第二話
神楽が視聴覚室に戻るとすでにその部屋には一面の真っ白いクロスを敷かれているテーブルで埋まっていた。当然そのテーブルの周りには椅子が備えられており、ソファーなんかも充実していた。
「なんですか、これぇ!」
「何っておもてなしの準備に決まっているでしょ」「だよねぇ」
姉妹はさも当然のことのように語り始める。周りもその言葉に異質さを感じていないようだった。
要はこの空間において排除すべきは神楽の考えということだった。ただ、読者にはこの違和感がわかるだろうか?普通に考えて、視聴覚室にテーブルや椅子、ティーカップを用意しているのはおかしいことのはずだ。よくよく考えてみれば、さっきの会話の中でこのおかしさに気づくべきだった。
そんな不思議な恐怖も感じつつ、放課後、癒しの時間の暁鐘が鳴る。
次々に入ってくる女の子たち。おおよそ全員が入ったかと思うほど流れが緩やかになった時、神田先輩が女の子たちみんなに神楽の説明を始める。
「さぁ、僕のお姫様たち。今日はこのホスト倶楽部を体験に来た新人がいるから、仲良くしてやってくれたまえ」
「「「きゃー!」」」
「はぁ」
神楽はため息が大きく出てくる。彼女の入場の時と同様に艶やかな声を垂れ流して、女の子を盛り上げる彼女の所業に感嘆と畏怖が広く神楽の心を占めてしまっていた。神楽は女の子たちとは少し違うのかもしれない。それと、後ろに控えている麗人たちは心涼しげに突っ立っている。
それからは麗人たちが可憐な淑女にお茶をもてなしている。きゃっきゃうふふなその空間にどうしたら良いものかと神楽は困惑している。取り敢えず言われた通りにカップにお茶を淹れる。当然、庶民の神楽にはまともなお茶の淹れ方なんて知らないのでティーバッグを使ってお茶を淹れる。神楽にとってこの香りは少しばかりの贅沢の匂いではあるのだが果たして、神田先輩方の舌に合うのかどうか。
取り敢えず持っていく。
「良い匂いだな、どこの茶葉だ?」
「どこのと言われてもただのティーバックですけど」
その言葉に女生徒を含め、全員が驚愕の事実といった表情をする。
「Tバッグですか、下着で茶が飲めるのですか?」
神代先輩が意味のわからない発言をする。
「ティーバッグです。お茶っ葉を詰めた袋のことですよ。お湯を注げばお茶が淹れられるんですよ」
皆は開いた口が塞がらない様子である。
全員が神楽の淹れたお茶に口をつける。美味しいのかどうかは彼女たちの反応を見るのが一番であった。そしてその反応はどういったものだったのか、それは期待通りの満足げな表情だけが花開いていた。
「うまいな。よし、これからはこの庶民茶を活用していこう。で、これは一体いくらだったんだ?」
ええ、本当にこれでお茶にするつもりなのか?
「いろいろありますけど、これは二十パックで五百円程度ですよ」
「一個二十五円だと。これが庶民の金銭感覚」
「悪かったですねぇ」
この人は本当にデリカシーというものがないのだろうか?さっきはスルーしたけど少し癪にさわる。その様子に後ろに控える神代先輩は首を横にふる。こういう状況はこれからも続々と押し寄せるということなんだろう。そんな時に、神水先輩が目を覚ました。ここだけの話、彼女は実はかなりの才女らしくその才能故に燃費がものすごく悪く暴食暴眠を謳歌しているのが彼女の状況であった。さて、彼女が何故目覚めたかと言えば、今まで嗅いだことのない美味しそうなお茶とお菓子の匂いを嗅ぎつけてきたからというところが正しい。ちなみに用意されたお菓子というのは庶民には少し高級感を感じさせるコンビニスイーツであった。もちろん用意したのは他の誰でもない神楽である。
「まぁ、こんなプラスチック?の容器に入っているお菓子なんて食べて大丈夫なんでしょうか?それにベタベタとシールが貼られておりますし」
「皆、そんなことを言うものじゃないよ。せっかく新人が買ってきてくれたんだ、庶民の味というものを知ることもまた我々貴族のなすべきことの一つだと思うぞ。それにそんな発想は美しい君の瞳を暗く汚してしまうじゃないか。ねぇ、お姫様?」
言葉に端々にイライラすることが存在しているがここはスルーすることに徹しよう。なんだかんだフォローしてくれているようだし。
「きゃああ!雪羅様〜。今日もお麗しいですわ」
それに女生徒たちも黄色い歓声にかまけて庶民食への恐怖というものを忘れてしまっている。その上、自分たちのヒーロー様が勇敢にも一口また一口と食べていくので皆も続々と食べ始めている。
「信じられませんわ。こんな下賎な食べ物を私たちに食べさせようなどと。そうですわ、彼女は私たちのことを汚すおつもりなんですわ」
どうやら、神楽の買ってきた食べ物に恐怖するあまり彼女に当たり始める生徒も出てきたようだ。仕方ないと言えば仕方がないのだが、誰だって今まで食べてきたものと異なるものを出せれて食べるように強要されれば嫌がるというものである。まぁ実際のところは強要もしていなければ、理由としてみればいきなり自分より下の人間がチヤホヤされ始めたことによる嫉妬なわけだが。
「そうですか?残念ですね。それとも口移しなら食べられるのかな?」
「ふぇ?」
彼女の動きが一瞬止まる。何を考えているのかは手に取るように理解できる。彼女は要するに神田先輩に食べさせてもらえるのなら食べても良いかと思っているわけである。なんと浅ましい。
「そんな妄言に惑わされる私ではなくてよ。この花小路彼岸は日本を牽引する人間の一人ですわよ」
そんな人がホスト倶楽部なんかで楽しんでいて良いのだろうか?まぁ、その程度の人なんだろう。自分を律することもできないようなそういう。どうやら、神代先輩もそういう認識のようでどんどん陰で彼女を見る目が荒んでいっている。ただ、ホスト倶楽部としての面目は整えていたいようで彼女の視線がそちらを向いた時には満面の笑みで答えている。
結局、花小路様は一口も神楽が買って来たものには口を付けずに帰っていってしまった。
「あらー、花小路様はお帰りになられたのですか?」
「そのようだね」「残念だね」「「仕方ないね」」
姉妹は花小路様を慕っているのであろう女生徒と会話をする。
そのうちに下校を知らせる鐘が鳴り響いた。