トゥルー伯爵一家
馬を走らせながら考える。
エレノアって何者なんだろう。あの豪華な結婚ドレス、絶対普通の身分じゃないよね……。あの従兄? のことも簒奪者って言ってたし、この国? 世界? の王族だったんじゃ……え、王女様ってこと? やば。お姫様じゃん。なら私はお姫様を救い出した正義の味方ってこと? なにそれ燃える。このまま男から逃げ切ったら、エレノアが私を慕ってくれるかもしれないってこと? 王女様と友だち……なんて甘美な響きだろう! 憧れていたアニメの世界が現実に! 西洋剣術と乗馬術、習ってて良かった! マジでグッジョブじゃない?
街の灯りが見えてきたところで、はた、と馬を立ち止まらせた。
ちょっと待って。エレノアは王女様(仮)。なら、この髪や目も王族の特徴な可能性、ありそう。だってこんなに綺麗なんだから。今はざんばらで可哀想だけどさ……さらさらストレートの銀髪! やばい。口元がにやけるんだけど。惜しむべきは、真正面から愛でることができない点だ……。なんせ今は自分の体……。なぜ体ごと転移しなかったんだろ……というか、現実の私の体、どうなった? 意識不明で病院に担ぎ込まれてたりして……笑えない。お父さん、お母さん……親不孝な娘を許して。入院代……馬鹿にならないだろうなぁ。
顔横で風に揺れてる銀髪を弄ぶ。空を見上げてため息をつく。
こればかりは自分じゃどうすることもできないから諦めるとして。この髪色、染めた方がいいかも。まあ、街の人たちを見てみないと何とも言えないけど、極力外見で身バレなんてしたくない。次あの男に捕まったら、今度は逃げられない気がするし。エレノアー、起きてよー。寝てるのか、気絶してるのか、安心して寝てるならいいけど、私のせいで気絶しちゃったなら申し訳ないんだよ……。不安だ……不安すぎる。というか、私が情緒不安定過ぎて、どうしたらいいか分からん……。
待っててねと馬に合図して、馬から降りる。
銀髪だし木の実の汁とかで髪色、変えれたりしないかな……。
川辺に咲いている黄色い花。なぜかその花が気になり、手折ってみた。
幼い頃、髪飾りとして従兄が贈ってくれた記憶が頭の中をよぎる。自分自身で体験したような臨場感。
懐かしさで目元が潤む。それと同時に両親を殺された絶望感と裏切られた悲しみが後から後から押し寄せ、泣き崩れる。
優しい従兄が好きだった……淡い恋心だって抱いてた。それなのに……ルシアスは……あの簒奪者はッ! わたくしたち家族の信頼を踏みにじったのよッ
あ……私はエレノア? エレノアが私……? わ、分からない、分からない! ま、混ざったの……? エレノアの返事がないのは私だから……?? そう言えば私って、自分の名前……なんだった? お、覚えてないっ。ど、どうして!? おかしい、こんなの有り得ないってば! あ、こ、怖すぎる。もしかして私はエレノアが作り出した架空の人格で……だけど、記憶は? 現代の記憶あるじゃん……。こ、これすらもエレノアの想像力の産物……?
川辺にへたり込んで自身の体を掻き抱く。駄目だ、震えが止まらない。急激に体が冷えて歯の根まで合わなくなった。こわい、怖いッ! 自身が誰だか、そもそも、存在してるの? どうなってんの?! こんなの嫌だ! エレノア!!
「お兄ちゃん? あれ? お姉ちゃん?? どうしたの? お腹……空いてるの? このお菓子……アナベルのだけど……食べる?」
聞こえてきた幼い少女の声。縋るように横を見上げると、ピンクブロンド色をしたゆるふわ髪を後ろで少し取った三つ編みにした、可愛らしい女の子が小さな手に持った菓子袋から、ビスケットのような物を取り出して差し出してくれていた。
ちょっ、天使……リアル天使がいるんだけど!
ぽかんと口を開けて少女を見つめる。先ほどまでの絶望感が嘘みたいに引いて行った。
ピンクブロンドに、まん丸とした黄色がかった柔らかい茶色の目。榛色? 丸みを帯びた白い頬に、自然な色の唇。十歳くらいかな? 将来絶対美人になるよ!? お姉さんが保証してあげる! やばい、可愛い。あ、まって、髪、髪だけでも染めよう。
「アナベルちゃん……ありがとう。アナベルちゃんのおかげで元気がでたよ。ちょっと髪だけ染めるから、一瞬だけまっててくれるかな?」
怖がらせないように、にっこりと笑いかけてからゆっくりと立ち上がる。
手に黄色い花を持ち、川の水で濡らしてから頭の上で搾ることを何度か繰り返す。エレノアが昔、この花の汁で髪を金髪に染めて怒られてた。強力な染料で一度色がつくと一月は落ちなくなるって。
髪全体に花の汁を揉み込んだ後、川の水で手を洗いながら自身を見た。
銀髪から金髪に様変わりしたのが分かる。
ナイス機転! アナベルちゃんー。今行くよーって、ちょっと待って。馬……居なくない? に、逃げられた……!? そんな馬鹿な……いや、私ならありえる。馬に好かれた事ないんだから!
馬がいたはずの場所には、長旅用の馬車が一台停まっていた。
もしかして、アナベルちゃん、あの馬車から降りてきたのかな……。
◆◆◆
トゥルー伯爵一家は、自国の内乱が終息するまで娘の安全を考えて、北の隣国カスティア王国の親戚の家に避難していた。
自国ミルドネス帝国の内乱が終息したとの知らせを受け、帝国へと帰還する道中のこと。
馬車の中で退屈そうに外を眺めていた娘のアナベルが、突然立ち上がり馬車を停めるよう強請ってきたのである。
トゥルー伯爵は馬車を停めるよう馭者に合図を出した後、アナベルに理由を尋ねた。
「お外でうずくまってる人がいるの……アナベルお菓子を分けてくる」
外はまだ夜の帳が明けきらず薄暗い。トゥルー伯爵と夫人は顔を見合せた後、娘の主張に困ったような視線を向けた。
「世の中には危険な人も沢山いるのよ? アナベルの優しさは分かるけれど、今回は我慢してちょうだい」
「でもでも! あの人、苦しそうなの! アナベル助けてあげたいんだもん!」
馬車が完全に停車した瞬間、アナベルが身を翻して華麗に車内から飛び出して行ってしまう。
「アナベル! 待ちなさい! ……娘は身軽だな……。誰に似たんだ?」
トゥルー伯爵は中途半端に立ち上がったまま、顎に拳を当て首を傾げた。
「ちょっとステファン! 感心している場合ではありません! 早く追いかけましょう!」
トゥルー夫人は、アナベルに似たピンクブロンドの髪を振り乱し、鬼気迫る様子で伯爵を促した後、馬車から身を翻して飛び出した。まるで先ほどのアナベルを見ているようである。
「なるほど……娘はロザリナに似たんだな。なるほど、なるほど」
夫人の行動力にまたも感心した様子で頷いたトゥルー伯爵ステファンは、のんびりと馬車を降りて娘たちの方へと向かった。
◆◆◆
髪を染めた後、馬が居ないことに絶望しながらアナベルの元へと向かうと、先ほどまでは居なかった、二人の大人が少女の両脇に立っていた。
女性がアナベルに対して身を屈めながら、険しい表情で小言を言っているのが聞こえる。
「アナベル。いいこと? 例え気になることがあったとしても、急に馬車から飛び出すだなんて、怪我でもしたらどうするつもりだったのかしら? お転婆なのもほどほどになさい」
「そうだぞアナベル。降りるときはゆっくり降りなさい。怪我がなくて良かった。ロザリナ、君は自分の行動も振り返った方がいいんじゃないかな?」
項垂れているアナベルを、女性の隣にいた男性が抱え上げて頭を撫で始めた。
「ちょっとステファン! それってどういうこと? わたくしが何かしたとでも……あら? ……おかしいわね……わたくし、アナベルを叱る資格……なかったわ!?」
ロザリナと呼ばれた女性がステファンという男性に食ってかかった後、口元に扇を広げて誤魔化すような笑い声を出し、終いには体ごと向きを変えて取り乱し始めた。
どうしよう、声掛けづらい。だけど、アナベルちゃんにはお礼を言いたいし……。でも私、物凄く怪しい格好してない? 塔にいた兵士の服装だよ? しかも髪は生乾きのざんばら金髪だよ? 細剣も腰に差してるし、怪しいというか、危険人物にしか見えなくない?
自身の薄汚れた体を見下ろす。
不審人物で危険人物じゃん。下手したら捕まって、尋問? 拷問? 最悪……殺され……に、逃げようかな。ごめん、アナベルちゃん。私、話しかける勇気、ないかも!
そろりそろりと後退り、ぱっと後ろを向いて走りだそうとした瞬間。
「あ! お姉ちゃん! 戻ってきたの? アナベル、ちゃんと待ってたんだよ。偉い? 褒めて褒めて!」
アナベルちゃーん……。
逃げようとした体勢のまま、こちらを見ている三人に向かって引きつった笑みを浮かべた。




