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Unreal  作者:
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Kiss Away

 レオに会ってから俺の心はすっかり冷めていった。多分、俺は浮かれていたんだ。レインは俺に「殺す」と言って死の口付けを送った。俺がどんなにレインを好きになっても彼女が俺を好きになることはありえない。

 今日は何となく帰り辛くて、大して絆のない友達と遊んで遅くなった。だけど、何も面白くなかった。思い浮かぶのはレインのことばかりだった。


「遅かったな」

 帰るとレインはベッドを占領していた。その周囲には漫画が散乱している。

 食べて帰るって連絡したから、レインは勝手にカップラーメンを食べたらしかった。

 そうしていると、レインは本当に普通の女の子みたいだった。俺に負けず劣らず無為な生活をしているような気がして、滑稽だ。

 彼女は暗殺者なのに。そう、人殺しの犯罪者、許されない存在。なのに、人間臭い。


 ベッドに近付くと、レインはゴロンと転がって俺を見上げる。髪がはらりと落ちて、耳が見えた。そこには銀色のドクロがいた。小降りだけど、とても女の子が付けるピアスじゃないと思った。

「随分ごついピアスしてるんだな」

「ああ、あいつと同じだからな」

「レオと?」

 可憐な見た目に反してハードなレインなら不思議ではないと思ったけど、聞かなきゃ良かったと思った。

 何となく手を伸ばして見たけど、ピアスは左耳にしかなかった。

「何か同じものを持っていたいと言うから片方だけ貰うんだ。女々しい奴だろ?」

 レインは笑うけど、俺は笑えなかった。

 レオはレインが好き。だから、ささやかで、確かな主張をするんだ。

 今、レインの側にいるのは俺、でも、あいつにとって俺は障害じゃない。やがて、死んでいくターゲット。本当にそれだけだ。

 だから、俺はレオにはなれない。


 レインは起き上がる。艶やかな髪の毛はぐしゃぐしゃだった。

「楽しんできたのか?」

「まあ、な」

 レインは問うけれど、本当のことは言えなかった。曖昧な言葉でごまかしても、レインはそれ以上聞かないとわかっていた。

「楽しめる内に楽しんでおけ」

 その言葉は重くのしかかった。だって、裏があるから。

「その内、楽しめなくなるから?」

 聞かない方が良いのかもしれない。けど、俺は聞いてしまった。悔しくて、悲しくて、苦しかった。

「そういうことになるな」

 歯切れの悪い答えに一体どんな意味があるのかわからなかった。



 結局、また時は過ぎて行く。何も変わらなくて、それが不安になる。

 いつまでこんな日々が続くのか。

 いつまでレインと一緒にいられるのか。

 いつまで俺は生きていられるのか。


 母さんから連絡があってまた不安になる。一応、心配してくれているらしく、たまに連絡を取るけれど、特に変わった様子もないようだった。でも、たとえ、女の子と同棲していると言ったとしても母さんは驚かない気がした。言えるはずもないけれど。


「親父に脅しをかけているつもりなのか?」

「そうかもしれない」

 母さんとの電話が終わった後、俺は何となくレインに問いかけてみたけれど、返ってきた答えはあまりに曖昧だった。

「おびき寄せられるとでも思ってるのか?」

「どうだかな」

「わけわかんねぇ」

 ターゲットが親父だとして、最早親父は俺に興味なんてない。俺の側にいたって何にもならない。


「なぁ、いつまで一緒にいられるんだ?」

 何となく問いかけてしまった。我ながら馬鹿な質問だったと思う。自分を殺すと言っている相手と一緒にいたいだなんて、あまりに滑稽だ。

 けれど、レインといると落ち着く。それは事実だ。

「何だ、私に惚れたか?」

 レインは笑った。でも、笑い事じゃない。まったく、笑える話じゃないのが現実。

「そうだと言ったら?」

 はっきりとは言わずにほのめかしてみた。俺がレインを試すなんて、それもまた変だと思ったけれど、何だか悔しかった。俺だけが振り回されている。

「おおよそ恋というのは勘違いだ。真実の愛があるとして、それを見付けられる可能性は限りなく低い。誰もが巡り合えるのならば、この世は平和だ。そう反吐が出るほど平和な世界になってしまうさ」

 歳は俺と大して変わらないくせに、愛だ恋だと語るレインは哲学者にでもなったつもりか。

「暗殺者も存在しない?」

「そう、きっと、私という哀れな存在も生まれないさ」

 平和じゃないからレインは存在する。だけど、哀れと言われても、俺にはレインがどんな人生を送ってきたかなんてわからない。

「雨の日に拾われて安直な名前付けられたりも?」

「本当に愛されて生まれてくるのなら、ないだろうな。真実の愛は永遠らしいからな」

 拾われたということは、捨てられていたということ。本当の名前もきっとわからないのだろう。

「俺を殺したら、どこに行くんだ?」

 聞いたって意味のないことなのかもしれない。死んだら、俺は聞くことも、見ることもできないから。

「わからない。私達はどこへでも行く」

 “私達”――レインの仲間のことはわからない。でも、間違いなくそこにはレオが含まれている。

 レオはレインとずっと一緒にいられるに違いない。だって、レインはパートナーって言ったから。レインにその存在を認められているから。

「いつになったら、俺を殺すんだ?」

 ついに核心に触れてしまった。多分、それは一番聞いてはいけないこと。

「自分の残り時間が知りたいのか?」

「違う。レインといられる残り時間だ」

 レインは笑ったが、俺は本気だった。知ってしまえば、少しは後悔なく今の時間を生きられる気がした。

 けれど、レインは声をあげて笑った。

「馬鹿な男だな。私といたって何もいいことなんてない。私が消えればお前は清々する。今までのことは全て夢だと思って、いずれ忘れる」

 レインの言葉は淡々としていた。でも、レインはわかっていない。俺の気持ちをわかっていない。

「いやだ、離れたくない!」

 まるで子供だ。自分でもそう思う。それでも、レインの側にいられるなら俺は子供のままでもいいなんて思った。

 レインは固まったように見えた。急に無表情になって俺は怖くなった。

 だけど、急に頭を抱えるように自分の髪をぐしゃりと掴んで、表情を歪めた。

「……まいったな、こんなのは初めてだ」

 俺にはレインが迷ったように見えた。あるいは、そう思いたいだけなのかもしれないけれど。


「今まで何人もの要人暗殺に関わってきた。だが、今回のようなケースは何もかもが初めてだ。私も戸惑っている」

 やがてゆっくりとレインは語り出した。けど、半分は本当で、半分は嘘のような気がした。

「そうは見えない。俺だけが一人で馬鹿みたいに振り回されてる」

 俺が言うと、レインはニヤリと笑った。

「私はプロだからな」

「そんなのずるい」

 いつだって、レインの感情は俺には見えない。きっと、俺の感情はレインには筒抜けなのにフェアじゃない。暗殺者に公平さを求めるなんてどうかしてるのかもしれないけど。

「お前はとても面白い男だな、リオ。初めてだよ」

 目を細めて、レインが笑った。それはレオとは違うと言われているような気がして少しだけ誇らしく感じられた。だって、レオは“普通の男の子”じゃない。

「お前は俺を退屈させないよ。いい意味でも悪い意味でも」

 初めて会った時レインは俺に問いかけた。「退屈なんだろ? リオ・タツミ」と。そして、レインは本当に刺激的だ。

「安心しろ――お前は私が守る。必ずだ」

 レインが急に真剣な顔で言った。だけど、それは俺を混乱させる。意味がわからない。守る? 俺は聞き間違えたのか?

「それって、どういう意味だ?」

「お前は何も気にしなくていい」

 問いかけたところで、レインは答えてくれなかった。

「だって、俺を殺すんだろ?」

「知らなくていいんだ。いや、知るべきではない。あるいは、知ってほしくないのかもしれない」

 そうレインは「お前を殺す」と言った。なのに、何で今更守るなんて言うのか。何で、当事者の俺を部外者にしようとするのか。

「お前の側にいてやるってことだ。素直に喜べ。いや、泣いて歓喜しろ」

 からかわれているのか。

 今日のレインは何か変だ。そう思ったけど、それ以上は何も聞けなかった。



 レインに真相を聞こうとしてははぐらかされ、日々もやもやが増えていく。

 こんな状態で一緒にいたいわけじゃない。だからと言って、このままレインがいなくなるのは嫌で、俺はただ耐えるしかなかった。

 そんなある日、また母さんから電話がかかってきた。父さんに何かあったのかなんておもったけど、『もしもし? 理央?』という母さんの声はいつもと全く変わらなかった。

「何? 母さん。この前、話したばかりだろ?」

 もっと愛想良くした方がいいのかもしれない。でも、俺にはこれが精一杯だった。だって、母さんに話すことなんて何もない。

『パパがたまには帰ってこいって言っているのよ』

「別に家出してるわけじゃないし、ちゃんと連絡とってるだろ?」

『だからよ、あなたは私達の息子だもの』

 わけがわからない。別に親と喧嘩してるわけじゃないし、親父がそんなことを言うなんて今までになかった。「好きにしろ」ってそれだけ、色々取り決めをしたけど、別に逆らうようなことはしていない。大体、その取り決めは俺が親父に対して決めたことだ。「必要以上に干渉するな」ってこと。

「なら、正月にでも顔出すよ」

 面倒臭い。先の話でもしておけば、それでいいだろうって思った。

『今度のお休みに会いたいって』

「何だよ、急に」

 急すぎる。自分の死期でも知ってしまったのかと俺は思った。でも、そんなことは母さんには言えない。

『それでね、パパが友達を連れておいでって言っているのよ』

「友達?」

 母さんは俺の疑問なんて無視して話を進めた。友達って誰だ。一体、何を考えているのか全然わからない。

 電話の向こう親父が何かを言っているみたいだった。

『そう、最近一緒にいる子? 女の子なの? 長い黒髪の』

 その言葉に俺は心臓が跳ねるのを感じた。電話で良かった。多分、母さんには俺の動揺は伝わっていない。

「何で親父が知ってるんだよ? 監視は付けないって約束だろ?」

 たとえ、離れていても監視はしないこと。それが親父と俺の約束だったのに、何で親父が知っているのか。

『お付き合いしている子がいるなら教えてくれればいいのに』

「友達だって!」

『あら、ムキにならなくてもいいのに』

 母さんは凄くのんびりとした様子で言う。別に長い黒髪の女と同棲していたって、付き合ってるわけじゃない。相手は暗殺者、俺の命を狙っているはずだった。

「あのさ、あ、兄貴は?」

 家に帰るのは仕方がないとして、一つだけ心配なことがあった。本当に親父の自分の死期を悟って、家族を勢揃いさせてしまうことだ。いや、別にもうボケたじいさんとかばあさんとかは結婚だ何だと騒ぎ立てたところで、問題じゃないけど、兄貴だけは困る。きっと、兄貴も嫌がる。

『央理は忙しいのよ』

「そう……」

 ほっとしたなんて母さんには言えない。でも、本当にほっとした。

 母さんに俺の気持ちはわからない。わからなくていい。

『じゃあ、御馳走作って待っているからね』

 母さんの声はいかにも楽しみにしていると言うように弾んでいた。俺の心が重くなるのも知らずに。


 レインに話すのも正直気乗りがしなかった。でも、レインは俺の話した内容で何となくわかってる気がした。

「あのさ、親父がお前を連れて遊びにこいって言っているんだ」

 疑問は残るけど、言うしかなかった。隠すことはできない。

「いいだろう。行こう」

 レインは快く、本当に気持ち悪いほどあっさりと返事をした。

 そして、俺ははっとした。

「お前、チャンスとか思ってないよな?」

 親父と会うことはレインにとって好機のはずだ。でも、俺にとっては多分最悪の事態。

「母さんの前では殺すなよ」

 無駄だとはわかってたけど、一応、言ってみた。

 たとえ、親父の暗殺が避けられない結末でも、母さんにだけは傷付いてほしくない。

「死ぬ時は皆一緒かも知れないだろ?」

「一家心中か?」

 レインが悪役っぽくニヤリと笑った。だから、俺も同じように笑ってみた。だって、レインは約束したから、俺を殺さない。

「巽央理がいないのが、残念だがな」

 一家心中には役者が足りない。だけど、兄貴がいるなら、俺は必要ない。どちらか一人でいいのが俺達、いいや、本当は兄貴だけで良い。俺がいなければ全て上手くいったはずだから。



 心変わりの電話を待ってみても、雨乞いしたりしてみても、無駄だった。予定に変更なし。

 そして、約束の日はすぐに来てしまったわけだ。

 レインは「かの有名な巽央に会うのに小汚い格好はできないだろう」とか言って俺に服を買わせやがった。どうせ、高い報酬貰ってるくせに。「たまには貢げ」とか言いやがった。

 そんなわけで、今、俺の横にはピンクのワンピースを着たいかにも母さん好みのほんわりした清楚な美少女がいるわけだ。すっげー複雑な気分。

「よく来てくれたね。理央の父の央だ」

 何を考えているかわからない親父が後援者向けの笑顔を見せた。俺の嫌いな笑顔、でも、仕方ない。

「母の理子です」

「真田レインです」

 母さんはにこにこ笑顔でレインを迎えた。そうしたら、レインも恐ろしいほどに可憐な笑みを見せた。

 そう言えばそうだった。この女、ごついピアスが見えなくて、ミリタリーでボーイッシュな格好じゃなければ本当に暗殺者だっていうのが信じられないぐらい普通の美少女だった。

 って言うか、真田って何だ。名字があったなんて聞いていない。いや、待て、こいつは昨日戦国物のゲームをやってなかったか?

 まさか、真田幸村の真田?

「可愛らしいお嬢さんじゃないの。いつからお付き合いしていたの?」

 母さんはマイペース。凶悪なくらいにマイペース。お花畑のような我が道を行ってる。

 これにはレインもちょっと困ってた。

「だから、違うって!」

「リオは本当に照れ屋さんで……でも、いい子なのよ」

 俺の否定も空しく、母さんは「この手を離さない!」的にレインの手を両手でがっちりと掴んでいた。

 でも、レインの手は人殺しの手、俺は実際にレインが人を殺したところを見たわけじゃないけど、本当だと思ってる。

「母さん、お客様が困っているぞ」

「あら、私ったら、うちには女の子がいないものだから嬉しくって……! 今日はゆっくりして行ってね!」

 後ろから親父が言った。でも、母さんは一向に離す気配がなかった。絶対にすぐには帰してもらえそうにない。


 母さんの用意した御馳走は度を超えていた。この量を一体誰が食べるんだ。

 完全に一人だけ浮かれてる。いや、浮いてる。

 こんなに喋る人だったかってくらい話していた。親父はたまに一言二言喋るくらいで変わった様子はなかった。

 だけど、そんな穏やかな空気も長くは続かなかった。

 急にレインが立ち上がって、カーテンを引いた。そして、親父の腕を掴むと、部屋の奥、扉の方へと突き飛ばすように追いやった。

「地下の部屋に隠れろ」

 低く鋭い声、俺は困惑した。すぐに親父に腕を掴まれ、混乱はひどくなる。

 何も起きていない。なのに、何かが起きている。

「早くしろ! 一家心中する気か!?」

 レインが声を荒らげるのを初めて聞いた気がした。その手には黒い物が握られていたように見えた。

 親父は俺と母さんの腕を掴んで、引きずるように部屋を出た。

 俺は扉の閉まる音と同時に窓ガラスが割れる音と銃声を聞いた気がしたけど、わからなかった。


 地下室にいる間、俺は情けないことに震えていた。親父は「大丈夫だ」って繰り返すだけでそれ以上は何も言ってくれなかった。

 母さんは何も知らないだろうに、ずっと俺を抱き締めてくれていた。凄く安心するのに、離れなきゃいけない気がするのはいつだって兄貴のことがちらつくからだ。

 何もわからないまま、どれだけの時間が経ったのかはわからなかった。


 地下室にやってきたのはレインだけじゃなかった。なぜかレオも一緒だった。

 レインは親父と母さんに暫くホテルに滞在するように言い、護衛にレオを付けるとも言った。そして、親父は素直にそれを受け入れていた。

 俺はレインと帰ることになったけど、帰り道はずっと混乱していた。

 帰り際見た時、ダイニングの窓は割れ、母さんのお気に入りのカーテンは裂かれて、御馳走は無残な姿になっているのがわかった。

 何があったのかレインは言わなかったし、何で地下室があることを知ってたのかもわからない。

 家に帰ってからも小さな震えが治まらなくて俺は頭を掻き毟った。

「何だよ、何なんだよ……」

 俺は繰り返す。わけがわからない。本当にわけがわからない。

「言っただろう? お前は私が守る」

 安心させようとでも言うのか、レインは言った。だけど、安心できるはずがない。

「わけわかんねぇよ! お前は俺を殺しにきたんじゃねぇのかよ!?」

 レインは俺に「お前を殺す」と言った。なのに、守ると言ったり、わけがわからない。

 この問題は、今、はっきりさせなきゃいけない。

 そう思ったけれど、レインに抱き締められて何も言えなくなった。

「大丈夫だ、リオ。私がいる」

 そう言って、レインは俺の額にキスをした。まるでそうすることで俺の中の恐怖を拭い去ろうとするかのように。

 そうして、俺は泣いた。わけもわからずに泣いた。

 きっと、怖かったんだと思う。自分の知らないところで何かが変わり始めていて、俺はそれに巻き込まれているから。

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