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第六章 第三話

魔術協会の地下室。ジャン=マリー・ド・コリニーは、黙々と床を磨いていた。

かつて筆頭魔術師の座を約束されていた男が、今は掃除係。その転落を、誰もが冷ややかな目で見ている。

「本を大切にしろと何度言えば」

上級魔術師が彼を睨みつける。積み上げられた魔術書が、乱雑に置かれていた。かつて自分は、それらの本を読みふける特権を持っていた。今は触れることすら許されない。

魔術の才だけが、自分の誇りだった。それを失った今、彼に何が残っているというのか。

エレオノールの言葉が、また耳の奥で響く。

「魔術師として、重大な過ちを二つ」

廊下を練習生たちが通り過ぎる。彼らの手には、自分が失った魔術師の杖。その光景に、ジャン=マリーの胸が痛む。

「許可のない魔法増幅」

一つ目の過ち。あの時の自分は、魔術の才さえあれば何をしても許されると思い込んでいた。その傲慢さが、全てを失う原因となった。

「そして、虚偽の痕跡判定」

二つ目の過ちは、さらに致命的だった。魔術師にとって、真実への誠実さは何より重要な徳目。それを踏みにじった時点で、もう取り返しはつかなかったのだ。

「教本はどこだ」

自分を見下ろすように積まれた魔術書を見上げる。かつては、あれほど手放さなかった本たち。今では、ただの紙束としか見えない。魔術師としての資格を失った者には、その中身を理解する資格もないのだから。

魔術協会の窓から、宮廷魔術師たちが練習する中庭が見える。

かつて自分もあそこで、誰よりも輝かしい魔法を披露していた。筆頭魔術師候補として、誰もが認める才能の持ち主として。

「この度の審議により、ジャン=マリー・ド・コリニーの魔術師資格を剥奪する」

宮廷魔術師長の言葉が、今も耳に焼き付いている。その時の自分は、まだ現実を受け入れられなかった。才能だけは、誰にも否定できないはずだと。

しかし、エレオノールの言葉が全てを覆した。

「魔術師の最も重要な資質は何でしょうか。それは真実への誠実さではありませんでしょうか」

その通りだった。魔術の才など、所詮は技術でしかない。魔術師として最も大切なもの、それは心の在り方だったのだ。

「新しい筆頭候補の練習が始まるぞ」

誰かの声に、ジャン=マリーは思わず振り返る。

中庭では、若い魔術師が演習を始めようとしていた。その姿勢には、魔術への真摯な向き合い方が表れている。自分にはない、何かを持っているように見えた。

「エレオノール様の指摘が正しかったということですね」

上級魔術師たちの会話が聞こえてくる。

「あの方は魔術の心得こそないものの、本質を見抜く目がおありだ」

その言葉に、ジャン=マリーは項垂れる。エレオノールは魔術を使えなくとも、魔術師の在り方を完璧に理解していた。一方の自分は、どれほどの魔力を操れようとも、その本質を見失っていた。

子爵家の出ではあっても、その魔術の才は筆頭魔術師の座すら約束されていた。しかし今、その全ては地に落ちていた。魔術の才だけを武器に、上級貴族の世界に食い込もうとした野心は、もろくも崩れ去っていた。

掃除用の雑巾を絞りながら、ジャン=マリーは思い返す。結局、自分は何を持っていたのか。魔術の才? それすら、今は使うことを許されない。子爵家の名門という誇り? 家名を汚した今となっては、それも失われた。

「おい、そこの掃除係」

通りがかりの見習い魔術師が、彼を呼び止める。その若者は、かつての自分の姿より、ずっと魔術師らしく見えた。

「筆頭候補だった男が、今は掃除夫か」

「才能だけが取り柄だった男の末路だな」

囁き声が、刺すように耳に届く。

かつて自分が読んでいた魔術書が、今も書架に並んでいる。しかし、二度と手に取ることは許されない。魔術の才だけを頼りに、身分の壁を越えようとした者への、これ以上ない懲罰。

それが、自分の現実なのだ。家柄の低さを才能で補おうとした野心は、今や完全な敗北を迎えていた。


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