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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
間奏B Vivace
116/189

 HALO



「へえぇっ。あなたがリョウさんですか。なんかなるほどっていうか、意外って言うか」


 ものすごく生き生きとした表情で楽しげに喋る少年の、椋を目にしての第一声はそれだった。

 物珍しげに部屋を見回す彼とは対照的に、そのすぐ横にいるもうひとりの少年はひどく委縮していた。




 彼らふたりが椋のもとへ、襲来したのは昼時だった。気が三度ほど遠くなりそうに分厚い資料に、何とか爪を立てようとする努力にも椋が疲れ始めていた頃合いのことだった。 唐突に盛大に、ドアが開くバァンという音が室内に響く。

 半ば反射的に書類から顔を上げた椋と、まさにその瞬間で視線が合ったのは椋の知らない少年だった。


「……いら、っしゃい?」

「いえいえ、いやぁどうもどうも」


 語尾が疑問形になってしまったのも、仕方のないことだと思う。

 思わず首をかしげた椋の、目線の先には今、ひとりの少年がいた。ひょろりと背が高く、顔にはどこか軽薄な笑みが浮かんでいる。

 年は大体、15から17くらいといったところだろうか。彼の体つきや顔つき、そして何より、無理やりこの場に連行されたらしいもう一人の少年、ジュペスの様子を見ながら、椋は考える。

 しかし俺の、何がなるほどで何が意外なんだろうか。

 少年が椋の顔を見るや、最初に発した冒頭の言葉を思い返しつつ椋は顎に手を当てた。


「えー、と、だ」

「……っ」


 彼からは少し視線をずらせば、今度の椋は闖入少年のすぐ後ろ、たいそう申し訳なさそうな雰囲気を満載した青空色の目とばっちり目が合った。

 今まで椋が見た中で、確実に一番ジュペスは情けない表情をしていた。闖入少年に掴まれた左腕を離されそうな気配は残念ながらまったくなく、もうしばらく彼の情けない顔は強制継続のようだ。

 しかし、とりあえず俺は今、誰から何から、どう反応してやるべきなのだろうか。

 考えていると、椋の沈黙をどう取ったのか、不意に深々とジュペスは椋へ向かって頭を下げた。


「すみませんリョウさん、突然こんな時間にお訪ねして」

「え。あ、あぁ、いや、別にいいよ。いいかげんこれ読むのも嫌になってたところだったんだ」


 少し面食らいつつも、片手に持っていた資料をひらひらさせて笑ってみせる。そんな椋の様子に、更に恐縮するようにジュペスは肩をすくめて小さくなっていた。

 一方の闖入少年は、ジュペスとは対照的に妙にうずうず、そわそわしている。椋に向いている視線の色も、最初の好奇のそれから全く変わっていない。

 このままジュペスにひたすら謝らせるのも微妙なので、とりあえず椋はふたりに話を振ってみることにした。


「で、どうしたというか、なんと言うか」

「お、そろそろ俺も喋ってもよさげな空気ですか?」


 振ろうとしたら、最後まで台詞を言う前に即座に少年からの切り返しがやってきた。くるくると表情や、糸目と形容してもよさそうに細い目の色やらかたちやらが変わる少年である。

 それに何より、声が強く印象に残る少年だった。高くも低くもない、硬すぎず軟すぎない声質で、言葉はするりと耳に入ってくるにもかかわらず、滑舌が良いからなのか何なのか、ひとつひとつ妙にきちんとこちらに届いて意識の端に引っかかる。

 何にせよまずは、椋にとっては不可解な相手である。

 名乗ってくれない彼を椋が観察していると、ある意味予想通りとも言うべきか、少年は言葉の口火を切った。全開の笑顔つきで。


「どうもいきなりすみません、でもねえ俺、どうしても気になったことに関しては自分の目と耳でしっかりがっつり確かめなきゃいられない性質でして」

「う、うん?」

「いやね、なにしろリョウさんは、誰にも人当たりはいいふりして、根本的に自分が認めた人間以外にはまったくもって興味がないこのジュったんが超がっっつり傾倒するお人なわけじゃないですか。勿論こいつの人を見る眼が本物だってことはオルヴァ第六位階騎士の件でも既に色々と確実ってか風変わりってーかなことなんですけどね、つーかあの方が疎まれる理由ってもうホントただの嫉妬とすげー馬鹿馬鹿しいガキみたいな差別だけなんすけど。いやねぇでもやっぱり非常にねー、同室者であり何ともいろいろ侘しい寂しいこいつの話し相手、唯一無二の大親友である俺としては、そんなあなたのことが、どうにもこうにも気になって仕方なくなってしまったという訳なんですよ」

「……ほぉ」


 怒涛の大量の言葉の波を、それぞれの言葉の粒はきちんと揃えて一気にぶつけられて、当然の結果として椋は思いっきり引き気味に返すこととなった。それは本当にまさに矢継早、饒舌という言葉が薄っぺらく思えるほどの、言葉の海嘯だった。

 一息にここまで喋っておいて、彼は息を乱すどころか楽しげな表情を微塵も変えてすらいない。誰がジュったんだ、唯一無二の大親友なんだ、と、どこかぶすっとした声でツッコミを入れたジュペスの反応含め、何ともおかしい光景だった。

 マシンガントークという言葉は、まさにこの少年のしゃべりを形容してのものだろう。しかもジュペスに対してジュったんって。

 こみあげてくる笑いの衝動に抗うことなく、軽く相好を崩して椋は言葉を投げた。敢えてジュペスに。


「ずいぶん面白い友達連れて来たんだな、ジュペス?」

「すみません、彼がどうしてもと勝手に、……ロウハ、本当にリョウさんにご迷惑をおかけするだけなら今すぐ帰ってくれ、ここから出て行ってくれ。そこの書類だけでも分かるだろう、リョウさんに、きみひとりに割けるような時間は欠片たりとも存在しないんだ」


 苦虫を数匹は噛み潰していそうな表情と声で、腕をつかまれたままのジュペスは苦言を呈する。

 しかしロウハ、と呼ばれた闖入少年は、どこまでも笑顔のまま、悪びれない。からりとまた彼は口を開いた。


「なぁに言ってんだよ、たった今来たばっかだろうが俺ら? ……って、あ、すいませんリョウさん俺、いや自分、いきなり押し掛けちゃって勝手にしゃべって挨拶も自己紹介もしないまんまで。お、自分、ロウハ・カイゼイって言います。どっちも変な名前だから覚えやすいのが自慢っす。どーぞ気軽にロウハって呼び捨ててやってください。ジュった……ジュペスとは同期で同室で大親友で、んでもって来春には準騎士になる予定っす」

「ロウハ、か。ロウハ、ロウハね、……あー、確かに覚えやすいかも」

「でっしょ? おぉおリョウさんは話が分かるなあっ!」


 嬉しそうなロウハを眺めつつ、名前を繰り返しているうちに、確実にこいつはロウハというより波浪(ハロウ)だ、などと思ってしまった椋であった。

 引いては寄せる波のように、怒涛のように連続して、一気にこのロウハという少年はこちらに言葉をぶつけてくるのである。というか口を開けば出てくる一言一言に、明らかに尋常ならぬ、有無を言わせぬ、というよりこちらに言葉を挟ませない何かがある気がする。

 一体彼のこのハイテンション長広舌は、どこから生まれてくるものなのだろうか。

 でもなんか友達にこんなのいたな……思いつつ、ロウハに椋は問いかけてみることにした。


「んじゃ、それで? 実際に見てみた俺の感想は?」

「り、リョウさんっ」


 一刻も早くこの場から立ち去りたい、何とかこのロウハの被害を最小限にとどめたい、と、現在のジュペスの顔にはくっきりはっきり書いてある。

 しかし基本的に一本気で真面目なジュペスとは、こんな長広舌で押しの強い奴というのは案外いいコンビなのかもしれない。思ったとき、ふと椋はついこの間、ジュペスがぽろっと口にした話を思い出した。

 確かあれは、ピアとリベルトも交えて、下っ端には専用の寄宿舎があって、そこで同室の相手について話していたときのこと。

 ああ、そうか。何となく納得してしまいつつ、ジュペスに椋は軽く笑って見せた。


「いや、久々にこんな奴見たから、なんか面白くて。というか、このあいだジュペスが言ってた変わってるけど悪い奴じゃない同期ってもしかしなくてもこいつのこと、だよな?」

「え、……あっ」

「ん? え? ……えっ??」


 途端にしまった、というような顔になるジュペス、一方のロウハはにわかには理解できない言葉を飲み込もうとするように首をひねる。

 そして。


「あ、あ、……あ、えちょちょちょ待って下さいよリョウさん今すげー大事なこと言ってくれましたよねあんた! ジュったんが俺のこと悪い奴じゃないとかっ、うっわー、やべぇやべぇ明日俺に槍が降るかもわぁどうしよー!」

「……おぉう」


 きゃーきゃーと唐突にロウハは騒ぎ出した。今までにさらに輪をかけてうるさくなった。

 もはやかける声もないのか、そんな彼の様子にジュペスは頭を抱えて絶句してしまった。コントのようなやり取りに、またしても椋は笑わずにはいられない。


「ジュペスが普段どんな生活してるのか、なんか大体想像がつくな」

「……すみません。申し訳ありません、ほんとうに」

「謝らなくていいって、面白いし。さっきも言ったけど、ホントこれにうんざりさせられてたトコだったんだ」


 また書類を一枚取ってひらひらさせて見せれば、ひどく困ったような顔でジュペスが苦笑する。

 確かにこんな昼下がりの突然の乱入は予想外だが、今目の前で展開されているような予想外なら悪くない。文字と数字の羅列より、この二人と向き合っている方が当然ながら椋には楽しかった。

 ピアとリベルトが戻ってきたら、何だかんだで怒られそうだけど。 そんなことは思えど、幸か不幸か、現在この部屋には椋ひとりしか存在していないのであった。ふたりは現在お昼に行っており、ついでに椋の昼飯も買って来てもらう予定である。


「あっれぇなんすかなんすか、俺をダシにして再度ジュったんを自分にぞっこんに作戦っすか? うっわーすげーいい人そうな顔してなっかなか計算高いんすね実はリョウさんって!」

「おいおい、何だそれ。というかそもそも、男が男にぞっこんも何もないだろ」


 そしてどうでもいい会話に、なぜか妙な角度から乱入してくる闖入少年。 良くも悪くもやかましいと、常に言われているのであろうことが容易に想像できるロウハの様子である。同時にさらに深々とため息をついて頭を抱えてしまうジュペスに、まあそうだろうなあと内心少し椋も同情した。

 というか計算高いって。そんな計算ができるなら、間違いなく俺は今こんなとこにはいないぞ。

 不器用というより器用貧乏、他人の思考の裏は読めない。

 ついでに思考は遠くまで回せない、善意には善意で返せるようでありたいと思う。

 少しは狡猾さってもんも手に入れておかないと、誰かに本気でそのうち食われるぞおまえ。

 などとアノイが笑っていたのは昨日のことか、それとも一昨日、三日四日前のことだったか。もう忘れた。


「いっやいやいやいや、今のジュったんの状態をあんたにぞっこんと言わんで何と言いますかリョウさん。だってこいつ、全団統一の昇格試験ケってあんたについてくってんですよそれ言うならオルヴァ第六位階騎士もっすけどね? テレパスト副長、じゃねーや団長は好きなようにさせてやれってしか言わねーしでもすっごいあからさまにイヤっそーな顔してるし、いやぁどう考えてもなぁあんにも普通じゃねーっしょどっこも」

「えっ」

「えっ?」


 ロウハをよそにつらつらと考えていた椋に、彼はまた波状攻撃で唐突かつ強烈な横やりを入れてきた。

 というか、いや、ちょっと待て。椋の思考は半分凍った。だって今こいつ何て言った? ジュペスが昇格試験を蹴って俺についていく? しかもクレイも同じだって?

 思わず椋の発した驚愕の声に、あれ? とばかりにロウハは首をかしげた。

 視線をロウハからジュペスへと流せば、気まずそうに、どこか不機嫌そうにもみえる表情で目をそらされた。そんな彼の無言の挙措こそ、ロウハの言葉の正しさを示す何よりの証拠である。

 最初の方の言葉はまあ、半分以上はただのロウハの遊びの言葉のあやでしかないから良い。

 しかし問題は後半だ。思わず椋は苦笑しため息を吐いた。


「……えーと、だな。今の後半のほうが俺、ぜんっぶ初耳なんだよな」

「え? あっれそうなんすか?」

「ロウハ……」


 椋の言葉に、いかにも予想外と言うような表情できょとんと眼を見開くロウハと、もはや地を這うようなうんざりした調子の低い声で彼を呼ぶジュペス。

 彼らの様子を見れば分かる。その昇格試験なるものは、騎士にとって蹴るなどという選択枝が普通ありえないような重大事なのだということ、そして、ジュペスもクレイも二人とも、その事実を椋に告げるつもりがなかったのだということが。

 何ともやってほしくない類の、気の遣い方をしてくれてしまうものである。二人らしいといえばどこまでもらしい行動に、もはや椋は苦笑するしかなかった。

 こちらもまた想定外だったらしい椋の反応をどう思ったのか、あー、と、軽く頬をかきつつまた、ロウハが声を上げる。


「でもまー、あーね、ちょっと考えてみりゃあれですかね。オルヴァ第六位階騎士はそんなとこ出たってクッソバカバカしー不条理な海千山千に強制遭遇させられてイチャモン山積みされた挙句の不当かつ阿呆な低評価を食らうだけでしょうし、ジュったんにいたっちゃこの前の、復帰直後のあの一件で正騎士に昇格しちまってますからねぇ。……あーなぁんだなんだ、結局全部紐解いてみりゃそんなもんなのかよはっはー、つっまんねーっ」


 つまらないと言いながら、からからと軽快にロウハは笑う。

 ほどほどに朗らかに響く声の調子といい一切後ろめたさなどなさそうな表情といい、誰であろうとどうにも憎みきれないタイプの奴なんじゃないだろうかと何となく椋は思った。鬱陶しいとは相当の人間に思われていそうな気もするけれども。

 やれやれ、などとも思いつつ、何だかんだで割合愉快に、椋は状況を眺めていた、の、だが。


「ロウハ」


 どうやらこの場にいるもう一人、ジュペスに関してはそうはいかなかったらしい。

 再度彼の名を呼んだジュペスの声は、椋が今まで耳にしたジュペスの声の中でおそらく一番に冷ややかだった。


「ジュったん?」

「ロウハ。頼むからおもしろいとか、つまらないとか、ただそれだけの自己裁量でこれ以上、リョウさんに余計な手間を取らせないでくれ。僕はこの人に、本当に、何をどうしたとしても返しきれないほどの恩がある。君の浅薄な好奇心がもしこの人をわずかでも侮辱するというなら、僕はたとえきみであろうと、一切、容赦するつもりはない」

「……ジュったん」

「あ、……あー、えぇと、ちょっと待って、ジュペス」


 いつもなら夏の青空を思わせるジュペスの目は、今は、冬晴れの日の肌を刺すような冷たさをその色彩に宿していた。

 ジュペスがそこまでの反応を返すとは予想外だったらしい、ロウハがまた驚いたように目を見開く。さすがにただ状況を見てもいられず、椋は二人へと口を挟んだ。

 どことなく不快げな表情で眉を寄せたまま、椋のほうへ視線を向けてくるジュペスへ椋は再度苦笑した。


「もう俺何度も言ってるだろ、ちゃんと聞き入れてくれって。俺は何もかも全部、俺がやりたいように勝手に無茶をやっただけだ。そんなにすごい気負われても、俺が困るだけだよ」

「ですが、いただいた恩をただ受けるだけなど、僕には、」

「じゃあ、一刻も早く本当に一人前の騎士になって見せてくれ。んで、俺になんかあったらそれこそ、先頭に立って先陣切って、色々してもらうから。よろしく」

「そんな……」


 真摯な少年に、今度は普通に笑って冗談めいた言葉で椋は応じた。

 困ったようにへにょりと、ジュペスの眉が下げられる。ひどく困惑した表情は年相応に幼くも見え、何となく少年らしい青い可愛げがあって、またそれで椋は笑ってしまった。

 勿論本気で、ジュペスが困っているのだろうことは椋とて承知しているのだ。

 しかし別に何か、恩だの仇だの、そんな面倒なモノを押し付けるために椋は行動を起こしたわけではない。無茶と勝手をありがたく思ってくれているのは嬉しいが、あまり気にされすぎても困るだけというのも、また紛うことなき椋の本音なのである。

 わずかな沈黙の後、はぁっと、妙に長く息を吐いたのはなぜかロウハだった。


「……なんかねぇ、リョウさんが下町の男女問わず人気赤丸急上昇中ってのの意味、たった今よおおおおく分かったような気がしますわ、俺」

「は? 何だそれ」


 思わず椋は目を丸くした。唐突すぎる上に色々と意味が分からない。そもそも最近はカーゼット関連の仕事が山積みされすぎているせいで、クラリオンに行ける時間すら取れていないというのに。

 聞き返さずにはいられない椋に、平然とつらっとロウハは言葉を続けてきた。


「自分で言うのもなんですけど、俺って親とか親戚とか、あと俺自身の人徳とかまぁ色々ありまして、結構あっちこっちにそれなりに顔が利くんすよね。知り合いとか割といろんなとこにごちゃごちゃ多くて、そこで聞いた話っす。だからリョウさん、あんたのことは前々から、ほうぼうからそれなりに色々話の種には聞いてたんすよ。んで、今回のジュペスの言葉が決め手っす」

「いや、違う違う、そこじゃなくて」

「あ、まっさか嘘だとか冗談だ何だとか思われてんじゃないでしょーね? とんっでもない、俺はもう見ての聞いての通りの大の話し好き噂好きの喋る広告虚言妄言真言塔ですけど、話してくれた本人が喋るなっつったことは絶対誰にも喋りませんし、ウソなんて言ったことはまぁ生まれてこの方三ケタは下らないっすよ」

「いや、それはただの嘘つきだ」

「あらっ流してくれなかった! まぁそんなこんなってな感じなんすけどねリョウさん、どうっすか? アンブルトリア一の美声で縦横無尽に喋りまくる若き広告塔および電波塔、ロウハ・カイゼイ。お雇いの際には今ならなんと、リョウさんに関するさらに詳しいいろんなステキな噂を山盛りでおつけします」

「ロウハ!?」

「自分で言うのもアレっすけどね、結構それなりなお買い得は自負してるつもりっすよ? 特にリョウさんが今きっとまだまだ相当にお困りの分野、情報っていうモンに関しては、ホント特に」


 さらに流暢にまさに立て板に水がごとく、さらりと自分を売り込もうとする彼にジュペスが驚愕の声を上げる。

 衝撃と驚愕に関しては即座にジュペスが代弁してくれてしまったので、椋はただ一度二度と、何となく瞬きをしつつ改めて目の前の背の高い少年を見た。糸目は細められ感情は見づらく、声のトーンにも聞こえやすさと引っかかりやすさにも変化はさして見られない。かといって今ここで、何か嘘を語られているようにも思えない。

 ロウハがどこまで本気なのか、まったく現在の椋には分からなかった。しかし情報を得るための伝手も方法も、何もかも現在の椋=カーゼットには不足しているというのもまた事実だった。

 ついでに言えば現在の椋は、ヴァルマス・ノイネ・カーゼット【朝闇の劔】の特権として、第四位階以下の騎士・魔術師であればどこからでも引き抜くことが可能だったりした。彼まで第八騎士団から引き抜くとなると今度こそエネフに半殺しにされそうな気もするが、まあ、それはそれである。

 とりあえずはもう少し話をしてもらおう。考えつつ、椋はロウハに笑った。


「簡単に嘘がつけるって言われちゃ、さすがに一朝一夕で信用ってわけにはいかないよな」

「いやいやいやいや何を仰る、その前に言ったじゃないっすか俺。秘密は守ります。これはホントです。情報ってのは適切な時間に適切な人材に、まぁ適切な手段を用いる必要はないっすけど届けるモンだってのが俺の信条ですからね」


 椋の言葉に大袈裟に応じつつ、根本から動揺しているような様子は彼のどこにも見られない。同時にやはり何か、この場だけ誤魔化すために嘘を言っているようにも、どうにも見えない。

 そもそも「ただ椋という存在に興味を持っただけ」の人間なら、ジュペスはそれこそ最後には実力行使に訴えてでも、この場所には連れて来ないはずだ。

 カーゼットは、まだ大々的に世間には発表されていない内部組織である。よって、ある程度以上、信頼に足る人間でなければ実はこの部屋のドアはくぐれないようになっているのだ。

 ……という話をこの間、椋はカリアから聞いていた。その判断はあくまでもアノイが基準らしいということも含めて。

 正直非常にその基準は怪しいと思い、カリアにもそう伝えたら難しい顔で黙り込まれてしまったのも印象深いことである。そして後には何も言葉はなかった。誠に遺憾である。

 だからこそ椋はジュペスへと話を振った。問うてみる。


「そうなの?」

「いえ、彼がその部分を違えたことはないというのは事実ですし、確かに情報源としてはそれなり以上のものを持っているとは思い、ますが」

「じゃあ、今のところは俺……いや、カーゼットにはロウハ・カイゼイの入局を断る理由はないな」

「おぉっ!? マァジっすか!」

「り、リョウさん!? いいんですか本当に、それで!」

「別に悪くはないと思うぞ? ここの空気も明るくなりそうだし、警護(そっち)のほうにももう少し人員補填しとけってアノイに言われたばっかだし」

「……ま、まったく、あなたって人は……」


 もはや笑うしかない境地に達したらしい。肩を落として苦笑するジュペスの背を、ぽんっと軽くロウハが叩いた。

 すべての元凶がロウハであることを考えると、何とも奇妙な光景である。何より一番おかしいのは、元凶(ロウハ)がまったくもってそんな珍妙さを、気にしようとする気配のかけらすらないことなのかもしれない。

 そして不意に、ロウハはぺこりとどこか、道化師めいた軽快な動きで椋へと頭を下げた。

 相変わらずに笑顔の彼は、顔を上げてまた椋へと口を開く。


「ありがとうございます。謹んで喜び勇んでお話、受けさせていただきますよ全力で、ええ、もちろん」

「おー。あぁ、でもさっき、進級試験があるとかなんとか言ってなかったか? ここに来るとなると自動的に、ロウハもそれには出られないことになるぞ。多分」

「ん? あぁ、そっすね、そういやそうでしたわ。いやぁあもうね、さすがに一発で成功するとは思ってなかったってか、そもそも俺自身まさかここまであんたを面白いと思うとは思わなかったんすよね」

「うん、それで?」

「こんっな千載一遇の滅多にないとんでもねぇ機会逃すのに比べたら、昇格試験のひとつやふたつブチ破ったって誰も怒られないっすよ。うん、気にしない気にしない。いっやぁ、人生ってどこにどこで何が起こるか本当に分かんないもんすね」

「それは常々、俺も思うよ」

「あ、あとリョウさん、面白いついでにもういっこお願いしたいことがあるんすけど」

「うん?」

「兄貴って、呼ばせてもらっていいっすかねぇ?」

「……別にいいけど」


 割合最近、全く同じようなことを言われた覚えのある椋であった。

 こうして手に入ってしまった彼の珍妙緻密な情報屋っぷりは、この時の椋は幸か不幸か、まだ、知ることはないままである――



テレビの天気予報を聞きつつ、「何で挨拶するんだろう」と思ったことがあるのはきっと私だけじゃないと信じたい。

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