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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
間奏B Vivace
111/189

 つなぎ結びの細糸は 2


 ひどく痛快な光景が、目の前で繰り広げられ始めてそろそろ一ネーレ(一時間)ほどになるか。

 一度は外したネジをもう一度穴へとねじ込みながら、ほとんど微動だにしない目前の光景をヘイは改めて見やった。見やったついでにちらりと自身の右へと視線を流せば、図ったかのような頃合いでリーと真っ向から視線が合った。

 これを言いだした最初こそ面白かったが、さすがに何も変わらぬ光景がこうも長く続けばこちらも飽きる。

 グイと乱暴に顎で目の前のソレを指すと、半仮面と手枷の女はふっと、薄く楽しげにヘイへと笑んで見せた。


「……オイ」


 だからこそヘイは沈黙を止めた。手にしていた作りかけ、誰のためにもならない手慰みを放り出し、目の前のソレに声をかける。

 背中を見ているだけでも相当に生地は上等であろうと分かる、黒い執事服のどこに何の汚れがついたのかなどこちらには知る必要もない。見事なまでに同じ姿勢で、微動だにしないのにはもう笑うよりほかなかった。

 こちらの命令に馬鹿丁寧に愚直にそのまんま応じ、この一ネーレずっと本当に玄関先での土下座を崩さなかった男。

 どうせ顔色ひとつ、少なくとも表面的には今でも変えてはいないのだろう相手、先だっては顎で使われた男へとさらに、ヘイは言葉を続けた。


「随分手軽にブザマになり続けてくれてンじゃねェか、テメエは。……はッ、こっちにとっちゃつまんねェったらねェな」

「……」


 男――ニースは変わらず応じない。姿勢を変えるそぶりもない。

 その平坦さに何となくいらつきに近いものを覚え、頭を蹴飛ばしてやろうかとも思ったが確実に自分が痛いだけだろうことは分かり切っていたので考えるだけに止めた。そもそもあのかっちりまとめた頭をいくら踏みつけ蹴飛ばしてやったところで、この一ネーレと同じような結果しか相手には与えられない。 同じことを二度も三度も、繰り返すような趣味はない。

 完全なる傍観姿勢を取っているリーを横目に、腕組みをしてさらに黒い背へとヘイは続けた。


「それもこれも、お嬢様の為、ってンだろ? あーァー、美しき麗しき主従愛ってヤツか?」


 動かないからこそ、反駁などできないと分かり切っているからこそ。

 恐ろしく下らない、そして、こんな場でなければ決して口にはしないような言葉を次から次へとヘイは場に吐いて捨てる。


「ンなもん今時、ヘドも何ンにも出やしねェ腐りきったオトギバナシだろーが」


 約一ネーレ前、唐突にこの家を訊ねてきた男は言った。黒に謝罪の言葉を向ける順番が間違っていると言われた、と。

 後から聞いてみれば相当に古臭い不良品だったという偽眼(・・)は、ぶっ壊してやった後の代替品が今でも見つからないようできっちりと気持ち悪いくらいに折り目正しく包帯が目の周囲を覆い隠すように巻かれていた。自分が顎で使った相手とオソロイか、と思わず笑ったヘイに、私はどうすれば、あなた方に許しを乞うことができますかと男は一見柔和な、裏まで透かして見ればどこまでも胡散臭く嘘偽りに塗れた笑顔で男は返してきた。

 (リョウ)の名がこの陰険メガネ執事の口から出されたこと、そしてこの男が自らひとりでこの家へと足を運びこんな言葉を投げかけてきたことからしても。

 男の行動は遍くその主、未だにリョウとまともな関係を築き直せていない、あの焔の貴族のお嬢サマにあるのだろうことは容易くヘイたちにも知れた。


 ンなもん自分で考えろ、つーか何されようとウゼエわ腹立つわ死にかけるわのあのろくでもねェ状況に何ンも変わりなんぞねェ。

 今更何をどう謝られその「気持ち」を何で見せられたところでそれは相手側の自己満足でしかなく、しかもその自己満足は、決して何であろうと、ヘイやリーという個人の内面を良い方向に打ち響かせるようなものではありえない。


 瞬時にそう、ヘイは思った。よっぽど実際に言ってやろうかとも思った。――おそらくリーの胸中に、去来した感覚も大体は似たようなものであったことだろう。

 しかし同言葉を尽くしてこちらがゴネたところで、このウザ執事が何をすることもなくこの場から帰るとも同時にヘイにはまったくもって思えなかった。めんどくせェとつい吐き捨てれば、そこでふっとリーが笑った。

 そして彼女は、言ったのだ。さらりとひどく当然のように、何でもないことを口にするかのように。

 そうまで言うならまずは、私たちに向かって土下座でもしてみたらどうだ、と。


「ほぼ不動で一ネーレ、その姿勢が固持できるとはね。素直に称賛するよ。ひどく不気味だ」


 相手に土下座して許しを乞う、何とも分かりやすい立場感情の表現方法だろう?

 薄く半分だけ笑ってそう言った女が、不意にそこでまた男へと向かって口を開いた。称賛すると言いながら、まったくもって相手に敬意など見せずにただ酷薄なのが非常にリーらしいとヘイは思う。

 というより、リョウと相対しているときのリーの態度こそがヘイからしてみれば異常なのだ。まあこの世界の常識など基本的に分かれない男を相手にしては、程度の差はあれ誰であろうと同じようなことにはなってしまうのだろうが。

 もう一度改めてリーの方を見やれば、目線で小さくヘイへ向かってリーは頷いて見せた。続ける。


「だが、だからこそ問う気にもなる。……何が理由だ? 求めているものは、その先に見据えているものは何だ?」


 この状況での、こちらからの問いかけだ。

 答えない選択肢など、男には与えない。確かにそれは、ヘイとて気にはなったことなのだから尚更だ。

 男は顔を上げなかった。小さく息を吸う音が聞こえた。

 オキレイゴトを吐き散らす声が響くより刹那だけ前に、ヘイは予めの先手を打っておくことにする。


「先祖代々の何がどうで、前やら今の当主が何ンだと、バカの一つ覚えみてェなクソを聞いてやる気はねェ。仮にもテメエは俺らを殺しかけやがったンだ、テメエの腹の底くらい抉らせろ」

「……随分と手厳しいですね。彼とは大違いだ」


 そこで初めて、まともに男はこちらと会話をするという意味で言葉を発した。

 それはもういい、顔を上げろ。言えば男は顔だけをこちらに向ける。姿勢それ自体を変えようとしなかったことに関しては、もういちいち指摘するのも面倒なので放置しておくことにした。

 (リョウ)とは大違い? 当然である。この世界に在るのがあんな甘ちゃんだらけであれば、もう少しばかりはこの世界は平和で平穏で阿呆臭い発見に日々満ち溢れたすばらしいものになっていることだろう。

 ただ答えだけを待って二人して目線で先を促せば、ひとつ男は苦笑するように息を吐いた。


「しかしそうと言われましても、私にはあのお方のため、そのひとつしか理由などありはしません」

「だからそれは却下だつってンだろ。そもそもなんであのお嬢サマに拘る? 確かに力は強ェんだろうし、色んなモンの制御もあの年代のガキにしちゃ異次元に図抜けてンだろうが。……あァ、何だ、弱味でも握られてやがンのか?」

「私個人に関してはいくら扱き下ろしてくださっても結構ですが、お嬢様への侮辱は聞き捨てなりませんね」

「侮辱ゥ? ただの事実だろうが。しかもどうやら、人付き合いってェ面でも相当な難があるじゃねェか」


 一瞬だけ鋭くなった瞳にも、ひどく適当にだけヘイは応じた。今ここでこの男が何をキレたところで、それなら俺たちは許さないと彼らが一言言ってしまえば全ては終いなのだ。

 リョウの言ったという「順番」が守れなければ、つまるところこの男の「リョウへの謝罪」は決して受け入れられない。それは即ち、黒と焔との経絡が結局は今のまま何も変わらないという事象に馬鹿馬鹿しいことに直結する。

 だからこその暴言を大安売りするヘイに、さらにひとつため息を重ねて、そして男は少しの沈黙ののち、笑った。


「……だからこそ、ですよ」

「なに?」


 返ってきたのは、やや予想外な言葉だった。思わず眉を上げたのはリーもまた同じことで、ふたりしてよく分からずに顔を見合わせる。

 相手側の反応など分かり切っていたのか、男の態度はどこまでも同じだった。


「あのお方は、ラピリシアの前当主カイフライザ様の血を受け継ぐ唯一のお方です。魔術師としての資質以外にも、何事に関しても打てば響く才覚をお持ちであり、さらにはあのお姿がある」


 貴族の昔の話など、リーはおろかヘイも大して知らない。興味がないとも言う。

 まあ確かに今のあのお嬢サマは、ほとんど誰もが口を揃える美少女ではある、だろう。とりあえず先を待ってみれば、静かに続きが紡がれる。


「故にあのお方には、今も内外問わずあちこちに敵が多い。今だ完璧とは言えぬあの方を、その歯牙にかけんとする輩の数など今更数えたこともありません」

「……ほゥ?」

「だからこそ私はあの方を、ただ外滑りに「見る」ことしかない有象無象すべてに知らしめてやりたいのですよ。あの方を見下す全ての馬鹿共に、ただ醜く足掻く愚者はどちらであるかを、目に見えて示してやりたいのです」


 ここまで来て初めて、男の言葉にただの我欲があからさまに滲んだ。

 その虚実を、敢えて問おうとは思わなかった。何を偽ったところで、リーが現在試行中だという嘘発見器が鋭敏な反応を見せてヘイたちが結果としての拒絶を返して終わりだからだ。

 ヘイたちはこのエクストリー王国では、非常に数少ない魔具師である。そして男はほぼ確実に、魔具師に何が可能で何が不可能であるかを明確には理解していない。

 だからこそ今更こんな場面で、歪な嘘など吐けばどうなるか。自らが許しを乞う場で、偽りを口にすれば何が起こるか。

 疑心と不信と無知というのは、うまく操りさえすれば非常に便利なものである。

 傍らのリーがひとつ頷いた。どうやらこの非常に個人的な欲まみれの言葉は、少なくともリーが感知する限りは偽りではないようだ。


「なるほど。つまりはただの自己満足、そしてある意味での自己発現の方法である、ということか。随分と酷い歪み方をしているものだな」

「そうですね。ええ、その通りです。すべての根本は所詮ただの情、衝動に起因するものでしかありません。あのお方は、私にそれを可能にして下さるだけのモノを実際にお持ちですから」


 リーに酷い歪み方と言われてしまうのも正直どうかと思うが、ひたすら事実でしかない上に当人があっさり肯定してしまっているので特に問題はないようだ。

 とりあえず鼻で笑ってやることにした。要するにさっきまでの一ネーレの土下座も、最終的な我欲の実現を思えば大して痛くもかゆくもない、という訳だ――どこまでも面倒で鬱陶しい野郎である。


「は、テメエのケンカの仲裁もできねェガキンチョが、ねェ。……つーかよォ、そンなら尚更、今の状況はテメエらにとっちゃァ好都合なんじゃァねーのかよ」


 片や由緒正しい血統がどうのこうの、そして一方はどこの、どころかどこの世界の何とも知れない異常分子。

 うまく紡げさえすれば年頃のオジョーサマが好きそうな小説にも仕上がるところだろうが、あいにく世の中、そう単純なものではない。あんな馬鹿で阿呆で根本的なところで通したい我が強すぎる男が、凝り固まった選別思想の内側にすんなり入り込めるとは誰も思っていないだろう。

 そもそも「血」を残し続けねばならないのだとすれば、感情論など一切排して「優れた血」をさっさと取ってしまうべきではないのか。まああの焔が、そんな論法がすんなり通るような相手であるとも思えないが。

 ヘイの問いに返った言葉は、やや予想外かつある意味想定通りにざっくりとしたものだった。


「今の彼であれば、特に問題もないでしょう」


 ただ、平然とした答え。

 それに先に反応したのはリーの方だった。


「今の彼であれば、ね。何とも嫌な言い様だ」

「ま、つッまんねェ戯言よりァよっぽどマシだ。あとは、……そうだな、とりあえず今持ってる金目のモン、全部ここに置いてけ」


 とりあえずのところの、この男の面倒なハラは知れた。ある意味では「命賭しても可愛い道具/玩具」であるところの主のためであれば、自ら進んで泥でも何でもかぶって見せる男。歪みの原因は何だか知らない上に興味も一切ない。

 要するに関わらないのが一番、ということだ。或いはこちらが絶対優位に立てる状況を確実に造った上での接触のみを試みるべき、と言い換えることも可能だろう。

 だからこそしれっと言い放ったヘイの言葉を何と取ったか、男は眼鏡の奥でやや怪訝そうな顔をした。


「全て、ですか?」

「服は勘弁してやるよ。ヤローの裸なんざこっちだって願い下げだ」

「それに勘違いしないでくれ。彼の言っているのは、これの代金の話だ」


 ヘイから言葉を引き継いだリーは、おもむろに袖から「それ」を取り出す。個人に合わせての調整などまだ行っているわけがない、そのまま装着すれば遅かれ早かれ、この男が以前眼窩に寄生させていた化石と同じ状況が起こることが確実なシロモノだ。

 ほぼ完全な球体のかたちをした小さなそれが何であるかを認識した瞬間、男の片眼はほぼ限界にまで見開かれた。

 まったく俺らも善人になったもんだねェ、とヘイは喉の奥で笑う。誰に頼まれてもいないのに可能性だけで魔具を創るなど、その後に強制的に詰ませる金銭はともかくとして普通ならあり得ないことだ。

 搾取が可能であるものからは、とにかくとことんまで搾り取る。ただでさえこれまで以上に、リョウに何を創らされるか分からない状況に周囲が色々と変貌してきているのだから至極真っ当な思考である。

 謝罪の姿勢を込めようとする意思があるなら、さらにさらに、なおさらのこと。

 ひどく人の悪い表情でニヤリと口の端をつり上げ、それこそリョウなどに見られれば顔をしかめられるだろう表情でリーが男に笑った。


「――それこそ自己満足を貫こうとするなら、幾度私たちに首を垂れ這いつくばってでも、欲しがるような代物だろう?」





「あぁ、それにな、ついでだ。オマエ、アイツが帰ってくるまでそこ、その姿勢で動くな」

「は?」

「それはいいな。リョウ君の反応がとても気になるね」

「……鬼畜ですね」

「はッ、どこのどいつが俺たちが聖人君子だなんぞバカ言いやがったよ?」





 考え続けていた、ことがあった。

 今でも答えなど出ない、大きな問いがあった。

 この世界を創る根本は、椋の幼馴染である礼人の考え出した物語にある。この世界、この国、今目前にする現状には、主人公がいて、ヒロインがいて、彼らを取り巻く多くの人やモノもおそらく、その大半が出揃いつつある。

 だが椋という絶対の異分子、本来なら決して存在するはずもないものがそこに「歪み」を生みだした。失われるはずだった命を救った。本来ならば、想定などされていなかったはずのものをすでにいくつも、椋はヘイに依頼して結果的に創らせた。

 そうした上での、「今」である。――描かれるはずの物語への、ある程度の強い介入を既に椋は決めてしまった。

 だから、同時に彼は決めた。

 もう「それ」についてはあまり多くを、考えないことを改めて、決めたのだ。


「……、」


 元の場所に戻りたいと、そう思う気持ちとはずいぶんに正反対なことをしている自覚は椋とてある。何もかも中途半端な自分が、できることなど結局は何もないのかもしれないとも思っている。

 結局椋が何をしたところで、世界は何も変わらないまま、椋などというものがいたことなどすぐに忘れてしまうかもしれない。

 無茶苦茶な挫折も誹謗中傷も、何より自身の知識のなさによる、未熟さによる失敗も、これから山のように何をどう行動に起こしたとしても、ついて回るのかもしれない。結局は誰にも何にも、絶対的には椋というものは必要とされない、のかもしれない。

 それでも構わないと、思ってしまった。目の前に患者がいて、自分にできることがあるなら、精一杯の虚勢も張って、手を伸ばさなければ公開するのは結局椋自身なのだ。

 それに元の場所へ戻る手段としても、案外悪くはないのかもしれない、とも後になってから椋は考えたりもした。大々的な場に出る機会が増えるということは、すなわちいろいろな場所からの情報が得やすくなるということにもできうる。

 そして要請に応じると同時に椋は、「物語」としてのこの世界の枠を、考えるのをやめよう、と思った。

 なぜなら椋を含めた誰もが、この世界では当然のように生きている。

 ならば途中に何があって、だれがどんな思いをしたとしても。最後にみんなが笑って終われるのなら、過程も結果も想定されていたはずのものとは違ってしまったといても、それはそれでいいのかもしれない、と思った。……相当に自分勝手に都合のよい解釈であることは、椋とて百も承知である。

 「だからこそ」今日、椋はエヤノを捕まえもしたのだ。

 これ以上何とも言えない関係をカリアと続けるのも嫌だと思った、だからある意味では仕方なく、動いてくれない相手へと椋からアクションを起こしたのだ。「ヒロイン」と異分子の交錯を、ここで終わらせることも可能だったにもかかわらず、である。

 すべてはただの身勝手な自己満足だと、そう言われてしまえば反論など椋には不可能だ。けれど結局不器用な椋には、これ以外の事などできはしない。

 人生開き直りが肝心とは、何とも笑うしかない真実であると思う。何となく情けない気もするが。


「……で、」


 そこまで考えたところで、椋は意識を現時点の目前まで戻すことにした。

 いつものようにヘイ宅のドアを開いたとたん、彼の目に飛び込んできたのは黒い背中。よくよく見ていると微妙に全身が震えているようにも見えたり、ちらちらと見える指先が真っ白だったりするのは、それだけの時間を彼がこの体勢のまま過ごした結果なのだと捉えて間違いはないのだろう。

 ダイニングテーブルから椋を眺めているのは、明らかにしてやったりの表情を浮かべている二人の魔具師。

 至極楽しそうな彼らに、深々と彼はため息を吐いた。


「何なんだよ、この状況」

「何と言われても、見ての通りだよリョウ君。彼が私たちに土下座を続行している。それだけだ」

「……」


 どんだけ大層な「それだけ」だよと、思わずツッコミを入れそうになった声はとりあえず飲み込んでおいた。

 確かに椋は今日、この背中に向かって謝る順番が違う、と言った。要するに最初にこの二人に謝ってくれ、と言った。

 ああ。言った。確かに言った。が。


「ま、アレだ。謝罪ついでにオモチャくらいの役には立ってもらわねェとな、っつー話だ」

「なんだよその無茶苦茶な謝罪方法。……ニースさん、もういいです。顔上げて立ってください。というか、……立てます?」

「……」


 ひきつった椋の半苦笑いに、ニースは無言で苦笑し静かにその場に立ち上がった。

 どれだけ土下座姿勢を強制されていたのか、その立ち姿からはまったくわからないというところに関しては称賛すればいいのか、呆れればいいのか何を叱ればいいのか。相変わらず目の前の二人はひどく満足げに楽しそうなので、おそらく「これ」でニースとは手を打ったのだろうと予測する。

 もう一つ溜め息を吐きつつ、がりがりと椋は頭をかいた。


「二人に関しては、これでいいわけ?」

「あァ。しかも慈悲深ァい俺たちは、たったそンだけのモンに最高級の土産までつけてやるってンだ。いくら感謝されても足りねェってモンだな」

「土産? ……あ、」


 ひょいと非常に軽い調子で彼を顎で指したヘイに、つられるようにして再度ニースへ目線をやってそこで椋は気づいた。昼の時点では左目を覆うように巻かれていた包帯が消え、最初からそこにあったかのような自然さで「目」が眼窩には鎮座している。

 ふっと笑ったのは、リーだった。


「これであとの(わだかま)りは君だけだ、リョウ君」

「……」

「何もかもすべて、君の好きなように、やりたいようにすればいい。どうなっても私たちには、もう、何も関係はない話だ」

「……はいはい」


 からかい交じりの視線と言葉に、苦笑する。

 近いうちに、しっかり話をする機会を下さい。

 そんな一言だけのメモを忍ばせた今日のあの袋に、あとはカリアがどう出てくれるかどうかだけが問題なんだよな、などということを、思った。





 同時刻、小さなメモと幼い影からの報告に絶句している少女が一人いたのだが。

 それはまた少し別の話、としよう――


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