異世界帰りの元勇者の日常
これは使いたくても使う場所がなかった勇者サトシ(魔王戦死亡後)に転移した現代日本でのエピソードです。魔王に殺された父親(誠:別名勇者アレス)が出て来ず、異世界トラック運転手たちが先に出てきて本編との矛盾がありカットしたものです。外伝みたいなものとしてお楽しみください。
僕たち5人はモリ高という学校へ転入した。少し若返って高校二年生になった。妹のユイは高校一年生だ。
凄いなと思ったのは女神様の神様繋がりで、新天地である日本という国で5人分の戸籍を用意してくれ、養子扱いではあるが義理の両親も出来た。僕と由衣は兄妹だ。瑞葉、由愛と義孝の兄妹、小林幹夫もそれぞれの自宅が用意され、無事に高校に通うことが出来た。
左から小林幹夫、由愛、義孝、瑞葉
ハルちゃんは転移や転生の際には記憶を消すということを話していたが、僕達の場合は異世界を平和にしたことが多大なる評価となっているらしく、記憶は消されたものの、捨てたくない一部の思い出などの記憶は”印象”というアヤフヤな感じで残されていた。大サービスだった。
手前:稲垣華ことハルちゃん、後ろ:瑞葉
そして小さい頃からの記憶も新たに作られ今の記憶達と融合している。細かなところでは幼少期の写真とか用意されているらしい。ケアは万全だそうだ。そんなことを書くと不安に思ってしまうが、実際は大したこともなく、ストレスにも感じなかった。
新しい息抜きの生活が始まった。僕達の記憶もどんどん消えていった。そして休暇のような安全、安心な日々を楽しもう。
勇者サトシ:高校生バージョン
★★★★
妹の由衣と遊園地に行った。大観覧車に乗った。水族館、動物園や科学館、映画館、図書館と色々な所へ遊びに行った。楽しかった。
幹夫君や義孝君や彼の恋人の瑞葉さんとは釣りに行って夕飯を賭けた大物大会を開催した。アスレチックや迷路、ゴーカートなどにもよく行った。夜に健康ランドに寄って温泉に入るのも気に入っていた。
義孝君の妹の由愛ちゃんや僕の心の恋人ハルちゃん(片想い)とは水晶やメノウなどの石拾いで渓流の川べりなどへハイキングに行った。ハルちゃんも大きな黒水晶や飛びっきり奇麗なメノウをゲットして喜んでいた。
同じような日々を繰り返しているが、停滞しているわけではない。退屈な繰り返される日常でさえも、全体で見れば少しずつ前に進んでいるのだ。学校の勉強もしっかりとこなしていた。
夜。僕は自分の部屋のベットで壁に凭れ掛かりながら漫画を読んでいた。クラシック音楽を流してBGMにしている。実は驚かれることが多いが僕はクラシックが好きだ。ブルックナー交響曲第三番ニ短調、ブラームス交響曲第一番第一楽章などが好きだ。
文明の利器であるエアコンが快適な空気を送っている。ふぅ~、平和だな。溜息をつきながらまた漫画に目を落とした。今夜は妹の由衣が大人しいな。
コンコン、コンコン……
「お兄ちゃん、今良いかな?」
「いいぞ」
「じゃーん! この服どうかな?」
由衣が新しく買ってもらった服を着ていた。どうやら見せに来たらしい。クルっと回ったり、スカートをつまんだり、少し屈んだりして上目遣いで可愛くアピールしている。
「そうだな……僕の好きな白い系のフワっとしたワンピース、とても可愛いぞ」
「ほ、本当? 嬉しいな」
「由衣が服を着て似合わないというのがありえないぞ。今回も可愛いな」
「ふふふ、ありがと」
「そういや由衣は長いスカートがデフォだが、短いのは穿くのイヤか?」
「男性の視線がちょっとね……」
「そうか、それは残念。僕は結構短いスカートが好きだからね」
「良かったら着てこようか?」
「由衣……お兄ちゃんを誘惑したら直ぐに落ちちゃうから危険だぞ」
「もう! そんなこと言うんなら私……」
抱き着こうと近づいてきた由衣が僕のズボンの方を見て顔を真っ赤にして無言で部屋に戻っていった。何があった?
どうやら僕の社会の窓が開いていたらしい。何も言わず部屋に戻るだなんて微妙に心が削られるんだけど、可愛いかったから良しとしておこう。今夜も平和な日常であった。
★★★★★
眠気の宿る朝、僕は気怠い体を引きずって登校していた。一緒に妹・由衣がいる。
由衣は兄の手を取ろうとして恥ずかしくて引っ込める、また手を取ろうとして恥ずかしがって引っ込める、を繰り返していた。そして最後まで手を繋げないのが通常だった。
この由衣の仕草を背後を歩きながら眺めていた男子たちは、その可愛らしさに即座に恋に陥る。由衣は恐ろしいほど可愛い生き物なんだ。
「おや?」
通学路に交差する細いわき道に由愛ちゃんがいた。彼女は義孝君の妹である。目が合った。「おはよう」と気軽に挨拶をした。由愛ちゃんが嬉しそうに僕に駆け寄ろうとしたとき、僕の背中に回った妹の由衣がひょっこりと顔を覗かせる。
「ん、聡お兄ちゃんのお知り合い?」
「ああ、義孝君の妹さんで由愛ちゃんという娘だよ」
「こんにちは! 今、お兄ちゃんを……、あ、義孝お兄ちゃんを待っているんです、私。」
妹由衣は賢い子である。即座に由愛ちゃんが僕に対して恋心を抱いていると察したらしい。ふふ。でも非難や嫉妬をぶつけたりはしない。自分が妹であるという立ち位置をしっかり理解しているからさ。
(注:サトシ君の勘違いです)
由愛ちゃんは立ち止まって僕と由衣を交互に見る。僕たち兄妹をカップルだと考えているのか、まだ由衣が妹だとは気づいていないようだけど。
「あ、あの、私は聡お兄ちゃんの妹の由衣といいます。貴女のお兄様の義孝先輩はとても素敵な方ですよね、私のクラスの女の子たちも褒めちぎっていますよ」
由衣(ま、まさか、この可愛い子が義孝先輩の妹さんなの? 私なんかじゃ義孝先輩に声すらかけられないわ……。由愛ちゃんと友達になりたい)
「そ、そんな……お兄ちゃんを褒められると私も嬉しいな……」
顔を赤くする由愛ちゃん。可愛いな。
「おはよーー! なにしてるの? 学校、遅刻しちゃうよ」
突然、声を掛けてきたのは僕の憧れのクラスメイトであるハルちゃんだった。
「あ、稲垣華さんだ、し、失礼しまーす」
駆け足で遠ざかる由愛ちゃん。僕は空かさず追いかける。
「由愛ちゃん! そんなに走ったら危ないよー」
(私が嘘告でヨシくんと付き合い出したばかり、もう由愛ちゃんに知られているんだ……お兄ちゃん大好きっ子だもんね、ヨシくんを奪ってしまって、ごめんなさい)
★★★★★
……そして後日、高校に向かって歩く僕の隣にいる女の子は妹の由衣ではなく、由愛という少し似た名前の可愛らしい娘だ。トコトコと横について歩いている。彼女は義孝君の妹で、以前より知り合っていて仲が良くなった。
妹とは違う印象で、一緒に居ても新鮮に感じる。由愛ちゃんは高校一年生。妹と同学年だ。今朝は偶然に会って一緒に登校しているだけだが、先に行った妹がこの光景を見たらどう思うだろうな。フフフと微笑んでいるある意味キモい僕である。
教室へ入ると「お兄ちゃん!」と妹がやってきた。廊下で僕が来るのを待ち構えていたらしい。
「いいですか、お兄ちゃん! 明日からは私も一緒に登校します。これは破ってはいけない約束です。いいですね、約束しましたよ!」
どうやら僕と由愛ちゃんのツーショット登校姿が妹の目に入ったらしい。妹は毎朝、僕の登校姿を校舎から見ている。妹の入学時に、僕は一緒に行こうよと誘ったのだが、数回一緒に行っただけで「なんだか私、居心地が悪い」と先に家を出るようになった。
まぁ僕と由衣は兄妹だから、イチャイチャっぽくするのを他の男子たちが目の当たりにすればジロリと睨まれる、その視線を感じて照れてしまうのだろう。または思春期ゆえにお兄ちゃんとは一緒に歩きたくないとかだったりして。それは辛い。
由衣は小動物的な可愛さがあり、男子に人気である。ゆえに教室で僕を指さし「一緒に行く」と宣言したものだから兄妹と知らない男子は嫉妬の目で僕を見ていた。
お兄ちゃんという単語を兄妹ではなく目上の男子に対して使っていると考えているらしい。話によるとよくあることだというし、ああ、また説明をしなきゃならないのかな、少しだけ面倒くさいな。いっそのこと今後嫉妬されないように何とかならないものだろうか。
「由衣、覚えていないかな? 今朝一緒に居た子は義孝君の妹・由愛さんだよ。偶然に道すがら会って一緒に登校しただけ」
「そ、そんなこと聞いてないです!」
「まぁまぁ、由衣、こっちにおいで」
「う、うん……」
由愛の顔が赤く染まってきた。実はこれ、義孝くんに伝授して貰った家族ハグだ。僕は由衣を優しく抱擁し、頭を撫でた。これをすると由衣も大人しくなるのだ。
周囲の連中に口パクで「妹だ」と伝える。これで今後は何も言われないだろう。恋人でもない男女がハグするのは高確率で兄妹だからだ。(#聡お兄ちゃん調べ)
「え~~~っと、みんな、聡くんと由衣ちゃんは兄妹だからね、誤解すると恥ずかしいよ」
遅れて教室に来たハルちゃんがナイスフォローを入れてくれた。流石、僕の片想いの女子だ。改めてハルちゃんの機転の良さに惚れてしまう。こんな美人で可愛い娘と席が隣同士になったこと、僕の人生にとって幸運だったなぁとシミジミ思う。
「あのねサトシくん、今朝、途中の通学路で貴方を待ってたんだけど、どういうルートで学校まで来たの? 教室に着いたらもう来てるし、あなたに会わなくて心配しちゃったよ」
「ああ、ごめん、たまたま道を外れちゃってさ。義孝くんの妹の由愛ちゃんがオロオロしていたから声を掛けに行ったら道が外れた。それにハルちゃん、僕を待っててくれたんだね? ありがとう」
「由愛ちゃん? 朝っぱらからナンパにでもあったのかしら」
「どうだろうなぁ、なんも言ってなかったけど」
「ふ~ん。あとさ、私がサトシ君を待ってただけで、そんなに嬉しがらなくても……気の毒になっちゃうよ」
「お兄ちゃん、ハグ長いよ……私の精神、もたなくなっちゃう……」
「う、羨ましくて目が離せん」(一般男子)
「サトシくん、たとえ妹の由衣ちゃんでも長すぎるハグは駄目よ。愛情に昇華しちゃうから。時間が長くて、手が背中とか身体をなでなで触ったら、それは家族ハグじゃなく、恋人ハグだからね」
ハルちゃんはビシッ! と僕を指さした。
「あ、はい、すみませんでした……」
僕はなぜか彼女に逆らえない。それも徹底的に。惚れた弱みとは違う、何か敬うような……。
★★★★★
サトシの妹、由衣side
私の心、ドキドキが止まらないわ。義孝先輩を妹の由愛ちゃんと道の脇で待っていたのに、いざ義孝先輩が来たら声を掛けることも緊張で何も出来なくなってしまうし、オロオロしちゃった……。
そしたら後から聡お兄ちゃんが私たちに気づきこっちへ来てしまったので隠れちゃった。由愛ちゃんに代わりに犠牲になってもらったわ。
いつか義孝先輩と一緒に登校できるといいな。聡お兄ちゃんと一緒に登校したほうが、きっと私から先輩に声もかけやすいと思う。先輩と手を繋ぐ練習をお兄ちゃんでしておかなくっちゃ。
★★★★★
実は、義孝と一緒に登校できることを物凄く楽しみにしている由衣であった。
サトシは妹の気持ちも、由愛ちゃんの気持ちも、ハルちゃんの気持ちも読み違えたままであった。モテるくせに女心が分からない、いずれ暴走してしまうのかと危惧されていたが、見事、その予感は当たるのであった。
★★★★★
こないだ一緒だった由愛ちゃんは今日は部活の朝練で先に学校へ行ったと妹から聞いた。ハルちゃんもいない。今朝は一人だけでの登校だ。ふふ、寂しくなんかないやい。
トボトボと今日の予習を頭の中で反芻しながら歩いていると、横から知らない女の子が走ってきて追い抜いて行った。なぜか嫌な予感がしたので彼女を追いかける。
「ヨシタカせんぱーい、おはようございまーす!」
パァァーーーーン、どーーーーーん
「聡お兄ちゃん、お兄ちゃん! おにいーちゃーーーん」
「サトシ先輩、せんぱいっ! せんぱーーーい」
「ああ、私が義孝先輩に声を掛けようと追いかけたのが原因……?」
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「転移トラック運転手のオジサンです。こんにちは」
「いつも可愛い助手席担当の娘です。お元気ですか?」
なんだか以前にもこのシチュエーションがあった気がする……! 狭い道なのにトラックとか! 気配すらなかったのにいつの間にか出現しているトラック、ああ、頭がクリアーにならない。まさかトラックに跳ねられ走馬灯でも観ているのだろうか。
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またもや異世界に放り込まれる運のないサトシであった。
もしかして彼女は僕の事を好きなんじゃ……?
という野生の勘は普通にハズれますので、男性諸君のみなさんも気をつけましょう。