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十三、祝辞

 それからの三日間、麗殊は桃晴宮で妃として皇帝を癒し──否、あの朧鳴帝がここに来るはずもなく、炉辰や栖遥とまったり過ごしていた。毎日、食のことばかり考えていた。

 そもそも昨日まで竹妃の喪服期間であったため、後宮の人の行き来はいつもより控えめなのだろう。


 風の噂によれば、竹妃の弔いは済んだらしく、竹枢宮に仕えていた者たちは四方に散らばっていったそう。空いた充媛(じゅうえん)の枠には、婕妤(しょうよ)の一人が格上げされたとか。宮中の事情はそれくらいのことしか分からない。

 

 ──九嬪の誰かが文句を言いに来てもおかしくない、なんて身構えてたけど、それもなかったわね。

 特別なことがあったとすれば、皇后と他の四夫人──蘭妃、菊妃、梅妃からの形式的な文と贈り物だ。文にはそれぞれ麗殊の冊封に対する祝いが述べられていた。

 ちなみに、四夫人の序列は当初、蘭妃、竹妃、菊妃、梅妃の順であった。しかし、竹妃の死によってそれより下位が繰り上がり、麗殊が参入したため、現在は蘭妃、菊妃、梅妃、桃妃となっている。


 先日の竹妃の記憶を見た時にも実感したが、文というものは、案外その人となりが分かるものである。

 後宮の主でもある皇后は最も格式張った祝辞と、壮麗な香炉を贈ってくれた。加えて別の箱に希少な伝統酢である香醋(こうず)の瓶が添えられていた。どこからか、麗殊が食好きであることを聞きつけたのだろう。餃子(チャオズ)に付けて食べるのが楽しみだ。


 他に、蘭妃は親しみやすさを持ち合わせた文と美麗な装飾が施された手鏡を、菊妃は端正なさまがうかがえる文と壁掛けの書画を、梅妃は柔らかく控えめな文と美しい扇子を贈ってくれた。


 形式もあるだろうが、高位の妃は同等の位の妃同士で仲を深めるというのは、どうやら本当らしい。

 四人に対して礼を述べる文を書き綴るのに手間取ったが、これも今後のためだ。皇后たちに取り入ることができれば、この先動きやすくなる。


「頂いたものはちゃんと使わないとねえ」


 美味しそうな桂花の香りを放つ香炉をぼうっと眺めながら、ここ数日のことを振り返っていると、門に備え着いた銅鑼がボーンと鳴った。これは来客の合図だ。


 麗殊はハッとして立ち上がり、姿見で身なりを整えて房室の外へ出る。ちょうどこちらへ向かってきた栖遥が麗殊に告げる。


「桃妃様、黄瑞殿からです」

「主上から……?」


 はて、なんだろうかとぼんやりしたまま門の外まで出ると、そこには見知った顔が立っていた。艷めく黒髪に金の簪を一本挿した男──朔である。

 喪が開けたため、その衣裳は深緑色の独特な官服に変わっており、なんだか新鮮に見える。一方、麗殊も今日は真っ白ではなく藍色の襦裙を身に纏っていた。


「甜麗殊、昇進した気分はどうだ?」

「あれ、どうしてここにいるんですか?」


 質問に質問で返す麗殊に、朔は奇妙な顔をして答える。


「どうしてって、桃を届けに来たのに……。要らないの?」

「いえいえっ、ありがとうございます! もう何日も前だったので忘れられてるのかと……」

「そんな言い方されるなんて悲しいな。取り寄せるのに時間がかかっただけなのに。極上の桃が欲しいって言っただろう?」

「私のために時間をかけてくださったのですね」

「そうとも」


 そういえば、桃が欲しいと言ったのだった。ここ数日なんの音沙汰もなかったので、すっかり忘れていた……というか、麗殊自身桃のことは覚えていたのだが忘れられているものだと思っていた。


 朔は「ほら」と言って手に持っていた漆塗りの木箱を麗殊へと押し付ける。ふと、彼が腕をこちらに差し出した瞬間、袖の隙間から白い手首が露になり、そこに赤い痣のようなものが浮かんでいるように見えた。


 ──この痣、どこかで見たことがあるような気がする。

 花の形をした小さな痣に引っかかりを覚えるが、思い至る前に木箱を受け取ってしまい、痣が袖の裏に隠れてしまう。


「本当にありがとうございます」


 麗殊はひとまず朔に感謝する。

 両手に抱えた木箱はずっしりと重みのある。この中に極上の桃が仕舞われているのだろう。


「敬語、使わなくていいよ。呼び方も朔でいい。相棒だからね」

「相棒……いいんですか?」

「いいよ」

「それならそうさせてもらうわ」


 さっそく、麗殊は気軽な口調で話す。敬語が堅苦しいと思ったことはないが、朔が言うならその通りにしよう。

 なぜか嬉しそうな朔に対して、麗殊は「そういえば、」と気になっていたことを切り出す。


「あの後、鎖徹殿と陶鼓さんはどうなったの」

「鎖徹は宮刑に処し、大医の位から外した。当人も竹妃様との関係を認めているし、当然の結果だね。この処罰は主上の許可を得て、牽制の為に他の大医にも伝えた」

「宮刑……そうなのね」


 宮刑は極刑とまではいかずとも、身体的にも精神的にも尊厳を損なうかなりの重刑だ。当人が妃との密通を認めたならば、そうなって然るべきなのだろう。そこを厳格に進めなければ後宮が乱れてしまうのだから。

 麗殊が苦い表情を浮かべる一方、朔は淀みなく話を続ける。


「侍女の処罰は難しいところだったんだけど、彼女の方から免職を求めてきてね。もう去っていったよ」

「よっぽど動揺していたものね……」


 妃の侍女とはいえ、後宮に身を置く以上は彼女も皇帝の女であるといえる。そのため、無断で大医と関係を持つことは条理に反し、秩序を乱す行為と見なされる。陶鼓から言い出さずとも罷免は食らっていたはずだ。

 ただ、彼女は鎖徹と竹妃の関係を知らなかった。それを思えば切なくなる。彼女をこのような結果にさせてしまった己の罪も、消えることはないだろう。


「それじゃあ、また会おう」


 本当に桃を届けに来てくれただけのようで、朔は身を翻して桃晴宮から離れていく。


 ──ぐぬぬ……。

 麗殊は箱を見つめて逡巡した末、朔に向かって小さな声で尋ねる。


「……桃、分けてあげようか?」


 欲望と葛藤しながら告げた麗殊に、振り向いた朔は目を丸くさせた後、ぷっと吹き出す。


「なんて顔してるんだ……ふふっ……」

「なっ、人の好意を笑うなんてひどい……!」

「ごめん、つい。遠慮せずにあなたが全部食べていいよ。また後で」


 朔は笑いながら手を振り、再び歩み去っていく。

 そんな彼の背中を麗殊は憮然と見つめた。

 この桃が貰えたのは、朔の諸々の協力のおかげでもある。そう思ったから聞いたというのに。


「もう、何よ。あんなに笑って」


 麗殊はこつこつと少し大きめな沓音を立てて、房室の中に戻った。


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