宿屋にて
宿屋の一室で、エイラとロザリナ、身だしなみを整えるために来てくれている侍女と髪結いの人が、四人で顔を突き合わせていた。
アナベルは宿屋に着いても寝たままだったため、現在は別の部屋ですやすやと眠っているはずだ。
「まずは湯浴みで疲れを癒して下さいませ。私がお手伝いさせて頂きます」
ロザリナが侍女に用意させて、手渡してくれた小袋を握り締め、服を脱がせようと迫ってくる彼女から、じりじりと距離をとる。
湯浴みの手伝いとか予想外だった! せっかく小袋を貰ったのに、これじゃ胸元に宝石があるの即バレ! バレたら信頼は木っ端微塵の灰になるッ。
「あのっ、私! 裸を見られるの恥ずかしくて! ひ、一人で入りたいんです」
言ってて本当に恥ずかしくなってきた。目を潤ませながら侍女とロザリナたちの方を交互に見る。きっと頬も真っ赤に染まってるに違いない。
「伯爵夫人……どういたしましょう?」
「エイラは恥ずかしがり屋さんなのね。分かったわ。みんな一度部屋から出ましょう。エイラは、湯浴みが終わったら呼んでちょうだいね」
侍女がロザリナに困り顔を向けると、彼女は一つ頷いてエイラにとって最善の行動をしてくれた。
何度も思うけどいい人だな。
部屋に一人きりになり、やっと気が抜けた。
胸元に隠し持っていた宝石を小袋に詰め込みながら、大きくため息をつく。
これから先、ずっとこんな生活が続くのかな……。お風呂に入るときも、何か物が欲しいときも、誰かにやって貰う生活が……? 駄目だ……考えただけで窮屈すぎる。できたら、お嬢様みたいな生活じゃなくて、自分のことは自分でやるような、アナベルちゃんの付き人みたいな生活がしたい。
服を脱ぎ、お湯に浸かりながら黙考する。
そもそも、アナベルちゃんの遊び相手兼作法の手本が私の役目なんだから、ここまでお嬢様みたいな扱いされる方が変なんじゃ? ロザリナさんには遠慮しなくて良いって言われてるし、ステファンさんにも頼っていいって言われたし、図々しいかもしれないけど晩餐のとき、二人に相談してみよう。
お湯で顔を濡らした後、軽く頬を叩いて気合いを入れた。
お湯から上がろうとして、はたと中途半端な体勢で固まる。
ドレスの着方が分からない……マジか。エレノアの記憶、混ざりそうで怖いけど、背に腹はかえられない! ……一人で着替えた記憶が……ない……嘘でしょ……!? さすが王女様……勘弁して。
◆◆◆
結局、一人で着られたのは肌着だけで、変な着方になるよりはとロザリナたちを頼ることになってしまった。
小袋は誰にも触られないように寝台の枕下に隠した。置く場所に悩み、苦肉の策だった。
「髪から整えた方が良さそうね。けれど大分短くなってしまいそうだわ」
「ご令嬢さえよろしければ、ウィッグを被るという手もございますが……」
「ああ、その手があったわね。エイラはどうしたいかしら?」
ロザリナが髪結いの女性と背後で話してたかと思うと、エイラの肩に手を置いて意思を確認してきた。
検問で目立たないような髪型にしておきたい。この世界の女性は髪を短くしたりしないのかな……。長いと邪魔だけど、検問が終わるまではウィッグを被っておいた方がいいかも。
「髪の長さに違和感があれば、ウィッグをお願いしたいです」
ロザリナにお願いすると、彼女は快く承諾してくれた。
髪結いの人に髪の長さを整えて貰うと、金髪は首の付け根あたりの長さになった。ウィッグを被らなければ動きやすくていい感じ。落ち着いたらこの長さを維持したい。
上から金髪のウィッグを被され、丁寧に軽く結われエレノア本来の美しさが顔を覗かせた。
自画自賛してるみたいでなんだけど、やっぱりエレノアは美人さんだ。銀髪だったときは儚げなイメージだったけど、今は陽だまりの中で健康的に過ごしてそうなイメージ。
姿見をまじまじと見ているうちに、侍女がドレスを着せてくれていた。
どこからどう見ても高貴な令嬢にしか見えない。服装と髪型がいかに人の印象を左右するのか、痛感するなぁ。
◆◆◆
侍女と髪結いの人が部屋を片付けて退室し、ロザリナもアナベルの様子を確認しに部屋を出て行った。
その隙に寝台の枕下から宝石が入った小袋を取り出し、懐に忍ばせた。
もうこんな疲れる思いしたくない。早くこの呪物を処分しないと。明日から船旅だから、海にでも撒いてしまおう。海上なら、例えこの宝石がGPS機能付きでも私の居場所は追えないだろうし。
にっくき男の薄ら笑いを思い出し、頭の中で制裁を加えた後、部屋を出ると廊下に侍女が立っていた。
「エイラ様。ベルを鳴らして頂ければ、お伺い致しましたのに。手が行き届かず申し訳ございません」
あ、そうだった。ベルを鳴らすよう言われてたんだった。宝石に気を取られ過ぎてて聞き流してたかも。侍女さんごめん!
深々と頭を下げて謝られてしまい、慌てて声をかける。
「こちらこそベルを鳴らすの忘れてしまって……貴女のせいではないので、頭を上げて下さい!」
「お許しいただき恐縮でございます。では、伯爵様方が晩餐の席でお待ちですので、ご案内致します」
彼女はすっと姿勢を正すと、晩餐の部屋まで先導してくれた。
部屋では、トゥルー夫妻とアナベルが席に座って和やかに話していた。エイラの入室を知ると、彼らは一様に笑顔を向けてきた。
「エイラお姉ちゃん? わぁー、お姫様みたい! アナベルもお姉ちゃんみたいに、なれるかなぁ?」
「アナベルちゃんありがとう。アナベルちゃんも大きくなったら、素敵なお姉さんになれるよ! 今だってこんなに可愛いんだから」
アナベルが席から身を乗り出し、身振り手振りで感動を伝えてくれる。まん丸お目目がキラキラしてて、つい抱き締めたくなってしまう。
手を伸ばしそうになる衝動を抑え、用意された席に座りながら、アナベルに話しかけて笑顔を向けた。




