失言
大学から一人暮らししてるんだけど
母親が
なんだっけな?
少し昔の洋画を観て
「ロケ地に行ってみたい」
って言い出したんだって
それで父親から
「一緒に行ってやってくれないか」
って連絡来てさ
旅費は勿論出してくれるって言うから
初めてさ
海外旅行に行く事になったんだ
場所は
実は私もひそかに憧れてたヨーロッパ
いや広いね、ヨーロッパ
私もだけど
母も海外は初めてだし
その、実は
私は英語は全然で
母親は母親で
行くと決めてから英会話教室へ通って唯一覚えたのは
「how much is this(これはいくらですか?)」
冗談でなく本気でこれだけ
だからどうやって行くかの選択肢なんて端からなくて
全行程添乗員さん付きのバスツアー1択になったよね
それでさ
そう言えば大学の友達のAちゃんが
「海外旅行?何度か行ったことあるよ」
って話してたの思い出して
「部屋で飲まない?」
と誘ったんだ
部屋飲みだと安いしね
大学の中では一番仲のいいAちゃんなんだけど
海外なのにいつもまるで
「近所の公園に散歩へ行った」
程度の軽さで話すから
詳しく聞いたことなかったんだよ
すでに何度かお部屋にお招きしたことあるAちゃんとさ
テーブル囲みながら飲みながら話を聞きつつ
「やっぱり海外はスリとか多いの?」
って聞いてみたんだ
母親も私も
あんまり自覚はないけど
周りから見た印象としては
「のんびり、ボーッとしてる」
って言われるからさ
Aちゃんは缶ビール片手に
「あーそうだね、多いかも」
と思い出す顔をして
「でも、ツアーとかだと意外と同じグループの同じ日本人に盗まれることもあるよ」
意外な忠告を受けた
「海外に行くとさ
『日本人なら大丈夫』
とか謎の慢心あるからね
国内ならありえないことなのに
外国だと無駄に仲間意識芽生えるし
なんなら
ちょっと親しくしたり親切にしておけば
相手は何を盗まれたって
その国の人間に盗まれたかスラれたって思うから
全然疑われないよ」
って笑った
「そっかぁ」
ってね
流したけどさ
「全 然 疑 わ れ な い よ ?」
って、なんだろう
Aちゃん
もう、酔いが回った?
それでさ
唐突だけど
脳みそって凄いよね
思わない?
だって
だってさ
いきなり思い出すんだもん
途切れてた回路がいきなり繋がるような
あっ!?
って繋がるあの感じ
ええと
例えば
バッグに入れてたお財布から千円札がたまに減ってたり
買ったばかりの口紅が
お気に入りのピアスを無くした時
それ以外も
全部
全部ね
私
自分のズボラさが原因だと思ってたんだけど
でも
なぜか
その記憶の前後に必ず
目の前の友達がいる
Aちゃんがいる
そんな記憶が
一気にぶわっと脳内から噴き出すんだから
脳みそって
ホント凄いよね
私は
身体中に
鳥肌立ってるのに頭が妙に熱くて
高熱でも出た時みたいになって
ただ座って平静を装うのがもう精一杯だった
でも
Aちゃんは
失言に気づいていないのか
ううん
Aちゃんの方は
すでにそれが
「失言だった」
とすら
気づくことができないのか
「旅行
どれくらい行ってるんだっけ?
なんなら私、部屋の空気の入れ替えに通おうか?
合鍵、預かるし」
って
ニコニコしながら
胸の前で両手を合わせるAちゃんの指先が
どうしてか酷く黒ずんで見えた
なんなら
妙な焦げ臭さまで鼻に付く気がした