第18話 道灌と景春、今んとこ仲良しなんだが
さて、金山で岩松持国を味方に引き入れることに成功した景春は、父景信の言いつけで戦に出る羽目に立った。そしてこの日景春は、父と共に五十子陣本丸で行われる戦評定へ出かけることになった。
「八木原、景春の周りをよくよく守ってくれ頼むぞ」
「はは、左衛門尉(景信)様、心得てございます」
「それから、此度の戦は、信濃守(為業)にはすでに申し付けてあるとおり、共に孫四郎を助けて出陣してもらいたい。」
「かしこまりました」
支度が整い景春たちは本丸の宿陣を出ると、遠くに侍女を従えた輿を含んだ隊列がやって来るのが見えた。
「父上、あれは何でしょうか、陣所にあんなものがやって来るとかおかしくね?」
「孫四郎、あれは先頭の旗印を見るに、越後のものだろう。おそらく守護の上杉房定殿の一行に違いない」
続けて隊列がやって来るのを眺めていると、やがて輿が近づいてきた。すると垂れ幕を持ち上げて、こちらを覗いてくる影が見えた。よく見ると、どうやら二人の稚児が交代でこちらを覗き込んできているようだ。
「父上、なんかやな感じなんだけど、あれはどこのどいつだ」
「確かに行儀が悪いようだな、輿の作りから見るに、おそらく房定殿の身内であろう」
目の前までやって来ると、景春の方を向いた小さい方の稚児が「あかんべえ」をしてきたので、景春は両手の人差し指を立てて、鬼の形相で睨み返してやった。稚児は「むすっ」とした顔で垂れ幕を勢いよく下げると、やがて隊列は通り過ぎていった。
「孫四郎、どうやら嫌われてしまったようだな。かっかっかっか」
「上等だぜ、第一ガキんちょのくせして生意気だ」
「確かにな、孫四郎そろそろ参ろうか」
「了解です」
山内上杉家家宰(宰相)の長尾景信と嫡子景春は、馬廻りの八木原と弟分の長野五郎を伴い、ようやく本丸評定の間へ向かって歩き始めた。
「おいおタマ、お前は八木原の後ろで大人しくしてろよな」
「春ちゃん、今回は隠れてなくてもいいのかにゃ?」
「隠れていて見つかったら、ただ事では済まないからな」
「わかったにゃ」
◇◇◇
景春たちがやって来ると、本丸では管領方の主だった面々の一団が、野外で評定の間へ招き入れられるのを待っていた。何しろ管領方の軍勢は七千騎を越えており、主だった諸将の側近や配下の重臣たちが入り切ることは出来ないからだった。
「叔父上(景信)殿、なんか大戦になるとの事で、この俺も親父(道真)に呼ばれてて江戸からやって来たところだ」
このように声をかけてきたのは、太田道真と父景信の姉との間に生まれた道灌その人であった。景春にとってはちょうど従兄弟に当たっていた。
「備中守(道灌)殿、愚息景春も此度の戦に出ることになった。同陣になった際はよろしく頼む」
「心得ましてござる。ところで景春殿は長らく病に臥せっておると聞いたが、だいぶ良くなったようで安心いたした」
「これも神仏のおかげであろう。孫四郎、挨拶いたせ」
「はい、備中守(道灌)殿、おれが孫四郎景春だ、よろしく頼む」
「孫四郎、もう少しちゃんと挨拶できんのか、仕方のない奴だ」
「叔父上(景信)殿、良いではありませんか。そうだ孫四郎とは従兄弟だし、俺の事は備中でも資長でもいいぞ」
「じゃあ道灌ちゃんで」
「おい、まだ俺は入道してねえぞ、でもまあいいか。それじゃあ道灌と孫四郎で行こうぜ」※入道とは仏門に入る事で、通常法号(道灌)で呼ばれる。
なんだか、奇想天外なやり取りを見守る父景信であったが、それでも仲良くやってくれればいいと思う、親御心から来るものであった。やがて建屋から山内上杉家の重臣寺尾礼春が顔を出すと入席の声がかかり、順々に評定の間へ上がって行った。そして景春たちの番がやって来ると、景信と景春、そして後からやって来た長野為業と弟の八木原の面々が、関東管領上杉房顕の前に連なった。評定の場の前面には景信とその脇に景春だが、その後方に為業と八木原が座していた。ところが景春の義弟であるとして五郎は、景春のすぐ後ろに控えることを許されていたのだった。
「アタイはどうしたらいいの?」
誰も答えてはくれなかった。どうやら野外で待機するほかないようであった。しゆんとするおタマちゃんとは別に、一方の広間では……
「義兄上、なんだか緊張してきましたね」
「そうかぁ、まあ、なるようにしかならねえし、どってことないっしょ」
「二人とも控えよ」
景信の言葉に「むぅ」っとした表情の景春に対し、五郎は「しゅん」とちじこまってしまった。評定の間には、そのほか扇谷上杉と家宰の道灌たちや、武蔵・相模・越後の軍勢の主だった者らと、堀越公方の代理として渋川義鏡と、幕府から下ってきた者らが集まって連座していたのであった。
「みなの者大儀である。これより兼ねてから練っておった古河攻めの手立てについて、渋川から説明があるので聞いてもらいたい」
管領房顕の言葉に、一同は同意の声を上げると連座の前方にあった渋川は、膝を皆へ向けなおして解説に入った。
「以前計画していた通り、この度金山の持国殿がお味方になられて、この場に列席しているのは見ての通りである」
すると持国は管領房顕に対して「身命を賭してお味方つかまる所存」と皆の前で誓いをたてた。
「みなの衆、聞いての通りことが成り申した。そこで古河への手立てであるが……」
渋川は今回の古河攻めの首謀者の立場となっている、堀越公方の代理である為、持国の寝返り工作も彼の立案であった。そして同じように幕府から派遣されて来た岩松家純が、寝返り工作の首謀者となっていて、その方棒を景春たちが担いだ格好になっていた。渋川は軍勢を二手に分けて古河攻略を目指すと力説し、追手(第一軍)は騎西城を攻略して古河を目指し、搦め手(第二群)は新田荘を抜けて古河を目指すよう求めた。
「そこで、追手は長尾尾張守(忠景)殿と武蔵衆ならびに、われら幕府方が仕る。搦め手は越後衆と上野衆にお願いしたい。よろしいか?」
一同異存がない声を上げると、少し恐縮した様子の景信が声を上げた。
「渋川殿、願いがあるのだが」
「これはこれは、※山内家家宰の景信殿ではないか、何か異存でもおありかな?」
「いえいえ滅相もございません、わが殿にも相談つかまつってのことですが、愚息孫四郎が此度初陣となりますれば、追手(第一軍)の端に置いていただければ幸いです」
すると管領房顕が、補足して声をかけた。
「渋川殿、先日話した通りじゃ、この場で認めてやってくれぬか」
「心得ました、皆の衆、聞いた通り家宰(景信)殿の御嫡男が初陣になるのだが、追手(第一軍)の配下に置くことにするので、ご承知おき下され」
「みな様、私、長尾孫四郎景春は一生懸命頑張りますんで、よろしくっす」
一同あまりにみょうちくりんな挨拶に、あんぐり口をあける者もあったが、特に依存の声は上がらなかった。続けて渋川から手立ての説明があり、一同これに同意すると評定はお開きとなり、それぞれの陣へ返って行った。
◇◇◇
これまでお話してきた通り、上野国は関東管領山内上杉氏の本国であり、その政治・軍事を事実上つかさどるのは、家宰の長尾景信であった。そして、新田荘を抜けて古河を目指す、越後勢と上野勢からなる搦め手(第二群)を指揮するのも景信となるのは当然の事である。ちなみに第一軍は渋川義鏡が率いる武蔵勢と幕府から派遣されて来た諸将が主力となっている。
さて、ここ本丸内の景春たちの陣では、戦について上野勢の今後について評定が行われていた。
「われら上野勢は奥大道を進み新田荘を抜けて足利・佐野へと進み、そこから南下して渡良瀬川を再度渡って古河を目指す」
「長尾(景信)殿、越後勢はどうなりますか?」
「信濃守(為業)の疑問はもっともじゃな。越後勢の内、府中を中心とした上杉房定殿の軍勢は、奥大道を外れて新田荘から佐貫荘の古河勢を牽制してもらう。さらに、越後中央部の上杉播磨守殿(上条上杉氏)率いる軍勢は、わしらと共に戦ってもらう手はずになっておる」
「それで、管領方の評定では、若(景春)様が騎西攻めに加わると申されたが、この為業が率いる上州一揆も、これに加わるという事で間違いありませんか」
「信濃守(為業)の言うとおりじゃ、孫四郎のこと頼んだぞ」
「委細承知仕りました」
「父上、今さらなんだけど、なぜ私孫四郎(景春)は、騎西へ攻め込まねばならんのですか?」
「それがわからんとは情けない奴だ、手柄は戦場でと申したであろう」
「それなら父上と同じ陣でも、よろしいではないですか」
「ふっふっふ、あの尾張守(総社長尾忠景)へ見せつけてやるのよ。白井長尾家の家宰の地位はゆるぎないとな。みなまで言わせるな」
「なるほどそういう事でしたか、この孫四郎はお爺様お父上の名に恥じぬよう精進いたします、なんちゃって」
「ぬぬっ、なんちゃってってどういう意味だ、近頃の若いもんの言うことは……」
「長尾殿、若様(景春)は『なんとしても』と言いたかったのだと思います。同じようにこの為業も何としても若様が手柄を立てられるよう働いて見せます」
「そちが言うならそうなんだろう、くれぐれも頼んだぞ」
◇◇◇
数日後、手はず通り準備の整った追手勢は、順次騎西城へ向けて進軍して行った。一方、景信率いる搦め手勢も同様に新田荘へ向けて北上していった。そして、景春たちは追手勢の中にあった。
「春ちゃん、このタマ様は活躍できるかにゃあ?」
「どうかな、状況次第だろ。俺も初陣だしどうなるか分からん」
「おタマ殿は我が子六郎と共に、物見と長尾(景信)殿との連絡役をやってもらいたい」
「父(八木原)上なんでおタマと一緒にやんなきゃならんのじゃ。こいつ生意気なんだよな」
「六郎、いやなら父の手綱でも取るか? 」
「そんなの家人のやる事じゃねえか、勘弁してくれ。やりゃあ良いんだろ、やりゃあ」
「八木ちゃんの言うとおりだにゃ、おタマ様と一緒だぞ、ありがたく思うにゃ」
「いっとけ……」
「ごほんっ、いい加減にしとけ、為にならんぞ」
と、長野為業はのたまった。で、誰の為にならんの? つうのは聞かんといて。
◇◇◇
数日の後、騎西城のある太田荘までやって来ると、古河勢が待ち受けていた。
「なかなかここを通してはくれぬようだな、先陣はだれに取らせようか」
追手勢の総指揮を執る渋川義鏡は、開戦前の本陣に集まっている諸将たちの間へ問うていた。しかし、一同は静まり返っていた。おそらく、この当時は戦国後期の大大名の軍勢とは違い、先陣を切るのが第一の勲功とされるまでには至っていなかった。勲功に確かな見返りを保証する、今川仮名目録のような分国法が無かったからであろう。
「それじゃ、俺が行くぜ、為業ちゃんいいよな! 」
「む、無論じゃ……」
景春の驚きの発言に少々のたじろぎを見せる為業であったが、反面、事実上の主景春の思わぬ豪胆さに、驚きと期待を見出だしたのであった。
「春ちゃん、かっこいい~にゃあ~」
重臣達の集まる場で、声を上げちゃうおタマちゃんも同様なのであろうか……
どうなっちゃう?
つづく




