三章 紗 燕姫
瑛蓮達が出て行った扉がまたすぐに開いた。入ってきたのは一人の女性。
「燕姫・・・。」
龍斎が入ってきた女性を見てその名をつぶやいた。隣にいた璃光が入ってきた人物にお辞儀をする。
「瑛蓮に言うたのじゃな。」
部屋に優しい、けれどどこか気の強そうな声が響く。紗 燕姫、蒼王・龍斎の后で、王子二人と姫を産んだ。そしてその姿は、瑛蓮と同じ長く美しい漆黒の髪に青い瞳をしていた。
それだけではない。燕姫は、蒼天国一の美女と謳われる美姫だ。その美しさは、身につけている着物や、見事な輝きを見せている装飾品に負けることは決してない。
「瑛蓮とすれ違った時に、面白い事を言うておったぞ。『父上のドアホ』とな。」
燕姫は、白く美しい手を口にあてクスクス笑う。その笑顔は、何人もの男を気絶させそうだった。
「仕方ないだろう。なぁ、璃光?」
と、龍斎がため息をつきながら璃光を見る。璃光も『そうですね。』と言った。龍斎が燕姫を見て言う。
「それにな、さっき『明朝に発てば向こうに夕方に着く。』と言っていたんだぞ?」
それを聞き、燕姫は目を丸くした。
「それは馬に乗って休み無しでひたすら駆けた場合であろう?!瑛蓮・・・頭が混乱しておるのう。ウィルレイシアにはおしのびだから馬車で行くはずであろうて。」
その言葉に王の隣にいる璃光がうなずく。
「その通りです。馬車なら、まぁ・・・なるべく足が速い馬を選びますが・・・そうですね、三日はかかるでしょう。とゆうか瑛蓮様がおっしゃっていたのは、きっとケモノ道などを通り近道をしまくった場合でしょうね。」
璃光は苦笑混じりの声でそう言ったが、聞いていた燕姫はため息をつき夫・龍斎を持っていた扇でピシャッと見事な速さで叩いた。
「原因は、全てそなたのせいであろう!いつもいつもヘラヘラ笑って息子、娘で遊びおって。王として仕事はしっかりしているのじゃろうが、父親としては最低じゃな!」
と、燕姫が怒鳴る。
「全く・・・痛いなぁ。」
龍斎は燕姫に叩かれた場所をさすった。しかし、すぐにさっきまでとは違う真剣な表情をして妻を見た。そして、
「瑛蓮をウィルレイシアに行かせたいと言ったのは、おまえだろう?」
龍斎が続ける。
「関係しているんだろう?おまえの一族――――――・・・紗一族に。」
それを聞いた燕姫も璃光も真剣な顔になる。
紗一族――――蒼天国の北にある鳳州に在る一族。昔からある由緒正しい貴族の一つ。
だが、紗一族は他家とは違った。術者、巫女、占者――――異能や能力を持つ一族。だから、あまり表舞台にでてはいない。そして――――蒼王の后・紗 燕姫の生家。
ただ――――唯一関わっているとしたら、この蒼天国を守る結界をはり守護し、人に害のある霊や妖などの『目には見えないモノ』達から守っていることだろう。それには龍斎も誰もが感謝していること。だが、同時に紗一族は、厄介な一族でもあった。
燕姫が口を開く。
「紗家当主―――――わたしの姉・紗 漂姫が、瑛蓮を狙って動き始めているやもしれぬのじゃ。」