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未来は見果てぬ旅路の先  作者: 彩守るせろ
第二節 転機の出現/見霽の青年
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P2-60 そして終劇に何を見る 1



 カリアに連れられるままに、彼女が普段詰めているという執務室へ直行した椋の目に。

 最初に飛び込んできたのは不自然に開かれたままのドアの向こう、なぜここにいるのか分からない人物が訳も分からずにある人物へ掴みかかっている姿だった。





 一言でその時受けた衝撃を表すには、その度合いはあまりに椋にとって大き過ぎた。

 ただでさえライゼルの一件で、精神的に疲労困憊の状態にあった椋の脳は俄かに状況の理解を拒否した。なぜなら目前に広がる暴力的な光景の、中心にいる三人はいずれも椋がしっかりと面識か或いはそれ以上の関係がある人間だった。

 三人の外見は、ばらばらだった。そして同時に、ある意味では同じだった。

 だからこそ椋にはどこまでも、まったく状況が分からなかった。


「……っな、」


 思考と行動の接続がうまくいかない。声帯が震えない。足が動かない、なにもうまくできない。

 目前の色彩は黒の執事服と枯葉色のローブ、そして毒々しいまでに鮮やかなオレンジの髪色。共通項など普通ならどこにもないだろう彼らにただひとつ存在しているモノは、不自然に開いた服の隙間からのぞく赤色だ。

 ニースと、リーと、そして、ヘイ。

 何かが起きない限りは絶対に交錯などしないはずの人物たちが、椋の視界の内側でひどくいびつに一堂に会していた。


「……ちょっと、待て、」


 目前の二人はぼろぼろだった。二人から滴りぽたりと床へと落下する赤いものが何であるのかなど、疑問に思うまでもなかった。

 一体何をしたというのか、どんな無茶苦茶な暴れ方をしたのか。額に頬、顎、首筋、肩先に二の腕、腹部、大腿、足先。あちこちに絶対に軽くない怪我をヘイとリーの二人は負っていた。

 にもかかわらず、その治療一切を放棄して、(カリア)の留守する執務室を守る役割を担っていたのだろうニースに掴みかかっていた。

 遠目に見ているだけでも、ヘイがブチ切れているのが椋には分かった。

 ニースを睨む目の鋭さ、冷たさ、今にも吹きこぼれそうな苛立ち。

 完全に雰囲気も表情も何もかも、そのあたりのチンピラなど真っ青になって逃げ出しそうなものになっているのが何となく、分かる。


「なんだよ、それ」


 掴みかかられるまではぴしりと整っていたのだろう、ニースの襟元は既にヘイの拳でぐちゃぐちゃになっていた。乱暴かつ相手のことなど一切考えていなさそうなヘイの様子を見るに、もしかすればボタンもいくつか飛んでしまっているのかもしれない。

 そもそも今のニースの顔には、いつ見てもかけていたはずの黒縁メガネの姿、どころか本来左目があるあたりにとんでもない赫色の滲みと眼窩しか無い。

 あるのは左目の下あたりの真赤な痕やらまるで何かが左眼窩ではじけ飛んだかのような異様な赫の飛沫だけで、それがヘイたちのしわざであろうと、想像するのもまた容易かった。眼球破裂というとんでもない事態の割にはニースは平然とその場に立っているような気もするが、出血量も随分少ないような気がするが、ニースが自己治癒を使用している可能性もあってさっぱり状況は分からない。

 ちなみになぜ敢えて「ヘイたち」なのかと言えば、その場におけるもう一人であるリーも、ただ腕組みをし状況を静観しているだけだからだ。

 静観するだけの目は、ひどく冷たい。何かを睥睨する、侮蔑するような、彼女が普段椋へと向けてくる表情からは予想もつかないような、温度のなさ過ぎる視線だった。

 何もかも、訳が分からなかった。

 だからこそ何も分からないまま、椋は何とか足を動かし声を上げるしかなかった。


「なに、……何やってるんだよヘイ、リーさんも!?」

「っ!?」


 衝撃の度合いのせいなのか、自分で予想していたよりも大きな声が出た。ばっと弾かれるように椋の方を振り返ったヘイとリーの眼が、瞬間愕然と見開かれる。

 それら視線の意味を考える時間は、このときの椋にはなかった。

 この理由を、意味することをこのときの椋はまだ知るよしもなかった。「ありえないはずの人物を目にした瞳」、二人の表情をそう捉えること自体は間違いではなかったからだ。

 銀めいた青と、若葉色とが黒を映して名を呼ぶ。


「な、……リョウ!?」

「リョウ君!?」


 状況が本当に、わからなかった。改めて眼前にする二人のぼろぼろな姿に、どこも怪我などしていないはずの椋まで身体が痛くなってきそうだった。

 思わず椋は顔をしかめた。ヘイは他人の扱いが非常にぞんざいな上に口もかなり悪いが、何の理由もなく理不尽に誰かを殴り倒すような奴ではない。リーにしてみても、――少なくとも椋が知る限り、自分から暴力沙汰に好き好んで首を突っ込んでいくような人間には思えなかった。

 こちらを振り向いたヘイの拳から、ぽたりと一滴赤い雫が落ちた。

 肘あたりまで焦げてずたずたに引きさかれた上衣とむき出しの肌に刻まれた何本もの歪な線条に、その雫は殴った相手のものではなく、ヘイ自身のものだとどこかで思考が呟いた。


「何、……何、ねェ」


 ややあってニヤリと、ひどく酷薄にヘイが口の端を歪めた。

 わずかに緩んだらしいその手の拘束を、バシッと瞬間、ニースが叩き落として自身の首を解放させる。チラリとひどく鬱陶しそうな視線を一瞬だけニースの方へとまたヘイは向けたが、もはや何が面倒になったのか何もかも面倒なのか、逃れた彼を積極的に追うような様子も彼は見せなかった。

 ただ椋だけを睨みつけ、ハッとヘイは鼻で笑う。


「のこのこバカみてぇに攫われたどこぞのオヒメサマにゃ、死んでも言われたくねェ台詞じゃねェか」

「……なんだそれ」


 あからさまな罵倒に思わず椋は眉を寄せた。ていうか俺が悪いのか。どこか八つ当たりにも近いような言葉は何とか自身の内側へと飲み込む。

 ボロボロの二人と、二人から暴力を受けたらしきニース。

 状況は相変わらず、掴めないままだ。……結果的にただ、相手に訊ねるだけの言葉を椋は、口にした。というかさ、と。


「なんでおまえ、そんなボロボロになってるんだよ」


 身体だけの問題ではない。精神的にもここまで擦り切れているヘイを椋は初めて見た。

 棘だらけの相手に問いを向ければ、返ってきたのはやはり鋭く椋へと向かって刺さる全くおかしくなどないんだろう哂った言葉だった。


「ハッ、何でもクソもあるかこのボケ。テメエのせいだ。あー、全部テメエのせいだよ、リョウ」

「ヘイ、」

「まあそんな大層な大それたことが、可能にできてしまう私たちにも問題にはあるのだろうけれどね」

「リーさん……」


 ヘイと同じような傷をこちらは左の脛から下に負っているリーもまた、ヘイと大して変わらないようなひどく酷薄な表情で笑う。

 無茶な事態に椋が巻き込まれる前、見たときには真っ白だった半分の仮面には奇妙な赤黒灰色、土気があちこちにこびりついていた。何が起きたのか、何をしていたのか、訊ねたところですんなり答えてくれるような気もしなかった。

 なんで、何のために二人が、……ニース?

 ちらりと彼へと視線を向けた椋をどう思ったのか相変わらず同じようにしか思ってはいないのか、ひどくざらざらとした声でヘイはこちらでない方向へと声を張り上げた。


「ついでになァ、言っといてやろうかお嬢サマ」


 椋より後方へと据えられた声に、つられるように視線を向ける。

 そこにはなぜかこの部屋の、ドアの二歩手前くらいで足を止めたまま立ちつくしているカリアの姿があった。

 彼女もまた、ひどく混乱した表情を浮かべて金色の目を見開いて目前の光景を凝視している。当たり前だ、自分の付き人が見も知らぬ男に容赦なしに殴られている光景など、普通ならまず目にするようなものではない、はずだ。

 しかし現実は異常だった。どこで交錯したのかなどまったくわからない三人の、雰囲気はおそらく半分以上は一方的にこれ以上ないほどに険悪だった。

 クッとまた、全く楽しくなどなさそうな様子でヘイは喉を鳴らし。

 相変わらずなぜか室内に踏み込んでこようとはしないカリアへとナイフのような言葉を向けた。


「アンタの大事な側近はなァ、無茶苦茶な取引で俺らにテメエらの勝手な理屈だけで命賭けさせたンだよ!」


 そんな言葉を哂いながら、パチン、とヘイは指を鳴らした。

 ニースが一切動きを見せないことに、ただ殴られたそのままで何を釈明しようともしないことに、今更ながら奇妙に判然としないものを椋が覚えた瞬間、どろり、と何もなかったはずのドア前の空間が唐突に、()ける。透明は透明に(ほど)けて消える刹那、オパールのそれににた奇妙な乳白色の光沢を放っていた。

 それはひどく奇怪で、何とも形容のしがたい不快感を煽る光景だった。

 全て解け落ちた境界を、踏み越えてカリアが室内へと入ってくる。カツン、カツンとヒールの音が小さく響く。

 先ほどまで浮かべられていた驚愕の表情は、今はどこか奇妙に人形めいた無表情へと変わっていた。彼女が怒りを表す要素も、結局は山のように存在しすぎていて椋はただ不可解の内側に沈むしかない。

 俺が捕まってる間に、一体誰が、何を起こした?

 黙っていては進まぬ事態に、最初に、口を開くのは――



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