つなぎ結びの細糸は 1
机上にただ置かれているものは、あるときはあと一息で完成だろう織物細工であったり、あとほんの少し手を加えれば普通に売れるくらいにきれいな銀細工であったり。
或いはビーズか何かのつなぎかけであったり、不思議な文様の描かれた布であったりした。
全てに共通することは、最後の後一歩が足りないということ。
そしておそらくは「本人の意思」とは、離れたところでこれが「彼」の目に入りその手に渡っている、という――
それはここ一週間ほどの間で、完全に反復的習慣と化していたいつも通りのこと、のはずだった。
少なくともその、はずだった簡単なはずの仕事を、不意に途切ってきた目前の人物の姿に少女は呆然としていた。少女の名前はエヤノ、このエクストリー王国随一の大貴族ラピリシア家の「影」として仕える一族組織、マオシェ【影鳥】の末端である。
じっと少女の姿を眺める黒い眼は、エヤノの反応を見てか少し困ったような光を浮かべている。
手にしたままの小包を、机の上に置くこともできない。ただ、あわあわと無意味に彼女の唇だけが言葉を片っ端から作り損ねて、震えた。
――また、ダメね。
ひどく落胆した顔で、ほんとうなら今日もまたこの包みの中身も捨てようとした主の姿が声が、エヤノの脳裏に鮮やかによみがえる。
彼女が行った/彼女の周囲がしたことと本来そうあるべき「主」としての立場、そして彼女自身の、感情。すべてのことでぐるぐるとして、出口をなくしてしまった主のどこか苦しそうな笑みが、胸を刺した。
見ていられなかったから、みんなで相談して、そして勝手に動いてしまったのだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
自身の情けなさと準備不足、何より実力の不足に悔し涙まで浮かんでくる。かたかたと、唇だけでなく徐々に全身まで震えが伝播してきた。
そんなエヤノの状態に、目の前で彼女を見下ろす青年は驚いたように目を見開いた。
次にはひどく困ったような顔を、そして彼はエヤノへと向けてくる。
「そんなにビクつかなくても、怒ったりとかしないよ」
そこは全力で怒るべきところです。私だけでなくあなた様の護衛の抜かりなども含めて、色々な方面にっ!!
思わず口を突きそうになった言葉を飲み込んで、ふるふると小さくエヤノはただ首を横に振った。今のエヤノができる最善は今すぐにこの場を去ることであると分かっているのに、こんな状況ではおいそれと撤退もかなわない。
ぎゅっと、自身の衣の裾を強くエヤノは握った。俯いたままでは今にも涙がこぼれそうだったが、まさかこんな状況で、絶対に顔はおろか、影すら見られてはならないはずの小包のお届け相手に見せられる顔などどこにも、ない。
謝罪の一言ですべてが済むなら、そもそも我らのような存在は必要とされない。
常に上司から向けられる諌めの言葉が、じくじくと胸辺りを抉りこんでくる。…ああ、目の前がなんとなく白く滲んできた。ばか。
「……ごめん」
「っ!?」
そんなことを考えていたがゆえに、ぽつりと落とされた言葉に思わずエヤノは顔を上げてしまった。
同年代の仲間内と比べても身長の小さいエヤノには、思いっきり見上げなければまともに目も合わせられない高い位置に彼の顔はある。そうして見上げる彼は、ひどく困ったように眉を下げていた。
確実に情けないことこの上ないであろうエヤノの表情をどう思ったのか、困った顔を変えないまま頬をかきつつ、彼は言葉を続けてくる。
「でも、いいかげんにまともに話がしたかったんだ」
「……お、はなし、?」
「そう」
ばかのように言葉を反芻すれば、さらりと肯定の声が返ってきた。
でも、おはなし、お話? 誰と、いつ、だれが、なにを。
そんな疑念の答えはしっかりとエヤノの目の前にあるわけで、簡単に彼女の中でもはじき出されてしまった答えに、エヤノは思いっきり目を見開いた。声が上ずる。
「で、でもわ、わたっ、じ、じぶんに話せることなんて、なにも、」
「それはない」
「はうぅっ!?」
しかもせめてもの抵抗の言葉は、非情なまでにあっさりと彼に切って捨てられた。
思わず変な声を上げてしまったエヤノに、少しだけ困り顔に笑いも滲ませて彼は続けてくる。
「だってこの一週間くらい、ずっと届け物してくれてたの、君だろ?」
もはやエヤノには言葉もなかった。そんな、我ながら色々と偽装と間合いは完璧だと思っていたのに、それなのに完膚なきまでに、バレていた!?
まじまじと目を見開いて、目の前の青年を見上げたまま絶句するエヤノにぽつりと言葉が落とされる。
「……カリア以上に嘘ヘタなんだな」
「ひぃっ!?」
「ぶ、くくっ」
またしてもエヤノのこころを的確に抉る言葉に、すっ飛んだ素っ頓狂な声にとうとう青年が吹きだした。そんなに何がおかしかったのか、エヤノの反応が面白かったのか。口許に手をあて、柔らかい黒を宿した双眸をゆるめて、笑っている。
その色彩を、エヤノは知っていた。
だって今目の前にある黒は、エヤノの主がこの青年と関わるようになってから、もう本当に何度となく、影から本当に時折は日向から、こっそりと任務として、そして時には自主学習の一環として観察していたひとの目なのだ。今更知らないはずもない。彼――リョウ・ミナセという名の人間の性格思考に趣味嗜好だって、エヤノたちはそれぞれの情報を重ねあって、おそらくはそれなりにはよく知っている、はずだ。
だからこそ、エヤノは口を開かずにはいられなかった。
彼が笑うからこそ、不思議だった。
「どうして、」
「ん?」
「どうして、怒られないのですか? わたしのことも、いろんなことも」
彼がこの国とはまったく違う場所から、本当にひどく遠いところから来た人間なのだということは知っている。だからこそ価値観も観念もいろいろな概念も、どこかで確かに違うのだと、遠くから見ていて思うこともままある。
けれど、知っていても分からない。むしろ知っているからこそなのか、ただ不思議だった。彼女の主が決して、「うまい」立ち回りができていないことなど、だからこそ自分たちが勝手に動いてしまった、ものすごいおせっかいを働いてしまっているのだということも、エヤノはどこかで思っていたから。
彼女の問いに、リョウは笑ってさらりと応えた。
「多少の腹なら立ってるよ? じゃなきゃ君の待ち伏せなんてしない」
「あ、あぁあああうっ」
「まあ、一番困ってるのはカリアなんだけど……」
思わず泡を食ったエヤノの言葉のうちに、ぽつりと落とし込んでしまおうとするかのように小さく彼から言葉が続く。
一番困っているもの。主の名前。
また、ほぼ反射的にエヤノは口を開いてしまっていた。
「ど、どうかあ、あるじ様をお嫌いにならないでくださいっ!!」
「え?」
わたし、何を言ってるの?
どこかで自問する声がありながら、しかし主の苦しそうな顔がエヤノの頭からは離れない。言葉は、止まらない。
「こんなことしたって何にもならない、自己満足でしかないってあるじ様、最近ずっとお顔が本当に暗くてっ! でもでもあるじ様は、ほんとうに素晴らしいお方で、いつもわたしみたいな下っ端マオシェ【影鳥】にまで頭をお下げになるようなびっくりするあるじ様で、っ! で、でも、でもあるじ様は偉くて、お立場があって、やらなきゃいけないことがいっぱいあって、でもでもあなた様のことが本当にすっごくすごっく大事で、でもだからあのそのわたしも、わたしたちも、だから、あのっ、」
他人が何を言ったとしても、その人物に対しての美辞麗句を並べ立てたとしても所詮はただの戯言だ。
今日このときまでエヤノの名前はおろか、存在すら知らなかった相手にエヤノが何を訴えたところで、きっと意味などほとんどない。ただの自己満足だ、あるじ様に、これ以上悲しんで欲しくないだけだ、エヤノたちはきらいになってもあるじ様まで嫌いになって欲しくない、そんな身勝手な思いだけが原因だ。
さらにぐちゃぐちゃになる思いに、言葉が続かなくなってまた唇だけが震える。
本当にマオシェ【影鳥】の片隅にも置いておけない、心底からひどい有様だ。
無様な状態のエヤノを前に、しかしリョウは呆れるでも面倒そうな顔をするでもなく、嫌悪するでもなく、ただまた困ったように苦笑した。
「とりあえず、落ち着いて。ほら」
「は、はう、ぅあ、は、……へぅっ?」
唐突にとられた手のひらに、ぽんと軽く置かれたのは可愛らしい包装の飴だった。
完全に子ども扱いされている。でもこの飴かわいい、それにいい匂いがする。おいしそう。
でもわたしもう13なのに、思った瞬間、今度は言葉の爆弾が彼からエヤノへと落ちてきた。
「カリアが壊滅的に、人づきあいがヘタなんだってのは今回でよく俺にも分かったよ」
「へっぁ、あわわわわわっ!?」
「だからこそ、伝えてくれないかな。……俺は別に欲しいモノなんてないし、そっちから直接動いてくれさえすれば、俺だって色々、どうにでもできるし、なるって」
「えっ?」
爆弾ゆえに手許から落としかけた飴を何とか死守して、しかし爆弾に更に続いた彼の言葉にまた思わず黒の双眸をエヤノは見上げた。
ひどく困った、ような表情。
ふっと苦笑も過ぎらせて、彼は、もう一つ続けてくる、
「いくら何をもらったって、カリアの気持ちは俺には見えないし、わかんないよ」
その瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。
少し前の自分たちが、考えた勝手なご都合がこれ以上ないくらいに苦しいかなしい形で、壊れる、
「そ、それは違うんです、わ、わたしたちが勝手に……!」
「へ?」
「あるじ様、なにを作られても、ちがう、って、だめ、って、いっつもす、捨てられ、て、でも、リョウさまには、その、わ、わかっていただきた、くて、本当に、その、わたしたちが、ただ、ただ、勝手で、」
「……」
「あ、あるじ様が、苦しまれてるの、み、見て、いられなく、て」
彼からの言葉は、ない。どうしてこんなに言い訳ばかりになるんだろう、悲しくなってくる。
「不完全なもの」「ちがうもの」。否定しては捨てるエヤノの主――カリアの姿が悲しかった。謝りたい、でも、どうしたらいいのかわからない。何から謝ればいいのかもわからない、彼が何に憤っているのか、嫌われた、それとも――ぐちゃぐちゃの感情に、抜群の制御を誇るはずの魔術までここ最近は時折揺らいでいる。
だから、かつてあの絶望し切っていた主を救ってくれた、彼なら。
そんな出口がない苦しみの欠片を目にしたら、何かまた、あの主に向かって働きかけてくれは、しないかと、
「もういい、エヤノ。下がれ、それ以上は喋るな」
「っ!」
後方から唐突に響いた声に、びくりと思わずエヤノの肩は大きく震えた。マオシェ【影鳥】であるエヤノがその声を知らぬはずがない。聞きたがえるはずも、ない。
ああ、そうだ。この方があるじ様より言い渡された謹慎の期間は五日。つまり今日からは、この方は正式に職務に復帰していらっしゃる。
開きっぱなしのドアから、カツン、カツンと靴音がこちらに向かってくる。
怖くて振り向けない後方から、さらに声は響いてきた。
「当家の者が大変な勝手を申し訳ありません、ミナセ様。謹んで、重ね重ねお詫び申し上げます」
そのとき少しだけ、しかし、確かに彼のまとう雰囲気が硬くなるのがエヤノには分かった。声に対しての反応であることは、言うまでもなかった。
しかしそんなリョウの反応に、果たして気づいているのか、いないのか。
更に声は、言葉を彼へと向かって重ねようとする。
「この度も先方も、まことに、」
「ニースさん」
続こうとした声の、名を呼んで彼は言葉を途切らせた。その黒の視線は今は完全に、後方の声に――その声の主にしてラピリシア家現当主の右腕、ニエストライ・フォゼットのほうを向いている。
先ほどまでエヤノに向けられていたものより、やはり確実に、硬い声。
ひとつふっと息を吐いて、リョウは彼へと言葉を続けた。
「今の、彼女のことはとにかくとしても。謝る順番と相手が、完全に間違ってませんか」
え、と。
わけのわからない言葉に、思わずまたエヤノは彼の顔を見上げた。エヤノのこの場への不法侵入は明確であり、その無作法に対して、エヤノたちの使用者でありラピリシアの係累であるニースが彼への謝罪を述べて、何がおかしいというのだろう。
しかし見上げる先のリョウは、どこかひどく不機嫌な表情だ。
少し困ったようなニースの声が、また後方からする。
「大変申し訳ないのですが、仰る意味がわかりかねます」
「カリアが俺に謝りたいことがある、そういう気持ちがあるっていうなら、変に他人やものを介されても俺は困るだけです。あと、あなた個人に関しては俺もそれなりに怒ってますが、だからこそ、そんなうわべだけで順番も滅茶苦茶で謝られても、余計に腹が立つだけですよ」
さらりと吐かれた長台詞には、確かにニースへと向けられた棘が混じっていた。
明確な反応を返さず沈黙するニースに、もうひとつため息を吐いてリョウは腕組みをする。
「俺が怒ってるのは、俺をダシにして俺の友人があなたの思うがままに走り回らされて大怪我させられたことに関して、です。……これ以上はさすがに言わなくてもいいでしょう?」
それは今現在、エヤノの主をも悩ませるニースの独断専行を指しての言葉だ。ああやっぱり怒っていらっしゃるのだ、とエヤノは思う、でも、……謝る順番と、相手?
少しだけ、場には沈黙が満ちた。
ややあって小さく笑い、口を開いたのはニースのほうだった。
「あなたはやはり、随分と変わったお方だ」
「えらく今更ですね、そんなの」
しれっと返したリョウに、またひとつニースが笑いを重ねる。ああ、こういうところでリョウさまが「変わっている」ご自分を否定されなくなったのは、なんだか不思議なような頼もしいような、少し寂しくも思うような。
なんだか勝手な感想をエヤノが抱いているうちに、ニースはまた言葉を彼へと続けていた。
「分かりました。あなたのお言葉はすべて、お嬢様へお伝えしておきます」
「そうしてください。……ニースさん」
「はい」
ニースの言葉に頷いて、そしてまたリョウは彼の名を呼んだ。
そっと振り返って見やるニースのさまは、ある意味エヤノの予想の通りにひどいものだった。左目を中心にその顔の左側をほとんど覆い尽くした包帯は、見ているだけで痛々しい。
爆ぜてしまったものの代わりが、見つからないからだという話は聞いていたが。
そんなさまでもまっすぐに立つ彼へと、リョウは問いを投げた。
「ニースさんは、どう思ってるんですか?」
「何が、ですか?」
「俺みたいなもんが、カリアに近いことに関して」
やはりざっくり、彼は切り込んだ。ただ、問いかけるだけの口調だった。
しかし、ただただ問われたそれは、エヤノを含めラピリシアの誰もが一度ならず考えたことがある事柄だった。だって、調べれば調べるほど分からなくなるのだ。リョウ・ミナセという人間がどこのものでもないことは知っている、けれど、どこのものでもないとしても、どうして当然のようにとんでもない難度の学術書を読み解き、自身の持つ知識を意識を矜持を使って、どこまでも他人のために動ける? そしてその結果として、確実に一筋縄ではいかないものばかりを恐ろしい頻度で自身の方へと、巻き込むことができてしまう?
ある程度の事情を知っていても、それでも彼という人間はどこか異常なまでに分からない。
だからこそ、その「異常」に、ひかれているエヤノたちの主と、その主に最も近い場所にいるニースは、だから、
「正直なところを申すのなら、貴方にはお嬢様へ与える負の要素があまりに多すぎます」
「そうなんでしょうね」
――せめて、もう少し、くらい。
やわらかい言葉くらい使って欲しかったと、勝手なことをエヤノは思った。リョウの観察を続けていたことで、少なからずエヤノ自身が彼を肯定する方向に傾いていることはエヤノも自覚している。
しかし一方のリョウに、不快や意外の反応はない。どうしてそんなにあっさりと相手の言葉を飲み込んでしまえるのか、怒らないのか、エヤノにはやはり不思議だった。
変わらずざっくりした様子の彼に、ニースが苦笑する。ですが、と。
「貴方の与える揺らぎは、あの方にとって決して、悪いものではない。……それに貴方という異者は、私たちにとってはおそらく永久の不確定要素です。次には如何なる変化を起こすのかと、そう、少しの期待を私もかけたくなってしまうほどに」
「……え?」
静かに続いたニースの言葉には、リョウのみならずエヤノも相当に驚いた。目を丸くしてリョウはニースを凝視する、さすがにただのマオシェ【影鳥】でしかないエヤノにはそんなことはできなかったが、感情だけなら同じようなものだった。
しかし同時に、どこかで納得もしてしまっていた。
相手がどんなに「世間的に」素晴らしい相手であったとしても、主の傅役である彼自身が気に入らない限り。
その相手はごくごく早期のうちに、主の視界に入るよりも前にこてんぱんに叩きのされていたのを、今までなぜか忘れてしまっていたエヤノなのだった。
「無論、半端な心持ちでお嬢様にこれ以上近づこうとするのであれば問答無用で叩き斬りますが」
ああ、確かこの間も、おんなじ理由であるじ様に来た縁談三件、あるじ様のお耳に入る前にニース様が叩き潰されたんだっけ……。
何となく遠い目をしたくなりながら、それら事実を裏返して見えるリョウへの対応にエヤノは少しだけほっとする。
しかし確実に笑顔であろう脅しめいたニースの言葉をどう思ったのか、リョウはどこか困ったように頬をかいた。
「いや、現時点で半端なのってどっちかというとカリア、……そこで俺を睨まれても」
さすがにこの睨みにはエヤノも参加した。確かに「彼女」に非がないわけではないが、なんだかんだと理由をつけて、エヤノたちの主に会いに行かなかったのはリョウである。
エヤノたちの様子に、やれやれと苦笑してリョウがため息を吐いた。
彼の様子に、ニースもまた笑う。
「他に何もないのであれば、失礼させていただきますが」
「じゃ、もうひとつだけ。……エヤノ!」
「っ!?」
名乗っていないはずの名前を、突然呼ばれた。呼ばれたかと思えば彼は自身の机の抽斗から何かを取り出し、そして無造作にぽんぽんとそれらをエヤノへ投げてくる。
意味が分からず内心あたふたしながら、ほぼ反射的にエヤノはそれらを受け取った。手の中には小さな包みがふたつ。説明を求めて彼の方を見やれば、今度は苦笑ではないやわらかい表情でリョウは笑った。
「青いほう、カリアに渡してくれるかな」
「え、は、はいっ! ……あの、こちらの紙袋は、」
投げられた袋は、二つだ。ひとつはあるじ様にお渡しするものとして、もうひとつは? しかももうひとつの紙袋は、カリアに渡すよう言われたものより確実に一回り大きい。
首をかしげたエヤノに、さらりととんでもないことをリョウは続けた。
「そっちはエヤノたちに。適当に食べちゃっていいよ」
「へっ!?」
「頼むね。エヤノ」
そんな笑顔であっさりと、主の想い人からお願いをされて断ることができる僕がこの世界に果たして存在するだろうか。
もはや無言で頷いて届け物を胸におしいただくことしかできないエヤノに、ニースが苦笑して、帰るぞ、と言った。




