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ヤンデレ白王子とクーデレ黒王子に取り合われるなんて聞いてないっ!

「本日は午前から殿下方がお見えになります。昨日お嬢様にお会いできなかったお詫びに、と」


 朝日が降りそそぐ広いダイニングの、真ん中を陣取る長いテーブル。その隅に着席しているわたしの目の前で、メイドがカップに紅茶を注ぐ。その背後には眼鏡をかけた侍女長が控えており、つらつらと今日の予定を告げていく。わたしはぼうっと揺らめく紅茶の表面を眺めながら、侍女長の言う「殿下方」の姿を思い浮かべた。


「そう、あの方たちが……。随分急な話ね……」

「はい。早朝に使いの者が来まして。お嬢様に会いに来る、と」


 これまで殿下方は何日も前から手紙を寄越してくれ、約束を取りつけてきたというのに、珍しいこともあるものだ。それに、昨日届いたばかりの手紙には会いに来る、だなんて一言も書いていなかった。殿下方は気まぐれ、とは言い難いような性格をしているし、考えれば考えるほど、ますます謎は深まるばかりだった。


「本日は午後からエイダ夫人に刺繍とピアノの授業をしてもらう予定でしたが、急遽来客が決まったので、その授業はまた明日になります」

「ええ……」


 虚ろな返事をしつつ、注がれた紅茶に口をつける。朝食を食べ終わったら、急いで支度をしなければ。そして、出迎える準備をして。と、考えながら並べられた朝食を一瞥し、フォークとナイフを手に取る。そうして、朝食の一切れ目にありつこうとした、その瞬間。


「「シャーリー!」」

 わたしの愛称を呼ぶふたつの声と、ダイニングのドアが勢いよく開かれる音、そしてそんなふたつの声を呼びとめる声が、立て続けに聞こえてきて、わたしは恐る恐る顔を上げた。今のわたしは、全然、人様に見せられるような格好ではない。


「やあ、シャーリー。昨日は誕生日おめでとう。会いに来れなくてごめんね。昨日は遅くまで戦場に赴いていたから……」

 恐らく殿下方の従者であろうひとたちの制止の声を振り切り、いの一番にわたしの前にやってきたのは、真っ白な軍服に身を包み、これまたエーデルワイスを思わせるような白い髪を持った、白王子ことヴァイス・レオンハルト様だ。笑顔でわたしへの祝言を述べつつ、昨日あった出来事を説明する王子の言葉はため息混じりだった。


「俺からも祝いの言葉を。おめでとう、シャーリー」

 言葉少なにそう言ってくれるのはヴァイス様の双子の弟君、シュヴァルツ・レオンハルト様だ。黒髪に黒の軍服がトレードマークの、通称黒王子。おふたりとも、大陸全土で人気を誇る有名な双子の王子で、それぞれ戦略の王子・戦闘の王子とも呼ばれている。彼らは一挙手一投足までもが新聞に取り上げられ、毎朝一面を飾るほどの注目の的とされている。その姿はさながら舞台俳優やオペラ歌手のようなスターを思わせた。


「おふたりとも、お忙しいところわざわざお祝いにきてくださり、ありがとうございます……。ですが、その、まだ支度もできていないので……」

 わたしは苦笑いを浮かべて、王子たちを見た。


 昨日誕生日を迎えて十七歳になったばかりのわたし、シャルロッテ・フェルスは、公爵家の一人娘だ。生まれたときから次期国王の結婚相手になることが決められている。彼らとは物心つく前から接してきたが、わたしからすれば彼らは兄、もしくは幼なじみのようで、どちらかと結婚している姿はあまりに想像がつかない。きっと、彼らもそう思っていることであろう。シャーリーは妹としか思えない、妹と結婚だなんて、などと。


 だが、幸いなのは仲が良好であることと、年もひとつしか離れていないということだろう。どちらかと政略結婚することになったとしても、悪くない生活が送れそうだ。世にはもっと悲惨で強引な結婚もあると知っているし、なによりわたしはフェルス公爵家の一人娘。国や家のために我儘は言わない。


「言われてみれば、そうみたいだね。でも、寝起きの君も可愛らしいよ」

 ヴァイス様が満面の笑みでわたしの頭頂部の髪を撫でつける。その仕草から、寝癖があったのかもしれないという焦りでわたしの全身がかっと熱くなった。


「あ、あまりまじまじと見ないでくださいまし……」

「なぜ隠す。かわいらしいのに」

 どこからかそんな声をかけられて、わたしはつい反射的にわたしの目の前にいるヴァイス様を見た。しかし、声の正体は彼ではない。彼の声に似てはいるが、どこか違う。わたしは恐る恐る背後を見た。


「……驚きました。シュヴァルツ様もそういったお世辞を言うように……」

 困惑がよく反映されているだろうわたしの言葉に、シュヴァルツ様はきょとんとした表情を浮かべている。


「世辞ではないが」

「……そ、そうですか」


 ヴァイス様はよくわたしを褒めてくださるが、社交場などでよく他のご令嬢を褒めている場面も見るから、ヴァイス様は社交辞令が得意な方とわたしは認識している。一方シュヴァルツ様は寡黙であるし、社交辞令を言っているのを聞いたことがなかった。だから、ヴァイス様がそういったことを言ってくるのはまだしも、シュヴァルツ様がわたしを「かわいい」などと言うとは微塵も思わなかったのだ。


「……そうか。頭では常に思っていたんだが、口にはしていなかったようだ」

「は、はあ」

「それもこれも、せめて結婚適齢期になるまでは好意を隠しておけという父上からの注意されていたからで……」


「あ、あのう?」

 なにかぶつぶつと零しているシュヴァルツ様の顔を少しだけ覗き込む。すると、背後から肩に手を置かれた気配がした。視線だけをそちらに向ければ、困ったような顔をしているヴァイス様がいた。


「ヴァイス様……?」

「シュヴァの言うとおり。僕たちすごく我慢したんだよ? シャーリー」

「我慢、ですか……?」

 わたしがそう繰り返せば、ヴァイス様は満面の笑みを浮かべる。


「そう。本音を出さないようにするのはなかなか大変だったんだよ。でも、結婚適齢期――十七歳になったんだから、話は別」

 ふと頬に手が添えられ、無理矢理に反対側を向かせられる。今度はシュヴァルツ様だった。


「しゅ、シュヴァルツ様……?」

「本当はずっと前から愛してた、国王になるつもりはなかったんだがシャーリーと結婚するための条件が国王になることなら致し方ない。ヴァイスと争うのも同様に」


「……え、ん? いま、なんと」

「ん? 愛してると言った」

「……は、はひ」

 思わず間抜けな声が漏れる。いったいどこのどなたですか、シュヴァルツ様は残酷で無慈悲で、戦闘狂だなんて評した者は――!


「そうだ、花束と指輪も持ってきたんだ。受け取ってくれるか?」

 従者の方が持っていた花束と指輪を受け取って、シュヴァルツ様が流れるような仕草で床に膝をついた。


「ほら」

 受け取るようにと催促され、つい反射的に、僅かに手が伸びる。しかし、そんな動きをヴァイス様の刺さるような視線が咎めた。


「シュヴァ、抜け駆けのつもり? 兄様より先に伝えるだなんて愚行をするとは思わなかったなぁ」

「……それがなにか」


 ちくちくと棘のある言い分をするヴァイス様を、シュヴァルツ様は鬱陶しそうな目で見つめる。この兄弟、こんな争い方をするような関係性でしたっけ、とわたしは疑問に思う。


「シャーリー、僕からも花束と指輪を。当然、シュヴァじゃなくて僕を選ぶよね? 戦闘ばかりで血生臭くていつ死ぬかもわからないシュヴァよりも、僕がいいだろう?」

「え、ええっと……」


「僕を選んでくれたら、これ以上ないほどの幸福をあげる。シャーリーは社交が苦手だよね? それなら、もう今後社交界には出なくていいし、一生僕たちの住むお城で過ごしていて?」

 ヴァイス様は身を乗り出して、煌びやかな笑顔を浮かべて早口でそんなことを言ってきた。ヴァイス様は、笑顔で頼めばなんでも言うことを聞いてもらえると思っているきらいがある――と思っているのは、わたしだけだろうか。


「……それがお二方の『本音』、ですか……」

「ああ」

「もちろんだよ」


 食い気味に返事をしてくるふたりの前で、わたしは項垂れる。――それならば、わたしも本音を出さなければならないじゃないか。王子ふたりの誠意に答えなければならないじゃないか。


 わたしは椅子から立ち上がって、膝をつくおふたりを見下ろした。

「――なら、わたしも言わせていただきます。わたしは、本当ならば――お二方ともと、結婚したくありません」

「「……は?」」


「なぜならっ、なぜならおふたりはわたしの推しのお子様だから――!」


「「……オシ?」」

 大声で叫び、ぜーはーぜーはーと息を荒げるわたしの前で、双子は不思議そうにお互いに目を見合わせている。


 ――推しの遺伝子が入った双子が目を合わせてるの、尊すぎる。


「わたし、おふたりのお父様――ディアマント様をなによりも愛しているんですっ! あ、でもそれって、全然恋愛感情とかではないんですけど、だからこそむやみやたらに関わりたくないというか? だから親戚筋に――ましてや義父になるなんてむりむりむり……!」


 ディアマント様は比類なき至高のイケてるおじさまなのだ。ヴァイス様の甘いマスクとシュヴァルツ様の精悍な顔つきを奇跡のバランスで共存させているまさに傑作とも言うべきお顔。無論ディアマント様の魅力はお顔だけではない。知略で国を治め、その武力で敵国を圧倒してきた、史上最高の国王――!


 一息でディアマント様の魅力を語れば、ふたりは呆気にとられた顔を浮かべたが、その次の瞬間には、ふたりして似たような顔でニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。


「……な、なんですか」

 いっそドン引きすればいいのに、ふたりはどこか満足そうだ。


「それじゃあ、嫌われているというわけではなさそうだね。安心したよ」

 ヴァイス様がにこりと笑って、こくりと首を傾げる。


「ああ、俺も安心した。それならシャーリーのほうが結婚したいとねだってくるほどに夢中にさせるまでだ」

 シュヴァルツ様があっけらかんと放った言葉に、今度はわたしが目を丸める番だった。


「ちょっと、それは僕の言葉だよ。……まあ、しばらくのあいだは停戦かな。共通の敵ができたしね」

 共通の敵という不穏な単語に、わたしは目を瞬かせる。


「な」

「ね~」

 ふたりが再び目を見合わせて、今度は笑顔で頷き合っている。


「というわけで」

「父上じゃなくて」

 

「僕を選んでくれるでしょ?」

「俺を選んでくれるだろう?」

 ふたりのよく似た声が融け合って、でも確実に違う声が、わたしをそれぞれ異なる方向へ手招いている。

 ――わたし、これからいったいどうなってしまうの?


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