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誰も知らない勝利の立役者

 深い森の奥。


 木々の隙間から差し込むわずかな光が、地面に長い影を落としていた。


 その静寂を破るように、巨大な咆哮が森全体を震わせる。


 目の前にいるのは、全身を黒い鱗で覆われた巨大な魔物。


 鋭い爪。太い四肢。そして、口元から覗く巨大な牙。


 その威圧感だけで、並の冒険者なら足がすくんでしまうだろう。


 SSS級魔物――黒獄竜(オブリビオン)。


 国の騎士団が総出で討伐に向かうほどの危険な存在だった。


 その黒獄竜《オブリビオン》が、ゆっくりと五人の冒険者へ向き直る。


「……来るぞ!」


 ナギサの声が響いた。


「トーピン、前を頼む! モネードは右側から攻めろ! カミリ、回復の準備を! ラメーヌは後方の支援を頼む!」


「分かった!」


 仲間たちが一斉に動き出す。


「任せて!」


 トーピンが大盾を構え、黒獄竜の正面に立った。


 次の瞬間、黒獄竜《オブリビオン》の前脚が地面を叩く。


「くっ……!」


 凄まじい衝撃が走った。


 トーピンの足元が大きく沈み、身体が後ろへ押し込まれる。


「トーピン、少し左に重心を移せ! そのままだと次の一撃を受けきれない!」


「分かった!」


 ナギサの指示に従い、トーピンが体勢を立て直す。


 その横を、風のような影が駆け抜けた。


「もらった!」


 モネードだ。


 黒獄竜《オブリビオン》の右側へ回り込み、鱗の隙間を狙って剣を振るう。


 キィンッ!


 金属音が響き、黒い鱗にわずかな傷が刻まれた。


「硬いな……!」


「無理に深追いするな! 次の攻撃に備えろ!」


「分かってる!」


 モネードは素早く距離を取る。


 その直後、黒獄竜《オブリビオン》の尾が地面を薙ぎ払った。


「うわっ!」


「モネード、伏せろ!」


 ナギサの声に反応し、モネードが身を低くする。


 巨大な尾が頭上を通り過ぎ、背後の木々をまとめてなぎ倒した。


「助かった、ナギサ!」


「油断するな。まだ終わっていない!」


 ナギサは黒獄竜《オブリビオン》の動きを見逃さなかった。


 攻撃の癖。足の運び。呼吸の間隔。


 そのすべてを瞬時に読み取り、仲間たちへ指示を飛ばしていく。


「カミリ、トーピンの腕を回復してくれ!」


「分かった!」


 カミリがすぐに魔法を発動する。


 淡い光がトーピンの腕を包み、傷ついた身体を癒やしていく。


「ありがとう、カミリ!」


「まだ無理しないでね!」


「ラメーヌ、モネードの攻撃に合わせて補助を!」


「おう! 任せとけ!」


 ラメーヌが魔法を放つ。


 しかし、その補助魔法は狙いからわずかに外れ、モネードの動きを十分に支えられていなかった。


 ナギサはすぐに気づいた。


「ラメーヌ、もう少し右だ。モネードの進路に合わせてくれ!」


「分かってるって!」


 ラメーヌは不満そうに返事をした。


 その間にも、黒獄竜《オブリビオン》は大きく息を吸い込んでいた。


「まずい……!」


 ナギサの表情が変わる。


 黒獄竜の口元に、黒い光が集まり始めた。


「全員、散開!」


 直後、凄まじい黒炎が森を飲み込んだ。


 轟音とともに木々が焼け、地面がえぐられる。


「ぐっ……!」


 トーピンが盾を構え、仲間たちを守る。


 だが、衝撃までは防ぎきれない。


「トーピン!」


「だ、大丈夫……!」


「カミリ、回復を!」


「すぐに!」


 ナギサは一瞬で状況を判断した。


 このままでは、全員が消耗する。


 長引けば勝機は遠のく。


 ナギサは後方から仲間たちの動きを見渡していた。


(みんな、それぞれ頑張っている。でも、まだ連携がうまくいかず、結局僕が足りない部分を補ってばかりだ)


(みんなを支えたくて、攻撃も防御も回復も、何度も失敗しながら練習してきた。それが嫌なわけじゃない。頼ってもらえるのは嬉しいから)


(だけど、本当に強いチームになるには、僕一人が支えるだけじゃ駄目なんだ)


(もっと互いを信頼して、みんなで成長していきたい。いつか全員で、最高の冒険だったと笑い合えるように)


(そのためにも、まずはこの戦いに勝つ。みんなと描いた未来を、僕は諦めたくない)

 

 ナギサは再び黒獄竜《オブリビオン》へと視線を戻し、にやりと笑った。


 ならば――。


「……今は、僕がみんなを支える」


 ナギサの身体を魔力が包み込む。


 次の瞬間、彼の周囲に複数の魔法陣が展開された。


 防御魔法が仲間たちを包み、回復の光が傷ついた身体を癒やす。


 さらに、仲間たちの身体に強化魔法が重なった。


 一人で複数の役割を同時にこなす。


 それは、彼の持つ唯一無二の能力――


『エニシングポッシブル』


 攻撃、防御、回復、補助、戦術。


 どんな役割でも最高水準でこなすことができる力。


 しかし、その能力には代償がある。


 使えば使うほど、身体に大きな負担がかかるのだ。


 それでもナギサは魔法を止めなかった。


「トーピン、あと少しだけ耐えて! モネード、黒獄竜の首元を狙えるか!?」


「いける!」


「ラメーヌ、モネードの攻撃を補助して!」


「任せろ!」


 ナギサの指示に合わせて、仲間たちが動き出す。


 ナギサ自身は後方から戦況を見渡し、全員の状態と黒獄竜《オブリビオン》の動きを把握し続けていた。


 トーピンが攻撃を受け止める。


 モネードが隙を狙って駆け回る。


 カミリが仲間の傷を癒やし、ラメーヌが補助魔法を放つ。


 そのすべてを、ナギサが後方から支えていた。


 防御魔法を維持しながら、仲間たちの動きに合わせて強化魔法を調整する。


 さらに、黒獄竜《オブリビオン》の攻撃を予測し、次に取るべき行動を瞬時に判断する。


 それは、普通なら複数の熟練冒険者が分担して行うような仕事だった。


 だが、ナギサはそれを一人でこなしていた。


 魔力を消費するたびに、身体へ負担が蓄積していく。


 それでも、仲間たちを守るために魔法を維持し続けた。


「トーピン、右へ避けて!」


「えっ!?」


 トーピンが反射的に右へ跳ぶ。


 直後、黒獄竜《オブリビオン》の爪が彼女のいた場所を叩きつけた。


「助かった……!」


「今だ! モネード!」


「おおおおおっ!!」


 モネードが一気に駆け出す。


 ナギサが作り出した一瞬の好機。


 そこへ、全力の一撃を叩き込んだ。


「これで終わりだぁっ!!」


 剣が黒獄竜《オブリビオン》の首元を深く斬り裂いた。


「グオオオオオオッ!!」


 黒獄竜の巨体が大きく揺れる。


 そして、地響きを立てながら地面へと倒れ込んだ。


 森に静寂が戻る。


「……や、やったのか?」


 トーピンが盾を下ろす。


「はぁ……はぁ……。倒した、よね?」


 カミリが息を整えながら尋ねた。


 ナギサは黒獄竜《オブリビオン》の様子を確認し、小さく頷いた。


「ああ。討伐完了だ」


「よっしゃあああ!!」


 モネードが剣を掲げる。


「SSS級だぞ! 僕たち、本当に倒したんだ!」


「ふふっ。すごいね、みんな!」


 カミリも笑顔を見せた。


 トーピンはその場に座り込み、ようやく安堵の息を吐く。


「はあ……。本当に、すごい相手だったね」


「いやー、さすが俺たちだな! SSS級なんて楽勝だったぜ!」


 ラメーヌは得意げに胸を張った。


 その声を聞きながら、ナギサは魔法を解除した。


 だが――。


「……っ」


 膝から力が抜けた。


 身体がぐらりと傾く。


「ナギサ!」


 モネードが慌てて駆け寄った。


 ナギサは片手を地面につき、どうにか倒れるのをこらえる。


「……少し、無理をしすぎたな……」


「大丈夫か!? ナギサ!」


「問題ない。少し休めば動けるよ」


 そう言って立ち上がろうとするが、足に力が入らない。


 その様子を見て、ラメーヌが鼻で笑った。


「おいおい、何へばってんだよ」


「ラメーヌ!」


 トーピンが咎めるように声を上げる。


 しかし、ラメーヌは気にした様子もなかった。


「SSS級を倒したんだぜ? もっと喜べよ。リーダーがそんなんじゃ、締まらねえだろ?」


「……悪い。少しだけ休ませてくれ」


 ナギサは苦笑いを浮かべた。


 モネードは心配そうにナギサの肩を支える。


「無理すんなよ。あとは僕たちに任せて」


「ああ、ありがとう」


 ナギサは仲間たちを見渡した。


 全員が無事だった。


 それだけで、今は十分だった。


「それにしても、最後は危なかったな!」


 ラメーヌが大きく伸びをしながら言った。


「でも、俺の補助魔法がモネードの攻撃にうまく乗ったおかげで、あの一撃が決まったんだろ? いやあ、さすが俺だな!」


「えっ……? 最後の攻撃は、ナギサが黒獄竜《オブリビオン》の動きを読んで、タイミングを教えてくれたからじゃないの?」


 トーピンが不思議そうに尋ねる。


「そりゃあ、指示くらいは出すだろ。リーダーなんだからさ。実際に攻撃を当てたのはモネードだし、俺の補助もあった。そういうことだろ?」


「まあ、確かにそうだね」


 カミリが頷いた。


「ナギサの判断が正確だったのは認めるよ。でも、僕たちだって自分の役割を果たしたから勝てたんだ。トーピンが守って、モネードが攻めて、僕が回復して、ラメーヌが補助した。みんなが頑張った結果だよ」


「そうそう! それに、俺たちはこれまでも何度も強敵を倒してきたんだ。今回だって、いつもどおりの連携だったってことさ!」


 ラメーヌは満足そうに笑った。


 ナギサは何も言わなかった。


 確かに、仲間たちがそれぞれの役割を果たしたからこそ、勝利を収めることができた。


 だが、彼らは気づいていない。


 トーピンが黒獄竜《オブリビオン》の攻撃を受け止められたのは、ナギサが敵の攻撃を予測し、適切な立ち位置を指示していたからだ。


 モネードが致命傷を避けながら攻撃を続けられたのも、ナギサが敵の動きを読み、危険が迫るたびに声をかけていたからだった。


 カミリが回復に専念できたのも、ナギサが防御魔法で仲間たちを守り、回復が必要なタイミングを見極めていたからだ。


 そして、ラメーヌの不十分な補助魔法さえ、ナギサが仲間たちの動きに合わせて調整し、足りない部分を補っていた。


 誰か一人でも判断を誤れば、全員が危険にさらされる。


 その状況を一人で把握し、戦況を整え続けていたのがナギサだった。


「でも……ナギサ、さっきから顔色が悪いよ。大丈夫?」


 トーピンが心配そうに尋ねた。


「大丈夫だよ。少し魔力を使いすぎただけだから」


「そう? ならいいけど……」


 トーピンはそれ以上追及しなかった。


「ナギサはいつも頑張りすぎなんだよ」


 カミリが優しい声で言った。


「でも、僕たちのリーダーなんだから、これからも頼りにしているよ」


「ああ。僕にできることなら、何でもするよ」


 ナギサは穏やかに答えた。


 カミリは安心したように微笑む。


 けれど、その言葉に甘えていることを、彼自身は自覚していなかった。


 モネードは何か言いたげな表情を浮かべていた。


「ん? どうした、モネード?」


 ラメーヌが振り返る。


「……何でもない」


 モネードは小さく首を横に振り、視線を落とした。


 ナギサは仲間たちの会話を聞きながら、静かに目を閉じていた。


 自分の働きを認めてほしいわけではない。


 ただ、仲間たちが無事であれば、それでよかった。


 その優しさが、彼らの甘えをさらに深めていることに、ナギサ自身もまだ気づいていなかった。


     *


 数時間後。


 冒険者ギルドの扉が開いた。


「おっ、帰ってきたみたいだぞ!」


 入口に現れた五人の冒険者を見て、ギルド内がざわめき始める。


「……おい、あれって」

「間違いねえ! ナギサたちだ!」

「本当にSSS級の黒獄竜《オブリビオン》を倒したのか!?」


 冒険者たちの視線が一斉に五人へ集まった。


「すげえ……!」

「SSS級を討伐するなんて、いったいどんな戦いをしたんだ?」

「さすが最上級パーティーだ!」


 次々と歓声が上がる。


「いやあ、そんなに騒がなくてもいいだろ!」


 ラメーヌは得意げに胸を張った。


「まあ、俺たちがSSS級を倒したんだからな! 驚くのも無理はないけどよ!」


「ラメーヌ、まだ討伐報告も終わっていないでしょ」


 トーピンが呆れたようにたしなめる。


「分かってるって!」


 ラメーヌは笑いながら、周囲の冒険者たちに向かって話し始めた。


「今回の黒獄竜はなかなか手強かったぜ! だが、俺の補助魔法とモネードの攻撃がうまく噛み合ってな。最後は見事に仕留めてやったよ!」


「へえ! それはすごいな!」


「さすがだな、ラメーヌ!」


 称賛の声を浴び、ラメーヌはますます得意げな表情を浮かべる。


「まあ、俺にかかればこんなもんさ!」


 その様子を見て、ナギサは小さく苦笑した。


「ありがとうございます。無事に帰ってこられて、本当によかったです」


 ナギサは軽く頭を下げた。


「さすがリーダーだな!」


 再び歓声が上がる。


 やがて五人は受付へ向かい、討伐の報告を済ませた。


 SSS級魔物の討伐が正式に確認されると、ギルド内はさらに大きな歓声に包まれた。


「本当にやったんだな……!」


「これで、また俺たちの名前が広まるな!」


 ラメーヌが上機嫌に笑う。


「そうだね。みんな、本当にお疲れさま」


 カミリも笑顔で仲間たちを見渡した。


 モネードはナギサの顔をじっと見つめた。


 やがて、顔色が良くなってきたのを確認すると、安心したように小さく息を吐いた。


「よかった……もう大丈夫そうだね」


「ああ。心配かけてごめん」


「ううん。無事ならそれでいいよ」


 モネードはそう言って、ほっとしたように微笑んだ。


 その一方で、ラメーヌはまだ周囲の冒険者たちに囲まれ、自分たちの活躍を語り続けていた。


「いやあ、今回も大活躍だったぜ! 俺たちにかかればSSS級だって怖くないからな!」


 ナギサはそんな仲間たちを静かに見つめていた。


 誰も欠けることなく、無事に帰ってこられた。


 今は、それが何より嬉しかった。


 彼らはまだ知らない。


 自分たちが勝利を収めることができた本当の理由を。


 そして、いつかその存在を失ったとき、何を失ったのかを思い知ることになる。


 彼らが最上級のパーティーでいられたのは、決して偶然ではなかった。


 そのすべてを支えていたのは、いつだってナギサだったのだから。

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