意のままに操り標的へと放つことができるのである。

 第一、第二、第三の刃が、まずはこちら二人を見据えるクレイへ迫る。

 動かずジュペスに刃を向けられてはたまらないので、一拍分のタメののち一気にその場からロウハは彼へと向かって駆け出した。





「……クレイおまえ、もうちょっと手加減してやれよ」

「無理だ。この二人の場合、それでは鍛錬にならん」


 そして予想通りコテンパンにされたロウハたちは、こちらは書類の多さと色々な取り決めごとの煩雑さゆえに彼らと同じく朝早くから王宮にいる上司のもとへ向かう。

 容赦なく打ち据えられた手首から先には、いまだに何となく感覚が戻り切らないロウハである。見るからに痛い色に変色しており受けたのは打撃のはずなのに浅く皮膚が切れている傷に、苦笑しながら黒の癒士(イシ)は治癒を施してくれた。

 ちなみにそれなりの情報通頭でっかちを自負するロウハだが、神霊術と創生術の双方を使用し人々を治療する人間を癒士と呼ぶらしいことはカーゼット入局が決定した後に知った。

 そして彼が本当にまったくの無魔であることも、彼の治癒を見るようになってから事実として、彼は知った。


「あ、ロウハ。今日もあれ頼むよ、多分俺昼まで持たないからさ」

「おぉそんなに気に入っていただけました? そりゃオススメした方としても嬉しいっすねぇ店のほうにもちゃんと伝えときますよ喜びますよー顔が浮かぶわー」

「そうかなぁ?」

「そーですって、言ったでしょ兄貴って下町の評判超絶に良いんですって大人気なんですって老若男女問わず!」

「いや、男に人気は嬉しくない」

「重要なのはそこではないと思うんですが、リョウさん」


 怪我の治療をしてもらいつつ、交わす言葉はおおよそ上司と部下のそれとは言い難い。しかしこれで良いのである、上司部下の礼儀作法は表立って何かをしなければならない場合の最低限でいい、と、リョウ・ミナセ本人が言ったのだから。

 ちなみに彼の言う「あれ」とは、現在城下でちょっとした流行になっている簡易食であったりする。所謂庶民の食べ物であるが、これがまた二度三度と食べているうちにくせになってしまうのだ。

 ロウハたちの治療を終え、大きく欠伸一つしながら机へ戻ろうとするリョウにクレイがそういえば、と声をあげた。


「リョウ、あの後、あの酒場には一度でも顔は出せたのか?」

「いや、手紙しか出せてない。行きたいのはやまやまなんだけどな……というか俺そもそもちゃんとあそこやめてこないといけないから、なんとか明日の午後に時間作ったよ」


 すごいだろうとでも言いたげな、少し自慢げな口調でのリョウの言葉。しかしその中には「護衛」としては、決して聞きのがしてはならないものが当然のように含まれていた。

 しかもそれが初耳だったのはロウハだけではないようで、クレイがわずかに固まりかけるもすぐさま言葉を返す。


「ちょっと待て。リョウ、その護衛は誰に頼んだ?」

「ん、え、護衛? ……あ」

「おまえ、危機感というものがどこまで欠如していれば気が済むんだ」

「ははは……」


 それこそちょっと休憩がてら行ってくる、くらいのかるーい気持ちでいたのだろう。呆れかえったクレイの言葉に苦笑するリョウの笑いが心なしかひきつっている。

 ロウハおすすめの庶民食を気に入ってしまうところといい対応がざっくばらんで大丈夫なところといい、それこそ「重要人物」である己に対する評価が色々と低すぎるところといい。

 確かに彼自身言う通り、非常に小市民的なリョウに笑ってしまいつつロウハはひょいと手を挙げた。


「俺が行きますよ、クレイトーン様。ジュったんが俺のぶんの団の書類片づけてくれるっていうんでちょーどいいや」

「なっ、……でも僕も明日は一日動けないし、クレイトーン様もでしたよね。若干不安はありますが、そうする以外はないかと」


 さらっと面倒な書類を押し付けると、一瞬ジュペスは面食らった顔をしたが、すぐに自分の予定とクレイの予定を思い返して頷いた。何となく剣呑な視線を向けられた気がしたが気にしないロウハである。

 実際明日は、二人は無駄に色々と多い仕事の引き継ぎが第八騎士団において、ある。基本的に色々と軽薄な騎士見習いということになっているロウハは、基本姿勢は放置な指導役を敢えて選んだこともあって、二人とは比べ物にならないほどに引き継がねばならないことが少ないのだ。

 そもそも無駄に、この二人が地位の割に有能なのが悪いのだとロウハは思う。才能自体はまったく悪いことではないが、クレイもジュペスも何につけてもとにかく真面目すぎるのがいけないのだ。

 他の団ならまだともあれ、老害が支配していた第八騎士団においては、そんなふたりの気質は残念ながら重石にしかなってはいなかった。まあ二人のおかげで分不相応の楽をしていた連中は、せいぜいこれからエネフレク・テレパスト新団長にこき使われ苛められまくればいいと思う。

 眉間に縦皺を刻んで少しの間沈黙していたクレイは、ややあって非常に不本意そうにため息を吐きつつ頷いた。仕方がないな、と。


「あー、なんか、……ロウハ、ごめん?」

「いやいや。ていうか疑問形で謝られてもいつも通り面白いだけっすよ兄貴」

「こら、さりげなく俺をバカにすんな」


 首をかしげつつ謝ってくるリョウが珍妙で思わず笑ってロウハが返すと、冗談交じりに軽く頭を叩かれた。

 馬鹿にするなんてとんでもない。色々考えずに大した時間もおかずに自身に関する物事を即決してしまったことも、どうにもそれを後悔する気にもならないのも、自分の特技と情報人としての誇りをもって、バリバリ仕事しまくってやろうとすんなり思えるのもロウハには初めてと言っていいほどの経験なのだから。

 まあ、これで彼らが仕えるのが、こんなパッと見はぼーっとした青年ではなく、黒目黒髪の神秘的な美少女だったりしたら本当に完璧だったろう。が、ないものねだりをしたところで仕方がないし、彼がこれから迎え撃っていかねばならない多くのものを考えれば、この中身の人間が女なんて色々と恐ろしすぎる。

 世の中はうまくもまずくも、本当に珍妙に絶妙に成り立ってるもんだよなあ、と。

 今のところはロウハも含め、異端ばかりが集っているこの場、カーゼットのことを思いつつ彼はまた笑った。



11月26日づけの活動報告にて、落書きが色々転がっております。

ボツになりそうなネタもいくつか入っておりますので、よろしければどうぞー。

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